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「帰れば危ないし帰らなくてもつらい」日本で生きる、若者2人の姿が問いかけること

日本で生きる、2人のクルド人の若者の姿を追ったドキュメンタリー映画『東京クルド』。5年間にわたり撮影した監督が語る思いとは。

「難民」と聞くと、どのような人を思い浮かべるだろうか。

遠い国の難民キャンプに住む人たちを想像する人も多いかもしれない。

実は、この日本にも、母国での弾圧や迫害からを逃れてきた人々が多く暮らしている。

7月に公開されるドキュメンタリー映画『東京クルド』では、出身国トルコでの弾圧を逃れて東京近郊に生きるクルド人の姿を、5年間にわたり追った。

ドキュメンタリーが焦点が当てたのは、撮影開始当時18歳のオザンさんと、19歳のラマザンさんだ。

2人とも、小学生の頃にトルコから家族と共に日本に逃れてきて、人生の大半を日本で過ごしてきた。

学校には部活でスポーツに打ち込み、友達と遊び、将来は何をするべきかと夢を模索するーー。

日本で暮らす他の10代と何の変わりもない若者だ。

しかし2人とも、日本で正規に滞在する在留資格がない。日本政府はトルコ出身のクルド人を「難民」として認定してこなかったからだ。

オザンさんは映画で「将来が見えない」「帰れば危ないし、帰らなくても辛いし、何が居場所なのかが分からない」と思いを吐露している。

日向史有監督は、この2人や日本に住むクルドの人たちと5年間にわたって向き合い、撮影に取り組んできた。

2人に焦点をあてた短編のドキュメンタリーとして発表したものを、長編ドキュメンタリーとして映画化した。

日向監督は取材に対し「いいことか悪いことかはわかりませんが、本当に一緒に傷つき、一緒に喜びながら取材してきました」と話す。

本来であれば将来に向けて突き進んでいく年代の2人が、夢を抱くも難民申請が下りずに夢を砕かれ、失望しつつも前に進む姿に、寄り添い、 伴走しながら撮影を続けたという。

難民認定はおりず、健康保険も就労許可もない状態

支援団体などによると、東京近郊、特に埼玉県蕨市・川口市などには多くのクルド人が暮らす。その数、1500人〜2000人ほど。その多くは先に日本に逃れた家族などを頼って来日し、難民申請している。

クルド人は「国を持たない世界最大の民族」と呼ばれ、トルコ、シリア、イラク、イランなどに広がる。いずれの国でも少数民族として差別を受けたり、冷遇されたりしてきた。シリアではその多くが無国籍の状態に置かれ、トルコではクルドの民族運動に対する軍や警察の弾圧が続いてきた。

しかし、日本政府は一貫してトルコ出身クルド人の難民申請を認めておらず、クルド人の多くは「仮放免」などの不安定な状態に置かれている。

仮放免とは、難民申請中など在留資格がない外国人を、入管が発行する仮放免許可書のもと、一時的に入管施設での収容を解いた状態のことを言う。

それは、その人にとって何を意味するのか。

仮放免の状態では、自治体に住民登録ができないため住民票がない。健康保険もない。学校で学ぶことはできるが、働くことはできないため、卒業後のキャリアを考えることもできない。自分が住む県外に移動するにも許可が必要だ。

埼玉に暮らす2人の場合、東京に何かの用事があっても、許可なしに行くことはできない。

オザンさんとラマザンさんは同年代の若者と同じように、学校卒業後になんとか日本で生きていく方法を探ろうと将来を模索するが、難民認定も下りず働けないため、壁にぶち当たってしまう。

出入国在留管理庁によると、このような状況に置かれる仮放免中の外国人は現在、およそ3千人。

『東京クルド』は、そのような人たちが置かれる状況を映し出している。

日向監督は2015年、日本で暮らす難民を取材したいと思い、支援団体などを取材し始めた。

そこで、埼玉県など東京近郊に暮らすクルドの人々に出会ったという。

日本に住んでいても将来が見えず、中には「シリアに渡ってイスラム過激派・イスラム国(IS​)と戦いたい」とこぼすクルドの若者もいた。

日向さんはその言葉に衝撃を受けた。

「自分が平和だと思っている日本にせっかく逃げてきたにも関わらず、また戦地に身を投じた言う人たちがいることが驚きでした。彼らが『ISと戦いたい』と言った後には必ず『日本では未来がないから。役割がないから。希望がないから』という言葉が続きました」

「日本に暮らしている彼らを、何がそんなに追い詰めているんだろう、ということを知りたかった。だからトルコ系クルド人の人たちを取材したいと思いました」

ドキュメンタリーでは、2人の若者が取り上げられたが、同じような立場にいるクルドの子どもたちは多くいる。中には無国籍の子どももいる。

ラマザンさんは、そのような状況の中でも、「いつかビザが下りた時のために準備をしておきたい」と資格の勉強や技術を身につけることに励む。

「ラマザンは裁判もがんばっているし、自分のあとに続く子どもたちの未来のために、自分が『前例』となりたいということをすごく考えている。たぶん映画に出る意義というのもそこにあるのだと思います。弟や親戚の子どもたちにも、努力が報われるという証を見せたいのだと思います」(日向さん)

「仕事しなければ生きていけない」

この映画は、仮放免中の人たちの「不法就労」についても切り込んでいる。

仮放免中は就労はできない。

仮放免中の人たちの多くは、出身国や海外にいる親戚らからの送金などに頼って生活しているが、生活は苦しい。

中には、食費や医療費を作るために、不法就労をして家族の生活を支える人もいる。

映画では、不法就労で働く映像や、入管職員との会話の録音も出ている。

予告編では「仕事しちゃいけないって。仮放免のルールだよ」という入管職員に、申請者が「仕事をしなければどうやって生きていけばいい?」と問いかける音声も。

仮放免中、働けないという制度めぐっては、変更すべきではという議論もある。

不法就労の映像や隠し録り音声を映画で出すリスクについては、日向さんはこう語った。

「映画に出して、彼らがもしかしたら入管庁から不利益を被ってしまうのではということは正直ずっと不安だし、今も悩んでいます。本人が撮らせてくれたからそのまま出していいということは全く思っていなくて、ことあることに本人たちとずっと確認し合い、話し合ってきました。本人の了解があるのは大前提で、本人や弁護士さんにも、今回の映画公開前にも話しました」

オザンさんたちは当時まだ未成年だったため、保護者の許可も得た。映画化の際やテレビ放映、海外の映画祭出展時、ウェブ配信時などに逐一、改めて確認した。

「映画としてリスクを回避するということは当たり前の前提で重要なことです。なぜ入管の仮放免の面談の音声と就労の映像を出そうかと思ったかというと、本人と話している中で、リスクを回避するということよりも彼の人生にとって大切なものがあるのだと感じたからです」

「人間性が壊れていく」長期収容

ドキュメンタリーには、ラマザンさんのおじで、入管施設に約1年半にわたり収容されたメメットさんの記録も収められている。

日向さんは、メメットさんと入管施設で面会を重ね、話を聞いたという。

始めはラマザンさんに「なんとかしてほしい」と頼まれて面会を始めたが、そこで日向さんが目にしたのは、終わりが見えない収容で、心身の健康を崩していったメメットさんの姿だった。

「面会を続けていくと喜んでくれるんですけど、メメットさんはものすごく体調を崩していました。夜寝てしまったら朝もう目覚めないかもしれない、自分はいつ死んでしまうか分からないという恐怖をずっと抱えていました」

「よく寝られず体調はよくならない、辛いと言っても病院に連れていってもらえない。という状況の中で、人間性が壊れていく過程のようなものがありました」

長期収容問題は深刻で、いつまで収容されるか分からないまま、終わりの見えない収容が数年間続くこともある。

母国での弾圧などから逃れてきて、難民申請をしている人たちがそのような長期収容の状態に陥ることも多く、2019年には長期収容されている難民申請者らが国を相手取って集団提訴している。

「収容の上限を定めず、しかもそれが入管の裁量で行われ、判断基準も明確ではないという点にすごく問題を感じていますし、メメットさんみたいに人間性が少しずつ壊れてしまう人もいます。入管に収容されている期間だけでなく、その後の生活や家族関係さえも壊してしまうということは、本当に恐ろしいと思います」

日向さんは以前、ドキュメンタリーにも少し登場したオザンさんのいとこ・イボさんについても、短編ドキュメンタリーを撮っている。

イボさんは19歳から23歳の間に計2年間にわたって収容され、新婚の状態で配偶者の日本人女性とも引き離された。

イボさんは施設内で自分の体を何度も傷つけ、自殺未遂も図るほど追い詰められた。

「何人死ねばいいの?」変わらぬ入管

メメットさんをめぐっては2019年3月、著しい体調不良を訴え、それを聞いた知人が救急車を入管に呼んだものの、搬送されずに救急車が戻っていったという問題が起きた。

ドキュメンタリーではその問題についても触れ、収容者に対する医療の問題についても問題提起している。

入管施設で医療が十分に行われていない問題は、メメットさんの件だけではない。

今年3月には、名古屋の入管施設に収容されていたスリランカ人女性のウィシュマ・サンダマリさん(33)が亡くなった。

入管施設に収容中、体調を崩し、適切な治療が受けられないまま死亡した可能性が高く、遺族や支援者は政府に対し、監視カメラの映像の開示や死因の調査、説明を求めている

日向さんは語る。

「今回のウィシュマさんの件も、ものすごく痛ましい。今までずっと起きてきました。何人死ねばいいの?と本当に思います」

日本にいる難民、入管問題「映画を入り口に興味を」

日向さんが撮影を始めた2015年に比べると、周囲や世間でも、クルド人や仮放免の人々の存在、入管や難民認定制度の問題に興味を持つ人が増えていると感じるという。

日向さんは「在留資格で人の善良さが決まると思ってほしくない」とし、難民申請者の日々や悩み、葛藤を追った映画によって「世間が『不法滞在』という枠組みで語ってきた人たちは、こういう人たちなんですよということを知ってほしい」と語った。

「(オザンさんとラマザンさんは)日本人と一緒に小学校時代から過ごして、将来を考えて過ごすという、人として当たり前のことをする様子が映画には映っています。そういうところを映画で観て、共感をしてもらうことを入り口に、入管のあり方や問題にも興味を持ってもらえたらうれしいと思います」

【動画】『東京クルド』劇場予告編

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東京クルド』は7月10日から、シアター・イメージフォーラム(東京)、第七藝術劇場(大阪)などで順次公開される。