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通訳は命を救う。災害時に無料でサービス、込められた思いとは

台風など災害発生時に、外国人被災者のために無償で通訳や翻訳をしている会社がある。取り組みへの思いを聞いた。

災害が発生するたびに、通訳や翻訳のサービスを無償で提供している企業がある。

「災害時に言葉が分からないと不安。被災した外国人を助けたい」そのような思いで、翻訳・通訳を行うランゲージワン(東京都渋谷区)は台風や地震が発生するたびに、無償通訳ダイヤルやメールアドレスを解放している。

東日本や東海、東北地方を直撃した台風15号、19号の際にも、このサービスを提供した。なぜそのような取り組みを行っているのか、担当者に話を聞いた。

初めて災害時の無償通訳を行なったのは、2016年に発生した熊本地震の時だ。それから、各地で地震や台風、大雨による水害が発生するたびに毎回実施している。

ランゲージワンは、キューアンドエーグループが運営する多言語コンタクトセンターで、12言語と日本語による通訳や翻訳を行う会社だ。

普段は役所などの政府機関や病院、企業と提携して有償で通訳をするプロだが、災害時には避難所や役所を主な対象に、主な言語では24時間体制で無償で対応している。

この取り組みを2016年から先頭に立って作って来た、同社のカブレホス・セサルさんは「通訳オペレーターの9割が外国人なので、外国人であるオペレーターたち自身、日本語がわからない外国人の災害時の不安な気持ちはスタッフが一番わかるんです」と話す。

広報担当の寺山敬文さんは「通訳会社だからこそ、災害時にできることがある。多言語に関しては、私たちもそういった活動で支援する立場にあると考えています。オペレーターたちは、『命を救う』というような思いで活動しています」と話す。

同社は、災害が発生するたびに、無償の通訳用電話番号、翻訳用メールアドレスを同社ウェブで公開する。それを見た自治体などが、直接連絡をして通訳などを依頼する仕組みだ。

セサルさんは、普段から各地の役所の防災課や国際交流協会などと連携して、外国人住民や訪日観光客に対する災害時への備えについて情報共有などをしている。

実際の災害時にも、そういった以前から繋がりがある自治体や団体から、翻訳の依頼があったという。依頼内容としては、避難所に外国人が来た際に対応できるように、案内や説明などの翻訳などだ。

2018年9月発生の北海道東部胆振地震や、8月に発生した九州での大雨の際には佐賀県から、9月の台風15号で断水や停電も発生した千葉県からの要請にも対応した。

セサルさんは「災害時、言葉の問題で一番最後に情報を得るのが外国人。特に情報を得るのが難しいのが訪日外国人です。被災時、どこにいけばいいのかいいのかということも、全くわかりません」と話す。

ある地方での地震発生時には、外国人が避難所に向かったが、何らかの理由で入ることができず、通訳の依頼が入ったこともあったという。

災害発生時対応をめぐり、地方の自治体も訪れているセサルさんは、避難所として使われる場所を視察した経験を踏まえこう語る。

「地方の体育館などは規模も小さく、避難できる人数も多くは確保できない。体育館などでキャパシティオーバーした時に、その旨を外国人に伝えられるようにしておく必要があります。しかし通訳の依頼が入った件では、結局避難所側は英語がわからず”NO”としか言えなかったのです」

「外国人当人もなぜ避難所に入れなかったのかわからなかった。避難所には物資などが全部届くのに、言葉の壁により『日本の避難所では外国人を受け付けてくれない』というネガティブなイメージが伝わってしまいました」

平時から災害時対応の準備を

同社がこの取り組みを行う上で浮き彫りになったのは、災害発生時に外国人にどう対応するか、準備を普段から行うことの重要性だ。

通訳はその場で電話を通してできるが、翻訳となるとやはり時間がかかってしまう。セサルさんは、スピードが要される災害時対応と、無償での支援のバランスの難しさをこう語る。

「避難所で掲載する外国語での案内などを依頼された場合、弊社が翻訳可能な12言語全てで対応しています。しかし、例えばA4の文章を1、2枚を12言語で訳すと2、3営業日かかってしまいます。スピーディーに対応するのは難しいです」

「現状では、自治体も翻訳など準備が足りていないから、災害発生後の翻訳になってしまう。発生しないと動かないので、平時からぜひ、災害発生時の外国人対応に目を向けて欲しいです」

外国人には当たり前でない「日本の防災知識の常識」

またセサルさんは「日本人が持っている当たり前の防災知識は、外国人では全然当たり前ではない」と強調する。

地震や台風が毎年発生する日本では、小学生の頃から防災教育がなされ、災害発生時の対応を習うが、地震や台風があまり発生しない国では、そのような教育もない。

広報の寺山さんも、同社の災害時の通訳・翻訳の経験を踏まえ、「外国人の方に対しても、いざという時にどういう行動をとるか、どこで情報を得るかということを呼びかけていく必要を感じます。いざ災害が起こった時にはパニックになってしまいます」と話す。

自身で体験した『外国で被災する怖さ』

実は、この取り組みを先導するセサルさん自身も被災し、家族が言葉が分からずに怖い思いをしたことがあるという。2011年3月に発生した東日本大震災だ。

その日、セサルさんは東京都内で通訳の研修を受けていたという。都内は震度5強などの揺れが起こり、電車は止まったためにセサルさんは帰宅困難者となった。

電車が止まった銀座駅から自宅がある千葉県柏市まで、約30キロを8時間かけて歩いた。家族を心配し自宅にいた妻に電話をかけたが、10秒で切れてしまったという。

セサルさん自身は通訳で日本語も堪能だったかが、ペルーと日本の両親を持ち、ペルーで生まれ育った妻は、「日常生活では困らないほどの日本語はできるが、地震発生時は頭が真っ白になって言葉が出てこなかった」という。

セサルさんの妻は、当時まだ3才と小学生だった子ども3人を連れ、どうすれば良いかも分からず、車で家を出た。

結局、避難所に行くという考えもなく、誰に助けを求めたら良いかもわからずに、セサルさんが柏にたどり着いた深夜まで、自宅近くのコンビニの駐車場でじっとしていたという。

日本では、地震が起きたらまず机の下で身を守り、揺れがおさまったら広域避難所、避難所に逃げることが小学校から教えられている。しかし海外で生まれ育ち、大きな地震を経験したことがない外国人には、そんなことは考えも及ばないことだったのだ。セサルさんは語る。

「首都圏直下型地震が起こったら、それがもし2020年に起こったら大パニックになります。いったいどうなってしまうんだろうと思います。だからこそ防災の準備が必要なんだと思います」

同社は今後も、災害発生時の無償通訳・翻訳を続けていくが、セサルさんは過去3年、取り組みを続けた経験を振り返り、「本来なら都庁などにこのようなセンターがあるべき」と話す。

災害発生時には、外国人が避難や対応に困ることは予想ができる。それであれば、同社が行うような取り組みを都庁の災害対策本部などに設置し、通訳会社と提携して国や自治体の取り組みとしてできることが理想だ。