「結婚してください」
幸さんは2016年の秋、パートナーの美樹さんに指輪を渡した。
美樹さんの誕生日に、貸し切ったライブハウスで開いたサプライズの誕生日パーティー。
集まった友人70人に囲まれてプロポーズをし、幸さんと美樹さんは一生を共に過ごすことを誓った。
東京都・阿佐谷で立ち飲み屋の店主を務める幸さんと、IT企業で働く美樹さん。2人は今年の秋で「結婚4周年」を迎える。
幸さんは男性として生きているが、生まれた時は女性。いわゆるトランスジェンダー男性だ。戸籍上の性別は「女性」のため、2人は事実婚の状態だ。
2人はこれからの将来について「ずっと今と変わらないまま」「日常の先に、変わらない幸せな日々があるイメージ」と笑顔で語る。
「結婚なんて紙切れ一枚じゃん」
2人が知り合ったのは、ミュージカルのプロジェクトだった。
年齢や職業、性別、国籍など、異なるバックグラウンドをもつ100人が公募で集まり、100日間でミュージカルを作るという、NPO法人「コモンビート」での活動で出会った。
美樹さんはその年、初参加だった。
「練習でいっぱいいっぱいになったタイミングがあって、泣いていたところに声をかけてくれたんです」
「共通の友人を介して一方的には知っていたし、トランスジェンダーであることも知っていました」(美樹さん)
出会って3カ月後、2人はコモンビートの活動で、一緒に海外に向かった。タイと台湾で学生たちと交流しながら、現地でパフォーマンスをした。
帰国後にさらに仲を深め、自然な流れで付き合うようになったという。
トランスジェンダーの幸さんは、それまで女性と交際しても「結婚の話や、子どもの話が出て来て、ちょっとずつずれ始め、別れる」という経験をしてきた。
付き合って「未来のこともやんわりと話し始めていた」2人だが、ある日、美樹さんが言った言葉で、幸さんは美樹さんとの将来を真剣に考えたという。
美樹さんが幸さんに言ったのは、「結婚なんて紙切れ一枚じゃん」という言葉。
幸さんは話す。
「この人は、自分との関係を『一対一』で考えてくれている。手放してはいけないと思いました」
「これだけ周りの友人が認めてくれるなら」その日から2人は夫婦になった。
2016年の10月19日、美樹さんの26才の誕生日に、幸さんは大きなサプライズ誕生パーティーを開いた。
美樹さんが、「友人との誕生日パーティーのようなものは経験したことがない」と話していたため、都内のライブハウスを貸し切り、美樹さんに秘密で友人70人を集めた。
ライブハウスの扉を開けた瞬間から、感動で号泣していたという美樹さん。
遠方で現地に来られなかった人も含めた、全国の友人100人からのメッセージビデオも流され、手品、歌、対談…と幸さんが企画した様々な出し物を楽しんだ。
そのステージの最後に、幸さんが美樹さんへの思いを綴った手紙を読み上げ、プロポーズをした。
美樹さんが座る椅子の元に幸さんがひざまずき、指輪が入ったリングケースを開けた瞬間、巻き起こった70人からの拍手と歓声。
美樹さんは「プロポーズされるとは思ってもいませんでした」と話す。
幸さんは、こう振り返る。
「これだけ自分たちの周りの友人、自分たちの『生きる世界』が認めてくれるのであれば、『結婚した』と言っても過言ではないと思い、その日から夫婦になりました」
「友達もたくさんその場にいて、もはや、もう本当に結婚式でした」
友人たちが作ってくれた「パートナーシップ証明書」
誕生日パーティーやプロポーズは、美樹さんには秘密で幸さんが準備をしたサプライズだったが、プロポーズの後、実は友人らから、幸さんと美樹さんにサプライズのプレゼントがあった。
手作りの「パートナーシップ証明書」だ。
日本では現在、戸籍上の性別が同性のカップルは法的に婚姻関係を結ぶことができない。
現時点であるのは、地方自治体が同性カップルに対し「2人のパートナーシップが婚姻と同等であると承認」し、自治体独自の証明書を発行するパートナーシップ証明制度だ。
2015年11月に、日本で初めて東京都渋谷区と世田谷区で施行された。
幸さんが2016年にプロポーズした際には、2人の在住区でこの制度はまだ導入されていなかったため、友人らが手作りの証明書をプレゼントしたという。
幸さんは、周囲の友人らが2人を全力で祝福してくれたことについてこう語る。
「Facebook上のステータスを変えればいいかな、くらいに思っていたんですけど、俺らよりみんなの方が俺らの結婚を大切にしてくれていたんです」
美樹さんも、こう話す。
「私たち以上に、周りが私たちが結婚しているということを意識してくれていると感じます」
「もともと、『結婚したい』という願望より、『結婚したいと思えるくらいの人と出会いたい』という思いが強かった。幸は、私の中でそこがしっくりくる相手だったんです」
勤め先の社長から「結婚記念日にサプライズ」も
周りの友人だけでなく、職場の人たちも「2人がパートナーであり、結婚していると理解してくれていた」という。
幸さんがプロポーズをした数カ月後、知人の紹介もあり、2人は同時に同じ会社で働き始めた。
ベンチャー企業で少人数の職場だったが、社長を含む職場の人々は2人を尊重してくれていたという。知人から会社に紹介されるタイミングで、社長には夫婦として紹介されていた。
社長には、入社した時にこう言われたという。
「(トランスジェンダー男性に)初めて出会ったから、普通に話している言葉が君を傷つけてしまうかもしれない。俺は無知だから、俺が普通に何気なく言ったことで失礼なことがあったら、いつでもその場で怒ってくれて構わないし、教えてほしい」
幸さんは、社長の率直な言葉に嬉しさを感じたという。
「もちろん、失礼なことは言われたことはないんですけどね。社長には感謝しています」
この会社に2人で入社して8カ月後、美樹さんの誕生日、そして「結婚1周年」があった。そのお祝いに、2人は社長行きつけのレストランにディナーに行った。
当日レストランに行くと、社長からお祝いのドリンクが用意されていたという。
「号泣しました。友達とはまた違う、上司という関係性の人に、2人のことをそんな風に祝ってもらえるんだと思って」(幸さん)
日本では2019年、同性同士の結婚を認めないのは憲法が保障する自由や平等に反しているとして、全国13組の同性カップルが国を相手取り、一斉提訴した。各国では次々と実現している同性婚を日本でもできるようにするため、多くの人が動き出している。
もし日本で同性婚が実現すれば、戸籍上の性別が双方女性の幸さんと美樹さんも、婚姻関係を結べるようになる。
同性婚に関し「制度としては賛成」と話す一方で、もし同性婚が実現しても、2人は「あえて籍をいれなくてもいい」とも語る。
幸さんはその理由をこう説明した。
「世の中の制度としては賛成だけど、俺自身は女として結婚したいわけではないので、自分が同性婚をするつもりは全くないです」
「もし今、ICU(集中治療室)に入るという状況になったら違うのかもしれないし、老後のことを考えたら戸籍が同じだからできることもあるのかもしれないですけど…」
美樹さんも同様に、こう語った。
「今後の長い人生を生きていく上で(入籍)したいと思ったらするかもしれないですけど、今のスタンスだったら籍を入れなくてもいいと思います」
「めちゃくちゃハッピー」
「どれだけ一緒にいても疲れないし、楽です」「本当に仲良し」と話す2人。
これまで、トランスジェンダー男性としての経験などを、学校などで講演した経験もある幸さんは、笑顔でこう話した。
「講演とかで、絶対聞かれるんですよね。『社会に対しての不満はありますか?』って。でも1ミリもないんです」
「『マイノリティ=困っている』と思われているのかもしれないけど、なんなら、めちゃくちゃハッピーです」
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