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「随分苦しい思いをしました。随分辛い思いもしました」桂歌丸さんが伝えたかった病気のこと

「COPDは喫煙者の約5人に1人が発症する病気」と専門家。

落語家の桂歌丸さんが7月2日、慢性閉塞性肺疾患(COPD)のため、81歳で死去した。

歌丸さんはこれまで、たばこを主な原因とし、呼吸が困難になる自身の病気について、さまざまな啓発活動をおこなっていた。

お茶の間に愛された「ミスター笑点」は、何を伝えたかったのか。COPDとは、どんな病気なのか。歌丸さんの啓発活動を振り返りながら、紹介する。

「ヘビースモーカー」の後悔

歌丸さんは2010年に、厚生労働省の「慢性閉塞性肺疾患(COPD)の予防・早期発見に関する検討会」の委員を務めている。その議事録には、啓発活動の動機となったであろう、歌丸さんの思いが記されていた。

「正直言いまして、こういうお席は大の苦手でございます」と挨拶する歌丸さん。しかし、COPD患者として「随分苦しい思いをしました。随分辛い思いもしました」と明かす。

「何かの参考になればと参加させていただきます。よろしくどうぞ」そう言って、歌丸さんは自身の体験を語り始めた。

歌丸さんがたばこを吸いだしたのは、19歳のときからだという。1日約50本を吸うヘビースモーカーだった。

歌丸さんは2004年ごろ、医師から「これ以上たばこを吸っていると、取り返しのつかないことになりますから、止めてください」と言われる。そのときは「はい、わかりました」と返事をしたが、「でも、ずっと吸っていました」。

当時の認識は、「別に先生が隣にいるわけでも何でもなかったものですから」というものだった。

そして、2009年、呼吸器科の病院で「肺気腫(COPDの一つ)」という診断を受け、10日間の入院をすることに。このときも医師から強く禁煙を勧められたが、「わかりました」と返事だけだった。

歌丸さんはどんな状態だったのか。印象的なのが、「楽屋から高座(舞台)の座布団の上へ歩いていくだけで息切れがして、最初の2~3分はしゃべることもできなかった」というエピソード。

それでも、たばこを止めなかったのはなぜか。「俺は意思が強いんだといって、たばこを止めませんでした。仲間がたばこを止めると、おまえは意思が弱いとよく言っていたんですけれども」ーー当時の心境を、歌丸さんはこう表現する。

2010年、今度は肺炎という診断を受けて「ものすごい苦しい思いをした」。それをきっかけにたばこを止めたが、「ちょっと遅かったと見えて」、月1回の通院を続けることになった。

薬物療法や酸素吸引などによって、「大分苦しさもよくなってきました」とする一方、「まだまだ本格的ではありません」とも述べる。たばこについては、どのような思いでいたのか。

「今になって、たばこというものはすごく毒なものなんだなということに気がつきました。気がつくのがちょっと遅かったと思うんですけれども」

「そんな経験をしたもので、早くこの病気を発見していただいて、完全なる治療ができるような体制をとっていただきたいと、患者の一員として思っています」

禁煙を成功させるには、どうすればいいのか。「自分の経験から言いますけれども、どうもひどい目に遭わないと止められないですね」と歌丸さん。

「ただ止めろ、止めろと言われても、なかなか踏ん切りがつかない。だけど、ひどい目に遭って止めたときは、もう手遅れなんですよね」

「そこをどういうふうに禁煙に持っていくかということが大きな問題じゃないかと思います」

その後も歌丸さんは「COPD啓発大使」として、さまざまなキャンペーンに協力し、この病気が世の中に知られるように努めた。

喫煙者の約5人に1人が発症

歌丸さんが長年、闘病し、啓発活動をしていたCOPD(慢性閉塞性肺疾患)とは、どのような病気なのか。

BuzzFeed Japan Medicalは東北大学環境・安全推進センター教授で『COPD(慢性閉塞性肺疾患)の診断と治療のためのガイドライン 第5版 2018(日本呼吸器学会)』の作成委員会委員長でもある黒澤一さんに話を聞いた。

黒澤さんによれば、COPDは汚れた空気を吸い込むことが原因で肺に炎症が起き、呼吸がしにくくなる病気。原因として最大、かつほとんどなのが「喫煙」だという。

「体を動かしたときの呼吸困難感と、慢性的な咳や痰などの症状の他、進行すると常に息切れが強まり、さらに重症化した場合は、酸素ボンベや人工呼吸器が必要になって、生活の質が著しく低下します」

厚生労働省が2014年に発表した、国内で治療中の患者数は約26万人。しかし、黒澤さんは、息切れなどの症状を「年を取ったせい」と思い込み、COPDであると気づかないでいる人も多いと指摘する。

さらに、国内の推定罹患者数は少なくとも500万人以上、年間の死亡者数は毎年約1万5000人以上。これは「喫煙者の約5人に1人がCOPDを発症するが、大部分が見過ごされている状態」(黒澤さん)だ。

診察してきたCOPDの患者は、その症状を「まるで溺れているような苦しさ」と表現するという。

「多くの患者さんが“こんな病気になるとわかっていたら、たばこなんて吸わなかった”と後悔を口にされます」「だからこそ、現在喫煙されている方には、原因となるたばこを止めていただきたいのです」

「一般には病名すら浸透していない」中で、歌丸さんによる啓発活動は「認知を広げた」と黒澤さん。

しかし、未治療のCOPDが未だに多い現状では「やはり、引き続き啓発を続け、この病気について知ってもらうことが必要」。「たばこが原因となる、命に関わる病気は、がんだけではないのです」と強調する

黒澤さんによれば、一度、壊れてしまった肺は元には戻らないが、禁煙によって病気の進行を遅らせることはできる。その上で、「呼吸リハビリテーションや薬物療法などによって症状を改善させ、寿命を延ばすことも可能」とする。

「まずは何より禁煙を。そして、40歳以上で喫煙歴があれば、今は無症状でも病院や人間ドックで検査を受けることをおすすめします」