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「僕はうんこという悪魔の実を食べた」難病のフリーターが医師、日本うんこ学会会長になるまで

うんこなら「背負える」と石井洋介さん。

「日本うんこ学会会長」という肩書で、「おしり」のうちわを配布したり、腸内細菌を擬人化した美少女ゲーム『うんコレ』を開発したりするなど、健康意識を高めるための企画を世に送り出す、石井洋介さん。

石井さんの「本業」は消化器外科医で、秋葉原内科saveクリニックの代表医師。その経歴は実にユニークだ。高校時代に潰瘍性大腸炎という難病が判明、フリーター時代に大腸を全摘出し、人工肛門で生活した。

その後、人工肛門を閉じる手術をきっかけに医師に憧れ、偏差値30から猛勉強して医学部に合格。高知県での研修医時代には、高知に研修医を集めるための広報戦略『コーチレジ』を立ち上げ、実際に研修システムを変えるまでに至る。

持ち前の企画力・行動力で医療の課題解決を図る石井さんだが、「うんこ」などの言葉を多用し、ふざけて見られることに抵抗はないのか。BuzzFeed Japan Medicalはキャッチーな企画の背景にある想いを、石井さんに聞いた。

うんこなら「背負える」

ネットで度々、話題になる石井さんの企画。これらは決して単なる思いつきではなく、マーケットイン、つまり「どこにどんな人がいて、その人たちに興味を持ってもらうにはどんな企画がいいか」といった発想で作られているという。

「例えば『うんコレ』なら“医療情報に興味を持たない人たちに届くもの”を作りたくて。学生時代の、遊んでばかりの私でもアクセスできるものってなんだろう、とあれこれ悩んで。結果、スマホゲームというアプローチになりました」

しかし、「うんこ」である。堅いイメージのある医師という職業に就きながら、ふざけて見られることに抵抗はないのか。石井さんも「もちろん、悩んではいました」とうなずく。

「でも、これはトレードオフだと思っていて。悪魔の実(人気マンガ『ONE PIECE』の設定で、食べると強力な力を得る代わりに、泳げなくなる)みたいな。これを食べると話題になるけど、真面目な医者には見られなくなるぞ、と」

自分に「どちらを取るのか」と問いかけ、石井さんは「“うんこ”なら背負える」と決意した。潰瘍性大腸炎と大腸全摘、人工肛門、それを閉鎖する手術――これらを経験してきた元患者として、「情報を届けたい」という想いが勝ったのだ。

「例えば、普通に“大腸がんの検診を受けましょう”と言っても、私の力では多くの人に届きません。本当に誰かに情報を届けるために、自分の能力を最大化しようと思ったら、僕には“悪魔の実”の契約が必要だったんです」

「“うんこ”だったら、当事者・専門家として、ネガティブな反応も含めて、背負えるかなと。怪しいやつだと思われても、その分、大腸や自分の健康に興味を持ってもらえるなら、そのトレードオフは買っていいな、と思いました」

だから「僕は“うんこ”という“悪魔の実”を食べたんです」と笑って話す石井さん。実際に『うんコレ』はクラウドファンディングで約370万円の開発費を集め、今春一般公開予定だ。

「医療の穴」を埋める

医師としての業務の傍ら、医療情報をエンタメ化し、多くの人々に届ける試みをする石井さんは「医療情報は病気になる前に“自分ごと化”するのがいちばん大事なのでは」と考えるに至ったという。

「健康意識の低い人は、自分の体のことでも他人事になっている印象があります。その結果として、例えばがんを早期に発見できない、というように、適切な医療にアクセスできない人がいるのが現状です」

だからこそ、目標にするのは「誰かに強制されるのではなく、自分からおもしろがって参加できるような余白のある」コンテンツ。そこに「うんこ」は非常に相性が良かったといえる。

石井さんがこのように、課題解決型の発想をするようになったのは、高知県での『コーチレジ』の取り組みがきっかけだ。「高知で僕が人の2倍働くより、人を3倍連れてきた方が、現場は救われるのではないか」と思ったという。

医療の課題の全貌を把握するために、厚生労働省に医系技官として入省した。その経験を現場に持ち帰り、2018年に働く人が夜間に診療を受けられるクリニックを開き、並行して在宅医としての仕事もする。

「本丸の医療をしながら、医療の網の目から落ちてしまう人たちを救う企画をしたい」と石井さん。次の構想を聞くと「温泉なんていいですね」と答える。ただの温泉ではなく「人工肛門の人のための温泉」だ。

「人工肛門のときに、温泉に入れなくて困りました。温泉側は禁止していないけど、自分が気を使ってしまうから。“人生どうなっちゃうんだろう”という悩みよりも“もう温泉に入れない”という悩みのほうが切実だったりするんですよね」

「だから温泉を貸し切って、人工肛門の人だけが入れるイベントをするとか。そうやって、医療の穴を見つけては埋める、見つけては埋める、ということを、これからもしていきたいです」

石井洋介さんの『19歳で人工肛門、偏差値30の僕が医師になって考えたこと』はこちら。