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ネットの医療情報規制に「抜け道」 SEOが再び悪用される危険性

医療法改正で、「無法地帯」は改善されるのか。

ネットの医療情報の信頼性向上のため、6月1日施行の改正医療法で、ウェブサイトの医療情報が規制対象になる。しかし、抜け道がある。

新たに規制対象となるのは、ウェブサイトに掲げられる「絶対安全」などウソや大げさな宣伝文句だ。「ビフォーアフター」のような写真も、治療内容や費用、合併症などのリスクについて詳しい説明を加えることが掲載条件になる。

ネット上の様々な広告手法も規制対象となり得る。画像をクリックさせる「バナー広告」、検索エンジンで優先表示する「リスティング広告」、商品やサービスを紹介して成約時に手数料をとる「アフィリエイト広告」などだ。

ネットの医療情報への網羅的な規制に見えるが、それでも抜け道の存在が指摘される。検索エンジン最適化(SEO)を悪用した手法が懸念されているのだ。

BuzzFeed Japan MedicalはSEO専門家の辻正浩氏らを取材した。

「悪質なSEO」による集客

辻氏は6月1日、改正医療法の「抜け道」を指摘するブログ『悪質なSEOが新医療広告ガイドラインの抜け道になる問題』を公開した。

このブログで辻氏は、改正医療法によりバナー・リスティング・アフィリエイトなどの広告での集客が難しくなった医療機関が、「悪質なSEO」で集客しようとしていると指摘した。

辻氏は2016年末から2017年にかけて、一部上場企業DeNAが運営していた健康情報サイト『WELQ』で、内容が不正確、かつ盗用も多発していた問題で、SEOの観点から悪質性を指摘したことで知られる。

辻氏がブログで「悪質なSEO」を指摘した医療機関は、どのような情報をサイトに公開しているのか。検証してみた。

批判の強い「免疫細胞療法」を紹介

この医療機関のトップページは、がん治療に関して、科学的根拠の確かな標準治療とは異なる「NK療法」を大きく紹介している。

いわゆる「免疫細胞療法」と呼ばれるもので、自分の体の中から取り出した、がんを攻撃するとされる免疫細胞を培養、活性化し、体の中に戻して、治療効果を期待するものとされる。

公的保険適用外の「治療」で、この医療機関は1回30万円、1クール(6回投与)180万円で提供している。

「免疫細胞療法」には批判が強い。外科医・腫瘍内科医で、科学的根拠に乏しいがん治療を検証している大場大氏に、この医療機関のサイトを分析してもらった。

「有効性は極めて疑わしい」

「まず、“身体への負担が少なく、標準治療で起こるような重い副作用は極めて少ない”と強調されていますが、逆に、一体どのような利益を与えてくれるのでしょうか」

「そもそもクリニックで展開されている“免疫細胞療法”というのは、人に対しての臨床試験がほとんどおこなわれておらず、仮に副作用が軽微だとしても、肝心の有効性が極めて疑わしいものです」

「私はこれをそもそも“治療”といえるのか怪しいと考えます。なぜなら、活性化させた自身の免疫細胞が再び体内に戻されることで、どのようにがん細胞に働きかけているのか、現時点で何も証明されていないからです」

「それにもかかわらず、標準治療より優良だと誤認を招きかねない表現になっているのは問題でしょう」

また、大場氏はこのサイトの「第4の療法」という表現にも注目する。

「たしかに“免疫療法”は3大標準治療に加えて“第4の治療”と称されますが、これは現状、臨床試験で真に“治療薬”として効果が証明されたオプジーボ・キイトルーダのような“免疫チェックポイント阻害薬”のことを主に指しています」

「効果が何も証明されていない、治療として成り立っているのかどうかも不明なモノをひとくくりに“免疫療法”として、患者さんに過度な期待を抱かせる手法は、いかがなものでしょうか」

標準治療との「併用」を勧めるのも、やはり「よくある手法」。併用すれば、標準治療によって病気がよくなったのか、それともこのような「治療」によって病気がよくなったのか、判断がつかないからだ。

「いずれにせよ、何よりも問題なのは、科学的根拠の乏しい“治療”が、さも効果の期待を抱かせるようなイメージで、高額で提供されていることです」

「このような医療機関で“治療”を現場で提供しているのは、がん治療の専門性に乏しい医師であることが少なくありません。本来は何よりも患者さんの利益を一番に優先しなければいけないのに、病院の営利優先であることが見てとれます」

改正医療法では、ウソや大げさな広告なども禁止している。そもそも、ウソや大げさな広告は景品表示法や健康増進法でも規制の対象であり、内容によっては医薬品医療機器等法(薬機法・旧薬事法)にも抵触する。

悪質なSEO「リンクスパム」

医療専門家が批判するこのウェブサイトだが、ネット上では「人気」であるように見える。

このウェブサイトは5月31日時点で「NK細胞療法」の検索結果で8位に位置する。「十二指腸がん」「癌性胸膜炎 症状」「胸膜癌」「がん性胸膜炎」「十二指腸がん 転移」「癌性腹膜炎」などの検索ワードでは5位以内だ。

検索結果が上位に来るようにSEOに注力すれば、それだけネットからの集客が見込める。SEOは一般的な企業努力といえる。

SEO専門家の辻氏が問題視するのは、SEO自体ではない。検索上位にくるための「リンクスパム」と呼ばれる手法だ。

リンクスパムとは、古典的な「正当でない」SEOの手法。中古のウェブサイトをいくつも買いつけるなど、操作ができるウェブサイトを用意して、順位を上げたいウェブサイトのリンクを貼る。するとリンク先のサイトの検索順位が上がる。

これは、Googleが公正性を担保するため、いくつかの指標に基づき、順位を基本的に自動で決めていることを悪用した手法だ。論文にとって引用されることが評価につながるように、言及の多いサイトは本来、質が高いと考えられる。

辻氏によると、この医療機関のサイトへのリンクのうち、20以上がこのリンクスパムに当たる可能性があるという。

その中には、抗がん剤治療など標準治療のデメリットを強調するサイトや、逆にNK療法のみを「副作用がない」などの表現で推奨するサイトもあった。

また、「転移」を「移転」、「免疫療法」を「粘液療法」と誤記していると思われる、医療情報として質の低いサイトもみられた。

辻氏によれば、これらのサイトが作成された時期は、2018年4〜5月に集中しているという。

「時期からして、新医療広告ガイドラインによって集客手段が限られてしまったため、新しい方法としてSEOスパムが選ばれたのではないでしょうか。スパムサイト群が発信する医療情報はインターネット上の害悪だと私は思います」

「このような害悪をネット上に流布することで集客に役立てようとするSEOが、新医療広告ガイドラインの抜け道として行われていることに怒りを感じます」

「抜け道」は「抜け道」になり得るか

医療機関によるこのようなSEOに、問題はないのか。SEOは改正医療法上の「広告」に該当するか。BuzzFeed Japan Medicalは厚労省に取材した。

厚労省医政局の担当者は「あくまでも通報があった個別の事例について、都道府県の担当課が判断する」と明言を避けた。

東京都の医療安全課担当者も「個別の事例について判断するのが原則」と断りを入れた上で、新ガイドラインには「実質的に広告と判断されるもの」という項目があることを説明した。

その中の事例には、例えば書籍において「新しい治療法」が紹介され、問い合わせ先などが掲載されている場合、いくら“出版物であって広告ではない”と主張しても、実質的には広告と判断され得る場合があることが掲載されている。

また、広告と気づかれないようにおこなわれる、いわゆるステルスマーケティングについても、医療機関が広告料などの費用負担をして掲載を依頼している場合、同様に広告と判断されることが適当な場合がある、とする。

医療機関に集客する意思があり、その医療機関を特定できる形で情報が掲載される場合、特に医療機関による費用負担が発生しているなら、現時点で想定されていない手法であっても、「実質的に広告」と判断されることがあるといえる。

(BuzzFeed Japan Medicalでは、前述の医療機関に対して見解を聞くために、取材を申し込んでいる。)

ネットの悪意に対してできること

前述の辻氏は、今回の特定の医療機関の問題について「解決するのはそう困難ではない」とする。それは、リンクスパムが明らかなGoogleのガイドライン違反だからだ。

「このようなリンクスパムであれば、Googleに通報すれば、検索順位を大きく引き下げる対応が取られることでしょう」

Googleの取り締まりが厳しくなったことで、あまり選ばれなくなった手法ではあるが、現在も一定の効果があるため、モラルに欠けたSEO業者の中には、このような手法を未だに提供するところがあるという。

「私が今回、ブログを公開したり、取材に回答したりしているのは、ネットの自浄作用を期待してのことです。WELQ問題をきっかけに、ネット上の医療情報は大きく改善が進みました。その火を絶やさないことが重要ではないでしょうか」

だからこそ、リンクスパムが疑われる不自然なウェブサイトや、今回の改正医療法で禁止された表現を見かけたら、気づいた人が声を上げることが対策になる。

厚労省はガイドライン違反や、ウソや不正確な情報を掲載する医療機関ウェブサイトを通報する『医療機関ネットパトロール』という事業を展開している。大手報道機関には情報提供の窓口がある。

この問題を提起した辻氏は、最後にこう指摘した。

「ネット上には多くの悪意があります。そして、その悪意は大きなお金が動く医療情報に特に集中しがちです。この悪意に対して、自分には何ができるかを考え続けていくことが必要だと、私は思います」