「性教育」という言葉は時代にあっていない
「性教育という言葉自体が、時代にあっていないですよね」。そう語るのは、国立国際医療研究センターで、性感染症予防に取り組む看護師の堀成美さんである。
人によって持っているイメージが違いすぎるからだ。
堀さんが、中高生を相手に性をテーマに講演する学校で出会う教員には、こんな人たちが一定数いる。
生命の大切さを教えることを「性教育」だと考える教員、エイズの歴史を教えることをもって性教育と呼ぶ教員ーー。
堀さんは「性の健康教育」という言葉をつかう。本来、健康であるはずの若者に性感染症が広がる、望まない妊娠といった身体的な変化が訪れるからだ。
健康で大事なのは正しい知識である。それは正しい認識から生まれる。
「避妊も性感染症も100%防ぐ方法は存在しません」
異性愛者のセックスでは、妊娠のリスクを0にはできない。異性愛者、同性愛者に関係なく、性感染症のリスクは0にはできない。しかし、リスクを減らす方法はある、と堀さんはいう。
大前提はこうだ。
中高生に、望まない妊娠や性感染症の怖さを強調して、セックスをさせないようにするという方法は現実的ではない。だったら、実践的にリスクを減らす方法を教える。
例えばコンドームの使い方である。
「お話に行った学校の先生の中にはコンドームって聞いただけで、嫌な顔をする、『そのお話はちょっと……』という反応をする人もいますよ。なにかコンドームに恨みでもあるんですか?って聞きたくなっちゃうんです」
堀さんはここで「正しく使いましょう」とは言わない。
望まない妊娠をした、と病院に駆け込んでくる人の大半は、自分は「正しく」避妊していると思っているからだ。
「正しく使いましょう」では伝わらない
堀さんの話。
徹底して、具体的に語ります。だって、命に関わりますからね。もしかしたら相手も、自分も死ぬかもしれないから。
コンドームを正しく使いましょうと言って、実際に使えるようになるのはせいぜい1割程度でしょう。
最初に挿入する時からコンドームをつける。さらに気をつけたいならピルを飲む。医学的に「安全日」という都市伝説は存在しません。
妊娠しては困る人生の時期なら、毎日が「危険日」と考えて備えが必要です。
まずはこれを覚えておくだけで、望まない妊娠をするリスクは下げられます。
特に射精時にだけコンドームをつければいい、みたいな大間違いは避けられる。
私は、若いうちから病院にお金をかける人生を送ってほしくないので、こう説明します。妊娠したら最初から10万〜15万円は確実にかかる。それも病院にいく時期が遅くなればなるほど、支払うお金は増えていく、と。
性感染症も具体的に伝える。まずは何科に行けばいいのか?から、である。
性器がかゆいとか発疹があるとか、なにかいつもと違う症状がでても、生徒たちはドラッグストアに行ってしまうんですね。
早期受診が大事なのに、何科にいけばいいか教えていないからです。
まずパンツの中でおかしいなと思うことがあったら、男子なら泌尿器科や皮膚科、女子なら産婦人科、婦人科、レディースクリニックですよ、というところから話をはじめます。
「産婦人科って子供ができないと行っちゃいけないと思ってました」とか「泌尿器科ってどう読むんですか?」という反応もあります。
彼らが常識を知らないのではなく、リスク対策として真正面から教えていないからですね。これが現実です。
性感染症放置で被害にあうのは子供
性感染症は、コンドームをつかってリスクを下げることはできても、完全に予防することはできない。
口腔内で感染することもあるし、コンドームで覆っていない周辺部分から感染することもある。
だからこそ重要なのは、気づいた段階での早期の受診なのだ、と堀さんは言う。
性感染症で流行していて、感染しやすいのはクラミジアとHPV(尖圭コンジローマ、子宮頸がんなどの原因となるウイルス)なんです。これに加えて、最近は梅毒も流行していますね。
どれも放っておくと、将来的に本人だけでなく産む子供の健康にも影響します。感染拡大を防ぐために対処が必要なんです。
梅毒やクラミジアや淋菌、HPVなどに感染したまま出産したとする。
子供はこれらの感染症に感染して生まれてくる可能性がある。放置することで、一番の犠牲になるのは生まれてくる子供だ。
でも、性感染症の症状はただでさえ相談しにくいでしょ。で、誰にもいわずにドラッグストアで治そうと頑張ってしまうんですね。
これもはっきりと伝えますが、早く病院にいかず、悪化させてしまったらその分だけ余計な時間と治療費がかかります。
「絶対に保険証は忘れないこと。診察代を7割引いてくれるチケットだと思って。早く病院に行ったら、5000円で済む。でも、受診が遅れると諭吉が1枚かなぁ。もっと遅れると2枚は飛んでいくかもね〜」
そこまで言うと、みんなハッとするわけです。講演のあと「実は……」と症状を相談にくる子もいます。私、そこで問い詰めたりしないんです。
「早く気付いてよかったね。病院に行って治そうね」って言います。だって、気づいた子がいて治すことで感染拡大が防げるじゃないですか。ここまで教えないといけない、と私は思っています。
大事なのはリスクがあるからやめさせようではなく、リスクを知った上で、いざ何か起きたときに対処する方法まで教えること。これが健康を守ることにつながるという発想だ。
ライフスキルとしての性と健康教育
「それなのに……」と堀さんは心配そうな表情で語る。
「いまだに性感染症といえばエイズ、つまりHIVウイルスの感染だという考えが教育現場で幅をきかせているんですよね」
治療法が進歩し、HIVウイルスに感染しても、薬を飲みながら日常生活をおくり寿命をまっとうすることができる。エイズも特別な感染症、ではなくなっている。
教育現場だけでなく、性感染症対策も後手に回っているのではないか。堀さんは「梅毒だって流行を防ぐ手立てはあるのだ」と語る。
「対策の基本的な考えは他の感染症と同じです。梅毒患者が感染させそうな時期にセックスした相手をリスト化する」
「相手にもきちんと通知して、病院にいってほしいとお願いする。打てる手を打つことで、社会全体のリスクを下げられるはずです」
堀さんが考える「性と健康教育」はライフスキル、生きる知恵として予防策を教えること。これに尽きる。
リスクはどこに潜んでいるかわからないから、完全に避けようではなく、いざ感染してしまってもなんとかなる方策を教える。
早期発見ならお金もかからない。でも、受診が遅れれば遅れるほどお金もかかる。そして、自分だけでなく、セックスした相手や生まれてくる子供にも影響を与える。
「適切な教育をすることで、社会全体のリスクとコストを下げることができます。迷ったらドラッグストアじゃなくて、とにかく医療機関で早く検査をする。これだけは忘れないでくださいね」
BuzzFeedでは、4月17日から23日までの1週間を「性教育週間」(Sex Education Week)として、性にまつわる様々な記事を配信します。誰にとっても他人事ではないけれど、どこか話しづらい「性」。私たちの記事が対話のきっかけになることを願っています。
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