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世界中のラガーマンが、埼玉の河川敷にやってきた理由

ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーなど、様々な選手がセクシュアリティを問わず活躍できる「インクルーシブ・ラグビー」。その国際交流試合がアジアで初めて、日本で開催されました。

日本各地がラグビーW杯の開催に沸くなか、世界約15カ国のアマチュア・ラガーマンが集う国際交流試合が10月5日、埼玉県三郷市のラグビー場で開催された。

参加を呼びかけたのは、イギリスを拠点とする慈善団体「国際ゲイラグビー(International Gay Rugby、以下IGR)」。

主にゲイの選手でつくるチームが集う団体で、ラグビー界における「ホモフォビア(同性愛嫌悪)」をなくし、様々なセクシュアリティの選手が安心してプレーできる「インクルーシブ・ラグビー」を広めるために活動している。

設立20年目となる今年、IGRの加盟クラブ数は世界で80を超える。

その最も新しいメンバーが、大阪で活動する日本の選手たちだ。

「日本の40年先を見た」

「もう、世界がまるっきり変わる感じがしました。選手みんながラグビーを通して世界を楽しんでるのが伝わってきて、この光景を日本のチームメイトたちにも見せてやりたいと思ったんです」

そう語るのは、IGRに加盟した大阪市のクラブで代表兼キャプテンを務め、今回の国際交流試合が開催されるきっかけを作ったAさん(39)。

6年前に友人と立ち上げたクラブには、ゲイの選手も多くいる。Aさんも、その一人だ。

大学時代にラグビーを始めたAさんは、社会人になってからも地域のチームでプレーしていたが、チームメイトのほとんどが異性愛者だった。

“本当の自分”を出したら、否定されるのではないかーー。その不安は「彼女いないの?」「結婚しないの?」という質問をかわすたびに、そして仲間との絆が深まるほどに、強くなった。

現在約30人が所属するAさんのクラブには、彼と同じような経験を経て、このチームを選んだ選手が少なくない。

「純粋にラグビーが好きで、ラグビーがやりたいだけなんですよね。このチームなら『彼女いないの?』とか『結婚まだ?』とか『キャバクラ行こうぜ』とかの話が出てこない。こっちの方がラグビーに集中できるんです」と、メンバーの中でも古参の選手(30代)は語る。

ゲイの選手のほとんどが、チーム外ではカミングアウトしていない。「する必要性がないと感じているということだと思う」とAさんは言う。

そんなAさんの「世界がまるっきり変わった」のは昨年の夏、IGRが2年に1度開催する世界大会「ビンガム杯」に参加するために、単身でアムステルダムへ渡ったときだ。

それまでプライドパレードを始めとする日本のLGBTQムーブメントに自分を重ねることができずにいた彼にとって、全ての人がセクシュアリティを問わず、ラグビーを楽しむことができる場は「日本の40年先を見ているようだった」。

「こういう形でなら自分なりの『プライド』ができると思ったんです」

ロンドンのパブから世界へ

IGRの始まりは、1995年11月まで遡る。ロンドンのとあるパブに集った6人の男たちが、世界で初めて、ゲイやバイセクシュアルの選手でつくる正式なラグビークラブを立ち上げることで合意した。

数年後には、アメリカやニュージーランドにも同性愛の選手のためのクラブが誕生し、こうしたチームを束ねる場としてIGRが設立された。

所属する選手のおよそ7割が性的マイノリティだとされているが、正確な数字は把握されていない。

「IGRは、ゲイチームやホモフォビアに反対するクラブのための協会ですが、あえて『あなたたちはゲイですか?』と確認したりはしていません。大事なのはセクシュアリティではなく、一緒にラグビーをしたいという気持ちなので」

IGR理事のクリストファー・ヴェリディットさんは、BuzzFeed Newsの取材にそうに語る。

IGR現会長のベン・オーウェンさん(29)は、14歳の時に一度ラグビーをやめている。

チームメイトにゲイだと告白した際に、仲間は快く受け入れてくれたものの、「自分がいない方がみんながラグビーを楽しめるだろう」と、自らチームを後にした。

彼がフィールドに戻ってきたのは、それから10年後。ゲイラグビーのチームに出会ってからだ。

「今でも『ゲイの選手とプレーするとHIVに感染するリスクがある』など、間違った認識によるスティグマは残っていると感じます」とオーウェンさんは言う。

「でも、ラグビーの試合で勝つこと以上に、差別的な考えを持っている人の尊敬や理解を勝ち取るにいい方法もないと思います」と語る。

「ラグビーは本来、どんな体型、サイズ、年齢の人も一緒に楽しむことができるスポーツです」

「試合で今までLGBTの人に会ったこともないと思っているチームと対戦することもありますが、負かした時に相手の目の色がみるみる変わるのがわかるんです。『アイツらやるな』って。そしたらこっちのもんですよ」

ラグビーとホモフォビア

オーウェンズさんの言葉通り、IGRとラグビー界は根強く残るホモフォビアと向き合いながら、少しずつ前進してきた。

2015年には、W杯を主催する「世界ラグビー」とIGRが、ラグビーに関わる全ての選手、審判、観客が性的指向や性自認によって差別されることがあってはならないというミッションを掲げた覚書を結んだ。

今回のW杯開催に合わせて、日本ラグビー協会とも同じ覚書を交わしている。調停式には、安倍昭恵夫人も出席した。

We are so honoured to have our VIPs with us this morning. A big thank you from #IGR & @BarbariansWorld to #MrsAkieAbe #AmbassadorNgonyama @WorldRugby @JRFURugby @RugbyCanada and @Brand_SA @PlayYourPartSA @ActivePride1#ProFit for making this event a success!

2018年秋にはゲイであることを公表していた元ウェールズ代表主将のガレス・トーマス選手が、同性愛者であることを理由に路上で暴行される事件が発生した。

この時、世界中のラグビー選手がIGRの呼びかけに応え、レインボーカラーの靴紐でトーマス選手への連帯を示した。

また、ラグビー界で世界最高と評される審判がいる。ナイジェル・オーウェンスさんだ。

オーウェンスさんはゲイであることを公表している。今回のW杯では、開幕戦の日本・ロシア戦や19日に行われた準々決勝のアイルランド・ニュージーランド戦など、注目の集まる重要な試合を裁いている。

一方、今年4月にはオーストラリアのスター選手とされる、イズラエル・フォラウ選手が自身のSNSに「飲んだくれ、同性愛者、姦通者、うそつき、姦淫者、盗っ人、無神論者、偶像崇拝者には、地獄が待っている」と投稿した

同性愛者に対するヘイトだと非難を浴び、オーストラリア・ラグビー協会はフォラウ選手の契約を解除。今大会でも、その不在は大きな注目を集めた。

「あなたたちとラグビーをするため」

5日に行われた国際交流試合には、世界中から約200人の選手やスタッフが参加した。Aさんたちは、日本中から希望者を募って「日本代表」チームを組み、30-14で対戦相手を破った。

Aさんの次の目標は来年カナダ・オタワで開催される「ビンガム杯」に、自分のチームを連れて行くことだ。

スポーツ界における性的マイノリティに対する差別は、根強い。「閉じた世界」と称されることもある場所で、自分のような悩みを抱えた人は他にいないと、孤独に陥る人も少なくない。

「だからこそ、ラグビーを通じて自分は一人じゃない、同じ思いを抱えていた仲間が世界に何千人といることを知ってもらうことが一番大切で、もっとも美しいことです」とIGRのヴェリディットさんはいう。

この日の閉会式は、全ての選手を讃える拍手と、日本の選手たちへ贈る言葉で締めくくられた。

「今日、世界中の選手たちがここに集ったのは、あなたたちとラグビーをするためです」