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海老蔵さんが明かしたマスコミへの思い「ある意味ありがたいと思っています」

昨年6月に妻・麻央さんの病状を公表した日から、報道各社へ配慮を求め続けてきました。

妻・小林麻央さんの訃報が報じられた6月23日、自身が手がける舞台の合間に渋谷区の劇場で会見を開いた夫・市川海老蔵さん。

会見場には約400人の報道陣が詰めかけ、会見が始まる1時間前から記者やカメラマンが行列をなした。

「ご報告することも一つの義務なのかもしれません」

「わざわざご報告するようなことではございませんが、今朝も家の前に多くのマスコミの方がいらっしゃいました。ご報告することも一つの義務なのかもしれません」

報道陣の前に立った海老蔵さんは、そう切り出した。ストロボの眩い光に細めた目は濡れ、疲れをたたえた隈に縁取られていた。

「昨日夜に麻央が旅立ちました。それにより家族でしなくてはならないこと、子どもたちとの時間の中で、思った以上に皆さんに(訃報が)伝わったのが早かった」

「急きょみなさまにお時間を作っていただいたのも、多くの方にご迷惑がかからないように、アナウンサー時代から妻のことを応援してくださった方々へのご報告を含め、このような時間を設けさせていただきました」

海老蔵さんが言葉を発するたびに、虫の羽音のようなシャッター音が劇場いっぱいに降り注いだ。

配慮を求め続けた1年間

海老蔵さんは昨年6月9日に麻央さんの病状を公表。

その日から麻央さんの訃報が伝えられた23日まで、マスコミへの配慮を求め続けた1年間だった。

乳がんを公表した日の夜、海老蔵さんはブログに「私共家族はこれからも本番です。あくまでも病人なのでマスコミの方々にはしつこいようですが静かに見守って頂きたいです」と投稿。

しかし、翌10日にも麻央さんの実家や周辺で隠し撮りなどの取材がされていたことを報告し、「マスコミの方々もお仕事である事は重々承知しておりますが、人の命に関わることです。マオ本人の負担になるような撮影はやめてください」と呼びかけた。

麻央さんが楽しみにしていた子どもたちの運動会の前には「もうご存知の方もいるそうですが。子供達の運動会近々です。マスコミ様。静かに見守ってくださいますよう、くれぐれもよろしくお願い申し上げます」と綴った

麻央さんの死から一夜明けた23日朝に投稿されたブログにも、同じように配慮を求める言葉が並んでいた。

「人生で一番泣いた日です。マスコミの方々もお察しください」

「改めてご報告させていただきますので、近隣の方々のご迷惑になるのでひとまずおかえりくださいませ、宜しくお願い致します」

会見場でも「この会見を持って、劇場や自宅周辺での取材は固くお断りしています」と繰り返し、繰り返しアナウンスされた。

報道陣へ「ある意味ありがたいと思っています」

23日の会見では次々と質問が飛び交った。

麻央さんが息を引き取った時の様子は? 最後に交わした言葉は? 子どもたちの様子は?

海老蔵さんは一つひとつ丁寧に質問に答えた。

「そろそろお時間が…」と遮ろうとするスタッフに「もうちょっと大丈夫だよ」と声をかけた。

麻央さんへの思いとともにあふれる涙をぬぐう姿に、一斉にストロボの光が当てられた。

「奥様から学んだことはなんですか?」という問いの答えには、マスコミへの複雑な思いものぞいた。

「彼女は元気になったら、自分が歩んできた過程の病、乳がんやそれに伴う病に対して、多くの人の救いになれるような存在になりたいと闘病していました。それでブログも始めたんです」

「同じ病の人たちや苦しんでいる方々と悲しみや喜びを分かち合う妻の姿は、私からすると人ではないというか、なんていうんですかね。すごい人だなって」

「だから、マスコミさんのおかげで公になって、ある意味ありがたいと思っています」

妻と家族に許された最後の1年間。その時間を大切にしたいと思うからこそ、マスコミに配慮を求め続けた。

その一方で、自身のブログと報道を通じて、自分と同じ境遇にいる人へ手を差し伸べ続けた妻の思いも大切にしたかった。

海老蔵さんは最後に、麻央さんのブログに励まされてきた人々への思いを聞かれ、こう答えた。

「こういうことをご報告することがどうかとは思います。でも麻央の存在やブログで励まされた方々がいらっしゃるということで、今日会見を開きました」

「麻央は昨日先に旅立ちましたけども、ずっと、麻央はみなさまのそばにいると思います」

「本当にいろいろありがとうございました」