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「この映画はもう、葬り去られなければいけないと思った」 ある女優の選択

彼女はレッドカーペットを「交渉」の場に変えた。いつものスポットライトを、別の主役に譲ることで。

その年、最も注目を集めた映画や役者に贈られる各賞の授賞式。

華やかなドレスやタキシードに身を包んだセレブたちが集うレッドカーペットは、とても、きらびやかに見える。

「でも、レッドカーペットを心から楽しんでいる女優はいないと思います」

BuzzFeed Newsの取材にそう語るのは、5月25日に公開された映画『ゲティ家の身代金』で、今年のゴールデングローブ賞・主演女優賞にノミネートされたミシェル・ウィリアムズ。

「着飾るのが好きなわけではないし、自己賛美の世界なんですよね」

「レポーターたちに『今日は綺麗だ』とか『綺麗じゃない』とか『老けた』とか『痩せた』とか言われて容姿を測られるのも、気分がいいものではありません」

それでも、自分たち女優の力は、レッドカーペットにこそある。

そう気づいた彼女は、今年はその力を自分たちのために使うことにした。スポットライトを別の「主役」に譲ることで。

「#MeToo」をレッドカーペットへ

1月7日にロサンゼルスで開催されたゴールデングローブ賞授賞式。

多くの参加者が家族やパートナーと連れ立って出席したなか、ウィリアムズは同伴者にある「活動家」を選んだ。

性暴力やセクシュアル・ハラスメントに声をあげ、被害者と連帯する「#MeToo」ムーブメントを2006年に立ち上げた、タラナ・バークだ。

「最初にタラナに電話したときはお互いのことをよく知らなかったので、彼女は躊躇していました」

「でも、タラナたち活動家が求めていたのは、注目を集めることができる大きな舞台。レッドカーペットは私たちの姿を写し、質問するためだけに大勢の人が集まってくれる絶好の機会だと考えたんです」

「どうせやるなら、最大限大きくやろう」というタラナの提案で、ほかの女優や活動家にも参加を呼びかけた。

出席者の多くが「#MeToo」へのサポートを示す黒の衣装で登場したなか、エマ・ワトソンやメリル・ストリープなど8人の女優が、性差別や労働問題に取り組む活動家たちと共に、それぞれの活動について訴えた

「もう、この映画は葬り去られなければいけない」

この日のレッドカーペットにたどり着くまでにも、ウィリアムズはハリウッドに巻き起こった「#MeToo」の嵐の中で、いくつかの“事件”に巻き込まれていた。

まず、主演女優賞でノミネートされた「ゲティ家の身代金」の公開約2カ月前に、世界一の大富豪ゲティ役にキャスティングされていた俳優ケビン・スペイシーのセクハラ問題が発覚。一時は、映画の公開自体が危ぶまれた。

ウィリアムズ自身も「もうこの映画は、葬り去られなければいけない」と考えていたと話す。

「最初にあのニュースを見たとき、声を上げたアンソニー(・ラップ)はなんて勇気があるんだろうと、今すぐ彼のところへ行って抱きしめたいと思いました」

「映画はもう誰にも見てほしくない、誰かにあれほどの痛みを与えた人物を美化することは間違っている、そんな作品に自分は関わることはできない、だからもうゴミ箱に捨てて、葬り去るしかないと感じていました」

窮地に立たされた制作陣は、代役にクリストファー・プラマーを起用。9日間で該当シーンを全て撮り直して、公開日に間に合わせた。

だが今度はこの再撮影のギャラが、ウィリアムズと共演した俳優マーク・ウォルバーグの間で、大きな格差があったことが発覚。

ウォルバーグが計150万ドル(約1億6千万円)以上の報酬を受け取ったのに対し、ウィリアムズには、その1%にも満たない計1000ドル弱しか支払われなかったと報じられた

セクハラと男女間の給与格差。ハリウッドで働く女性の多くが経験する二つの問題に直面したウィリアムズは、この時も自分に集まった注目を問題そのものに光を当てることに使った。

ウォルバーグが報酬の150万ドルをセクハラや性差別に取り組む女優たちの団体「Time's Up」に寄付すると発表したことを受けて彼女が出した声明は、スペイシーからの被害を告白したアンソニー・ラップへのメッセージで結ばれている。

「今日の主役は私ではありません。女優仲間たちは私のために闘ってくれ、活動家の友人たちは声を上げる方法を教えてくれ、最も力のある男性たちが私たちの声を聞いてくれました」

「真に平等な社会を築くためには、あらゆる立場の人の努力と犠牲が必要になります。…アンソニー、あなたがこれまで犠牲になった人々のために声を上げたように、私たちもあなたのおかげで声をあげることができるようになりました」

描くのは「娘が形作ることのできる世界」

「ゲティ家の身代金」は、1973年に世界一の大富豪と謳われた資産家ゲティの孫が誘拐され、多額の身代金を要求された実際の事件を描く。

ウィリアムズは誘拐された孫の母親で、残忍な誘拐犯だけでなく、身代金を支払おうとしないゲティとの攻防に心身を削りながらも果敢に挑む女性ゲイルを演じる。

交渉のテーブルにつくために、爆発しそうになる不安や怒りを押さえ込み、弱さをひた隠しにする彼女を、ゲティをはじめとする男性たちは相手にしようとしない。

発言しようとした彼女に対して「いま何かおっしゃいましたか?」と聞く耳を持たない弁護士。「息子が誘拐されたんだ、母親なら普通泣くだろう」と罵声を浴びせる記者たち。

「交渉から締め出され、対等に扱ってもらえないゲイルの姿は、あの時代を生きた女性たちの象徴でもあり、現代を女性として生きる上で直面する困難にも通じると思います」とウィリアムズは語る。

それでも彼女たちがひたむきに、時にはしたたかに「交渉」を続ける理由。

ゲイル同様、一児の母であるウィリアムズは、「娘には違う世界を渡すことができる可能性があるから」と語る。

「私はこれまで、娘には、この危険な世界で自分を守る方法を教えなければいけないのだと思っていました。私自身が、世界を変えることはできないと信じ、与えられたもので何とかやりくりして生きてきたからです」

「でもタラナが始め、私も少しずつやり方を学んでいる方法なら、娘には違う未来を選ぶことができるかもしれない。そう思うようになりました」

娘のために描くのは、彼女が安全に暮らせる世界。彼女の成功や価値が、男性や力のある人たちとの関係や、彼らをどう喜ばせ、受け入れたかと関わりなく、評価される世界。

そして、何より彼女自身が影響力を持ち、世界を形作っていくことのできる世界だ。

タラナと歩いたレッドカーペットを「これまでの人生で最も誇らしい夜でした」と、ウィリアムズは語る。

「きっと娘にとっても、私のことを最も誇らしく思った夜だったと思います」


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BuzzFeed JapanNews

【訂正】ケビン・スペイシーのセクハラ問題に関する報道を映画の「公開約1カ月前」としていたのは、「公開約2カ月前」の誤りでした。訂正いたします。