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救急車のサイレンだけが鳴り響く街で 日本人バイオリニストの祈りの「アヴェ・マリア」が胸を打つ

新型コロナウイルスによって、4月8日までに1万7千人以上が亡くなったイタリア。

ある日本人バイオリニストが街のシンボルである鐘楼から奏でた祈りのメロディーが、静かな感動を呼んでいる。

サプライズで恩返し

イタリア・クレモナ在住のバイオリニストの横山令奈さんは4月3日の夕方、高さ112メートルの鐘楼「トラッツォ」の上から、15分にわたって演奏した。

行政当局や警察にも事前に許可を得たうえで、人が集まらないようにサプライズで敢行。スピーカーを通して、街中に音楽を届けた。

「ロックダウンしてから医療崩壊ギリギリの状態で持ちこたえているクレモナや、近隣の町の病院にいる方々、亡くなってしまった方々やその家族、家にずっとこもっているしかないすべての人々に思いを馳せながら、精一杯演奏しました」

横山さんは、そう振り振り返る。

2006年に留学して以来、クレモナを拠点に欧州で活動してきた横山さん。新型コロナで多くの人々が自宅待機を余儀なくされ、ゴーストタウンのようになってしまった街の様子に心を痛めていた。

3月末にクレモナの観光プロモーションを手掛ける集団「プロ・クレモナ」から「1ヶ月間ずっと救急車のサイレン以外に静寂しかないクレモナの中心街に、バイオリンの音を響かせたい」と持ちかけられ、街への「恩返し」を決意したという。

バルコニーから「ブラボー!」

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Pro Cremona / Via youtu.be

Audizione a Cremona - Ave Maria di Charles Gounod | Lena Yokoyama | PRO CREMONA

クレモナはアマティ、ストラディヴァリ、グァルネリら世界的な楽器製作者を生んだバイオリンの聖地。

イタリア国内でも新型コロナでとりわけ多くの犠牲者を出した、ロンバルディア州にある人口7万2千人ほどの都市だ。

「19歳の時にクレモナに留学に来てすぐ、このトラッツォに登って、いつかこの上でバイオリンを演奏できたら…などと身のほど知らずに考えていたことを思い出し、こんな形で夢が叶ってしまったことがとても切なくなりました」

1曲弾き終えるごとに、自宅のバルコニーで聴いていた近隣住民からわき起こる「ブラボー!」の歓声。演奏後に夕陽に照らされた無人の広場を見下ろしながら、自然と涙があふれた。

嵐を乗り越える勇気

今回弾いたのは、グノーの『アヴェ・マリア』、バッハのソロソナタ第1番より『アダージョ』、ヴィヴァルディ『四季』より『夏』第3楽章。

「最初の2曲は、祈りの気持ちをこめて、『アヴェ・マリア』と『アダージョ』を選びました。『夏』の第3楽章を選んだのは、この曲に添えられたソネット(定型詩)に描写されている「嵐」が、まるでいま私たちの置かれている状況を象徴しているような気がしたからです」

「でも同時に、その激しくエネルギッシュな曲調に、私はこの嵐を乗り越えるための勇気を奮い立たせてくれる力強さを感じることができました。その思いが聴いてくださっていた方々にも伝わっていたなら、嬉しいです」

トラッツォでの演奏とクレモナの街並をドローンから撮影した動画は、現在までに3万回以上再生され、地元メディアにも取り上げられた。

横山さんのもとには、クレモナ市民からの感謝のメッセージが続々と届いているという。

インスタでも発信

少しでも音楽好きの人たちの励みになれば――。

そんな思いで、横山さんはロックダウン後も室内で演奏する様子や過去のコンサートの様子などをInstagramに投稿してきた。

「思い上がりかもしれませんが、アーティストの仕事は人の心と心を直接つなぐもの。その思いが一人にでも届けば、私は音楽家として生きていくことができると思います。またいつかコンサートで思いっきり表現できる日が戻ってくるまで、そうやって過ごしていくつもりです」