有働由美子が語る「一か八かの勝負時」 サザンの新曲に思い重ね

    「相当、悩みました。辞めてからも、苦しくなるぐらい後悔しましたね」

    今年でデビュー40周年を迎えるサザンオールスターズ。6月15日に配信リリースされた3年ぶりの新曲『闘う戦士(もの)たちへ愛を込めて』は、企業社会を鋭く描きつつ、働く人たちへエールを贈るメッセージソングだ。

    3月末でNHKを退局し、10月からは日本テレビ系「NEWS ZERO」のメインキャスターに就任する有働由美子に、長年のファンだというサザンへの思いや「闘う」仕事論を聞いた。

    いきなり紅白で踊ることに

    ――昨年の紅白歌合戦では、桑田佳祐さんの年越しライブの中継中に『ひよっこ』主題歌の『若い広場』のステージで共演されていましたね。

    急に大晦日を空けろ、と会社に言われまして。最初は「ライブが行われている横浜アリーナです。こちらに桑田佳祐さんがいらっしゃいます。以上」ぐらいな感じだと思っていたんです。

    ところが、ライブ前に桑田さんの楽屋のあいさつに伺ったら、いきなり「一緒に踊るのはどうだろう」とおっしゃられて。「踊る???」みたいな。

    アナウンサーがステージに出るのは場を濁すというか、邪魔ではないかと申し上げたのですが、「全然。一緒にいてください」と。

    替え歌気づかず、一生の不覚

    ――「愛の言葉を有働~♪」という替え歌が話題になりました。

    桑田さんがアドリブで入れてくださって。でも実は、ステージでは全然聴こえていなかったんです。踊ることの方に集中してしまって…。

    中継終わりにメイクさんから「有働さん、名前呼ばれてよかったですね」と言われて、いったい何の話をしてるんだろうと。家に帰って録画を見返して、これが聞こえなかったなんて一生の不覚…と反省しました。

    ――桑田さんとは楽屋でどんな話をされたのでしょうか。

    だいぶ前に一度、サザンのライブに行ったことがあって。その時は男性の友人がチケットをとってくれて、端っこの方から見たんですね。

    サザンのチケットってなかなか取れないからって、その人が「僕にチケット代を払うか、キスするかどっちにする?」と言ってきて。もちろん、自腹で買いましたけど(笑)

    桑田さんに「ひどい男がいて…」って話をしたら、すごく笑ってました。

    エロいのにベタベタしてない

    ――サザンで思い入れのある曲は。

    ほぼ全部です。どっぷり浸かりたい時にも、気分を変えたい時にもサザンを聴ききます。

    自分に歌ってもらっているわけでもないのに、恋愛したら『いとしのエリー』(1979年)の気分ですし。『マンピーのG★SPOT』(1995年)はエロいのにベタベタしてないのが好きですね。

    私は最後のバブル世代なんですけど、学生時代を関西で過ごしていたので、「サザン=湘南」って感じで憧れがありました。

    モテない女子たちでドライブに行く時にも、必ずサザンをかけて。好きな曲をカセットで編集して、ドライブバージョンとか海バージョンとかつくってましたねえ。

    濃密な歌詞、読みがいある

    ――どんなところに魅力を感じますか。

    アナウンサーという仕事柄、純文学の朗読をしたりすることもあるのですが、桑田さんの歌詞は無駄なく内容が詰まっていて読みがいがあるんです。

    誰かの前で読み上げるではないのですが、歌詞カードを見ながら読んでみると、本当によくできた文章なんですよ。

    飛んでいるようで全部つながっている。とにかく濃密な文章。どこで切るか、どう読むか、読解力が試されます。すごくいい「教材」で、めちゃくちゃ勉強になりますね。

    家に帰って一人ウルウル

    ――新曲の『闘う戦士(もの)たちへ愛を込めて』はどう読みましたか。

    私が会社を辞めたばかりっていうのもあるのかもしれないですけど、組織に勤めている方は、どこかしらのフレーズが刺さるだろうなって思います。

    たとえば《酔いどれ涙で夜が明ける》《しんどいね 生存競争(いきていくの)は》とか。

    生存競争していたかどうかわかりませんが、会社でつらいことがあって、みんなでわーっと酔っ払ってごまかして。家に帰って一人ウルウルしたり。もしかして私のこと見てましたか?っていうぐらい。

    《弊社を「ブラック」とメディアが言った 違う違う》という歌詞は、メディアの側も薄々気づいていながら「しょうがないよね」と突き進んでしまう実情を言い当てていますよね。

    こういう歌詞を書いておいて、タイトルが『闘う戦士(もの)たちへ愛を込めて』というのも心憎いです。

    全体的にすごくリアルなんだけど、洗練された言葉で言ってくれるから、グサッとくるけど悲しくない。むしろ逆に励まされる。桑田さんの言葉選びはすごいな、と思います。

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    松竹チャンネル/SHOCHIKUch

    映画『空飛ぶタイヤ』スペシャルムービートレーラー(主題歌 サザンオールスターズ「闘う戦士(もの)たちへ愛を込めて」ver.)

    「個性」と「素」は違う

    ――「生存競争」のなかで、個性を発揮しようともがき、すり減っている人も少なくありません。

    私は「個性」って人が決めるものだと思うんです。自分から考えたり、打ち出したりするものではないんじゃないかなって。

    「個性」と「素」は違います。

    「有働さんって明るくて、ズケズケものが言えて、いつも楽しそうでいいよね」ってよく言われます。それが外から見た「個性」なのだと理解しておけば、仕事でここまでやっても平気、あの人にはここまで言って大丈夫だとわかる。

    実際の「素」は、ズケズケ言った後にクヨクヨ後悔するし、仲のいい友達と会うとネガティブな話ばかりしています。家に一人でいたら、なるべく外に出たくないタイプです。

    だけど、「そんな弱い私も認めてね」っていうのは、他人にとって迷惑じゃないですか?

    「いつも明るくて、はっちゃけている」と思われているのであれば、それはそれでいい。「素」と「個性」を一緒にして、「素」のなかから「個性」を探そうとすると苦しくなります。

    他人の目からの自分と、自分が思う自分は別物だって思っておいたほうが楽。「個性」と「素」を一致させる必要はない。「素」の自分は自分で、大事にしていればいいんです。

    いま20代の自分に会えたら

    ――過去には《酔いどれ 恋も捨てて》という歌詞のようなこともあったりしたのでしょうか。

    酔いどれる前に捨てました。捨てたのか、捨てられたのかわからないです(笑)

    プライベートと仕事で悩んだ時は、いつも仕事を選んできました。

    それだけ楽しかったんだと思います。入れ込めば入れ込むほど次の結果がほしくなって。どうしてもプライベートにいく感じにはなれなかった。

    引き裂かれることもありました。いま20代の自分に会えたら、「出産して子ども育てて、30代、40代でまた仕事することもできるよ」って言ってあげたいです。

    でも当時はいま以上の男性社会でしたから、仕方がなかった。「女性は〜」と言われるのが嫌で、私たちがそういう働き方をしてきたことで、いろいろ遅れてしまった部分もあるのかもしれません。そこは反省してますね。

    辞めた後、何度も悪夢

    ――《一か八かの勝負時》という歌詞がありますが、有働さんも最近、長年勤めたNHKを退職されましたね。

    一か八か、どっちだったんだろう?

    好きな会社で、番組も好きで。だからこそ27年勤めたわけで、もう少しやりようがあったんじゃないかっていうのはすごく悩みました。

    辞めてからも相当、苦しくなるぐらい後悔しましたね。

    「あの人NHKだからよかったけど、フリーになったらダメだね」って陰口を言われる夢を4回ぐらい見ました。

    辞表を出したこととか、辞めたこととか全部ナシにならないかな…と思うのですが、もうしょうがない。そんなことを何回か繰り返して、最近ようやく慣れました。

    メリット、デメリットをノートに書いた

    ――それぐらい大きな決断だったと。

    いま49歳なんですけど、50歳を前にしたら残り時間が少ないんですよ。サラリーマンでいた場合、10年も現場にいられない。

    管理職になって、退職の時に「まあまあ偉くなったな」と思うか、「失敗もあったけど、色々な現場に行って楽しかったな、やりきったな」と振り返るのか。

    現場でしょ!と思いつつも、組織のなかで自分だけがいい環境、いい場所にい続けるっていうことは、誰かのチャンスを奪うことにもなりますから。

    どこかで交代しなきゃいけないけど、もうちょっとやりたい。そうすると、会社に残ってワガママを言うか、辞めて自由にやるかしかなかった。

    ――悩ましいですね。

    相当、悩みました。辞めた時と辞めない時のメリット、デメリットをノートに書き出して。何回やっても、辞めない方が得になるんです。

    頭では辞めないでおこうと思っているのに、何回もそのチェックリストをやってしまう。で、反対しそうな人には言わず、背中を押してくれそうな人にだけ相談して。

    ということは、やりたいのはこっちだなと。

    亡き母と、いのっちの言葉

    ――亡くなったお母様の言葉が後押しになったとか。

    母親は67歳で亡くなったのですが、最期に「由美子、人生なんてあっという間ね」とつぶやいたんです。すっかり忘れていたのですが、その言葉を思い出して。

    母が亡くなった年齢まで20年ない。割とすぐだな、と思って決めました。

    父は「結婚もしなかったんだし、1回ぐらい好きなようにやってみてもいいんじゃないか」と言ってましたね。

    『あさイチ』で共演していた、いのっち(井ノ原快彦)には自分の気持ちが固まった時点で一番先に報告しました。その時点で番組の交代は決まっていて、あとは辞めるか辞めないかだったので。

    いのっちは「有働さんの決めたことなら、それが一番正しい。どういう風になっても僕は応援するから、自分がやりたいことをやってください」と言ってくれて。

    もし、いのっちが反対していたら、絶対に会社に残っていたと思います。私のなかの仏様みたいな人なので(笑)

    やっぱり、『あさイチ』を離れるというのが一番大きかった。そこでひとつ、自分のなかでの区切りがついた気がします。

    「ジャーナリスト」の覚悟

    ――退局に際して「一ジャーナリストとしてNHKの番組に参加できるよう精進してまいります」とコメントしました。

    すごくご批判をいただきました。チャラチャラしたヤツがジャーナリストなんて言うなよ、という感覚があるんだと思います。

    アナウンサーって「書いてあるものをただ読むだけ」と思われがちですが、原稿ひとつ読むのにもジャーナリスティックな視点が必要です。

    たとえば米朝首脳会談でも、トランプ大統領と金正恩氏のどちらに注目するかで全然ニュースが違ってくる。

    NHKのアナウンサーはすぐに読むんじゃなくて、記者と一緒に取材も経験します。サツ回り(警察取材)もすれば、リポートづくりもする。私も若いころから「ジャーナリストたれ」と教えられ、育てられてきました。

    まだ番組もスタートしていないなか、ご批判頂戴していますが、「受けて立つ」という思いではいますね。

    個人で被災地を取材

    ――著書『ウドウロク』に書かれた、駆け出しのころに出会った貧困家庭の女子高生のエピソードが印象的でした。深く考えないままに「売春はやめた方がええで」と声を掛けたら、「お母さんにお金送らなあかんもん」「なんで売春してお金稼いだらあかんの?」と返されたと。

    会わずして、あるいは知らずしてイメージを持つことの怖さ、罪ということを彼女に教えられました。

    いま、まったくの休みなので、東日本大震災の被災地の沿岸を青森・岩手・宮城・福島・茨城と個人でまわっています。

    「NHKの有働です」とも、「『あさイチ』なので聞かせてください」とも言えない。「有働由美子と申しますが、ちょっとお話いいですか」という気恥ずかしさもありますが。

    どうしても効率よく大きな情報、マスの情報を求めてしまうことがあると思うんです。

    枝葉の部分や小さな積み重ねが大切なのに、ひとまとめに束ねて「困ってますね」とか「だいぶよくなりました」とか言ってしまいがちです。

    アウトプットありきで聞いていくから、どうしても各社似たようなトーンになってしまう。まとめたくなるんですね。でもそれでいいのかな?って思っていて。

    だから今回は、町長さんに町民全体のことを尋ねるんじゃなくて、漁師さんはどう? お母さんはどう思う?とお一人お一人に聞いていこうと。

    みなさんバラバラなことをおっしゃるので、まとめてマス的なことは言えません。でも、こういうことが大事だったな、と改めて感じています。

    VRカメラ、取材相手に優しい

    ――お一人で動いているのですか?

    運転してくれる友人夫婦の車に乗っけてもらって。取材は一人で、バーチャルリアリティー(VR)のカメラを持ち歩いて。

    360度で撮ると取材相手もこちら側も全部映るので、何かあった時に資料として使わせてもらえるかもしれないなと。

    普通のカメラだと構えるだけでプレッシャーを与えちゃいますけど、VRカメラはちっちゃいし、向けなくてもいいので取材相手に優しいんです。

    なんて、まだどうやって編集するかもわかってないんですが(笑)

    言うべきことは言わないと

    ――心機一転、ゼロからのスタートということで、今後の抱負をお聞かせください。

    物心ついてからずっと、何かに所属してきました。保育園、幼稚園、小中高、大学、そのまま就職で。しかも、所属するのが大好きな方だったと思うんです。

    人生で初めて組織を離れ、「個」になった。そこは大事にしたいな、と思っています。いままでは番組づくりでも、グループが心地いいように、ということを優先してきた。

    もちろん仲間は大事にするんですけど、せっかく「個」になったのだから、自分が何をやりたいのか、発信したいのかは責任を持って考えたいな、と思っています。

    組織にいる時は、ちょっとそこをサボっていたかもしれない。どうしても私が発信すること=NHKの意見、と捉えられてしまうので。

    個で発信するのはすごくしんどいと思います。Twitterのちょっとした発言も世界中からバッシングされる時代ですし。

    でも、叩かれることを恐れ発信しないのでは本末転倒。炎上しようが何しようが、言うべきことは言っていかないと、自分も社会も小さくなってしまう。

    発信するためのツールは色々あるので、積極的に活用していきたいですね。

    Twitterをやらない理由

    ――Twitterとか、やらないんですか?

    やってません。私、酔っ払った時にいろんな人にメールしちゃうんです。

    「すごいアイディア浮かんだ! こんな番組見たことないよね?」って企画を送りつけて、次の日に見たらものすごくショボいとか日常茶飯事。

    酔って大御所にダメ出ししちゃって、全然覚えてなくて。翌朝、あわてて1000倍ぐらいの行数をかけて謝る、なんてこともありました。

    Twitterなんかやったら、もう大変(笑) 手紙とかノートに書くぐらいにしてこうと思います。

    桑田さんに聞きたい

    ――サザンは今年、40周年を迎えます。

    40年前というと私が9歳のころですね。私は27年勤めた会社を辞めましたけど、サザンはソロ活動や休止期間もありつつ40年もの間続けていらっしゃる。

    しかも聴衆は、サザンらしさと同時に新しさも求めるわけじゃないですか。ファンの声とどのように向き合い、音楽を生み出してこられたのか。ぜひ直接、桑田さんに伺ってみたいです。

    〈うどう・ゆみこ〉 1969年、鹿児島生まれ。兵庫、大阪育ち。神戸女学院大学卒。91年、NHK入局。2007年〜2010年にニューヨーク特派員。10年3月から『あさイチ』キャスター。紅白歌合戦の総合司会や紅組司会を計7回務める。今年3月にNHKを退局。著書に『ウドウロク』(新潮文庫)。


    サザンオールスターズはデビュー記念日の6月25日と翌26日にNHKホールでキックオフライブを開催する。26日の模様は全国の映画館でライブ・ビューイングされる。8月12日には「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」にも出演予定だ。

    そんなサザンの新曲「闘う戦士(もの)たちへ愛を込めて」は、すべての働く者たちへの賛歌。BuzzFeedでは、各界の一線で活躍する著名人に、サザンとその新曲を通して「闘う」仕事論を聞くインタビュー連載を配信している。

    ・島耕作が口説かないワケ 弘兼憲史が語るサザンとエロス
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    BuzzFeed JapanNews