「同業者の皆さんやスタッフの皆さん、ライブやイベントがキャンセル・延期になっている。そういうなかで、おじさんおばさんたちが多少動くことで何かお手伝いできれば」
サザンオールスターズの桑田佳祐は6月13日夜、レギュラーラジオ番組『桑田佳祐のやさしい夜遊び』(TOKYO FM系)で、25日に開催予定の無観客リモートライブについてこう語った。
「聖地」で無観客ライブ
デビュー42年にして初の試みとなるリモートライブ。チケットは3600円で、「ABEMA」「LINE LIVE」など8つのメディアで一斉配信される(別途、配信メディアごとに異なる手数料がかかる)。
収益の一部は、新型コロナウイルスの治療や研究開発にあたる医療機関に寄付するという。
25日はサザンのデビュー記念日。会場となる横浜アリーナは、過去に何度も年越しライブなどを開催してきた「聖地」でもある。
配信が前提であれば、わざわざ1万5000人規模の大箱を使わずとも、より小さな会場を借りた方がコストを抑えることができたはずだ。
それでもあえて横浜アリーナを選んだところに、コロナ禍で苦境に立たされたライブスタッフや音楽業界に対する、サザンの強い思いがうかがえる。
横浜アリーナ「無観客でもありがたい」
今回のライブには、昨年の全国ツアーと同じスタッフで臨む。桑田は「ウチは最強のスタッフですから。いまリハーサルしてますけど、やっぱり安心」と胸を張る。
「ライブとなると、多くのスタッフが何ヶ月も前から(セットなどを)こしらえてくれる。ライブ自粛要請となった時は、たくさんの身内に激震が走ったと思います」とも述べ、苦楽を共にしてきたスタッフへの感謝を繰り返し口にした。
横浜アリーナの担当者は「コンサート業界に従事している皆さんは、まったく仕事がない状態が数ヶ月間続いており、無観客であっても非常にありがたい。いつの日か通常の形で開催できるようになるための足がかりになれば」と歓迎する。
6900億円が消失
実際、エンターテインメント業界には強い逆風が吹きつけている。
ぴあ総研によると、新型コロナの感染拡大に伴う自粛が広がった2〜5月の間に、コンサートや演劇、スポーツなどの「ライブ・エンタテインメント」のイベント19万8000本が中止・延期になった。
来年1月までの1年間の推計値でみると、その数は43万2000本にまで膨れ上がる。中止・延期などで売り上げがゼロ、もしくは減少した公演の入場料の総額は実に6900億円(うち音楽系は約3300億円)。
2019年の市場規模が約9000億円だから、年間で77%もの売り上げがコロナによって消し飛ぶ計算になる。
音楽関係者「餓死するしかないレベル」
未曾有の事態に、音楽関係者らは青息吐息の窮状にあえいでいる。
日本ポピュラー音楽学会の宮坂遼太郎さんが「音楽に仕事として関わる個人」を対象に実施したオンライン調査(4月9〜16日、有効回答数895件)によれば、決まっていた仕事がすべてなくなった人は43.1%、ほとんど(7〜9割)なくなった人は43.5%。全体の86.6%が、仕事の7割以上がなくなったと答えた。
収入への影響や深刻度を尋ねた質問にも、「廃業レベルで困っている」という回答が30.7%、「困っている」が55.8%を占めた。自由記述欄には、こんな悲痛な声が並ぶ。
「介護の母親と共に餓死するしかないレベル」
東海地方の60代男性 舞台業務全般(音響照明道具) フリーランス
「借金までして維持するべきか、会社を畳むべきか…」
関東地方の40代男性 照明業者
「12本 70万くらいの収入見込みがゼロに」
「2月から無職になり、先が見えないので転職を考えています」
東京の40代男性 舞台監督(フリーランス)
※いずれも宮坂さんの調査より
コンサートの現場は多くのフリーランスによって支えられている。コロナの影響が長期化して彼らの収入が断たれれば、将来的に通常のライブが再開されたとしても、人材の確保が困難になるおそれもある。
無観客であれ、サザンが横浜アリーナを貸し切ってライブをすることで、数百人規模の雇用が生まれる。ライブというエコシステムを守り、次世代に「匠の技」を継承していくことにもつながるのだ。
打首獄門同好会の選択
今回、サザンが有料でチケットを販売することの意義も大きい。
コロナ禍でライブの中止を余儀なくされたアーティストが同じ会場で無観客ライブを敢行し、無料で配信するケースはこれまでにもいくつかあった。
たとえば、ロックバンドの打首獄門同好会は2月29日、Zepp Tokyoから無観客ライブを無料配信している。
《あ、ひとつお願いなのですが「打首はこうしたのに」って、他バンドに同じような配信ライブを求めないようにしてくださいね。
中止ってだけでも損失えげつないのに何百万か赤字が増えるやつです。やらないのが普通で、ウチがおかしいんです。
でも1つくらいやった方がいい。楽しんでくださいね》
打首が公式Twitterで念を押した通り、無料である以上は赤字を覚悟せざるを得ない。
彼らの心意気には本当に頭が下がるが、ライブビジネスの持続可能性を考えるならば、アーティストの善意頼みではないやり方を模索していく必要があることも確かだ。
後進の「希望の轍」に
東京を中心に活動するバンドceroは3月13日、電子チケット販売プラットフォーム「ZAIKO」を活用して、チケット代金1000円の有料ライブを配信した。メンバーの高城晶平はTwitterで次のように表明している。
《今回のceroの配信は有料制を選択しています。無料配信がスタンダードな現状において、これは賛否が分かれる所だと思いますが、ショービジネスの受難がまだまだこれから先も続くことを考えると、全体のためにも新しい選択肢が必要だということで合意しました》
ミュージシャンやアイドルらの間で有料配信の潮流が徐々に広がりつつあるなかで、「国民的バンド」の看板を背負ったサザンが新たに参入することの影響は非常に大きい。
無観客でも、有料配信でも、きちんと収益をあげられる――。
サザンが体を張ってその可能性を示すことができれば、音楽ビジネスの新たなモデルケースになりうる。後に続くアーティストにとっても「希望の轍」となるのではないだろうか。
2700万人集めたトラヴィス・スコット
リモートや無観客という特殊な環境下でのライブ表現の「進化」にも注目したい。
ラッパーのトラヴィス・スコットは今年4月、登録ユーザー数が3億5千万人を超える人気ゲーム『フォートナイト』内でバーチャル・コンサートを開いた。
巨大化したトラヴィスが空から舞い降り、水中や宇宙空間へと次々に観客を誘う。わずか10分に満たないイベントではあったが、5回にわたって累計2770万人を超えるプレイヤー集め、大きな反響を呼んだ。
今後のリモートライブの方向性のひとつとして、トラヴィスのように現実世界では実現不可能な「バーチャル」に振り切ったものが挙げられる。
変わる「体験」消費
そしてもうひとつのアプローチが、逆に「リアル」の方に徹底的に寄り添った試みだ。サザンのリモートライブはまさにこちらに該当する。
舞台は、多くの人が慣れ親しんだ横浜アリーナという「聖地」。ファンは思い出のデータベースを参照しながら、現実の身体感覚の延長で自宅からライブを楽しむことができる。
参入障壁の低さや技術、予算の制約なども考えると、少なくとも短期的には後者のリアル路線が主流になっていくことが予想される。
横浜アリーナのような大規模会場はむしろ例外で、ライブハウスなどでの無観客ライブが増えるかもしれない。
コロナ禍にさいなまれ、どうしても「できないこと」や不自由な点ばかりに目が向いてしまいがちだが、新たな可能性の芽は不可能性の中にこそ眠っている。
ガラガラの客席をどう活かすか。SNSなどを活用して観客同士の一体感を演出できないか。ライブならではの「コール&レスポンス」(双方向性)を担保するには…?
生のライブの単なる「代替品」にとどまらない形で、リモートライブという体験を磨き上げていく余地は大いにあるだろう。
「年越しではなく画面越し」
「年越しはあるけど『画面越し』は初めて」
「どんなライブになるかわからないんですけど、その辺を予測しながら、60過ぎのメンバーがわちゃわちゃリハーサルをやっています」
桑田はこの日のラジオで、茶目っ気たっぷりにそう話した。
サザンのライブの名物といえば、桑田の「スタンド、アリーナ!カモン!」という掛け声。たとえリモートでも、サザンの魔法はきっと、お茶の間をスタンド席やアリーナ席へと変えてくれるに違いない。