山口くんの『忍者ハットリくん』を30年ぶりに返しに行った結果

    「名前入りカセット博物館」が、ついにゲームソフトの初返還を達成。33年前に発売された『忍者ハットリくん 忍者は修行でござるの巻』の元の持ち主が語った、少年時代の思い出とは?

    誕生日に買ってもらった宝物だから。誰にも借りパクされないように――。子どものころ、ゲームソフトに自分の名前を書いた人は少なくないでしょう。

    名前入りカセット博物館」の館長を務める関純治さん(46)さんは、そんな名前入りのソフトばかりを1000本以上も収集。11月16日から東京・秋葉原で展示会を開催するなど、注目集めています。

    このほど、1986年に発売されたファミリーコンピュータ向けソフト『忍者ハットリくん 忍者は修行でござるの巻』の持ち主が見つかり、30年ぶりの「返還」が実現しました。

    風変わりなコレクション

    関さんはNintendo Switch『偽りの黒真珠』などを販売する、ゲーム会社「ハッピーミール株式会社」の社長。ゲーム好きが高じて、1991年ごろからファミコンソフトの収集を始めました。

    当初は全作品のコンプリートを目指していましたが、2003年に米国のゲーム店で「Teresa」と書かれた『リンクの冒険』に出会ったことで、コレクションの方向性を大きく転換。名前入りのソフトを集めるようになりました。

    「僕自身、昔なくして返ってきてほしいソフトがある。せっかくだから、集めたソフトを元の持ち主に返せないか」

    そんな思いが募り、2016年1月からはソフトの持ち主を探す「名前入りカセット博物館」としての活動に取り組んでいます。

    収集したソフトは実に1000本以上。このうち900本超のタイトル、メーカー、発売日、持ち主の名前などの情報をまとめ、各項目で検索もできるよう、データベースを整えました。

    「山口」さんが名乗り

    しかし、返還作業はなかなか思うように運びません。

    元の持ち主の特定に至ったものの返却を断られてしまったり、1本のソフトをめぐって3人の持ち主候補が名乗りをあげ、結局特定できなかったり…。

    失敗続きでへこんでいた関さんのもとに、朗報が飛び込んできました。

    博物館のサイトで「山口」と書かれた『忍者ハットリくん』を見た男性から、「自分のものかもしれない」と連絡があったというのです。真偽を確かめるべく、関さんは「山口」さんと会うことになりました。

    ペイントマーカーの記憶

    待ち合わせに指定したBuzzFeedのオフィスに現れたのは、山口隆幸さん(44)。群馬在住で、都内の会社に勤めています。

    「サイトで自分の名前を検索したら『ハットリくん』が出てきて、見覚えのある字体だなって。これ、俺のっぽいなと思ったんです」

    しかし、「山口」は全国14位のメジャーな名字(明治安田生命調べ)。それだけでは、元の持ち主の根拠としてはちょっと弱い気もします。

    「三菱鉛筆のペイントマーカーっていうサインペンがあるんですけど、自分はそれでカセットに名前を書いていて。ベタっとしたインクで長持ちするんですよ」

    ところが、『ハットリくん』に名前を書いた時は、失敗してしまったといいます。

    「太すぎたな。かっこ悪いな。まあ、しょうがないかって」

    たしかに、カセット裏の右上に書かれた「山口」の文字は、小さい割に線が太く不格好です。

    なんともリアリティーのある証言に、関さんも「ペンの種類までわかっているなんてすごい!」と身を乗り出します。

    残された謎

    さっそく現物を見てみましょう。白手袋をつけた関さんが、ジュラルミン風のケースから『ハットリくん』を取り出し、山口さんに手渡します。

    カセットを手にとり、じっくりと検分する山口さん。「いや…待てよ」と表情が曇ります。「一発で俺のだ!とも言えないし、逆に違うとも言いきれないです」と、なんとも微妙な反応です。

    山口さんが引っかかっているのが、表面の下部に書かれた「No.2」という番号と、カセット上部の「ハットリくん」の文字。

    「記憶がまったくないし、使っているペンも違う。この部分は、自分が書いたものではありません」というのです。

    一体、どういうことなのか? 関さんは、山口さんが手放した後に第三者の手に渡り、書き足したのではないかと推測します。

    山口少年が名前を書きこむほどに愛着を持っていた『ハットリくん』ですが、成長するに連れ、いつの間にか行方不明になってしまいました。

    ひょっとすると、どこかで中古品を購入した人が、後から「No.2」「ハットリくん」と書いたのかもしれません。

    「所有者が移るパターンはすごく多い。上から見た時にもソフト名がすぐわかるように、『ハットリくん』と書いたのでは。『No.2』は購入した順番でしょうか」(関さん)

    『ハットリくん』の作曲家が登場!

    当時の記憶を呼び覚ますため、実際にゲームをプレイしてみることに。…と、ここで、関さんがサプライズゲストを呼び込みました。

    『ハットリくん』をはじめ、『スターソルジャー』や『迷宮組曲』など数多くのゲーム音楽を手がけてきた、作曲家の国本剛章さん(57)です。

    「はじめまして」と挨拶する国本さんに、山口さんも「えっ、本当ですか! すごい」とビックリ。

    山口さんが当時11歳だったと聞くと、国本さんは「まさに私がターゲットにしていた年齢層」と語り、こんなエピソードを明かしてくれました。

    「小学4、5年生ぐらいの子たちが一番、ファミコンで遊ぶだろうと思っていて。運動会でよく流れるオッフェンバックの『天国と地獄』をアレンジして、タイトル曲に使ったんです。小学生はみんな知ってる曲ですから」

    激ムズ挫折ゲー

    国本さんも交え、いざゲームスタート! 山口さんが『ハットリくん』のカセットを差し込み、ファミコンのスイッチを入れます。

    「…あ、ついた!」と歓声をあげる山口さん。

    国本さんの作曲したメロディーが流れ、山口さんの口から「懐かしい」という言葉が何度もこぼれます。

    ハットリくんはハドソン(現コナミデジタルエンタテインメント)から発売され、累計150万本を出荷した大ヒット作。

    手裏剣で敵を倒しつつ、巻物やフルーツなどを集めてハイスコアを目指す、横スクロールのアクションゲームです。

    「夏休み中に全面クリアしようと思って、ジュースやお菓子片手に、テレビの前の座椅子に座ってやり込みました。でも難しくて…」

    「ハットリくんはマリオに比べて全然ジャンプ力がない(笑) ステージが進むごとに難易度も上がるし、結局クリアできませんでした。僕にとっては挫折ゲーですね」

    そう言いつつも、華麗な手裏剣さばきで、どんどん歩みを進めます。ニンニン。

    裏技を雑誌に投稿

    「当時は裏技が大ブーム。『ハットリくん』にも、あそこで手裏剣を打ちまくると巻物が現れる、なんていう裏技がありましたね」

    山口さんのつぶやきに、関さんが「実は僕も『ハットリくん』の裏技を発見したことがあって…」と反応します。

    「ファミマガ(『ファミリーコンピュータMagazine』)に載るかもしれない!と思って、親父に画面の写真を撮ってもらって送ったんです。でも、採用されませんでしたね…」

    関さんのほろ苦い思い出をよそに、山口さんの操るハットリくんは快進撃を続け、あっという間に1面クリア。

    すると、ゴール地点の鳥居から、ハットリくんの父親であるジンゾウが姿を現しました。

    チクワと鉄アレイ

    ジンゾウはスコア獲得につながるチクワをバラまいてくれるのですが、時々そのなかに鉄アレイが紛れており、ぶつかると動きが止まってしまうので要注意です。

    「チクワと鉄アレイ」というシュールなコンビネーションは、往年の元ファミっ子たちの脳裏に深く刻まれていることでしょう。

    ジンゾウの投げるチクワを黙々とゲットする山口さん。鉄アレイにぶつかり、「めっちゃヘタになってますね」と少し悔しそうです。

    「クリアした時の音楽も懐かしい。あのころの感覚がよみがえってきます。まさか40歳を過ぎて、実際にお会いできるとは」

    そんな国本さんは、『ハットリくん』の曲をライブで演奏する際、決まってジンゾウのようにチクワを投げているそうです。

    「あれやると鉄板でウケるんですよ(笑) ちゃんとライブハウスにも許可とって。あ、鉄アレイは投げてないですよ」

    3つのルール

    「名前入りカセット博物館」は、返却にあたって3つのルールを設けています。

    1. カセットは手渡しでお戻しさせてください。
    2. カセットはあなたの思いの額で買い取ってください。
    3. カセットにまつわるお話をサイトに公開させてください。


    郵送でなく手渡しにこだわるのは、一緒にゲームで遊びながら、思い出話を聞いてみたいから。

    金銭目的の活動ではないので、「思いの額」は1円からで構いません。カセットへの思いの熱量を図る指標のひとつとして、この条件を盛り込んでいます。

    過去には「評価額0円」で返却を断られたケースもあり、1円以上の値段がつけば、今回が記念すべき「初返還」ということになります。

    買取額はいくら?

    さてさて、30年ぶりに『ハットリくん』を堪能した山口さんは、いくらの値段をつけるのでしょうか。

    値段を書いたスケッチブックを掲げてもらうと、そこに書かれていたのは…

    「200円」

    しかも一度「2000円」と書いてから消した形跡があります。その心は?

    「関さんが2千円札を集めていると聞いたので、最初は2千円にしようと考えていたんです。でも、心のどこかに100%確証を持てない部分があって…10分の1にさせていただきました」

    関さんが2千円札コレクターだという激レア情報は置いておいて、何はともあれ「名前入りカセット博物館」による返還第1号の達成です。

    山口さんが関さんに200円を支払い、関さんはお返しに博物館の賛助会員証を授与します。

    「歴史的な瞬間。宝くじが当たったみたいな気分です」と喜ぶ関さんに、山口さんは「この記事を読んで、カセットの上に『ハットリくん』と書いた人も出てきたら面白い。会ってみたいです」と語ります。

    30年の旅路

    立会人として初返還を見守ってきた国本さんも、しみじみ感慨深げ。

    「33年前に発売されたソフトが行方不明になり、めぐりめぐって、いまここにある。どこをどう通ってきたのか想像すると楽しいし、劇的ですよね。途中の経路が全部わかったら、さらに面白い」

    名前入りカセットがたどった30年の旅路。いつの日か、ミッシングリンクの謎を埋める情報がもたらされることもあるのでしょうか。

    「そうしたら映画になりますね」と、関さんも満更でもない様子です。

    広がる名前入りカセットの輪

    そして、そして。この返還劇にはこんなオマケもついてきました。

    山口さんが書いたスケッチブックをよく見ると、「200円」の横にファミコンカセットのような絵が書かれています。どういうことでしょうか?

    実は山口さん、この日のために地元・群馬の中古ホビーショップで、わざわざ名前入りカセットを探してきたというのです。賛助会員にふさわしい、粋なはからい!

    『ベースボールスター』のカセットの裏には、整った平仮名で「わたなべたかし」と書かれています。

    「博物館のコレクションに加えて、サイトで検索できるようにしていただけたら」(山口さん)

    「新しい展開ですよ! 活動の幅が広がりますね」(関さん)

    ますます広がる、名前入りカセットの「友達の輪」。ここからまた、新たなドラマが生まれるかもしれません。


    「名前入りカセット博物館」所蔵の1000本以上のコレクションが一堂に会する展示会が、11月16 日から12月8日まで東京・秋葉原のフライハイカフェで開催されます。

    もしも自分のソフトが見つかったら、その場で返却のチャンスも。平日16〜21時、土日祝日12〜21時。入場無料。

    フラハイカフェ×名前入りカセット博物館コラボイベント開催! 11/16(土)~12/8(日)期間、フラハイカフェ秋葉原にて、所蔵の名前入りカセットを展示致します! また、11/15(金)は展示の設営風景や前夜祭を生放送! (詳細は次のスレッドに) よろしくお願い致します! #フラハイカフェ #ファミカセ