4万頭のコアラが死に、島の半分が焼けた。被災地は今、どうなっているのか?

    2019〜2020年、オーストラリアで起きた過去最大級の森林火災「ブラック・サマー」。中でもカンガルー島では、4万頭のコアラが死滅し、島の半分が焼けた。今、新たに緑が芽吹いている現地を視察した。

    2019年9月から2020年2月にかけて、オーストラリアはかつてない規模の森林火災に襲われた。

    主に南東部、ニューサウスウェールズ州を中心にその被害は深刻だった。オーストラリアの災害慈善センター(CDP、the Center for Disaster Philanthropy)によると、18.6万平方キロメートル以上の土地が焼けた。これは、日本の国土面積の約半分にあたる。

    少なくとも3500件の住宅が被害を受け、数千件の建物や施設が焼失した。死者は34人にのぼる。

    森林火災による経済損失は、19億オーストラリアドル(約1810億円)と見られている。

    オーストラリアは日照りが強く乾燥した気候のため、森林火災は頻繁に起きており、珍しいことではない。しかし、2020年の森林火災はあまりにも影響が大きく「ブラック・サマー」と呼び名がついた。

    野生動物や植物の被害も深刻だ。シドニー大学は、ブラック・サマーで10億匹以上の動物が死んだと推定している。家畜を失った牧場主たちの経済危機も無視できない。

    当時世界的に注目を集めていたのは、コアラやクアッカワラビーなど絶滅危惧種への影響だ。コアラは個体数の3分の1が死滅したと見られている。

    コアラの被害が特に大きかったのは、南オーストラリア州アデレードの南西に位置する、カンガルー島。ロイター通信によると、約4万頭のコアラが死んだという。

    カンガルー島は、オーストラリアや島固有の動植物が数多く生息する自然豊かな島だ。油分を多く含むユーカリが群生しているため火が広がりやすく、ブラック・サマーでは過去最悪の被害を受けた。

    数週間のうちに、2100平方キロメートル以上、島の約半分の土地が焼けた。


    ブラック・サマーから2年。筆者はカンガルー島を訪れ、復興の様子を視察した。

    復興のため立入禁止区域が今も残っているため、野生動物の観察や自然公園ツアーを目的とした観光客は減少したと耳にしていた。しかし、空港から降り立ってわずか10分ほどで、ユーカリの木に登った野生のコアラ2匹が出迎えてくれた。

    ブラック・サマーもあったし、野生動物との遭遇はあまり期待できないのかな…? そう思っていたが、この後も滞在中、何度もコアラに出会うことができた。

    ドライブをしていると、夕方ごろからどんどんカンガルーやワラビーが視界に入り始めた。数えきれないので、だいぶ序盤にカウントをやめた。

    西側の砂浜ではアシカに囲まれ、東側の海岸ではまどろむオットセイの姿を永遠に眺めていられるような気がした。

    しかし、ブラック・サマーの爪痕がまだ残っている場所もある。

    立ち入りが許可されている被災地を歩いたところ、黒焦げになった木々の幹から、新しい命が芽生えていた。

    地上部分は焼けてしまっていても、根が無事な木はこのように息を吹き返すという。

    現地ガイドのヘイミッシュさんは「緑は確実に戻ってきている」「こうやって命が繰り返されていく」と何度も口にした。

    というのも、カンガルー島の生態系は、健全でいるために森林火災を必要としているからだ。

    比較的小規模な森林火災は、野焼きと同じでいわば「リセット」や「間引き」効果がある。

    地面に積もっている枯れた植物を除去したり、病気の木や増えすぎた低木種などを減らしたり…。

    植物を食べる昆虫や小動物、外来種の動植物が増えすぎた場合も、定期的な森林火災は「数の調整役」を果たす。

    現地ガイドのティムさんいわく「森は燃える。それがオーストラリアの自然での暮らしの性だ」。

    とはいえ、ブラック・サマーのように大規模な森林火災が続いてしまうと、苗が育たない。生き物の数も減りすぎてしまい、生息地がなくなるため再び繁殖しづらい。「リセット」されすぎて生態系が壊れてしまうのだ。

    次のブラック・サマーがまたすぐ来るのでは…。ヘイミッシュさんもティムさんも、それを一番懸念しているという。

    「森がまた『燃えてもいい』状態になるまで、10年かかる」とティムさんも語った。

    ブラック・サマーの被害と復興、そして新たな課題は、ユーカリの林を見ると一目でわかる。

    燃えて真っ白になってしまった木々の下から、新たにニョキニョキと緑がせり上がってきている。

    カンガルー島には、島固有種のユーカリが生えている。しかし、野生のコアラの数が多いため、コアラの食糧を十分に確保するために本土から外来種のユーカリ「タスマニアブルーガム」を植林した。上の写真は、その人工林で撮影したものだ。

    ブルーガムは成長が早い。ブラック・サマーで大ダメージを受けた在来種が育たないまま、カンガルー島のユーカリの生態系をブルーガムに「乗っ取られてしまう」危険性が示唆されている。

    州と連邦政府は2021年、ブルーガムの苗の除去作業に260万オーストラリアドル(約2.5億円)を支出した。多くの地元ボランティアも、毎週末ブルーガムの苗を抜いて回っているそうだ。

    また、ティムさんは観光客にあるお願いがあるという。それは「焼けた土地や焦げた木の上にコアラがいても、勝手に救助しないでほしい」ということ。

    ブラック・サマーでは、コアラやカンガルーなど野生動物の痛々しい姿が世界中で報じられた。それ以来、被災地でコアラを見つけた観光客が「大変! 迷子になってる!」と勝手にツアー事務局などに連れて帰ってきてしまうことがあるという。

    「コアラは食事用の木、寝る用の木、移動途中に登る木と用途を分けて登っています。焦げた木の上にコアラがいたとしても、それは迷子になっているのでも降りられなくなっているのでもなく、ただ移動の途中なんです」

    コアラにとって、今いる場所や自分のテリトリーから勝手に離されてしまうのは「トラウマ的な体験」になってしまうとティムさんは訴えた。

    住宅の修復など、ブラック・サマーからの復興は道半ばではあるが、カンガルー島は「オーストラリアの自然の宝庫」と呼ばれるその魅力をしっかり残している。

    むしろ、森林火災と共にある生態系だからこそ、そのサイクルを今まさに目撃できるのではないだろうか。

    (※記者はオーストラリア政府観光局主催のプレスツアーに参加し、旅費や宿泊費の提供を受けて取材・執筆しました)

    2019〜2020年、オーストラリアで起きた過去最大級の森林火災「ブラック・サマー」。中でもカンガルー島では、4万頭のコアラが死滅し、島の半分が焼けた。今、新たに緑が芽吹いている現地を視察した。