6月6日、フィラデルフィア市内の通りは大勢の人で埋めつくされていた。
アフリカ系アメリカ人のジョージ・フロイドさんの死亡事件をきっかけにした、「Black Lives Matter(黒人の命は大切だ)」運動を支持するため集まった人々だ。
中でも目を引いたのが、ウェディングドレスとタキシードにそれぞれ身を包んだケリー・アン・ゴードンさんとマイケルさんのカップルだった。
結婚式に臨む直前、期せずして抗議デモに加わる形になった2人は、こぶしを挙げて連帯を示した。
二人は、挙式を前に正装したパートナーに初めて対面する、「ファーストルック」を済ませたところだった。
感動の瞬間を迎えた2人の姿は、黒人カップルの愛とブラックコミュニティの連帯を表す力強いシンボルと受け止められた。
たくさんの歓声と祝福の声があがる様子は、SNSやニュースで世界に広がっている。
新婦のケリー・アンさんはBuzzFeed Newsに対し、このように述べた。
「とても胸に迫る体験でした。言葉で説明するのも難しいくらいです。みんなが心を寄せていたのが愛なのか、抗議活動自体なのか、その両方だったのかはわかりませんが」
「これがブラックラブの一つの形だ、Black Lives Matterの形だという人もいて、私自身もそう実感していました」
ジャマイカで生まれ育った産婦人科医のケリー・アンさんと、カリブ人のルーツを持つIT専門職の新郎マイケルさんは、交際して5年ほどになる。
フィラデルフィア在住の2人は、もともと5月にニュージャージー州で結婚式を挙げる予定だった。しかし、新型コロナウイルスの影響で延期になっていた。
医療の現場に立つケリー・アンさんは、式が予定通りにできないことを早い時点で理解していた。
しかし1年近く準備してきた大切なイベントを延期せざるを得なくなり、落胆していたという。
「医師として、感染症の流行であらゆる事情が変わっていくのを目の当たりにしました。結婚式には、国外からも多数招待していました」
「3月に海外からの入国禁止措置が決まったとき、式の延期について具体的に話し合いを始めました」
当初は、場所とスタッフは変えず、挙式を来年6月に延期する案が出ていた。
そこへ、地元フィラデルフィアのホテル「ローガン」が、新型コロナの影響で挙式できなくなったカップルに無料で場所を提供する企画を打ち出した。
小人数で結婚式を挙げられると聞き、二人は応募することにした。
「彼は以前から、正式に結婚することを優先して、お祝いの集まりは後に開けばいいと言っていました。でも、私は全部一緒にやりたかったんです」
「(新型コロナウイルスの)パンデミックは現実的な問題です。この先も第2波、第3波が来るかもしれない。そう思うと、2週間後にやろうと決断できました」
ホテルは2つの日程を候補にあげ、ケリーアンさんは6月6日を選んだ。すぐさま家族、司式者、カメラマンに連絡して、2週間後の挙式に向け準備を始めた。
ケリー・アンさんは当時の状況について、このように語る。
「こんな展開になるとは、家族も知りませんでした。ライブ中継に使うZoomの設定すらしていませんでした」
「近しい人の前で、静かに結婚の誓いをするのが希望でした。挙式も中止にするつもりはなく、単に延期するという話でした。でもお互いへの愛は先延ばしにしたくないと思ったのです」
ところが何の運の巡り合わせか、小規模で行うはずだった式に、少しの懸念が生じる。
前日の夜になって、挙式当日に市内で抗議デモが行われることがわかったのだ。会場のホテルはデモ行進のルート上にあった。
市内の道路やハイウェイが閉鎖されると知り、2人は当日の早朝、市外から来るゲストにあわてて電話をかけ、式に間に合うように市内へ入ることを伝えた。
今回の司式者を務めたロクサーン・バーチフィールド牧師は、当時をこのように振り返る。
「会場のホテルへ向かう途中、ハイウェイの閉鎖が始まっていました。ちゃんと結婚式を執り行えるのか不安でした」
「当日は、すべてが通常とは違いました。その日のハイライトは、新郎新婦のファーストルックでした」
「いろいろと大変な日だったので、(新郎が新婦の姿を目にした)あの場面が広く拡散してこういう形で話題になり、報われた気持ちでした」
ちなみにバーチフィールド牧師は、Netflixの恋愛リアリティ番組『ラブ・イズ・ブラインド』でも結婚式を司式している。
バーチフィールド牧師は1年ほど前から、2人と一緒に式の準備を進めてきた。1年延期せずに、結婚の誓いだけでもしてはどうかと提案したのも牧師だった。
式の直前、通りで歓声があがった。外では、デモ参加者らが口々に花嫁のケリーアンさんに祝福の声をかけていた。
ほどなく新郎のマイケルさんも現れ、バーチフィールド牧師は「これは残しておくべき瞬間だ」と感じたという。
「これは記録に残しておかなくちゃ、とすぐに思いました。形に残しておかないと伝わらないなと」
「色々な受け止め方ができますが、私には非常に象徴的で大きな意味のある場面に見えました。抗議者の士気を高め、抗議活動に希望をもたらすものでした。黒人の命の尊重を訴える声は、家族とコミュニティの間からあがったのですから」
多少の緊張はあったものの、2人の結婚式と大規模な抗議デモが同じ日に重なったのは「しったりくる最高の巡り合わせ」だったと牧師は言う。
「希望の象徴、平和の象徴、ブラックコミュニティに対する正義の象徴でした。あの時あの場所で、言葉にしなくても、居合わせた一人ひとりがそれらを感じていたと思います」
ケリー・アンさんはこのように語る。
「フィラデルフィアは『兄弟愛の町』と言われます。数には力があり、たくさんの人が集まればメッセージを伝える力になります」
「パンデミックのさなかでも、ベッドを出て、家から出て、みんなで集まって前向きにひとつになる。後ろ向きで消極的な姿勢はありません。すばらしい光景でした」
「フィラデルフィアを、抗議の声をあげた人を、心から誇りに思います。人々が掲げたプラカードのひとつひとつ、発信した言葉のひとつひとつを誇りに思います」
今回の抗議運動とそのメッセージは、2人の特別な日に確かに刻み込まれた。
「私を誇り高い女性にしてくれたこの黒人男性と、私は新しい人生を歩き出そうとしています。今回の出来事はそれを象徴する、これまでの人生で最高の体験です」
「この瞬間を彼と分かち合えたこと、2人の人生と2人の未来を祝福したこと、この抗議運動に込められたすべてが、どれも私たちにとってかけがえのないものです。私たちはそれを体験でき、実感したのです」