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進むコロナワクチンの「間接効果」分析 研究をより良い政策に活かしてもらえたら

ワクチンをうつ人が集団の中で増えると、その集団にいる人が感染しにくくなる「間接効果」の研究が世界中で進んでいます。日本での間接効果について分析を始めた研究者に、世界のさまざまな研究を紹介してもらいます。

新型コロナウイルスのワクチン接種率が伸び悩んでいますが、ワクチンが守るのはうった本人だけではありません。

集団の中でワクチンをうつ人が増えると、その集団にいる人がウイルスから守られる「間接効果」は、どの程度あるのでしょうか?

日本のワクチンの「間接効果」についても分析を始めている京都大学医学研究科の茅野大志特定助教に、海外の先行研究について紹介してもらいました。

※インタビューは11月15日に行い、その時点の情報に基づいている。

ワクチン配分の不平等が感染や死亡に与えた影響

——ワクチン効果には、ワクチン接種によって、直接的に回避された感染や死亡などの「直接的な効果」と、ワクチンをうった人の集団では罹りにくくなるという「間接的な効果」があると前編で伺いました。前編では先生たちの研究も含めた直接的な効果について解説していただきましたが、間接的な効果の研究はあるのでしょうか?

こちらは世界のワクチン分配の不平等を明らかにした論文です。

COVID-19に対するワクチンの間接効果の評価に関して、基本的な研究アイディアは同じです。もしワクチンがなかった時の流行規模や死亡者数を、実際に観測された流行規模や死亡者数と比較して、その差をワクチンの効果(直接的+間接的効果)として見る方法です。

途上国は死亡者数がきちんとカウントされていない問題もありますので、「超過死亡(※)」を使った推定もしています。

※例年に比べ、上乗せされた死亡者数。災害や感染症など特殊な事態がもたらした死の影響について見るために推計される。

左の図の棒グラフが実際に観察値から推定された超過死亡の数、薄緑が間接的な効果、薄水色が直接的な効果です。

さらに、右の図はGDPごとに分けて、高所得国、低所得国などというように比較したグラフです。見にくいのですが

黄色が低所得国、緑が低中所得国、水色が高中所得国、紫が高所得国です。

ワクチンによる死亡者数の減少という恩恵は、高所得国ほど受けていることがわかります。

元々、低所得国は流行レベルが高所得国に比べ低いと言われ、さらに高所得国は高齢者が多いのでコロナのダメージもそれだけ大きい。それもあって、ワクチンのインパクトが大きいのは高所得の先進国です。

ですが、次に示すように、ワクチンが十分配分されていないことも、低所得国の恩恵が少ない理由となっています。

ワクチンが平等に分配されていたら...

面白いのは、こうしたモデルを使った研究は、「もしこうだったら...」という「反実仮想」の想定を数値化できるのが強みです。

COVAX」はコロナワクチンを全世界にできるだけ公平に分配していくために設立された枠組みです。その取り組みでは2021年末までに対象国のワクチン接種対象者の20%の接種率、WHOは40%の接種率(2022年半ばまでに70%)を目標として掲げていました。

もしそれぞれの目標を達成することができた場合を考えると、COVAX目標の20%を達成すると低所得国ではさらに50%増の死亡者数の回避が見込まれました。

また、WHOの40%目標を達成していたとしたら、推定された回避死亡者数のさらに111%増の数が見込まれたただろうと推計されています。

ワクチンの不平等な分配を指摘し、分配を公平に行うべきだったということを数値として明らかにした、非常に意義ある研究だと思います。

ブースター接種がなかったら、対象をハイリスク者に限定したらどうなる?

こちらはブースター接種プログラムの効果を分析したイスラエルの論文です。

もしワクチンがなかった場合、もし高齢者だけにターゲットを絞った場合、ワクチンの導入が2週間早かった場合、2週間遅かった場合などを比較した論文です。

数理モデルを使った研究なので、そこからワクチンの効果を様々なシナリオ別に導き出しています。

上のグラフが確定患者数、真ん中が重症者数です。緑の線が16歳以上でブースター接種が行われた実際の観察値です。

色々なシナリオを想定し、ブースター接種をまったくやらなかった場合、60歳以上だけを対象としたブースター接種プログラムを行なった場合、40歳以上だけを対象としたブースター接種プログラムを行なった場合に、感染者や重症者がどうなるか見ています。

——ブースター接種の対象を年齢層で限ると、感染者も重症者もかなり増えてしまいますね。

結局、ワクチンを重症化する人にだけ接種する方法だと、感染者数を減らすことにはつながらないことがわかります。

特に流行の初期において伝播の中心的な役割を担うのが活動が活発な世代であることを考えると、そうした若い世代にもしっかりワクチンを受けてもらうことが重要だとわかります。

ブースター接種が早かったら、遅かったら

一方、こちらはブースター接種が現実より2週間早かったら、2週間遅かったら、という影響を見たグラフです。上のグラフが確定患者数、真ん中が重症者数です。

赤い点線が2週間早かった場合、青が実際のスケジュール、黄色の点線が2週間遅かった場合の確定患者数や重症者数です。

早ければグッと減っていますし、遅れたらかなり増えているのがわかります。

感染者数は、増え始めると指数関数的に増えていきます。たった数日の違いで、ものすごい数の差になることがわかります。2週間早い、遅いという判断が、ワクチンの集団レベルでの効果を左右します。

ここでは直接効果も間接効果も含んだ数字になっていますが、このグラフからは、感染の連鎖を防ぐような間接的効果が非常に重要になってくるというメッセージが伝わると思います。

——2週間違うだけでこれだけ大きな差があるとデータで見せられると、予防接種行政はスピード感が大事であることがわかります。政府や行政を焚きつける材料になりそうです

このイスラエルの論文では異なる環境での行動変化が捉えられる流動やワクチン接種の人数などのデータを用いて、年齢群別の感染伝播の違いを捉えたモデルを作っています。

そこにブースターがなかった場合、2週間遅かったら、などというシナリオを自由自在に当てはめて、つまりワクチン接種人数をモデルから除いたりして、計算をしています。

研究が効果的な政策に結びつくか?

——先ほどのブースター接種を何歳までに限定したらどうなるか、というモデルも、政府の政策決定に活かしてもらうために重要なデータになり得ますね。

確かに政策決定と相性がいい研究だと思います。もしこうなっていたらこうだ、と考えることができますので。もちろんさまざまな不確実性はあるので、結果の解釈には注意することが必要です。

振り返って「もしあの時こうだったら」という影響をデータで出す研究では、当時の政策決定は果たして正しかったのか、と検証することに役立てられます。

——マイナスの反実仮想シナリオを見せて、そうならないように政策決定を迫るというのも興味深いです。例えば、日本では財務省がコロナワクチンを公費接種から自己負担にすることを提案する資料を作っています。そうなった場合の接種率の予想や感染者、死亡者の影響をデータで事前に見せることもできますかね。

そうですね。(京都大の)西浦博先生がアドバイザリーボードで出した第8波のシナリオ予測も、ワクチンの接種がこうなれば、これぐらい感染者数や入院患者数を防げるよという分析でした。

もし公費接種ではなくなって、接種へのためらいが強まり、接種率が落ちたら、どんなふうに感染が拡がるかは非常に面白いポイントだと思います。

——先生は今後、日本で間接効果についても分析しようとしているのですね。

日本でもワクチンの接種スピードや、若者の接種率の動向で感染者数や重症者数に同じような影響が見られるか、研究を始めています。

——コロナの状況がリアルタイムで動いている中、こうしたデータを出すことで、現実世界が良くなってほしいという思いが研究者としてもあるのですか?

個人的にはものすごくそういう思いがあります。観察データなどを使って、ワクチンをうつ・うたないでこれほど違いがある、ということをできるだけわかりやすく、シンプルに示したいですね。

そうすることでワクチンの効果を疑問視していた人が、少しでも背中を押されるような研究になるといいと思います。

ワクチンの個人に対する効果があることは既にさまざまな研究で明らかになっています。僕がいま特に着目しているのは集団レベルの効果です。

皆さんに考えていただきたいのは、ワクチンには接種した個人が感染や重症化を防ぐだけでなく、色々な事情があってワクチンをうてない人、ワクチンをうっていても重症化すると死亡のリスクが高い人に対しても間接的な影響があるということです。

個人だけを考えるのではなく、我々のデータを参考にしながら、自分の周りの人たちのためにもワクチン接種を考えてみていただけたらと思います。

(終わり)

【茅野大志(かやの・たいし)】京都大学大学院医学研究科特定助教

2014年、酪農学園大学獣医学部卒業。北海道やウガンダで大動物の臨床獣医師として働いた後、北海道大学、リヴァプール熱帯医学校を経て、2020年8月から現職。

専門は、感染症疫学。厚生労働省新型コロナウイルスクラスター対策班で流行データ分析に取り組み、現在も新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードなどに分析資料を提供している。