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「U=U」は予防啓発に役立つか? 新宿2丁目から発信する中で見えてきたこと

東京のHIV/エイズ啓発拠点として活動してきたaktaは、どのように「U=U」に取り組んできたのでしょうか? 一般社会に広げていく時の課題も語ります。

日本エイズ学会の学術集会で11月21日に開かれた「U=U」をテーマにしたシンポジウム(座長=ぷれいす東京研究部門・山口正純さん、東北大学大学院 医学系研究科准教授・大北全俊さん)。

「U=U」とは、「Undetectable/ウイルスを検出できない = Untransmittable/感染しない」の略称で、HIVに感染しても検査でウイルスを検出できないほど抑え込んでいたら、人には感染させないという知見だ。

ウイルスを検出できない状態を半年以上維持していると、コンドームなしでのセックスでも相手に感染させないことが大規模な研究で明らかになっている。

東京でHIV/エイズの啓発活動をしてきたコミュニティセンターではどう伝えているのか。

NPO法人akta」理事長の岩橋恒太さんの話をお伝えする。

「U=U」キャンペーンの目的は?

東京のコミュニティセンターaktaで、昨年度のU=Uキャンペーンから経験したことについてお話します。

お話ししたいことは3点です。

まず実際に昨年度、どんなことに取り組んだのかということ。2点目にコミュニティでの取り組みで見えた課題。3点目にコミュニティでの経験を社会一般に広げていく時に様々な課題や重要性を経験したので、そういうことをお話しします。

1点目です。

aktaでは2020年11月27日より、U=Uキャンペーンに取り組んできました。

コミュニティにとってU=Uは何が大事かかなりディスカッションをして、HIV陽性の人たちの人権を守るという点で非常に重要だと確認しました。

偏見や間違った事実、HIV陽性の当事者が不必要な不安を抱えてしまうことをコミュニティからなくす。それを実現することが必要です。

もう一つ、啓発の目的で言うと、HIV感染症の古い知識やイメージを刷新するきっかけになり得る。この点が非常に重要だということで取り組んできました。

HIV啓発コミュニティで行われてきたU=Uの取り組み

実はU=Uの啓発は、コミュニティベースでは2017年、あるいはその前から連綿と日本で取り組まれてきました。

例えば、ぷれいす東京がエイズ学会の場でキャンペーンを始めたり、大阪の「MASH大阪」(ゲイやバイセクシュアル男性にHIV/エイズ啓発をしている組織)のキャンペーンや、「U=U Japan Project」が立ち上がったり、2019年にはエイズ学会がU=Uキャンペーンを支持するということもありました。またその他にも、各地のCBO(地域に根差した非営利団体)がU=Uの啓発に取り組んできています。

2020年が非常に重要だったのは、HIV治療のガイドライン(「抗HIV治療ガイドライン」)の中で言及されたことや、海外のゲストが集まってHIVに関わる人がディスカッションをして、これが大事なんだと確認したことです。

これが我々のキャンペーンのきっかけになったことはお伝えしたいと思います。

U=Uキャンペーンで寄せられた問い

我々はこのようなビジュアルを作りながら、コミュニティ向けに啓発(キャンペーンサイト)しました。

aktaだけではなく、「日本HIV陽性者ネットワーク・ジャンププラス」や「ぷれいす東京」と連動しながらこういうキャンペーンを作り、多言語での情報提供も行いました。基礎知識を伝えました。

ただ、アウトリーチ(支援の手を対象者に差し伸ばす活動)をする中で、様々な戸惑いの声も聞かれました。

例えば、予防啓発活動のフロントラインに立って、ゲイバーなどの施設にアウトリーチするスタッフが街から聞いた声の一部を紹介します。

「『U=U』と、コンドーム使用割合を上げるメッセージに矛盾を感じる」

「コンドームを使わなくなって梅毒とかが増えたらどうするの?大丈夫なの?」

「 U=Uだから、もう感染しているかどうかは相手に言わなくてよいんだよね?」

「 U=Uはセーフセックスの一つ、だからコンドームはもういらないんだよね?」

「 予防啓発をやってきたグループなのに、コンドームはあきらめるの?」

こういう声をいただきました。一つひとつよく見てみると、もっともだなという声もあります。

そうしたことから、キャンペーンをするだけではなくて、コミュニティ向けに専門家を呼んで勉強会を行いました。

英国の団体で既にこうした問いに対して素早く答えるQ&A集を作っていたので、これを日本の文脈に合わせて内容を変えて作って、届ける形で補完することもしました。

コミュニティでの取り組みから見えたこと

次にコミュニティでの取り組みから見えてきたことについてお話しします。

これは別の調査ですが、昨年10月に行った首都圏居住のMSM(男性とセックスする男性)を対象に、U=Uの認知がどれぐらい進んだのかを評価しました。

MSMのコミュニティに限定して、さらに首都圏で見ていくと、U=Uを「知っている」と答えた人は65%を超えていました。

ただ知っているということなので、ここにかなりU=Uの知見を信頼しているのか、どういう風に見ているのかにグラデーションはあると思います。

これだけ知っている割合が高いと、逆に知らない人はどんな人たちなのかに関心があると思います。

U=Uを知らないMSMにどんな特徴があったかというと、例えばセクシュアリティについてカミングアウトした相手が4人以下だとか、HIV検査を一度も受けたことがないとか、過去6ヶ月のセックスの相手が5人以下、PrEP(予防的な服薬)を利用したことがない、aktaを知らない、という特徴がありました。

コミュニティセンターとか啓発とかゲイコミュニティとの距離がある人たちに対して、まだ情報が届いていない。あるいはリアルに伝わっていないところがあるのかもしれません。

U=Uを啓発する側も戸惑い

課題の2つ目です。先ほどコミュニティ側の戸惑いについて話しましたが、そこにアウトリーチをするCBO(コミュニティに根ざした課題解決のために活動する団体)側が感じてきた戸惑いもあります。

一つは、U=Uはもちろん人権の課題ではあるのですが、かなり生物学的・医学的な知識を前提とした情報であるので、しっかり、わかりやすく、正確にコミュニティに伝えることがなかなか難しい。

さらに、現在の日本の早期治療開始が十分ではない状況で、U(治療してウイルスが検出限界値未満)になれない条件の人たちに対してはどこまで強く言っていいのかということがあります。

最大の問題はこれまでの啓発活動と矛盾するのではないかという懸念です。

これまでセクシュアルヘルスプロモーション(性的な健康増進)に取り組んできた中で、我々はコンドームの常用を訴えてきました。

つまりいつもセックスの時にはコンドームを使うことを強調して常用率を上げてきたのですが、U=Uのメッセージを強く打ち出すことによって、地道な活動を後退させてしまうのではないかという不安を感じている声が上がりました。

これはMSM研究班から出ている調査結果ですが、この数年の間、どの地域を見ても、コンドームの常用割合が下がっているのです。

それをアウトリーチをしているスタッフたちは肌身に感じているので、このタイミングでU=Uの情報をどう出していくかに対して戸惑いを感じているところがあります。

複合的な予防、という考え方を、腹落ちする表現で

これについてどうしていくか話し合っているところなのですが、「U=Uだからコンドームはいらない」「コンドームなのかPrEPなのか」と選択肢を一つに絞ることがおかしい。

やはりこれまで繰り返し伝えてきた、複合的な予防の方法が必要なんだ、という前提に立つことが大事なのだろうと話をしてきました。

コンビネーション予防は、様々なカテゴリーの様々な予防方法を地域の中で実現していくことが必要だという考え方です。

何よりも市民がアクセスできる予防の方法を複数の選択肢として準備することが大事です。コンドームを使えないからHIV予防はできません、ということでは困ります。他の方法があるならそれを取る。

生物学的な方法だけでなく、構造的、行動学的にも、予防に包括的に取り組むこと、コミュニティが力をつけることがコンビネーション予防では大事だということは、ずいぶん前からエイズ学会でもシンポジウムなどで伝えてきたつもりです。

2019年にはエイズ学会で、私たちは「コンビネーション予防とU=U」というテーマでシンポジウムも開きました。しかし、これまでの伝え方がお勉強的な情報で、腹落ちをしていなかったということではないか。

だから例えばaktaのスタッフであっても、コミュニティから「もうコンドームはいらないでしょ」と言われた時に、「いや、これはこういうことでね」としっかり伝えることができていないのかもしれません。

複合的な予防という考え方が腹落ちしていない可能性があるのです。

コンビネーション予防の一つとしてのU=Uやコンビネーション予防をお勉強ではなく、元大臣の言葉のようでバカっぽく聞こえたら申し訳ないですが、もっとセクシーで、もっと実感に落ちる表現をコミュニティベースから出していかなければいけない。

そうでないと、戸惑いに対応しながら予防や性的な健康増進活動に取り組んでいけないのだろうと思います。

社会に広げていく時の課題

次は社会一般にU=Uの認知を広げる課題と重要性について話します。

今までコミュニティベースの啓発に取り組んできた中で経験してきたことを話しましたが、もう一方で、コミュニティだけではダメなんですね。コミュニティの中だけで人々は生きているわけではありません。HIV陽性の人は様々な社会の中で生きています。

社会の中でどれぐらいU=Uの情報を伝えるかということですが、内閣府の調査で、U=Uに近い内容について聞くと3人に一人が認知している状況でした。

先ほどのコミュニティの調査で3分の2の人がU=Uを知っている状況と、一般社会での3人に一人というギャップをどう考えるかも非常に重要です。

ただし、U=Uの啓発は誰が誰に向けてどのように行うのかということは明確に考える必要があります。

一般社会の中でのU=Uの認知の向上はどれぐらいを目指していくのか、その啓発の担い手はHIV陽性当事者なのか、CBOなのか、医療者なのか、財団なのか、行政なのか、製薬会社なのか。誰がやるのか考えなければいけない。

顔や実名を出して発信するリスク

それを考える上でヒントになったのは、昨年度aktaで取り組んだU=Uのコミュニティ向けのキャンペーンについて、BuzzFeedにかなり丁寧な記事化をしてもらった経験でした。

参考:HIVに感染していてもセックスや恋愛を楽しめる 「U=U」キャンペーンサイトがオープン

こんな取り組みをしていますよとご紹介いただいたのですけれども...。5ちゃんねるにデビューすることになりました。

5ちゃんねるはすでに今の社会状況を象徴するメディアではないようにも思うのですが、この中でなんと書かれたかというと、

「【朗報】エイズ患者でもゴム無し生セックスをしていいんだよ!HIVは怖くない!公式啓発サイトオープン」という形で揶揄されちゃっているのですよね。

ただ揶揄されるだけではなくて、私の顔写真が写っていますが、こんな奴らがこういうことをやっていると揶揄するようなコミュニケーションが起こっているのです。

顔を出して啓発することのリスクをあまり言い過ぎるのもこれから続く人に対して申し訳ないなと思います。

ただ、今、色々なところでLGBTや社会的少数者が顔を出してキャンペーンをすることの重要性がすごく言われますが、セックスや病に関する情報を顔を出して啓発をすることは未だにこうしたリスクがある。

そのリスクを負いながら様々な人が啓発に取り組んでいることを、皆さんに改めて伝えたいと思います。

もう一つは、コミュニティの中では3分の2の人が知っている。そして、私たちがつながっているネットワークでは、「賛同するよ」「もっとやった方がいいよ」という声が多く聞かれます。

でもちょっとそのネットワークから外れると、全然違う世界が広がっている。そこと自分たちがつながっているネットワークやSNSとのギャップがすごくあることは、改めて感じながら啓発や評価をしなければならないと思います。

海外でのキャンペーンは?

一般社会の中でどのようにU=Uの啓発をするのか、その課題は、他国でも報告されています。

2020年のサンフランシスコで行われた国際エイズ会議の中で、タイとベトナムの事例が紹介されていました。

タイの方は私が経験したことと近いです。

若いMSMが「U=UのおかげでコンドームなしのセックスはHIV陽性者のセーファーセックスの選択肢となるのだ」とSNSで書いたら、世間から「まったく無責任だ」と批判や、U=Uの背後にある科学に対して医療従事者から批判が起こったことがありました。

これに対して、バンコクには国際組織がたくさんありますし、国際NGOとの連携も盛んです。

国際エイズ学会だけでなく、地元の様々な組織や行政、WHOなどと連携して、一般市民や医療機関に対して、U=Uを認識して、理解して、臨床現場で受け入れて、誤った情報を正す調整をしなさい、HIVにまつわるスティグマを打破するのだ、という声明を連携して出しました。

しかし、結果的に、既にU=Uに対して関心を持っていたり支持したりしている人には響いたが、そこから先に広がるのは難しかったという結論になっていました。

もう一つはベトナムです。アジアの中でグッドプラクティス(好事例)と言われている国です。国がU=Uを達成することを政策の優先順位のかなり高い位置に置いてエイズ対策を行っているからです。

その結果、国連合同エイズ計画(UNAIDS)が3つの90%達成する目標を掲げた戦略「90-90-90(感染者の90%以上が検査を受けて感染を知る、診断を受けた感染者の90%以上が治療を受ける、治療中の感染者の90%以上がウイルス量を抑え込むこと)」の最後の項目で、95%を達成できた。

なぜできたのか、7つのポイントが挙げられていました。

政府がU=Uについてのメッセージを承認することであったり、コミュニティのリーダーシップ、大きな都市間のキャンペーンを連動してやることだったり、医療従事者への働きかけだったり、全国的な一般に向けてのキャンペーンが肝要だと言っていました。

そして様々なセクターが連動して、U=Uキャンペーンをそれぞれの対象に向けて展開したことが成功させたと評価していました。

異なるセクターが連動して広げよう

aktaが取り組んできた活動の中で学んだ、一つ見落としてはいけないことがあります。

今までHIVに関する様々な資材を作られていますが、U=Uを前提としていない古びているものが必ずあると思います。新しい資材を作るのはいいですが、過去のものが置きっぱなしになっていないですか? 必ずチェックしてください、と共有したい。aktaでは修正するのに1年かかりました。

私たちが運営するHIVの総合情報サイトHIVマップも、すべてのコンテンツにU=Uや新しい常識を反映しています。

コミュニティからの戸惑いに対して、非営利の団体は様々な予防法を組み合わせる「コンビネーション予防の一つとしてのU=U」と腹落ちすることが大事です。そしてこのコンビネーション予防について、もっとセクシーに、魅力的で腹落ちする表現をコミュニティから出していくことが必要だと思います。

社会一般に関しては、自分たちのネットワークやSNSだけで評価するとずれますよ、ということを改めて経験したので、啓発の評価を内部だけでしないことが大事です。

さらに誰が担い、誰に向けて、どのように行うのかについて明確な戦略を持つことも大事です。

海外では行政も含めて様々なセクターが連動してU=Uの認識に社会を変えていった好事例もあります。誰かだけがやるのではなく、学会に関わる方たちが行政も含めて連動してやらないと、もっと広げていくことは難しいのではないかと思います。

【岩橋恒太(いわはし・こうた)】「NPO法人akta」理事長

特定非営利活動法人aktaの代表を務める。また公衆衛生学、医療社会学の視点から研究に取り組み、特に首都圏に居住するMSMのHIVや性感染症感染対策において、予防啓発・検査促進の企画、実施、評価のプロジェクトに2007年より携わっている。