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「私のせいで我が子が障害を負ったかもしれない」そんな悔いを次世代の母親に味合わせないように 母子感染予防の「トーチの会」が10周年

妊娠中に病原体に感染することで、胎児にうつり、子どもに障害が残る母子感染症。我が子に障害をもたらした悔いから、同じ思いを後に続く母親に味合わせないようにと、啓発活動を続けている団体があります。この10年の歩みを聞きました。

母親が妊娠中に寄生虫やウイルスなどの病原体に感染することで、胎盤を介して感染した胎児が、生まれてから様々な障害を持つようになる母子感染症。

我が子に障害をもたらした後悔から、同じ思いを後に続く母親たちに味合わせないようにと、啓発活動を続けている団体があります。

9月23日に結成10周年を迎えた先天性トキソプラズマ&サイトメガロウイルス感染症患者会「トーチの会」です。

BuzzFeed Japan Medicalは、歯科医師でトーチの会代表の渡邊智美さん(42)に活動に懸ける思いを聞きました。

妊婦健診で胎児の脳室が4倍に「信じられない」

お腹の我が子の異変に気づいたのは、2011年1月、妊娠30週で受けた妊婦健診の時だった。

初めての妊娠で、それまでの経過は順調そのもの。ところがこの日は、超音波検査で見える胎児の頭の「脳室」という部分が、通常の胎児の4倍近い大きさになっていた。医師からは「水頭症になっている」と説明を受けた。

NICU(新生児集中治療室)のある大学病院に転院すると、画像を見た途端、トップの部長が呼ばれ、すぐにMRI検査もした。

「原因として考えられるのは、トキソプラズマという原虫の感染です」

検査後、そう主治医に言われ呆然とした。

「すくすく育っていたので、『信じられない』というのが正直な気持ちでした。びっくりして涙がボロボロ出るのですが、悲しいわけではなく、半信半疑で心が受け止めきれない。この悪い夢はいつか覚めるのではないかと思っていました」

妊婦が感染して胎児に障害「自分のせいだ」

「先天性トキソプラズマ症」は、動物の肉や感染したばかりの猫の糞、土の中などにいるありふれた単細胞生物に感染して起きる母子感染症だ。

トキソプラズマに感染した猫の糞に含まれた卵がいつの間にか土や砂の中に入り込み、そこから色々な動物が感染して筋肉の中にトキソプラズマが潜んでいる。だから猫の糞を扱ったり、土いじりや砂場遊びをしたり、生肉や加熱不十分な肉類を食べたりすることで口から感染する。

健康な人は感染しても影響はないが、妊婦が初めて感染し、胎盤を通じて胎児に感染すると、赤ちゃんの目や脳に障害が起きる可能性が出てくる。今の日本では赤ちゃんに対する承認された治療薬もない。

渡邊さんは、診察を受けた医師に「猫、飼ってる?」と聞かれたが、「犬を飼ってますけど...」と思い当たる節がなかった。

後日、妊娠中につけていた日記と付き合わせながら、詳しく感染した時期や行動を調べた。外食はほとんどしていなかったのに、知人に妊娠を報告する食事会で行った焼肉店でユッケやレバ刺しを食べたことが原因ではないかと推測がついた。

自分の食べたものが我が子に病気をもたらしたのかもしれない——。ショックを受けた。一時は離婚して、自分一人で育てなければならないかとも思い詰めた。

夫も家族たちも原因がわかっても決して自分を責めることはなかった。義母は「障害があって日本で育てにくいなら、海外で育てればいいじゃない」と言ってくれた。看護師の妹は「みんなで育てたらいいじゃない」と励ましてくれた。

だが、自分では、自分のことをどうしても責めてしまう。

「自分さえ食べなければ、子どもがこんなことにはならなかったのかもしれないのにと思いました。『母子感染症』でなくても、母親は自分の子どもに何かあれば自分が背負うものです。いくら周りに『あなたのせいじゃない』と言われても、私が『犯人』だと思っていました」

手に入らない薬を自力で調達

とはいえ、悩む間もなく、出産の時は近づいている。出産まで入院して経過をみることになったが、当時、適用外ながら妊娠中の唯一の薬だった抗生物質「アセチルスピラマイシン」がその大学病院では手に入らない。

いったん退院して、その病院から大きな薬局に注文する形で取り寄せて飲み始めた(※今は「スピラマイシン」という抗生物質が感染疑いの段階で妊婦に保険適用されている)。

また、赤ちゃんが生まれたら投与する未承認薬も、あらかじめ取り寄せる必要があった。以前はマラリアの治療にも用いられていたその薬は、熱帯病の治療研究班が保管している薬を研究用としてわけてもらった。足りない分は50万円以上かけて個人輸入した。

毎日、確認した胎児の心音は力強い。

それでも医師は「脳に障害があるのは間違いない」「二分脊椎(神経が入っている脊柱管の一部が不完全で、神経障害が出る可能性のある状態)」もあるかもしれない」と、様々な障害の可能性を告げた。

検査では脳出血も見られるので、「分娩で赤ちゃんの脳を圧迫しないように」と帝王切開で産むことになった。

「事態を飲み込む時間もあまりなかったのですが、検索すると『死に至る可能性もある』などと怖い言葉が出てくる。不安でいっぱいでした」

右半身の麻痺、学習障害 

38週になった段階で2011年3月に出産。産声は大きく、体重も2969gあって、初めての子どもを産んだ母親の目には元気な赤ちゃんに見えた。嬉しかった。

ただ、主治医からすると頭が少し大きく、背中には紫色の出血斑が見られた。

「NICUで1ヶ月過ごしたのですが、周りには早く生まれた赤ちゃんも多いので余計に元気に見えたのだと思います。それでもおっぱいを吸う力が弱く、首を動かすのも片側に偏っていました」

主治医からは「これだけ脳に障害があるのですから、体にもいずれ何か現れてくるでしょう。リハビリを早めに組み込みましょう」と言われた。

生後2ヶ月には療育センターを受診し、理学療法士のリハビリを受け始めた。やはり体の右側に麻痺があり、右側の手足を動かすのが上手ではないことがわかった。

ハイハイもなかなかできず、伝い歩きを始めたのも1歳半ぐらいになってからだった。しゃべり始めるのも遅かった。

残り続ける社会への「怒り」 辻立ちの政治家に訴え

ただでさえ不慣れな中で行う初めての育児に、重なった我が子の障害。

感情的な荒波が収まるまで、1年近くかかった。

それが収まっても、なお「怒り」が残っているのに気づく。

「週に1回の通院もずっと続くし、2週間に1回はリハビリ通いです。3月生まれなので、そうした通院が夏の暑い盛りに続き、やり場のない怒りでイライラしていました」

その「怒り」とは何に対する怒りだったのだろうか?

「なぜ、こんなに重大な結果が残るような感染症について、私は知ることができなかったんだ、という怒り。国に承認された薬もなく、個人輸入で手に入れる薬にも助成金はなく自費で50万円ぐらいかかる。国にも見放されているように感じていました」

そんな2011年の夏の終わり頃、リハビリに向かおうと抱っこ紐で娘を抱えて夏の暑い日差しの中を急ごうとしていた時、団地の真ん中で辻立ちしている国会議員が目に留まった。

「『私は今から病院に行くのに、この人何呑気に演説してるの』と怒りでパンパンになっていた気持ちをその政治家にぶつけにいったんです。こんな病気があって、こんなに大変なのに、この国では薬さえ手に入らないし、患者や親が置き去りにされている病気があることを知ってください、と」

その参院議員の男性はたまたま障害を持っている身内がいて、親身になって話を聞いてくれた。

「それなら、すぐに話を聞きましょう」と議員会館に招待してくれた。主治医の小島俊行さんと共に指定された日に訪ねていくと、その政治家と厚労省の母子保健課の担当者が待っており、訴えに耳を傾けてくれた。

「『なぜ母子手帳にトキソプラズマの予防法が書いていないんですか?』と尋ねると、『肉は農水省の管轄なので...』と縦割り行政的な回答もされましたが、親身になって答えてくれました」

生まれて初めて、政治家や役所に陳情をした日となった。

「国民の声がないと国は動かない」患者会を発足 

ちょうどその頃、風疹が流行し始めていて、妊婦が感染して胎児の脳や心臓や耳に障害が残る「先天性風疹症候群」も話題になっていた。

風疹について取材していたNHKの記者に、主治医の小島さんが「先天性トキソプラズマ症で困っている患者がいる」と紹介してくれた。

NHK記者の取材を受けた。その時、小児感染症や母子感染症が専門の長崎大小児科教授の森内浩幸さんに、記者がつないだ。

「森内先生は『研究者が何を言ったところで、患者さんの声がないと国は動きません。患者会が欲しい』と呼びかけてくれました。森内先生の発案です。ただ、トキソプラズマだけだと患者を集めるのは難しいので、似た母子感染症であるサイトメガロウイルスの患者と共に活動してはどうかと持ちかけてくれたのです」

サイトメガロウイルスは環境のいたるところにいるありふれたウイルスだ。日本では成人の半数以上が既に感染し、免疫を持っているが、妊婦が感染した場合、胎児へ感染が及び、脳や聴覚などに障害が起きる可能性がある。

先天性トキソプラズマ症とサイトメガロウイルス感染症。どちらもワクチンはないが、知識さえあれば予防できる。

妊娠中から闘病の様子をブログに書き綴っていた渡邊さんは、サイトメガロウイルスの患者たちのブログの掲示板にも入れてもらい、「こうした母子感染症のことを知ってもらい、支援を得るために患者会を作りませんか?」と募集した。

2012年6月には決起集会を開き、対面とネットで10人弱が集まった。

患者会の名前は、母親から胎盤を通じて子どもに感染することによって障害が残る病原体(トキソプラズマ、風疹、サイトメガロウイルス、単純ヘルペスウイルス、梅毒、HIVなどその他のウイルス)の頭文字をとった「TORCH症候群」からつけた。

ウェブサイトを作り、医療に関する情報は森内さんに目を通してもらって監修してもらった。森内さんは「すべてのページに僕の名前を書いて、僕のところに問い合わせが来るようにしてもらっていいですよ」と全面的に協力してくれた。

そんな準備の末、NHKの記者が初めて全国放送で「トーチの会」の設立について伝えてくれたのが、2012年9月23日のことだ。これを機会に、さまざまなメディアが取り上げてくれるようになり、会の設立日をこの日に決めた。

患者会としての発信の始まりだった。トキソプラズマやサイトメガロウイルスについて、一般に知られ始めた。

「なぜ知ることができなかったのか」活動の原動力は怒り

患者会で渡邊さんたちが一番したかったことは何なのだろうか?

「まずはこの病気のことや、予防する方法について周知することです。そして、既に感染してしまって、全国で孤独に戦っている仲間ともつながりたかった」

「何も知らずに、これからなる人があまりにも不憫です。この患者会の発信を通じて『原因について後から知った。悔しい』と言った仲間もいます。難しいことではなく、生活の中でちょっと気をつければいいことなのに、それを知らなかったことが、自分で自分の子どもを傷つけることにつながった。納得できないです」

「基本、私たちは怒っているんです。なぜみんなこんなに大事なことを知ることができなかったのだろうと。知るべきことを周知していなかった事実に腹が立つ。『性感染症だ』と間違った情報を知らされて、『人になかなか言えなかった』というお母さんもいるのです」

「患者会ができたことで、人には言えない苦しみを持ったお母さんたちが分かり合えた。こういう感情をこれからお母さんに持たせたくないよね、治療方法も検査も広まっていないのはおかしいよね、という気持ちで10年続けてきました」

先天性トキソプラズマ症は数百人、サイトメガロウイルス感染症は1000人ほどの患者が、毎年生まれていると推計されている。

患者会への参加者は80人ほどになった。

治療薬の承認、検査の保険適用 成果を積み重ねる 

母子感染を防ぐ「11か条」を掲載したパンフレットは、これまで全国の自治体が注文して母親たちに配布してくれるようになった。これまで累計12万部を配布している。これ以外にウェブサイトからもダウンロードされている。

コロナ禍でこの2年半は難しかったが、母子保健関連の学会でブースを出したり、講演したりもして、医療者への啓発にも力を入れている。

さらに、先天性サイトメガロウイルス感染症で体が不自由になった女の子と愛犬の生活を描いた本『エリザベスと奇跡の犬ライリー』や、それをもとにした絵本『もふもふライリーとちいさなエリザベス』をクラウドファンディングで出版し、啓発に役立てている。

こうした患者会の活動も後押しし、2018年には先天性トキソプラズマ症の妊娠中の治療薬や、新生児の尿検査でサイトメガロウイルスの診断をする検査が保険適用となった。

サイトメガロウイルスの赤ちゃんへの治療薬も今年度中にも保険適用される見込みだ。トキソプラズマ症の血液検査は、妊婦健診の検査項目として母子手帳に載るようになった。

妊娠中の感染予防のための注意事項 11か条(トーチの会)


  1. 石鹸と流水で、しっかり手を洗ってください。
  2. 小さな子供とのフォークやコップの共有、食べ残しを食べることはやめましょう。
  3. 肉は、しっかりと中心部まで加熱してください。
  4. 殺菌されていないミルクや、それらから作られた乳製品は避けましょう。
  5. 汚れたネコのトイレに触れたり、掃除をするのはやめましょう。
  6. げっ歯類(ネズミの仲間たち)やそれらの排泄物(尿、糞)に触れないようにしましょう。
  7. 妊娠中の性行為の際には、コンドームを使いましょう。
  8. 母子感染症の原因となる感染症について検査しましょう。
  9. B群溶血性レンサ球菌の保菌者であるか検査してもらいましょう
  10. ワクチンが存在する感染症(たとえば、麻疹、風疹や水痘)から自分と胎児の身を守ために、妊娠前にワクチンを打ちましょう(※1)。
  11. 自分が十分な抗体を持っていない場合、水痘や風疹などに感染している人には近づかないようにしましょう(※2)。

※1 現在妊娠している方は、出産後、なるべく早く次の妊娠までの間にワクチンを打ちましょう。

※2 感染者に接触した場合はすぐに病院に連絡して下さい。水痘や麻疹の場合は、すぐに免疫グロブリンの注射をすることで発症を防ぐことができるかもしれません。

正しい知識は我が子を守る

渡邊さんの長女は今、小学校6年生になった。立って、歩いて、自転車にも乗れるが、右半身の麻痺は残った。右手は握ったままで細かい作業はできず、右足は引きずっている。てんかんの発作もあり、学習能力や発達にはでこぼこがある状態だ。

肢体不自由児を対象とした特別支援学校に受験して入り、友達もたくさんできた。長女のペースで成長を見せてくれるのが嬉しい。

トーチの会での活動が10年を迎えた今、新生児の聴覚スクリーニング検査も全国に広がってきている。

「難聴と分かった子の4分の1がサイトメガロウイルスによるものというアメリカの調査もあります。聴覚スクリーニング検査とセットで赤ちゃんの尿検査をしてもらえば、サイトメガロウイルスであるか早期にわかります」

早期に分かったら、赤ちゃんに使える薬が間もなく保険適用されることもあり、進行を抑えることができるし、早期の療育で生活の質を上げることができる。

既に長崎や三重県では、聴覚検査に引っかかった新生児のサイトメガロウイルス検査を行う体制が組まれている。こういう動きも広めたい。

渡邊さんはこう未来の母親に呼びかける。

「知識は我が子を守ります。正しく知ることが大事で、不確かな情報で不安や混乱に陥らないように、どうか正しい知識を得て大切な我が子を守ってください」