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スティグマにどう対処するのか? 当事者の語りに触れること

様々なマイノリティが一堂に会した集会で、熊谷さんは、障害者やLGBTなどある特定の属性に刻まれる負の烙印、「スティグマ」について、どう対抗していけばいいのか語りました。熊谷晋一郎さん講演詳報の最終回、第3弾です。

杉田水脈議員の「生産性がない」発言をきっかけに、社会的マイノリティと呼ばれる人々が分野を超えて集った院内対話集会「政治から差別発言をなくすために私たちがすべきことは?」。

基調講演をした東京大学先端科学技術研究センター当事者研究分野准教授の熊谷晋一郎さんは、社会によって刻まれたマイナスの烙印、スティグマについて語り、それを解消するために私たちは何をしていけばいいのか提案しました。

他者にだけでなく、自分の属性にも向けられるスティグマ

スティグマというのは、総合的なアプローチをしていかないと対処できません。

ここは大事ですから、時間をかけて説明しますが、スティグマには二つの主要なタイプがあるとされてきました。しかし実は、二つという分類は古くて、最近は三つあると言われていますので、三つに修正して説明します。

一つ目は「公的なスティグマ」です。

これは何かというと、非当事者が当事者に対して持っているスティグマのことを指します。

例えば、男性が持っている女性へのスティグマは、公的スティグマです。あるいは健常者が持っている障害者へのスティグマ。これも公的スティグマです。

問題はその次の「自己スティグマ」です。これは、当事者が当事者に対して持ってしまうスティグマのことです。

例えば、障害者が障害者に対して持ってしまうスティグマがあります。

それは、ある時には自分自身の価値を下げるように働きます。「こんな価値のない私は、困った時に人に助けてと言う権利もない」と考えて、援助希求行動、つまり、困った時に誰かに助けを求める行動を取れなくさせるのも自己スティグマの重要な影響です。

または仲間同士で連帯しようとする時に、自分と同じ属性を持っている人への嫌悪感を抱くことがありますが、これも自己スティグマです。

女性でいえばミソジニー(女性蔑視)があります。男性もミソジニーはありますけれども、女性同士のミソジニーというものがあるのです。

女性運動だけではありません。障害者運動であっても、障害を持った人同士で、自分の障害を憎むだけではなく、同じ障害を持った仲間を憎んでしまうことが起きます。

例えば、同じ属性を持った仲間が勇気を持って社会に対して異議申し立てをした時に、「そんな恥ずかしいことやめてくれ」「あんな風に周囲に攻撃性を発揮したら、こっちまでネガティブに見られてしまうじゃないか」と仲間への違和感を抱かせます。

健常者同士ではあまり起きないことです。ある健常者が社会運動をしたとして、他の健常者が「やめてくれ。健常者のイメージが悪くなる」とはあまり言わないですね。

こういう自己スティグマの問題は非常に重要な問題です。これは全てのマイノリティー属性において起きる話です。

社会制度によって生み出される「構造的スティグマ」

そして三つ目。これが政治と深く関わっているのですが、近年注目されている三つ目のスティグマが「構造的スティグマ」というものです。

公的スティグマも自己スティグマも、個人が抱くスティグマという点では一緒です。それが当事者なのか非当事者なのかの違いだけです。

それに対し、構造的スティグマというのは、規範やルールや法律や価値観など、社会に埋め込まれている様々な構造的な要素に宿っているスティグマのことを指します。この構造的スティグマというのが今もっとも熱い、研究上のトピックになっています。

つまり、法律を変えたとたん、その法律の影響が及ぶ人たちの寿命がどう変化したか、ある政治的な体制が変動したときに、マイノリティの健康状態がどう変化したかなどを、今、世界中の研究者が必死に研究しています。

精神障害や薬物依存は最も熾烈なスティグマを負わされているということを世界中の研究者が認識していて、研究蓄積も非常に多い対象です。

実際に、構造的スティグマの存在によって、精神障害や薬物依存は、仕事や住居を見つける際に障壁になったり、自尊心や自己効力感を低下させたり、病院にかかるなど基本的な資源へのアクセスが妨げられたりするという、研究報告があります。

意志や努力によって乗り越えられると誤解されている属性はスティグマを負いやすい

スティグマという現象はどの文化圏においても発生します。日本だけでもないし、アメリカやヨーロッパだけでもない。アフリカでもアジアでも起きています。

そして、どの属性にスティグマが貼られやすいかは、文化によって違います。

ただ、いくつか共通する傾向があります。

一つだけ紹介しますと、意志の力や努力によって乗り越えられる属性であると誤って信じられている属性はスティグマを貼られやすいということです。

「あなたの意志が弱いからでしょ」

「あなたが頑張らなかったからでしょ」

「あなたが努力不足なんじゃないの」

こんな風に誤って解釈される属性はスティグマを負わされやすいと言われています。

逃れられない属性ではなく、あなたの選択によってこの結果はありますよね、と誤解されている時に、スティグマは貼られやすいんです。

代表例は依存症です。依存症は「意志の病」だと誤解されています。自分の選択で依存症になったと誤解されています。

あるいは肥満です。肥満はお前が食べ過ぎたからだろと言われやすい。だけれども決してそうではない。ストレスフルな職場環境のせいで食べ過ぎてしまうのかもしれないし、貧しくて健康的な食生活を送れないのかもしれません。

自分で選択した、そして、周りがそれを止めたにもかかわらずそう生きることを選択したと誤解されているライフスタイルにスティグマが貼られやすいのです。

自分の選択結果によってその属性になっているんでしょと思われる時にスティグマが貼られやすいーー。これを「帰属理論」と言います。

ですから私たちはここを注意深く見ておかなければなりません。

最近、麻生太郎大臣が「不摂生で病気になった人は保険を使わなくていいんじゃないか」という内容の発言をしていました。「帰属理論というものがありましてね」と教えてあげなければなりませんね。こうした発言が、社会に対してどういう効果を与えるのかということを考えていただきたいところです。

スティグマは健康を害する

精神障害、HIV、エスニックマイノリティ、心身の障害。これらは、スティグマを貼られやすい属性一覧です。

そうした属性によって、住まいを見つけられるか、雇用を見つけられるか、お友達がいるかどうか、心理学的な健康、総合的な健康状態などにマイナスの影響があるということが世界中で研究されています。信頼の置ける研究がすでにたくさんあるのです。

障害やLGBTだけではなく、様々なマイノリティー属性に対して、様々な影響が調査されつつあります。これは日本にほとんど共有されていないのではないのでしょうか。こういう知識を少しずつでも共有するところから始める必要があると思っています。

スティグマが健康の不平等につながるプロセスやメカニズムを説明しましょう。

一つ目は社会資源から阻害される、他の人が使えるものが使えなくなるということですね。

二つ目は社会的孤立。これは特に見えづらい属性に多いと言われています。ぱっと見、ほかの平均的な人と変わらないように見える。精神障害を持つ人や同性愛者が当てはまりそうです。

わざわざカミングアウトしなければ、カモフラージュできる。そういう属性は社会的に孤立しやすいということがわかっています。

三つ目は、自己スティグマです。自分が自分を見下げ、望ましくない対処行動の例として、喫煙と飲酒があげられます。もちろん薬物依存もここに入ります。スティグマが原因で何かへの依存が起きるというのも非常に重要な問題です。

依存症は本人の意志のせいにされて、よりスティグマが深まっていますが、むしろ逆です。スティグマがあって、その辛さへの自己対処として依存が起きるというのが科学的に明らかになっています。

あとはストレスですね。これは言わずもがなでしょう。差別を受けると日々ストレスを経験します。スティグマを日々味わっていると血圧が上がるなど、いろいろな科学的な根拠があります。

なぜ人はスティグマを持つのか?

ところで、そもそもなぜ人間はスティグマをもつのでしょうか。

この問いに対しての答えが続くと思うのですが、この段落でなぜ権力を持つ人がスティグマを巻き散らかすのかという理由がいまいちスッキリわからないのです。教えていただけますか?

スティグマへの欲望は三つに分かれるだろうと言われていて、「ダウン」「イン」「アウェイ」とされています。

まず、ある一定の人々の価値を貶める、ダウンさせる。

二番目が難しいのですが、ある特定の人たちを自分たちの仲間に引き寄せる、これがインです。つまり、本当は違うのに、「同じ人間でしょ?」と言い過ぎることです。「同じ日本人でしょ」とか「同じ人間でしょ」と言って、同調させる、同化させる。これもスティグマです。

なぜなら、自分とは異なる、マジョリティーとは異なる属性を無きものにする。それを過小評価する、という意味においてはその属性を否定しているからです。

三つ目は、ある特定の人たちを自分たちから除け者にする。これがアウェイですね。

この三つの欲望がある限り、どれだけ時代が、歴史が変化しても、ある一つのメカニズムが作動しなくなったら、別のメカニズムが健康の不平等を再生産させるという歴史を繰り返しているのです。

具体的に何ができるのか? 「障害の見える化」

最後に簡単に私たちの取り組みを紹介しておしまいにします。

私たちはスティグマに関連した取り組みとして、例えば、ダルク女性ハウスの皆さんと慢性疼痛と依存症との関係、刑務所の当事者研究をやってきました。

薬物依存症のお母さんは、しばしば刑務所を出所した後で、生活保護を受けながら障害を持った子供を育てるなど、五つも六つもスティグマが重複している人が多い。そんな現状の中でどうやって子育てをするのかということを一緒に研究してきました。

介助者の当事者研究もあります。相模原事件の後、優生思想が障害者に対する虐待の原因になるのではないかと考えました。

しかし、介助者もまた、能力主義や優生思想で苦しんでいます。そこを正直に話し合い介助者自身の弱さを開示するような研究がないと虐待が減らないのではないかと考え、そういう視点で介助者の当事者研究をやってきたわけです。

もう一つの取り組みは、教育システムの開発です。

スティグマを負いやすいのは、「本人が悪いんじゃないの?」と誤解されやすい属性だとお伝えしました。

精神障害や発達障害など、一見、平均的な人と同じように見える障害を持った人は、ほかの人と同じようにできないことが、本人の意思の弱さ、努力不足だと誤解されやすいのです。スティグマを貼られやすい原因になっているわけですね。

ですから、私たちはなんとか見えにくい障害を「見える化する」ことで、公的スティグマや自己スティグマを減らせないかと取り組んできました。

一例としてはバーチャルリアリティーを使って自閉症の人が見ている世界を擬似体験するプログラムを作ったのですが、残念ながら擬似体験はスティグマを悪化させることがわかっています。

大事なのは、当事者の語りに耳を傾けること

よく「車椅子1日体験」などがありますね。確かに、私も1日体験した後に「いやあ本当に街って段差が多いんですね」「本当に大変だと思いました」とか感想を言われると、なんかちょっと違うなと思ってしまいます。

例えば、一人の障害者である熊谷のことを理解するためには、「分厚い一冊の本」を読んでもらわないと困るわけです。擬似体験というのは、挿絵一枚を読んだだけのような、スナップショット的な理解のように感じます。

40年以上車椅子に乗っている人にとっての段差の意味と、1時間だけ車椅子に乗っている人の段差の意味は違う。その「挿絵」の意味は、分厚い本を一冊全部読み通した上でわかってくるわけです。そういういう意味で擬似体験というのは限界がある。

実際これまでの研究によっても、スティグマは改善しないことがわかっています。

特に「ソーシャルディスタンス」、日本語でいうと「社会的距離」と言いますが、「大変ですね。よく頑張っていらっしゃいますね」と思う一方、「でも近くに来ないでください」「でも同じところに住むのは嫌です」「でも同じ職場にいたら面倒臭いな」「でもうちの街にグループホームができたら嫌だな」と感じてしまう。

つまり、「大変ですね」「尊敬します」と言いつつ、至近距離に来たら拒む。

それを、「社会的距離」が大きいという言い方をします。

擬似体験というのはこの社会的距離をむしろ悪化させるということがこれまでの研究で示されています。

私たちが開発中のスティグマを減らすための教育プログラムがあります。

スティグマを減らすには「法律や政治を変える」というアプローチと、「教育を変える」アプローチの両方が必要なのですが、私たちが開発しているのは教育の方です。

バーチャルリアリティを使うだけではダメで、当事者の語りに触れる。語りというのはまさにその人の分厚い本一冊を読むことなのです。

それと合わせて体験することで、初めてスティグマが減るのではないかと考え、実際にスティグマの数値化をしてみたところ、経験した人の方がしていない人よりもスティグマが下がっているという結果が出ています。

まだ短期的な効果しか確認できていません。長期的にその傾向が持続するのか、持続させるためにはどういうアプローチをとって行く必要があるのかということを今取り組んでいるところです。

【1回目】なぜ政治家が差別発言をしてはいけないのか? 「障害は皮膚の内側ではなく、外側にある」

【2回目】スティグマとは何か?  健康さえ脅かすネガティブなレッテル

【熊谷晋一郎(くまがや・しんいちろう)】東京大学先端科学技術研究センター准教授、小児科医

新生児仮死の後遺症で、脳性マヒに。以後車いす生活となる。大学時代は全国障害学生支援センタースタッフとして、障害をもつ人々の高等教育支援に関わる。東京大学医学部医学科卒業後、千葉西病院小児科、埼玉医科大学小児心臓科での勤務、東京大学大学院医学系研究科博士課程での研究生活を経て、現職。専門は小児科学、当事者研究。

主な著作に、『リハビリの夜』(医学書院、2009年)、『発達障害当事者研究』(共著、医学書院、2008年)、『つながりの作法』(共著、NHK出版、2010年)、『痛みの哲学』(共著、青土社、2013年)、『みんなの当事者研究』(編著、金剛出版、2017年)、『当事者研究と専門知』(編著、金剛出版、2018年)など。