社会的マイノリティと呼ばれる人々が分野を超えて集った院内対話集会で、基調講演をした東京大学先端科学技術研究センター当事者研究分野准教授の熊谷晋一郎さん。

「政治から差別発言をなくすために私たちがすべきことは?」というテーマで語った講演詳報第二弾は、社会によって、そして自分自身によって胸に刻まれた負の烙印「スティグマ」について、丁寧に説明を始めます。
社会的な要因が左右する健康 なぜ政治の場で差別を議論しなければならないか
さて、今日のお話の本題に入りたいと思います。
差別という問題を、政治の場で議論しなければならないのではないか?
そんな問いに対しては、いろんな答え方があると思います。
私が専門にしているのは医学ですから、健康という観点から差別がどれほど人の寿命や健康、心身のウェルビーング(well-being、生き生きとした良好な状態)を損なうかについて、まず基本的な情報を共有しておきたいと思います。
最近、注目されている概念の一つが、「健康の社会的決定要因(Social determinants of health )」というものです。略して、SDHと言います。
医学はどんどん進歩して、様々な健康問題が解決した部分もありますが、相変わらず、一部の人々にはその恩恵が十分行き渡っていません。
例えば、経済的に恵まれない人たちは寿命が短いですし、精神障害を持つ人は寿命が短い。様々な健康格差がありますが、そのように身体の状態が原因ではなく、健康格差を生じさせる社会的要因のことをSDHと呼びます。
健康格差をもたらす社会的要因とはどういうものなのでしょうか?
様々なメカニズムを通じて多くの人々の健康に影響を与えている事実があること、健康を維持するのに不可欠な物理的・人的・心理的な資源へのアクセスを妨げていること、時代が変わるにつれて健康に影響を与えるメカニズムを進化させ、新しいメカニズムで不平等を生み出し続けることという3つの特徴があります。
「スティグマ」は健康を脅かす社会的な要因
今日テーマにする差別の問題は、より学術的には「スティグマ」という言葉で表現されることがあります。
スティグマとは一体何なのでしょうか。
スティグマはもとを正すと、「烙印」という表現になると思います。
かつて、身体に烙印を押して、奴隷や犯罪者を特定するような時代がありました。転じて、物理的な烙印に限らず、特定の属性を持っている人に対してネガティブなレッテルを貼り付けることをスティグマと言います。
そして、「スティグマ」は、健康格差をもたらす3つの社会的要因を全て満たしています。それが、現在、公衆衛生の共通認識となっています。
つまり、スティグマは、単に、人を傷つけたり、自尊心を奪ったりということを超えて、重大な健康問題であり、健康の不平等を生じさせるものなのだということを抑えておきたいと思います。
正確な定義は、2001年にリンクとペランという人が、このように定義しています。
「権力の下で、ラベリング(レッテルを貼ること)、ステレオタイプ(固定観念)、分離、社会的ステイタスの喪失、差別、この5つが、一緒に起きている状態」
差別はスティグマに含まれ、スティグマの方はより広い概念ということになります。
スティグマは、どのような流れで刻まれていくのか?
よりわかりやすくするために、別の角度から説明します。
スティグマというのは、山田さんとか熊谷さんとか特定の個人に貼られるレッテルではありません。ある属性に貼り付けられるレッテルです。つまり個人名ではなく、集団のカテゴリーに貼られるわけです。
障害者であるとか、依存症者であるとか、女性であるとか、民族的少数派であるとか、LGBTであるとか、カテゴリー化された属性に貼り付けられたもの。これがスティグマなんです。

生まれたばかりの赤ちゃんは、当然のことですがスティグマを持っていません。なぜなら赤ちゃんは人間をまだカテゴリー化していないからです。
あの人は好き、この人は嫌いという感情はあると思いますが、人は成長発達の段階で、人をカテゴリー化することを学習します。
ですからスティグマは、生まれてすぐは持っていません。スティグマは、成長・発達のある段階で、他人から伝染するものなわけですね。
「スティグマ」はどのように伝染するのか?
人から人へとスティグマが伝わっていく過程は、4段階に分けられるとされています。
「きっかけ」という段階は、初めてスティグマ的な言動に触れた瞬間のことです。自分が、スティグマに伝染した瞬間とも言えるでしょう。
その後に、感染したスティグマの潜伏期間が始まります。「ステレオタイプ」というのは、その属性に対する典型的なイメージがその人の中で育まれる段階です。
そして3つ目の「偏見」というのは、そのイメージに対してネガティブな価値を育んで行く過程のことを指します。
例えば、対象が障害者であれば、「障害者って劣っているよね」、などというネガティブな価値付けを頭の中で育んでしまう状態を偏見と言います。
そして最後、「差別」というのが4番目の段階として考えられています。
差別というのは、感染したスティグマが潜伏期間の後に発症した状態です。つまり、スティグマが、行動として現れ出たもの。周囲に言動として現れ出たものが差別という定義になっています。
障害者差別解消法についても同様ですが、法律は4段階のうち、「差別」に介入するわけです。
法律では、「心の中であればどんなことを考えてもいい」という、内心の自由を保障しています。だから、法律では、アウトプットとして出た部分についてしか制限できません。
心の中でなら何を考えていても構わない。これが法律の良さでもあり、限界でもあります。だから法律は、差別の部分に介入することができます。
スティグマの4段階のうち、「きっかけ」「ステレオタイプ」「偏見」というのは、法律では縛れません。そこは、広い意味での教育というものが重要になってくるわけです。
次は、スティグマへの対処方法について考えていき、私たちが始めている試みについてもご紹介します。
(続く)
【1回目】なぜ政治家が差別発言をしてはいけないのか? 「障害は皮膚の内側ではなく、外側にある」
【3回目】スティグマにどう対処するのか? 当事者の語りに触れること
【熊谷晋一郎(くまがや・しんいちろう)】東京大学先端科学技術研究センター准教授、小児科医
新生児仮死の後遺症で、脳性マヒに。以後車いす生活となる。大学時代は全国障害学生支援センタースタッフとして、障害をもつ人々の高等教育支援に関わる。東京大学医学部医学科卒業後、千葉西病院小児科、埼玉医科大学小児心臓科での勤務、東京大学大学院医学系研究科博士課程での研究生活を経て、現職。専門は小児科学、当事者研究。
主な著作に、『リハビリの夜』(医学書院、2009年)、『発達障害当事者研究』(共著、医学書院、2008年)、『つながりの作法』(共著、NHK出版、2010年)、『痛みの哲学』(共著、青土社、2013年)、『みんなの当事者研究』(編著、金剛出版、2017年)、『当事者研究と専門知』(編著、金剛出版、2018年)など。