女優の沢尻エリカ容疑者(33)が麻薬取締法違反(合成麻薬所持)の疑いで逮捕されたことを受け、既に収録済みの大河ドラマの放送がどうなるのか、注目されている。
来年のNHK大河ドラマ『麒麟がくる』では織田信長の妻となる帰蝶(濃姫)役を演じており、重要な役どころ。出演者発表記者会見では「自分が持っているものをすべて捧げたい」とも語っており、既に十数話分が撮影済みという報道もある。
これについて、公益社団法人「ギャンブル依存症問題を考える会」代表の田中紀子さんが、change.orgで「NHKは大河ドラマ『麒麟がくる』沢尻エリカさん収録分を 予定通り放映してください!」とする署名活動を始めた。
田中さんは、「人は、絶望では変われません。薬物事犯を貶めるのではなく、問題を最小限に食い止め、依存症に苦しむ人々が必要以上の罪悪感で苦しみ絶望することがないよう、寛容な決断をお願いします」と訴えている。
私的制裁は、薬物問題に苦しむ一般当事者や家族に悪影響
キャンペーンでは、芸能人が薬物問題で逮捕された時に、作品の公開が自粛され、配信停止や撮り直しとなって、多額の賠償金が発生する事態となっていることをマスコミもセンセーショナルに取り上げていると指摘している。
その上で、こう訴える。
芸能界が薬物事件を起こした芸能人に対し刑罰以上の私的制裁を加え、吊るし上げや辱めを与えることは、薬物問題に苦しむ一般の当事者や家族にも多大なる悪影響を与えており、社会からの孤立や私的制裁を恐れ、支援や相談に繋がることを困難にさせています。また、薬物依存の回復施設への排除運動などが各地で加速しています。
また、欧米諸国では、違法薬物を、刑事事件としてではなく、メンタルヘルスの問題として扱い、非犯罪化が進んでいる現状を紹介。薬物事件を起こした人は、なんらかの生きづらさや依存症の問題を抱えているとして、刑罰ではなく治療が必要だとした上で、こう願う。
芸能界も潜在化している薬物問題に苦しむ人々に配慮し、必要以上に問題を大きくして、社会から排除されることがないようにして下さい。
そして芸能界は薬物問題を起こした芸能人の方が再起できるよう、支援の手を差し伸べてください。薬物事件を起こした芸能人の方々が、その経験を語り、回復者のアイコンとして活躍して頂ければ、沢山の苦しみの中にある人々を救い出すことができるでしょう。
再起のロールモデルとなることを期待
さらに、沢尻容疑者に対する報道や社会の対応が、現在回復のために努力している当事者や家族にも大きな影響を与えることを強調した。
私たち依存症問題を抱える当事者や家族は、回復後の道が断たれてしまったのでは、自分を変え回復していく勇気が持てません。絶望しか見えぬ未来では、自暴自棄となり堕ちていく一方です。
「回復すれば再び輝くことができる」というロールモデルがいることで、回復への希望を見いだすことができ、辛い治療を乗り越えることができます。
その上で、沢尻さんの再起に期待をかけ、収録分は予定通り放送することを求めた。
このような辱めは、一般の依存症者とその家族にはねかえってくることを考慮頂き、どうか騒動を必要以上に大きくせず、収録分は予定通り放送して頂きたいと思います。
他に賛同者に名を連ねているのは、「公益社団法人ギャンブル依存症問題を考える会(事務局)」「NPO法人全国ギャンブル依存症家族の会」「関西薬物依存症家族の会」。
田中紀子さん「人は絶望では変われない」
署名活動を始めた田中紀子さんがBuzzFeed Japan Medicalにコメントを寄せた。
ここ数年は、薬物事件を起こした芸能人に対するバッシングがますます強まり、毎回作品は自粛、回収、録り直し、あげく「賠償金何十億!」と大騒動になります。
これらの騒ぎが起こるたびに、我々、依存症問題を抱える当事者や家族はいたたまれない気持ちになり、同じ問題で苦しむ人々は、社会的孤立や制裁を恐れ、支援や相談に訪れることなどできなくなります。こういった社会から抹殺しようとするやり方一辺倒できたため、日本は自助グループの数から鑑みても、依存症からの回復者が極めて少ないのです。
薬物問題を起こした芸能人の方には、まず芸能界が範を示し、バッシングではなく支援の手を差し伸べて頂きたいと思います。そして影響力の大きい芸能人の方が回復した姿を見せてくれること、自らの回復の経験を語ってくれることで、我々は希望を見いだします。
人は、絶望では変われません。
辛い依存症治療も回復の先に「希望」があるから変わる勇気が持てるのです。
NHKは、不要に騒ぎを大きくし、薬物事犯を貶めるのではなく、問題を最小限に食い止め、依存症に苦しむ人々が必要以上の罪悪感で苦しみ絶望することがないよう、寛容な決断をお願いします。
「薬物報道ガイドライン」で報道に望まれること
以下に、田中さんら依存症の治療・回復にあたる関係団体と専門家で作った「薬物報道ガイドライン」を紹介する。
【望ましいこと】
- 薬物依存症の当事者、治療中の患者、支援者およびその家族や子供などが、報道から強い影響を受けることを意識すること
- 依存症については、逮捕される犯罪という印象だけでなく、医療機関や相談機関を利用することで回復可能な病気であるという事実を伝えること
- 相談窓口を紹介し、警察や病院以外の「出口」が複数あることを伝えること
- 友人・知人・家族がまず専門機関に相談することが重要であることを強調すること
- 「犯罪からの更生」という文脈だけでなく、「病気からの回復」という文脈で取り扱うこと
- 薬物依存症に詳しい専門家の意見を取り上げること
- 依存症の危険性、および回復という道を伝えるため、回復した当事者の発言を紹介すること
- 依存症の背景には、貧困や虐待など、社会的な問題が根深く関わっていることを伝えること
【避けるべきこと】
- 「白い粉」や「注射器」といったイメージカットを用いないこと
- 薬物への興味を煽る結果になるような報道を行わないこと
- 「人間やめますか」のように、依存症患者の人格を否定するような表現は用いないこと
- 薬物依存症であることが発覚したからと言って、その者の雇用を奪うような行為をメディアが率先して行わないこと
- 逮捕された著名人が薬物依存に陥った理由を憶測し、転落や堕落の結果薬物を使用したという取り上げ方をしないこと
- 「がっかりした」「反省してほしい」といった街録・関係者談話などを使わないこと
- ヘリを飛ばして車を追う、家族を追いまわす、回復途上にある当事者を隠し撮りするなどの過剰報道を行わないこと
- 「薬物使用疑惑」をスクープとして取り扱わないこと
- 家族の支えで回復するかのような、美談に仕立て上げないこと
ガイドラインでは「相談窓口を紹介し、警察や病院以外の『出口』が複数あることを伝えること」を、望ましい報道のあり方の一つとして提案している。
薬物依存には、人間関係や環境など、当事者が抱える様々な背景や課題がある。そうした点に目を向けず、一面的なバッシングや“見せしめ”のような報道を続けることに、果たして有益な意味があるのだろうか問われている。