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「感染を申告されたらトップは感謝のメッセージを」 ゼロにできない新型コロナのリスクをどう減らすか?

「コロナ疲れ」もあるのか全国で感染者が増える中、働く人の健康を守るために産業医は何ができるのでしょうか? コロナ対策が労働者の心の健康や仕事のパフォーマンスに与える影響についても聞きました。

全国で新規感染者が増え続け、職場での感染も数多く起こり始めている。

流行が長引き、「コロナ疲れ」とも言える状態が広がる中、働く人の健康を守るために何ができるのか。

産業医という立場から、東京大学環境安全部助教で産業医の黒田玲子さんに、職場のコロナ対策に関する労働者調査の結果も含めてお話を伺った。

基本方針を理解してもらう リスクはゼロにできない

ーー早い段階から、産業医は職場におけるコロナ対策のチェックリストなどを使って、職場の対策を進めていたと前回伺いました。企業の方は受け入れていましたか?

何のためにやっているのかを理解してもらうことが必要です。人事担当者や管理職向けの研修をずっと続けています。会社の外でも、産業医向けの研修も担当しています。

チェックリスト以前にどういう基本方針をたてて、どういうことを目的にやっていくのかを納得し、理解してやってもらわなければなりません。

「絶対かからないことはない。『一人も感染者は出さないぞ』という無意味な目標はたてないでください」とも強調しています。

「差別や偏見は許さない」 トップに明確にさせる

ーー差別を許さないというメッセージを何度も組織トップに出してもらうと話していらっしゃいましたね。差別自体悪いというだけでなく、差別や偏見があると正直に申告しなくなる問題もありますね。

そうですね。感染対策上も非常に問題が大きいです。差別は許さないという基本方針をたてておいて、感染者が出た時のためのプレスリリースも用意しておきます。感染者が出てしまってから慌てて準備し出すと、抜けが生じるからです。

感染者が出た時には、「よく協力してくれた。よく正直に言ってくれた。これで感染拡大せずに済むのでありがとう」というトップメッセージを出してください、と伝えています。

ーー感謝表明とはすごいですね。

そうしないと、社内感染1例目はただでさえ責められます。1例目が責められると悪しき前例になって、それ以降の人は「絶対に言うまい」となってしまいます。リスク管理として必要なんです。

もちろん経営者はリスク管理に長けていると思いますが、感染症に限ってはあまり理解されていないことが多い。このやり方が絶対ではないと思いますが、「こういう視点もあるよね」と気づいてもらい、準備してもらえたらと願います。

最終的に決めるのは会社です。あくまで産業医は助言する立場です。心の準備ができているとパニックにならずに関係者にも優しく接することができます。その準備を手伝うのが産業医です。

ーーこういうことを伝えて、企業の中で変化は起きているのでしょうか?

わからないですが、初期の頃に抱いていた過剰な不安は回避できているのではないでしょうか。会社への信頼感への醸成にもつながっているかもしれません。従業員に信頼してもらわないと会社は対策できないので、お互いのために必要だと思います。

東大の産業医たちで職場の新型コロナ対策ページを作成

ーー先生がメインで産業医をしている東京大学は職員がたくさんいるでしょうし、学生もたくさんいます。大学ではまた違う対策があるのでしょうか?

感染症が流行した時に、研究や教育も止めたくないのが大学です。とはいえ、結構長い期間、在宅勤務を求められています。状況も変化しています。

その変化に伴う労働安全衛生対策上の懸念について、大学には産業医のグループがあるのですが、こういうことが不安に思われているのではないかと意見を出し合いました。

そして、何か困った時に、ここを見たら解決のヒントがあるというウェブサイト「感染症流行時の安全衛生活動のヒント」を作ることにしました。

ーーかなり手厚いですね。ツール集も充実しています。

いらすとやのイラストを使って自分たちで作っているんです(笑)。でもこういうウェブサイトを作ってもなかなか見てもらえません。大学では職場巡視を年間200回以上やっていますが、6月ぐらいから再開して各職場に宣伝しています。

対策はやればやるほどいいというものでもありません。継続できなければ意味がないので、各職場で「これはやり過ぎではないですか?」ということも伝えるようにしています。

職場の対策について研究 対策が多ければ多いほど不安は増すが...

ーーただ、先生も関わった職場での新型コロナ対策の研究では、対策が多ければ多いほど、不安は増すけれども、メンタルヘルスが向上し、仕事でのパフォーマンスも高くなるという結果が出ていますね。

東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野の川上憲人教授のグループが行った研究ですね。2020年3月から全国の一般労働者1488人を対象にオンラインで追跡調査を行なっています。

企業内対策の実施状況を業種別・企業規模別に明らかにするとともに、メンタルヘルスの状態を観察し、その悪化や改善の要因を分析することを目的としています。

ーー行き過ぎた対策もあることが最近指摘されています。科学的根拠あるなしは関係なく、対策が多いほどいいと考えていいのですか?

それはわからないです。少なくともこの研究上では対策が多ければ多いほど、不安はなぜか増えますが、心理的なストレス反応は減ります。

例えば、自分や家族が感染するかもしれないという不安、感染して収入が減るかもしれないという不安、正しい情報をどれだけ持っているのか、マスクなどの医療用品がどれだけ手に入るかという不安、会社の業績への不安などです。

そういう不安についてあるかどうか尋ねて、点数化しています。

初回の調査の時期は志村けんさんが亡くなる直前で、国内流行はまだ比較的少なかった時期です。自分の実感に職場が先行して対策を立てていることで、「こんなにコロナって大変なんだ」という意識が高まって、不安が高まったと考えられるかもしれません。

一方、従業員の不安が高いことによって、職場で対策を徹底できたのかもしれません。

感染対策として23項目を聞いていますが、従来の働き方を阻害するような対策も入っています。例えば、勤務制限です。他に仮に自分がかかったら給与の補填があるか。そういう職場の対策を把握して、不安が醸成された可能性もあります。

ーー不安は高まっているのに、メンタルヘルスや仕事のパフォーマンスは向上しているのが不思議ですね。

「コロナは不安だけど、会社はここまでやってくれるんだ」という信頼感の醸成があるのでしょうね。

不安が高いから心理的負担も上がるだろうと考えてしまいますが、安心感や会社への信頼感が高まることで心理的負担が下がった可能性があります。そして、良いメンタルヘルスも保たれた。

パフォーマンス上昇の要因もよくわからないのですが、やはり組織に対する信頼感の醸成が関係するのではないかと考えています。「この後、どうなってしまうのだろう。会社の人は何も方針を示してくれない」という、先がわからないことの不安は大きいですよね。

新たに別の不安が出てきて仕事が手に付かない状況を、対策という形で組織が見える化し、対処してくれていると思うことで、解消している。

そもそも産業医がいる会社は多くないのです。医師がいないとしても保健師や看護師がいるといいなと思います。専門職がいないと、流行の早い時点で対策を講じるのは正直、難しいと思います。

元からの組織の姿勢がコロナ対策にも反映する

ーー元々従業員の就業環境に配慮している会社は、新型コロナ対策も手厚いのではないかなと想像します。実際はどんなものでしょう?

それはどうでしょう。就業環境は「福利厚生」ということを指しているのか、給与の高さを指しているのかはわかりませんが、産業保健体制を充実させていた組織なら、コロナ対策も充実させていると思います。

平時に緊急時の計画をたてているかどうかも重要です。

感染症流行時の「事業継続計画(Business Continuity Plan」をたてているかはかなり大きいです。自然災害の時のBCPは作っている組織が多いと思います。でも、感染症に関しては少ないです。

感染症の流行はだらだら続きますし、全国で流行ればどこも大変ですから、支援も来ない。自分で頑張ってくれと自力対応が期待されます。そこが災害とは違います。

感染者が全国で増加 コロナ疲れで何をするべきか?

ーー現在、全国で感染者数がじわじわ増えてきています。重症者や高齢者の割合も多くなっています。いつでも危機に転じ得るこうした時期に職場で行なった方がいいことは何でしょうか?

やることは決まっているのです。治療やワクチンなど違う次元の話は別ですが、職場で一番大事なのは感染拡大予防で、だいたい具体的な情報は出尽くしています。

やることはわかっている。基本対策をいかに忠実にやれるかということですが、人間はどうしても飽きてきてしまいます。

これを、手を替え品を替え、少しずつ目新しい情報を盛り込んで、タイムリーなニュースを紹介しつつ戦略を立てるしかありません。

厚労省も人気アニメとコラボしたポスターを作ったりしていますが、人がちょっとずつ興味を引くような視点を盛り込んで、飽きさせない工夫をしていく。

もう一つ、これからの季節、みんな対策に疲れてきて、飲みニケーションしたいし、忘年会もしたいですよね。

これさえすれば絶対安全ですという対策はないのですが、最低限これは押さえましょうね、という情報を出していくほうがいいと思います。少人数で飲むときの注意点や、飲みに行けばかかるかもしれないという覚悟を持ってもらう。

帰省の時の注意点も伝えたほうがいいでしょうね。Go Toを利用すること自体は悪いことではないので、旅行するならどうするのか。Go Toイートするならこういうことは気をつけてと、禁止ではなくリスクを減らす方法を伝える。

禁止と言われてもこっそりやりますよ。ここまで流行が長引けば、我慢はもう保たない。絶対というのはありませんが、こうするとリスクが下がるということはわかっているし、それを伝える。

リスクをどこまで許容するかは会社のスタンスにもよりますが、一歩も家から出ないということはできないのですから、場面に応じた適度な行動を手を替え品を替えお知らせしたらいいと思います。

産業医だけでなく、会社も従業員に伝える戦略を練る会議を定期的にやった方がいいでしょう。

冬に向けて 風邪やインフルが増える中

ーー今後、本格的に季節が冬に向かいます。風邪やインフルエンザも増える時期ですが、産業医としてどういうことに注意すべきだと考えますか?

特殊な呼びかけはなくて、コロナ対策以前に一般的な体調管理に努めましょうということに尽きるんですね。

睡眠をよく取りましょう。バランスの良い食事をとりましょう。運動は適度にしましょう。酒は控え目にして、たばこを吸っている人はこれを機会に禁煙しませんか?ということです。普段から伝えている普通の体調管理ですね。

その上で、今はコロナが流行っていますから、お互いうつし合わないように体調変化があれば、在宅勤務に切り替える。それができない職種だったら会社を休む。具合が悪い時に無理をしてもパフォーマンスは上がらないので、体調回復を優先することを徹底する。

こういうことは産業医が言ってもダメで、医者だから健康至上主義だろうと思われてしまいます。だから、会社から何度も発信してもらうことが必要です。

ーー産業医さん、一般の人にはまだ馴染みがない職種だと思います。

産業医がいなくても、産業保健の体制はどんな会社でもあります。労働安全衛生活動は必須ですし、産業医選任義務のない、従業員が常時10人以上50人未満の小規模な会社でも必ず「衛生推進者」を置かなければいけません。

ーーもし自分の職場で新型コロナ対策に不安があったらどこに相談できるのでしょう?

もちろん産業医や産業保健師などの看護職 がいる会社ならその人に相談できますが、そういった医療職が常駐していない会社だと人事を通じて申し込まなければいけませんね。

ーー相談した内容は会社に筒抜けにはならないですね。

産業医である前に医師なので守秘義務があります。でもこれは会社に伝えないと変わらないということもありますね。それはご本人に確認してから伝えます。

産業医に大事なのは想像力です。常にこういう状態なのかなと想像しながら人間愛を持って、相談にのることが必要なのだと思います。

ーー万が一、会社がコロナ対策でひどい対策をしていたら、外に相談できる場所はあるでしょうか? 労働基準監督署とかになるのですかね。

そういう窓口がなかなかないのは問題ですが、働く環境の問題と考えれば労働基準監督署でしょうし、集団感染が明らかに出ているのに会社が対応しないということであれば保健所になるでしょう。まずは相談してみてください。

【黒田玲子(くろだ・れいこ)】東京大学環境安全本部助教、産業医

2005年、産業医科大学卒業。初期臨床研修及びJFEスチール株式会社 東日本製鉄所/京浜地区産業医を経て、2009年より現職(東京大学環境安全本部 産業医/助教)。大学と企業4社で産業保健活動を行っている。

人が幸せに生きることのサポートに興味があり、一環して1人1人の顔が見える中くらいの集団で、個人と組織の健康づくりのサポートをしている。公衆衛生学修士、 医学博士、産業衛生専門医、 労働衛生コンサルタント(保健衛生)。