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国産初の抗ウイルス薬の飲み薬「ゾコーバ」審議会で承認を了承 診療現場での意義や承認プロセスに疑問も

塩野義製薬が開発中の新型コロナの飲み薬「ゾコーバ」が厚労省の審議会で承認を了承されました。しかし、一部の専門家からは、承認プロセスや診療現場で新たにこの薬を使う意義について疑問が投げかけられています。

塩野義製薬が開発中の新型コロナウイルス感染症の飲み薬「ゾコーバ(一般名・エンシトレルビル)」について、厚労省の薬事・食品衛生審議会薬事分科会、医薬品第二部会が11月22日、合同開催され、緊急承認を了承した。

感染症の爆発的な流行などに対応するために5月に新設された薬の緊急承認制度が初めて適用された薬で、国産では初めて抗ウイルス薬の飲み薬が実用化される。

塩野義は症状が快復するまでの期間が8日から7日に1日短縮したという治験の最終結果を改めて出したが、「主要評価項目」を変更しており、一部の専門家からは「有利な結果を出すために変更したのではないか」と疑問の声が上がっている。

軽症患者に対して、症状が快復するのを1日短縮するだけの高価な薬を医療現場で使う意義もまだ不透明だ。

ゾコーバをめぐっては「有効性を示すデータが不十分」として6月、7月に開かれた審議会では継続審議となっていた。

また、審議途中にもかかわらず日本感染症学会と日本化学療法学会が、利益相反を明かさずに両理事長名で緊急承認を求める提言を厚労相あてに出したことにも、医師たちから批判が相次いでいた。

12症状の評価→オミクロン流行期に多い5症状を評価に変更 症状が消えるまで8日→7日に

日本ではこれまで、新型コロナの軽症者に使える飲み薬としては、「ラゲブリオ」「パキロビッド」が承認されている。しかし、この2剤は重症化リスクの高い高齢者などにしか使えないことから、誰にでも使える薬として注目されていた。

日本政府は国産の薬であるゾコーバの100万人分の購入契約を、7月に開かれた審議会の前日、7月19日に締結していたことを明らかにしている。

ところが、塩野義が当初審議会に出していた中間解析のデータでは、主要評価項目のうちウイルス量を減らす効果は確認されたが、発熱や倦怠感など12症状の総合的な改善効果は明らかにできなかった。

7月20日に開かれた審議会で、塩野義は呼吸器症状など5症状に絞って事後解析したデータを追加で出して有効性を強調したが、評価項目を変えて有利な結果を探るようなこの解析方法についても委員からは厳しい批判が相次いでいた。

9月には、1821人を対象とした3相試験の速報が公表され、オミクロン流行期に特徴的な5症状(鼻水または鼻づまり、喉の痛み、咳の呼吸器症状、熱っぽさまたは発熱、けん怠感 (疲労感))が快復するまでの期間に主要評価項目を変更したことが明らかにされた。

その結果、偽薬と比べ、ゾコーバは1日症状が快復する時間が短くなった(約8日→約7日)として、有効性が確認されたとしている。

ちなみに「快復」の定義は、5 症状のすべてが軽減か、もしくはそれ以上悪くならなかった状態としている。

そして、今回の審議会では、この治験結果に対する医薬品医療機器総合機構(PMDA)の審査報告書が出された。

PMDAは「新型コロナウイルス感染症に対する有効性を有すると推定するに足る情報は得られたと判断した」と結論づけ、胎児に奇形が生じるリスクを考えて妊婦は禁忌とし、薬の飲み合わせに注意喚起した上で安全に使用できると報告した。

承認前から厚労省が自治体にゾコーバ運用について説明

審議が始まる前に、日本医師会理事の宮川政昭委員から、承認前にゾコーバの運用について自治体の説明会で厚労省が説明したことが指摘され、「部会を無視するようなことはあってはならない。そのようなことは謹んでいただきたい」と申し入れがあった。

厚労省コロナ本部の担当者によると、先週、オンラインで都道府県の担当者に国の買上げ供給に関する方法を説明したという。

担当者は「審査に関わる説明はしておらず、企業名や薬剤名も伏せている。早期の供給を求めることがあることを想定し、準備を進めておく必要があった。結果的に疑問を持たれ、我々の説明が不十分であった。改めてお詫び申し上げたい」と謝罪した。

太田茂薬事分科会長は「このような疑義が生じること自体、審議会を軽視している行為になってしまっていることは事実。今後、厳重に注意をしていただければ」と厚労省に注意をした。

「他に代替手段はあるのでは?」「ウイルス量の低下が臨床現場に与える効果は?」

厚労省は治験の途中で主要評価項目が変更されたことについては、データを見る前に行われ、専門家と検討の上、オミクロン株の特徴に合わせて12症状から5症状を選定したことは問題ないと説明した。

島田眞路・山梨大学学長は、緊急承認の要件として、他に代替手段がないことが条件になっていることを挙げ、「他にパキロビッドやモヌプラビルなどの有用な薬が既に承認されている。これが使われないまま放っておかれているのが問題なので、厚労省は新薬の話ばかりせず、既存薬の使い方を指導すべきだ。他に代替手段はある」と指摘。

また、全体集団に対しては症状の消失までの時間が1日短くなった効果があることは認めながらも、日本人集団への効果についてはこう疑問を投げかけた。

「日本人ではたった6時間しか短くなっていない。日本人に対しては急に効かなくなったような印象を与える。日本人ではっきり効いたという証拠がない。日本人についてはデータを積み重ねる必要があるのではないか」

厚労省は、「他に代替手段がない」要件については、国民への安定供給という観点から国産の医薬品はこれまで承認されていないこと、重症化リスクの因子のない患者に投与できる治療薬としては既存のものはないとして「代替手段がないという要件は満たしているのではないか」と回答した。

島田学長は「パキロビッドを200万人分買い上げて、たった5万人分しか使えるようにしていないのはどうなのか。こういうのを使えるようにするのが第一。リスクの低い人は風邪症状があれば風邪薬を飲んでおけばいい。詭弁だ」と強く批判した。

横幕能行・名古屋医療センター 感染症内科エイズ総合診療部長は、「抗ウイルス薬なので、ウイルス量が確実に減るという評価が大事。ウイルス量の低下は4日目でCt値に換算すれば1桁ぐらい。つまりそんなに落ちていない。しかも感染価の低下は、発症72時間未満の患者さんに投与した場合。これを緊急承認することで、臨床現場、多くの苦しむ患者にどうメリットがあるのか」と疑問を投げかけた。

「72時間を超えた患者には全く効果がないことが示唆されるので、感染の伝播の阻止、早期の職場への復帰等々を考えると、ウイルス量の低下、感染性の低下に関する薬の効果については、このあたり(効果の限界)を十分理解してもらった上で、市中に出さなければいけない」とも述べた。

PMDAの担当者は、「偽薬でも比較的短期間でウイルス量が低下する疾患ということもあって、どれぐらいの差があれば臨床的な意義があるかはなかなか判断、評価が難しい。そういうことも踏まえて、今回は症状の回復、改善で評価した」として、ウイルス量低下についての意義については回答しなかった。

最終的に、議決に参加した委員の中で承認に反対したのは島田委員のみで、賛成多数で承認が了承された。

主要評価項目、途中で変更していいのか?

臨床試験について詳しい日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授の勝俣範之氏は、今回のゾコーバの承認手続きについて、複数の問題があると指摘する。

「まず主要評価項目を都合の良いように、つまり有意差が出やすいように途中で変更したことは問題です。12症状から5症状に変更したということですが、十分な根拠がない。臨床的に意味のある症状に絞ったのならまだわかりますが、単に有意差が出やすくなったというだけでないのでしょうか?」

「また、12症状であっても、5症状であっても、そもそもこの評価項目は国際的に評価されるような評価項目(エンドポイント)でない」と批判する。

「国際的に評価、日本でも承認になった軽症患者への薬剤として、モルヌピラビル(ラゲブリオ)の主要評価項目が『入院』『死亡』であったように、重症化、死亡などの指標を用いるべきであったと思います」

「ゾコーバは入院率や死亡率を評価しているのでしょうか?5症状を1日早くなくしただけなら、診療現場での意義は少ないでしょう」

「高級かぜぐすり」必要か?

関東を中心に在宅診療のクリニックグループを運営し、コロナの自宅療養患者や外来患者を数多く診ている医療社団法人悠翔会理事長で診療部長の佐々木淳氏は、ゾコーバが承認されても、診療現場ではそんなに使われることがないのではないかと疑問を投げかける。

「ゾコーバは5つの症状(鼻汁・咽頭痛・せき・発熱・倦怠感)の罹患期間を短縮するといいますが、 正直、大した効果ではないと思います」

「現在、新型コロナの治療に用いられてきた抗ウイルス薬の効果は『重症化・入院・死亡を減らす』ことです。一方、この新しい抗ウイルス薬は非重症患者の自覚症状の改善を対象としたもの。 いわば『高級かぜぐすり』です。 8日が7日になるなど、無視できる程度の差です」

「これまで1錠10円程度の使い慣れた薬の組み合わせで対処できていたものを、1回の治療あたり何万円という薬価の抗ウイルス薬に置き換える必要があるのでしょうか」

「現在、3種類(パキロビッド・ベクルリー・ラゲブリオ)の抗ウイルス薬が重症化・死亡のリスクを下げることができ、特に前2者はその効果が大きいです。ゾコーバのように、重症化・死亡のリスクを下げることのできない抗ウイルス薬は、ここでも出番はないように思います」

「政府には『第8波の医療現場の負担軽減に』という期待もあるようですが、この薬は、その意味においても、あまり役に立たないと思います」

「医療現場の負担軽減のためにもっとも重要なのは、感染拡大の抑制です。経済活動との両立から行動制限をかけにくいことを考えると、まず注力すべきはワクチン接種の推進です」

「 感染予防、重症化予防、死亡率低下、後遺症リスク低下が明らかになっており、その安全性は十分に検証されています。小児についても、未接種の重度後遺症・死亡例が積み重なってきています。未接種の人は今年のうちに、接種済の方も最適なタイミングでの追加接種がスムーズに行われるようにしてほしいです」

「国産」に対する期待がバイアスに?

そして、ここまでの承認プロセスの不透明さにも不信感を抱く。

「ゾコーバに関しては、コロナ禍という特殊性を勘案してもやはり異例です。 審査前から自民党の有力議員がSNSなどで強力に後押しし、緊急承認が見送りになった際は日本感染症学会と日本化学療法学会が承認するよう提言を出しました」

「日本経済新聞などの一部有力メディアも承認見送りという判断に強い疑義を表明しました。『国産』に対する期待は、明らかにバイアスになります。 また医薬品の開発には、多数の利害関係者が存在します」

「だからこそ医学専門家の情報発信では、COI(利益相反)を明らかにすることが求められてきたはずですが、今回は利害関係が明らかな医学専門家が、公然と学会の名を借りて承認を求めていました。これは医薬品の評価のプロセスとしては適切ではないと思います」