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「学術団体が科学性を軽視していいのか?」 ゾコーバ提言問題で出てきた「補足説明」を感染症専門医が論評

有効性のデータが不十分であるにもかかわらず、コロナ軽症者の飲み薬「ゾコーバ」について2学会が緊急承認を求める提言を出して、批判を浴びている問題。今回新たに出てきた「補足説明」について、両学会に所属する感染症専門医は「科学性を軽視している」と批判します。

塩野義製薬が開発中の新型コロナ軽症者向けの飲み薬「ゾコーバ(一般名:エンシトレルビル)」について、有効性のデータが不十分として継続審議となったにもかかわらず、日本感染症学会と日本化学療法学会が緊急承認を求める提言を出して批判を浴びている問題。

この批判を受けて、両学会は9月8日、「『新型コロナウイルス感染症における喫緊の課題と解決策に関する提言』に関する補足説明」とする文書を公表したが、批判に十分応えているとは言えず、疑問は深まるばかりだ。

両学会に所属する神戸大学感染症内科教授の岩田健太郎氏に、この「補足説明」について論評してもらった。

利益相反の取り扱いは? 製薬会社と医療者は敵対関係にはないが....

——今回、2学会が出した「補足説明」は提言で書かれていた内容を繰り返しているところが多いのですが、新しい情報として利益相反(※)のある役員や役員全員が提言作成に関わったことが書かれています。利益相反があっても、議論に参加すること自体には問題はないのですか?

利益相反とは、研究機関や研究者が製薬会社など営利企業からの資金提供や役務提供といった連携関係が強くなることにより、結果の内容や診療ガイドライン策定などについて、企業にとって有利な方向に事実が捻じ曲げられてしまう恐れのある状態をいう。

一般的には、利益相反があっても議論から除外する必要は必ずしもないと思います。

製薬会社と医療従事者は敵対関係にあるわけではありません。どちらかといえば「仲間」です。人の健康とか社会の幸福など、同じ目標を目指していくという理念が少なくとも建前上はあります。そのために協力し合う仲間です。

僕はよくスポーツの審判とプレイヤーに例えるのですが、野球であれサッカーであれ、審判とプレイヤーは必ずしも敵対関係にはありません。お互いに良いゲームを作るために協力し合う職種だと思います。

審判がプレイヤーに威圧的な態度を取ったり、プレイヤーが審判に敵対的な態度を取ったりすると決して良いゲームは生まれません。お互い協力し合って良いゲームを作ろうとするものです。

ただし、そこでプレイヤーが審判をご飯に誘ってご馳走してあげたりすることはやってはいけないことになっています。そこは節度を守っています。

製薬会社と医療従事者も当然、一緒に仕事をすることはあるし、お互いのデータを出し合って、議論し合って、より良いものを作る協力体制が必要です。

ただ、それは建前であって、製薬会社は一方では金儲けがしたいという本音も持っています。その時に理念を曲げてまで金儲けをすることはあってはいけない。

つまり、薬の効果は大したことはないのだけど、売れればいいやと言わんばかりに専門家を利用することも残念ながら起こっていますが、これはあってはならないことです。

だから、最低限の情報公開は絶対に必要です。誰が、いくら、製薬会社からもらっているかを、ちゃんと示さなければいけない。

厚労省の審議会でゾコーバの審議をしていた時に、参考人として日本感染症学会の理事長を呼んでいました。その時も情報開示しなければいけません。

——それは資料で開示されていましたね。

そうなんですね。利益相反がある中で、薬をアピールするだけの存在なのか、それとも社内データで中身がわからないと出せないものを出しているのかを区別して情報公開すべきです。

塩野義の治験に携わった人は審議への情報提供という点で有用なので、参考人として情報を出すことはありだと思います。

開発に関わった薬の承認を求める議論に参加するのも問題

しかし、薬を開発する側でありながら、その薬を認めてくれと提言してしまうのは、役割のオーバーラップがあって、非常に問題があると思います。

「利益相反が開示されているから良し」ということではなく、利益相反は利益が相反しているということがそもそも問題なわけですから、利益相反がありながら承認を求める提言を出すのは、そこの問題をクリアしていません。

学会の学術集会などで発表する時、どこからどれだけお金をもらっているかを開示しますが、本質的な問題は、その関係性がミスリーディングにつながる提言や提案や意見につながっていないか、です。

利益相反について学術界が強く言い出したのはこの10年ぐらいです。日本社会でありがちなことですが、「形式を満たせばそれでいいでしょ」となりがちです。

でも本当に大事なのは、その製薬会社との関係性から意見を曲げていないか、です。

今回の提言ではそこがグレーになっています。ましてや、最初の提言では利益相反の開示もなかったわけですから、ずるさが垣間見られます。

ただ、僕は、今回の問題は利益相反よりも、利益相反の先にある「科学性」の部分で本質的な間違いがあったことがより大きな問題だと思っています。

感染症学会や化学療法学会という専門家集団が、科学性が担保できていないことについてきちんと議論ができていません。

——利益相反で確認ですが、そもそも特定の薬の治験に関わっている人たちが、データが不十分なまま、その薬の承認を求めるような提言の作成に関わること自体も先生はアウトだと見ているのですか?

アウトだと思います。これは規則云々ではなく、理念として問題だと思います。

つまり規則として禁止されていませんが、理念に照らせばそこは厳正に取り扱うべきなのです。

例えば、神戸大学の教授会でもよくやることですが、その議題に関し、明らかに利益相反のある人は会議室から退出して、残ったメンバーで議論することがあります。学会でも役員に明確な利益相反がある場合は同じような方法を取るべきだと思います。

今回の例で言えば、学会の3人の理事が利益相反があるということであれば、その人は議論の席から退出して、提言をどうまとめるかは残りの理事で話し合う。そして、利益相反のある理事長名ではなく、学会名、もしくは副理事長名で出す方が、より公正だったと思います。

——今回、利益相反のある3人も含めた全員の役員に、提言に関する意見を聞いているわけですからね。

日本の組織は、理念よりは人間関係の方をより重視します。3人の理事に利益相反があって、しかも一人が理事長であれば、「あなたは利益相反があるからダメでしょう?」と本来は理事から声が上がるべきです。

しかし、そういうことを言うと、人間関係が崩れるという忖度が働く。もっと言えば、そう言って反感を買うと、次に自分が理事長になりたい時なれないかもしれない。自分が将来、特定の薬で同じようなことをやりたい時にできなくなるかもしれない。

組織の中で日本的な忖度が働くわけです。

インフルエンザの流行を持ち出して「早く承認せよ」がなぜ問題か?

——「補足説明」の別の部分ですが、「ゾコーバの審議が11月に行われた場合、実際に薬が使えるのは12月以降だと思います。この時期には既にインフルエンザが流行していることが懸念されます」として、コロナとダブル流行が起きたら今以上に逼迫する、だから今緊急承認を求めるのだ、と主張しています。どう思いますか?

これは本当にヤバい発言です。

まずこれを言ってしまうと、11月までに承認しろよ、とさらに圧力をかけることになります。しかも科学性は置いておいて、そういうことをしましょうと言ってしまっています。

それを学会が言うのは非常にまずい。むしろ学会はそういう拙速な態度を正すべきで、パニックを煽動するようなことを示唆してはいけません。

エビデンスが堅牢な対策について、11月のインフルエンザとのダブル流行に備えてしっかりやりましょうというならわかります。

一番堅牢なやり方は、インフルエンザワクチンとコロナワクチンを冬の流行の前にきっちり普及させて、特に接種率の低い若い人にうちましょう、第8波に備えましょう、と呼びかけるのが学会のあるべき姿です。

なぜそこで抗ウイルス薬にこだわるのか。感染症学会と化学療法学会は昔からワクチンについては過小評価、薬については過大評価する学会だと思います。

エビデンスは曖昧なのに、インフルエンザとのダブル流行に備えて「薬を早く承認しろ」と、薬の議論だけするのはバランスが取れていません。

抗ウイルス薬で流行を抑える?

——そのワクチンについて、今回の「補足説明」では「国民をこの感染症から守るにはできるだけ多くの国民にブースター接種を含めたワクチン接種を進めつつ」と推奨しています。その一方で、「症状があり投与を希望する感染者には抗ウイルス薬の投薬を行いながら感染者の発生をなだらかにすることが必要ではないか」と、抗ウイルス薬が流行を抑える効果があるかのように主張しています。どう考えますか?

2009年の新型インフルエンザの時にも同じことを感染症学会は言っています。その時は抗ウイルス薬のタミフルをどんどん使って流行を抑えましょう、としきりにアピールしていました。

今回の提言でも、タミフルが日本で普及したから、日本では新型インフルエンザの死亡者が少なかったかのように言及しています。

新型コロナウイルス感染症とよく比較されるのがインフルエンザです。日本ではインフルエンザに罹った際には医療機関で迅速抗原検査を行った後、速やかに抗インフルエンザ薬の投与が行われます。抗インフルエンザ薬の投与は、鼻腔のインフルエンザウイルス量の減衰を1~2日早めると
ともに、臨床症状の改善が早いことが証明されています。抗ウイルス効果が高ければ体内でのウイルスの広がりを早期に抑えることができ、病気の速やかな改善に至ることは、日本の新型インフルエンザの死亡率が世界で最も少なかったことの一つの要因と考えられます。
(「新型コロナウイルス感染症における喫緊の課題と解決策に関する提言 」より)

しかし、タミフルをあまり出さずに軽症者は家で寝ているようにしていたヨーロッパの国も、実は死亡者は少なかったことがわかっています。

新型インフルエンザではアメリカの死亡者が多かったですが、医療保険を持っていない人が多く、救急車が有料であるなど、医療へのアクセスが悪いことの方が影響しているとみられます。

タミフルを出したからよかった、というのは、日本の現象を見て、因果関係は証明されていないのに、前後関係で語っているに過ぎません。

臨床試験では、因果関係と前後関係の区別をつけるために比較群を置きます。これも学術の基本です。

タミフルをたくさん出したから新型インフルエンザを抑えた、というのは素朴な主張ですが、全く立証はされていません。

今回のゾコーバに関してはもっとわかっていません。学会が出す提言としては科学性が十分ではないと言わざるを得ない。

ウイルスを抑えることと、病気を治すことや流行を抑えることは必ずしも結びつきません。だから臨床試験をやるのです。ウイルスを抑えれば必ず流行が防げて病気も治るのだったら、動物実験だけでいいはずです。

「期待しているから使う」ではなく「期待しているなら確かめる」のが筋

——そのウイルスを抑える効果についても、あらためて「補足説明」では触れられていて、「有効性を示すデータとしては不適切」と審議会でも批判された、発熱や呼吸器症状の改善を認めた、という後付けデータを出しています。「ウイルス量の早期の減少は、臨床症状の改善につながると考えられ、その結果は今後の臨床試験で明らかにされることが期待されます」と書かれていて、今は明らかにされていないことを自ら認めているような書きぶりです。

期待するだけなら、僕も期待していますよ。これはコロナの流行初期に出ていた「カレトラ」とか「イベルメクチン」でも散々議論されたことです。

「新型コロナに効くかもしれない」「期待しています」という薬は、これまでもたくさんありました。

でも我々医療者は、「期待しているから使う」という形では飛びつきません。期待しているなら、必ず「確かめる」のが基本です。

「アビガン」や「カレトラ」も期待はされたのです。特にアビガンは抗ウイルス効果から、期待されていました。だけど、臨床試験で確かめたら効果はなかった。そこにはズレがあるのは、まともな医学者だったらみんな知っていることです。

なぜアビガンやイベルメクチンでは「ちゃんと検証しなければダメだ」とわかっていたのに、なぜゾコーバだけ別扱いなんだ、という疑問が当然出てきます。

学術団体が「科学性は担保しなくてよい」と言っているようなもの

——利益相反を開示しなかったことについての見解も含め、「補足説明」が出ても、皆が投げかけている疑問は解消されていません。この「補足説明」で良しとする両学会の姿勢について、どう考えますか?

今回、SNSなどで若い医師たちが一番批判していたのは、科学性が十分でなかったことだと思います。

科学性が担保されないまま提言を出して、それでもまだ自分達の主張を曲げないということは、「科学性は担保しなくてもいいんだ」と主張しているようなものです。それは学会が科学性に十分な敬意を払っていないということです。

非常に大きな問題です。

学術団体が科学性を尊重せず、政治や金などの方向に行ってしまうならば大きな問題です。非常にまずい事態だと思います。

——先生も11月に最終結果である第3相試験の報告が出て、そこで有効性に関して良いデータが出てきたとしたら、承認するのに反対はしないですよね。

もちろんです。データが出たら、その段階で承認すればいいと思います。

——データが揃った上で承認することについては誰も反対はしていません。科学的な手続きの問題を指摘しているわけですよね。

手続きの問題というよりは、エビデンスの問題です。エビデンスがきちんと出て、この薬がいい薬だとわかり、患者さんへの使用に値するとわかれば、承認すればいい。

それは他の薬と同じです。ゾコーバだけ特別扱いする理由はないし、これまでも新型コロナのさまざまな薬についても同じように扱ってきたはずです。なぜここで態度を変えなければいけないのか、疑問が残ります。

薬の位置付けは変化する

新型コロナは2020年の段階では、かなり死亡率が高い病気でした。オミクロンになってもたくさんの人が亡くなっていますが、感染している人のほとんどは元気になることもわかっています。

相対的に、新型コロナは2020年の頃に比べ深刻さが目減りしています。

当時議論されたアビガンなどと比べると、「今すぐ薬を出さなければダメだ」という動機づけは少なくなっています。今はむしろ医療が逼迫する問題をどうするかに焦点が移り、政府は軽症者に抗原検査キットを配っているわけです。

若い人の重症化を防ぐのは次の問題です。子どものワクチンと同じような問題を抱えています。子どもの多くは軽症ですが、中には入院する子もいて、ワクチンによってその稀な重症化を防げるということで小児科学会も勧めているわけです。

同じような方向性で、ほとんどが軽症で済む若い人も、稀に重症化することがある。それをワクチンや薬が防ぐことができるなら、その対処法を推し進めるのは一つのやり方です。

ただそのあたりのデータが全くない中で、その対処法を採用するのはおかしい。憶測だけでその戦略を進めるのは、科学的には問題です。

【岩田健太郎(いわた・けんたろう)】神戸大学感染症内科教授

1971年、島根県生まれ。1997年、島根医科大学(現・島根大学医学部)卒業。沖縄県立中部病院研修医、コロンビア大学セントルークス・ルーズベルト病院内科研修医を経て、アルバートアインシュタイン大学ベスイスラエル・メディカルセンター感染症フェローとなる。2003年に中国へ渡り北京インターナショナルSOSクリニックで勤務。2004年に帰国、亀田総合病院で感染症科部長、同総合診療・感染症科部長歴任。2008年より現職。

『感染症パニックを防げ!〜リスク・コミュニケーション入門』『予防接種は「効く」のか』『ぼくが見つけたいじめを克服する方法 日本の空気、体質を変える』(以上、光文社新書)、『新型コロナウイルスの真実』(KKベストセラーズ)、『感染症は実在しない』(集英社インターナショナル)など著書多数。