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小泉政権なみの医療費抑制策がコロナ危機にも影を落とした 医療経済学者が検証する安倍政権の医療政策

歴代最長記録を更新した第2次安倍内閣で医療政策はどう評価できるのか。医療経済や医療政策を専門とする二木立さんに、この7年8ヶ月の政策を検証していただきました。

7年8ヶ月という歴代最長記録を更新した安倍首相は、潰瘍性大腸炎という持病の再発を理由に退陣する意向を表明しました。

新型コロナウイルスが未だに終息の気配を見せない中、その対策も含む医療政策はどのように評価されるのでしょうか?

医療経済や医療政策を専門とする日本福祉大学名誉教授の二木立さんに、この7年8ヶ月が医療に与えた影響を検証していただきました。

安倍首相の医療政策4つの特徴

――この78ヶ月が日本の医療に与えた影響について総括してください。

まとめると4つの特徴が挙げられます。

まず、1つめは、厳しい医療費抑制策を復活させて、医療機関を疲弊させました。それが結果的にコロナ対応でも障害になったことが挙げられます。

2つ目は、消費税の引き上げを2回延期しただけでなく、社会保障の新たな財源について一切検討しないどころか、これから10年間は上げないと明言しました。社会保障の機能強化を裏付ける財源確保を妨害したという点も特徴です。

3つ目は医療分野の一部に市場原理を導入しようとしましたが、掛け声倒れで終わったことです。これは実現しなくて良かったと思います。

4つ目は、医療提供体制の改革である「地域包括ケア」や「地域医療構想」は進みましたが、これはどう見ても安倍首相がイニシアティブを取ったとは言い難いです。逆に言えば、医療政策のうち医療提供体制の改革は、政権に左右されない連続性があることが改めて明らかになりました。

国内総生産は増えたのに診療報酬、国民医療費を削減

ーー4つの特徴について詳しく伺っていきます。まず厳しい医療費抑制策というのは、具体的にどういう政策に表れているのでしょうか?

まず、以下のグラフを見てください。

最初のグラフは、加納繁照・日本医療法人協会会長が提供してくれた診療報酬の改定率と病院の経常利益率の推移をまとめたグラフです。

民主党政権は2010年と2012年の診療報酬改定で、診療報酬「全体」(診療報酬本体と薬価の合計)をそれぞれ0.19%、0.004%引き上げました。

安部内閣も2014年改定では0.1%引き上げましたが、その後、2016年、2018年、2020年の改定では3回連続で引き下げています。

次に、私が作成した表では、国民医療費の伸び率とGDP(国内総生産)の伸び率を比較しました。

診療報酬を3回連続引き下げた結果、第2次安倍内閣時代の2013~2017年度の5年間の国民医療費の年平均伸び率は1.9%に過ぎず、その前の民主党政権時代の2010~2012年度の平均2.9%よりはるかに低くなりました。

厳しい医療費抑制策をとった小泉内閣時代の5年間の平均1.3%に近くなっています。

民主党政権時代は「リーマンショック」後の不況が続いたためもあり、3年間のGDPの年平均伸び率が0.2%にすぎなかったのに対し、第2次安部内閣時代の5年間の平均伸び率は2.1%とはるかに高くなっています。

それにもかかわらず、医療費の伸び率は低い。国民医療費のGDPに対する割合は民主党政権時代は上昇しましたが、安部内閣時代は7.9%前後に固定されました。

前の民主党政権はもちろん、その前の自民党政権3代(第1次安倍内閣、福田内閣、麻生内閣)と比べても本当に厳しかったことがよくわかります。

医療関係者は、その前の小泉内閣の医療抑制策のつらさが骨身にしみています。当時は、医療荒廃とか医療危機とまで言われました。

小泉政権の時ですら、国民医療費のGDPに対する割合は微増しました。

その次の3代の自民党政権で、社会保障の機能強化を安倍さんは言いませんでしたが、福田、麻生両首相は言いました。ただ第1次安倍内閣の2007年度にも国民医療費は3.9%も上がっています。それを民主党が引き継いだ形です。

そして、その後を再び引き継いだ第2次安倍内閣で、アベノミクスの成果かどうかはわかりませんがGDPは上がりました。しかし、医療費の伸び率は前の6年間よりも低い。

そしてこれは医療経済学の常識と言うよりも、社会常識ですが、医療費の伸び率と経済の伸び率はパラレルになるのが当たり前です。この関係が安倍内閣で完全に崩れました。

第2次安倍内閣の時には、前の6年間に比べたらGDPは増えたのに、医療費の伸び率は相当低下してしまった。これはすごいことです。同じ安倍首相でも、第1次内閣と比べて第2次内閣の医療費抑制策の厳しさは際立っています。

医療費抑制が与えた影響は?

ーーただ、この10年で少子高齢化はますます進みました。医療費を抑制しないと少子高齢化の波を超えられないとよく言われています。その観点で言えば、医療費抑制を「成果」と捉える人もいそうです。

おっしゃる通りです。これは最後は価値判断の問題になってきます。逆に言えば、人口が高齢化するだけで医療費は上がるわけです。それにもかかわらず医療費を抑えた。どちらにアクセントを置くかです。日経新聞なら評価するでしょうね。

ーー先生はどう評価されていますか。

結果的には小泉さん並みの医療費抑制をしたところにコロナが直撃しました。その結果、病院も経営悪化に苦しんでいます。

病院の経常利益率の推移のグラフにきれいに出ていますが、小泉内閣の医療費抑制策で、急性期の一般病院の利益率は0まで落ちました。

それで民主党政権が2回、診療報酬をプラス改訂して4%弱にまで持ちこんで一息つきました。

この後、第2次安倍内閣でガタガタっと下がって、2018年には2.1%で少し戻しましたが、これぐらいの利益率ではほとんどの病院は内部留保を確保できません。そういうギリギリの状態で経営していたところに、新型コロナの流行が最後の一撃になったと言えます。

ーーコロナ対応に影響を与えた保健所の人員削減などは、今回示されたデータでは見えませんね。

保健所の人員削減は全額税金ですからね。前回のインタビューで話しましたが、保健所数もギリギリに抑えられたところに、今回のコロナ流行が起き、対応しきれないことが明らかになりました。

ーーこうした人員削減も、医療費抑制策と連動しているとみてよろしいのでしょうか?

狭い意味での医療費ではなく、保健医療費を抑制する流れの一環だったことは間違いない。それを一番徹底したのは維新が元気な大阪でした。今の大阪府知事も大阪市長も、コロナ禍が起きてから行き過ぎだったと認めましたよね。

ーー災害のようなコロナ危機が起きた時に、保健医療抑制策のデメリットが如実に現れたということですね。

効率一辺倒の余裕のない政策の悪影響です。

薬価の抑制にはプラスもあったが...

ーーしかし、医療費抑制策の中身の大半は、薬価の引き下げで捻出したとも指摘されています。薬価が引き下げられると、国民の自己負担は減り、プラス面もあるのではないでしょうか?

日本は他国に比べて新薬の使用量がものすごく多いのです。新薬の薬価についてはアメリカがダントツに高いですが、アメリカ以外の先進国では日本が一番高いことが様々な国際比較調査で確認されています。

製薬企業の宣伝がうまいか、医師が新薬好きかは別として、日本では新薬を使う比率がすごく高い。薬価の引き下げによって患者負担も減りますので、当然行うべきだと思っています。

そのために、私は、2019年度に制度化された医薬品等の費用対効果評価を含め、政府の「薬価制度の抜本改革に向けた基本方針」(2016年12月)を大枠では支持しています。

ただ、1972年から2012年までの診療報酬改定では、薬価を引き下げた分を診療報酬の本体、つまり医療機関への支払いに振り替える慣行があったんです。これは論文にも書きましたが、安倍首相が議員の時にも(1997年)認めていた慣行です。

しかし財務省が2013年に突然、この振り替えを認めなくなり、前のように薬価の引き下げ分全額を診療報酬に振り替えることはなくなりました。そのために医療機関の経営困難が加速したのです。

もう一つ薬価の引き下げで指摘しておきたいのは、たった4年前の2016年には、高額な薬によって日本の医療保険財政が破綻するという議論が盛んに行われていたけれども、そうはならなかったことです。

「オプジーボ亡国論」や、肝炎の薬のハーボニーが出て、薬剤費が一時的にぽんと上がり、「日本は第2のギリシャになる」とまで言われました。それはないことが、この薬価の引き下げでもはっきりしたと思います。

消費税増税を2回先送りした影響 

ーー安倍首相が消費税の引き上げを2回延期したことを厳しく批判していらっしゃいます。国民の生活不安を理由に消費税減税、消費税廃止を訴える野党も多いですが、医療経済学者の立場からどのようにお考えになりますか?

安倍さんの退陣報道の多くは、安倍首相が消費税を2回引き上げたことを業績と書いています。しかし、これは事実に反します。

本来、法で定められた消費税引き上げを2回も延期したことの方が問題で、そのために大雑把に言えば4年間で20兆円の財源が失われたことが大きい。

もちろんこの20兆円全てが社会保障の強化に使われるわけではありません。しかし、社会保障・税一体改革で確認されていて、社会保障制度改革国民会議報告書が提起した「社会保障の機能強化」が予定内の期間で達成できなくなった影響は重いと思いますよ。

さらにもっと問題だと思うのは、安倍首相が昨年7月の参議院選挙で、消費税を10%にあげたら今後10年間は上げなくていいと繰り返し言ったことです。しかもそれをあろうことか国会答弁でも確認してしまった。

「安定的な経済再生と財政健全化に一体的に取り組むことにより、例えば、今後10年程度は消費税率を引き上げる必要ないのではないかというのが私の考えであります」(2019年10月8日の衆議院本会議での安倍首相発言)

選挙の時にオーバーに言うのはあり得るとしても、国会での今後10年程度は消費税を引き上げる必要はないという発言はものすごく重いです。菅さんが首相になれば、安倍政権を継承するため、これは呪縛になると思います。

ーーしかし、先生は社会保障の財源として、社会保険料の他に消費税増税一本ではなく、税財源を多様にすることを考えたほうがいいとずっと主張していらっしゃいますね。

一貫して言っています。国民皆保険制度は自民党から共産党まで全政党が賛成しています。それなら主財源は社会保険料でしかありえません。

例えば、1970年代前半に、旧社会党はイギリス型の公営(租税負担)医療制度への転換を主張していました。今は誰も言っていません。それなら、主財源は社会保険料の引き上げしかありません。ただし、国民健康保険には低所得者が多いので、そこへの配慮は必要です。

その上で、消費税を含む税財源を補助的財源として考えるのが一番いい。これは日本医師会を含めてプロの世界では合意があります。

今から10年ぐらい前には、「税財源=消費税」で全部カバーするという主張がありました。でも今は税財源の多様化が必要で、横倉義武・前日本医師会会長も「『消費税一本足打法』ではなく、新たな税財源を併せて検討することも必要」と主張していました。

社会保障機能強化を裏打ちする財源を示せ

ーー具体的に税財源の多様性とはどのような形が考えられますか?

私自身は、所得税の累進性の強化、固定資産税や相続税の強化、法人税率の引き下げの停止や過度の内部留保への課税強化を主張しています。

さらに、コロナが起きたので、東日本大震災の特別復興税に倣って、コロナ復興特別税も提案しています。

私は必ず社会保障の機能強化と、それを裏打ちする財源の確保をセットで考えています。だから、消費税も重要な財源と考えています。

消費税の廃止や増税への抵抗は、竹中平蔵さんのように「社会保障の縮小」や「小さな政府」を目指すなら筋が通ります。

でも野党のほとんどの政治家は、消費税に抵抗しながら社会保障の機能強化を唱えています。それならそれに代わる、現実的、空想的でない財源を示すべきです。

「ポピュリズム医療政策」は焦点を逸らす

ーー消費税増税は直接的に生活に打撃を与えるため、反対する国民は多いです。しかし、財源を確保しなければ社会保障は維持できない。国民負担増という人気が下がる議論を先送りする姿勢は、医療現場にどんな影響を与えたでしょうか?

安部内閣の政治手法については、治安・安全保障政策面では「タカ派的」政策を断行し、それで支持が下がると国民に受けの良い経済政策を前面に出し、支持率を回復させてきました。

その一環として、国民の目に見える負担増は先送りするか、小出しにしてきました。目に見えない診療報酬引き下げは積極的に行なっているにもかかわらずです。

「ポピュリズム医療政策」は慶應義塾大学の権丈善一氏の造語です。私も同感です。

その最大の害悪は、問題の焦点を逸らしてしまったことです。「予防医療の推進」や「終末期医療の見直し」で医療費は抑制でき、国民負担を増やす必要はないとなればみんなハッピーになるという幻想を国民や政治家に与えたことです。

本来は国民負担を増やさなければならないのに、その議論から逃げたということです。

民主党政権の時にもこうしたポピュリズムはありました。「歳出の無駄削減」「コンクリートから人へ」などのスローガンで公共事業の削減などが言われました。

でも、公共事業は小泉政権の頃までずっと減っていて、それのGDPに対する割合は他の高所得国と比べても特別高くはなくなっていた。

きわめつけは「霞ヶ関埋蔵金」で医療費増加の財源は捻出できるとの主張です。これで医療関係者は相当幻惑されました。民主党政権もそれに乗った。「ポピュリズム医療政策」の走りと言えます。その悪影響は今でも残っています。

ーー最近では国防費をもっと削って社会保障費に回すべきだという主張もなされています。

私も個人としてはその主張に賛成しますが、国防費はGDPの1%に過ぎません。医療費はGDPの8%です。理念としては賛成ですが、それで財源は確保できません。

国防費はマクロな視点で見ればわずかな金額です。医療独自の財源を確保しないで、他を削って持ってくるという考えは甘いと言えます。

財界との距離の近さが社会保障抑制に

ーー長期安定政権ということは医療改革を推し進められるチャンスでもありました。この期間に本来手をつけるべきだった医療・社会保障政策としては何が考えられますか?

医療・社会保障の機能強化とそのための財源確保をすべきだったと思います。最低限、過度の医療・社会保障費抑制政策を見直し、医師・医療機関が「余裕」を持って診療・経営できる条件を整えるべきでした。

それができなかった理由としてまず、安倍内閣が大枠では財界寄りで、財界が社会保障の拡大に消極的だったことが指摘できます。この点に関しては歴史的に証明できます。骨太方針2015にはこう書かれていました。

社会保障給付費の増加を抑制することは個人や企業の保険料等の負担の増加を抑制することにほかならず、国民負担の増加の抑制は消費や投資の活発化を通じて経済成長にも寄与する。(「骨太方針2015」)

要するに、社会保障給付を抑制すると経済成長が促進されると言っているわけです。これが経団連の文章ならわかりますが、こんな露骨な財界寄りの表現が政府の方針として書かれたこともあるんです。

安倍首相個人も、小泉純一郎内閣時代からの筋金入りの「上げ潮派」です。上げ潮派とは、高い経済成長を実現すれば税収が増えるので、財政再建も自ずと実現でき、消費税引き上げ等の国民負担増は必要ないとの考えです。財政再建派と上げ潮派の論争がずっとありました。

しかも、ほぼ毎年行われた国政選挙で勝利するために、「国民負担」の拡大にきわめて消極的だった。

2012年の「社会保障・税一体改革」についての、当時の民主党、自民党、公明党の三党合意では、2015年10月に消費税が10%に引き上げられることになっていました。

その場合は、その後、さらなる少子高齢化に対応した「社会保障の機能強化」のための新しい改革の青写真が検討・実施されるはずでしたが、それがその後5年間、完全にストップしたのです。厚労省の役人は今でもこれを恨んでいます。

しかも「全世代型社会保障検討会議」も、「現役世代の負担上昇を抑え」ることが大前提になっているため、「社会保障の機能強化」は期待できません。

(続く)

【二木立(にき・りゅう)】日本福祉大学名誉教授

1947年生まれ。1972年、東京医科歯科大学医学部卒業。代々木病院リハビリテーション科科長、病棟医療部長、日本福祉大学社会福祉学部教授を経て、2013年日本福祉大学学長に。

2018年3月末、定年退職。『文化連情報』と『日本医事新報』に連載を続けており、毎月メールで配信する「二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター」は医療政策を論じる多くの官僚、学者、医療関係者が参考にしている。

著書は、『地域包括ケアと福祉改革』、『医療経済・政策学の探究』、『地域包括ケアと医療・ソーシャルワーク』(いずれも勁草書房)等、多数。近著に『コロナ危機後の医療・社会保障改革』(勁草書房)