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「検査の簡略化はいい」「根拠の説明はなかった」「病床どう増やす?」  安倍首相の会見、専門家たちはどう評価したか?

新型コロナウイルスについて、安倍首相が2月29日夜、会見を開き、国民に向けて感染拡大を防止するために協力を呼びかけました。感染症対策のスペシャリストたちはどのように評価したのでしょうか?

新型コロナウイルスが国内でも拡大する中、安倍首相は2月29日午後6時から、国民に感染拡大の防止に協力を呼びかける記者会見をした。

検査を含めた医療体制の充実、休校要請の影響や経済的なダメージへの財政支援などを行うことを約束し、「政府だけの力でこの戦いに勝つことはできない。医療機関、自治体を含め一人一人の国民の皆様のご協力が必要」と語りかけ、理解を求めた。

医学的な見地から、感染症の専門家たちはどう評価したのだろう。

検査の手続きの簡略化はいいこと」「5000床確保はどう実現する?」

感染対策のスペシャリストである聖路加国際病院、QIセンター感染管理室マネジャーの坂本史衣さんは3点、検査の拡充について、病床の確保について、そして休校について触れた部分が気になった。

「既に断片的に報じられてはいますが、PCR検査について保険適用をし、医師が必要だと判断したら、保健所を介さずに直接検査会社に検体を出し、結果も保健所を通さずに戻してもらえるようにするという点は、医療機関としては良かったなと改めて思いました」

「手続きの手間が省けますし、結果がダイレクトに返ってきて時間も短縮できるかもしれません」

そして検査のところである言葉が繰り返されたことが印象に残った。

「意図的かどうかわかりませんが『医師が必要と判断した場合に』とは繰り返していました。保険が通ることで求めれば誰でも気軽に受けられるわけではないことを強調したかったのかどうかは分かりませんが、いずれにしても患者さんが外来に殺到することを避けることは、これ以上の医療現場の疲弊や院内感染のリスク増加を抑えるためには必須です」

また、感染者が拡大した場合に備えて、「5000床を確保する」と明言したことも気になった。

「どうやって実現するのかと思いました。何も変えずに今のまま5000床確保は厳しい。軽症の患者の外来診療や入院に積極的に協力してくれるクリニックや小中規模病院の協力が必要になります。それがないと結局、感染症協力医療機関を中心とした大病院の『帰国者・接触者外来』に流れます。そこでは同時並行で重症者も診ているのにです」

「専門家会議の見解を受けた政府の方針は『帰国者・接触者外来』を縮小すると書いてはいたものの、具体的にどう縮小するのか不明です。今の基準では陽性の確認まで院内に留め置き、陽性になると、容易に退院させられません」

「大病院では入り口が溢れ、出口が詰まっている状況がある中で、検査の手続きを簡便化して、必要な患者に検査ができるようになっても、病院のキャパシティーは増えません。どういう風にして5000床と考えているのか、謎が残りました」

休校はやはり根拠が示されなかった

さらに、休校要請については、専門家会議がここ1〜2週間が急速な拡大に進むか、終息に進むか分水嶺だと見解を示したことを首相が改めて強調した上で、自身が総理として判断したと説明したところに疑問を抱いた。

「専門家の見解を受けて、子供の安全や健康を第一に集団感染を防ぐという総理としての判断を行ったとおっしゃったのですが、この二つの要素は全くつながりません」

さらに、学校を全国的に休校にすることが感染の拡大防止にどう寄与するのかという根拠は、今回の会見でも示されなかったと感じている。

JAMA(米国医師会誌)ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン(米国の医学誌)に掲載された論文では、10代までの子どもの罹患率は1%未満で、死亡率もものすごく少ないことが出ていますし、14歳未満は感染例が1%いかず、重症例が一人で死亡ゼロとも出ています」

「そういう数万人規模のデータを解析した論文が中国から出ていますから、流行拡大に子どもが関与していることを示す科学的根拠がないです。無理やり、高齢者にうつすといけないからという話にしたとしても、そもそもかからないのだから、全国一律閉めたことでどれだけの効果があるかわかりませんし、今回も説明されませんでした」

もちろん北海道のように、学校関係者も含めて感染者が増えている地域は、休校は有意義かもしれないが、全国に広げて要請した意味は感染対策上の必要性から考えても未だにわからない。

「WHO(世界保健機関)も昨日のプレス発表で、国ごと地域ごとに状況が違うからそれに合わせて伝播の連鎖を止めようと言ってます。そういう配慮もなく、一律に急激に決めたのは根拠がなく、意義があるのかは疑問ですし、春休みまでやったとしても、4月の頭に流行がさらに拡大していた場合、ここで解除するとは言えません」

さらにハーバード大学の教授が出したレターでは、季節が暖かくなってもウイルスが消滅するとは限らないと注意喚起されている。

「子供が主要な感染源であるかどうかを見極めなければ、休校は資源を無駄にすることになると指摘しています。インフルエンザのように子供が感染する可能性の高い感染症なら意義はありますが、そうではない。また、このウイルスがいつ消滅するか確証もないまま始めるので、辞めどきが難しくなって長期化する可能性もあります」

「かつ医療従事者への影響も心配です。一時的に院内に学童を作ろうとしているような病院もありますが、既に診療で負荷がかかっている医療機関に職員の休職はダブルパンチで、マスクもなくてトリプルパンチ。患者は増える、子供は家にいる、個人防護具はないという三重苦が続くことは医療機能を維持するために避けなければなりません」

検査を広げたとしても、今後の新型コロナ対策にどう役立てるかの戦略が見えない

公衆衛生や産業保健学、感染症が専門の国際医療福祉大学の国際医療協力部長で、医学部公衆衛生学教授の和田耕治さんもリアルタイムで、首相の会見を見ていた。

もっとも気になったのは、検査について触れられた部分だ。

「保険適用をして、検査の対象者を広げるということですが、課題がいろいろあります。患者の喉からの検体を誰がとるのか。開業医で、特に高齢の医師は、自分自身が感染して重症化するリスクを考えて検査をやりたがらないという本音も聞きます。若い医師も同様と思います」

「検体を取るときに、反射で咳をしたりする。感染防護も難しい。他の患者さんも、新型コロナウイルスを検査した診察室には入りたくないと思うでしょう。ですから、特別の診察室が必要です。また、陽性がでた場合には、検体をとった医師は濃厚接触者となり、その医師が診察ができなくなる可能性があります。診療所を閉めることになると影響は大きいです」

検査を拡充することについては触れられたが、検査をどのように運用していくのか、方針が説明されなかったと感じている。

「検査の対象者の拡充を新型コロナウイルス対策の全体の戦略の中でどう位置づけるかをもう少し明確にしなければなりません。ただ『検査ができるようになりました』としただけでは、不安な人が検査に殺到してしまうでしょう。会社も体調の悪い社員に、陰性確認のために検査へ行かせることをしかねません」

「基本的には重症な人を優先的にやるべきです。やるべき人がいて、やらなくていい人はやらないのが現時点での戦略と私は思います。今日の会見では、『国民のみなさんやりたい人はどうぞやってください』という印象を受けてしまうかもしれません」

さらに、陽性者を全て入院させるという決まりがある現状では、検査で感染者が数多く見つかった場合、病院が受け入れきれなくなる可能性がある。

「入院の基準は少し下げないといけないでしょう。今は、まだ陽性であれば報道されたり、入院の対象になったりしています。この戦略も地域の流行の状況によって変わってくるでしょう」

全国休校が決まったなら、最大限活かす

全国一斉の休校の要請については、その効果やタイミングの根拠は示されなかったと、和田さんも感じている。

「地域ごとの柔軟性を持たせることとは、引き続き検討いただきたい。一方で、すでに休校は決まったように聞こえたので、休校を含めた社会活動の低下により感染機会を減らすよう最大限に活かしたいところです。流行が確認されている地域では大学生も帰省したり、海外旅行に行ったりということがないようにしていただきたい」

「医療従事者は、この機会に医療機関のさらなる整備をし、また、市民は予防策について理解を得ることをしないといけません。企業も今後の流行に備えて事業継続計画を遂行していただきたい」

「北海道では『緊急事態宣言』が3週間出されています。これは、潜伏期間を考えても、妥当だと思います。最初の1週間は、前の週の流行による患者が出ます。しかし2週目は、宣言が出てからの1週間の効果が見えます。そして3週目に収まったことを確認するという流れです」

「一部地域を除いては感染者がまだ確認されていないので、そうした地域では休校の効果は見えづらいでしょう。また、春休みが終わった後も感染者は各地で散発的に出るでしょうから、政府は、いつ解除するかも考えて、きちんと示さなければいけないと思います。いずれにせよ年単位の中長期的視点をもっていただきたい」

新型コロナに対する危機感 大事なのはそれだけではない

感染症対策コンサルタントの堀成美さんは、新型コロナウイルスへの危機感が高まる会見内容に、「今、私が危機管理として大切だと思っているのは、新型コロナウイルスの対策だけに集中しないことです」と話す。

実現のための工程が全く示されなかったことが気にかかっている。

「医療現場では看護師が不足して病床を閉鎖したり、結核の患者の紹介先が探せなかったりする状況があります。そんな中、感染症の病床を増やすという首相の話は、どのように実現するのだろうと思います」

他の重大な感染症が発生した時に、医療体制が崩れてしまうことも危惧している。

「新型コロナ対策をしている病院も大変ですが、ここにラッサ熱などの疑い症例の対応が追加で必要になったり、災害が発生したりする可能性もあります。ギリギリのコントロールの中で、新型コロナだけに集中することのリスクを感じています。PCR検査の対応も同様に感じます」