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「保護者と医療者の間に共通言語を」 「教えて!ドクター」が上手な医療のかかり方を発信するようになった理由

保護者に子どもの病気や事故にどう対処したらいいか伝える「教えて!ドクター」が厚生労働省の「上手な医療のかかり方アワード」最優秀賞を受賞しました。中心メンバーの小児科医、坂本昌彦さんにプロジェクトに込めた思いを聞きました。

医療のかかり方を見直して、医療者を疲弊させることなく、質の高い医療を受け続けられるようになることを目指す「上手な医療のかかり方」。

これを広めるための実践を表彰する厚生労働省の第2回「上手な医療のかかり方アワード」の授賞式が3月10日に開かれ 、最優秀賞の厚労大臣賞を「一般社団法人佐久医師会 (教えて!ドクタープロジェクト)」が受賞しました。

無料アプリやSNS、書籍などで全国区の活動に広がっていった子供の救急やホームケアの啓発事業。教えて!ドクターの中心メンバーの一人、小児科医の坂本昌彦さんに、このプロジェクトに込めた思いについて聞きました。

ひたすら「上手な医療のかかり方」を啓発 「認められて嬉しい」

ーーまずは「上手な医療のかかり方アワード」の最優秀賞を受賞したご感想を。

私たち「教えて!ドクター」チームは2015年からひたすらに「上手な医療のかかり方」を目指して活動してきました。この活動を認めていただいた、しかも審査員が全会一致だったということで、今回の受賞はとても嬉しいです。

ーー長野県佐久市は佐久総合病院の若月俊一先生が始めた地域住民を巻き込んだ公衆衛生活動で有名ですね。その伝統の影響があるのですか?

確かに佐久病院は「地域医療の聖地」などと言われますが、全ての診療科がそういう活動をしているわけではないのです。小児科も目の前の感染症の患者さんを診るのに精一杯で、病院の外に出る余裕はあまりなかった。特に当院の小児科が「若月イズム」を継承している特徴があるわけでもありませんでした。

ただ、前の部長がそうした公衆衛生活動に関心のある先生で、私がネパールでの医療活動から帰って、この病院に就職した時も公衆衛生に関心のある医者を歓迎してくれる雰囲気はありました。

ーーネパールでそうした活動をしていたのですか?

病院で子供の患者さんを診ていました。ただネパールでは、下痢の患者さんを診療しても、結局、家に帰るときれいな水が手に入りにくく、また下痢になって戻ってくる。日本にいる時以上に公衆衛生の大事さは日々感じながら仕事をしていました。

出発点は「お母さん、お父さんが困っているのをどうにかしたい」

ーー2015年に佐久市で活動を始めた時、小児救急に余裕がないとか、夜間休日に混み合っているとか、子供の受診で何か課題があったのですか?

佐久ではそこまで疲弊していたというわけではありませんが、全国、特に都内では夜間の小児救急が大変だという話は友人の医師たちから聞いていました。なんとかしたいという気持ちは小児科医みんなが持っていたと思います。でもどうすればいいのかわからない。

私の場合は、小児救急をなんとかしたいという意識もさることながら、お母さん、お父さんたちが困っているのをどうにかしたいという気持ちがスタートラインでした。

子育ての相談先がなくて健診で聞かれる質問が「ああそんなところで不安に思っていたんだ」ということばかりなんです。医療者が「こういうことをご両親は知りたいのだろう」と思っていることと違うところで不安に思っていた。

僕たち医者自身が、お母さんたちがどういうことが不安に思っているのかをもっと知らないといけないと思うようになっていました。

2004年に僕が医者になった頃は、よくニュースで「コンビニ受診」という言葉が流れていました。わがままで身勝手な親のイメージですね。でも実際の診療を振り返ると、そんな保護者はほとんどいない。

「便利だから、夜中や休日は空いているからちょっと行ってみよう」という気持ちで子供を連れてくる保護者はほとんどいない。お母さん、お父さんは、やっぱり不安なんです。心配だから連れてくる。

その時点で医療者と保護者の感覚にズレがあるのかも知れません。お母さんたちは必要だと思うから来ている。でも医療者は「急ぎじゃないのにどうして来たのだろう」と思ってしまう。多忙で心に余裕がなければそう思う医療者の気持ちも自然かもしれません。

ただ、この状況ではいつまで経ってもズレは埋まらないと思いました。それを解決するために、保護者と医療者の間に「共通言語」があった方がいいと思いました。

実は、この問題意識は、福島で診療をしていた時からあったのです。

大雪の中を片道1時間かけて受診する親子 保育園に出前講座をスタート

ーー福島にはいつ頃いらしたのですか?

2011年の冬です。当時、福島県立南会津病院にいたのですが、医療過疎の地域なので一人の医師で全診療科の当直をするのです。

ある日、午前1時ぐらいに生後11ヶ月のお子さんをお母さんが連れてきたことがありました。診察すると、38度5分ぐらいで赤ちゃんは元気です。解熱剤を出すか出さないかぐらいの体調で、何気なくカルテの住所を見たら、一番遠い檜枝岐村であることに気付きました。病院まで片道1時間半はかかる場所です。

豪雪地帯で、その夜は吹雪でした。片道1時間半かけて車で連れてきたことがすごくショックでした。事故でも起こすことの方が心配な道のりなんです。

そのことがきっかけで、市内の保育園を回って出前講座をやることにしました。その経験が後々、「教えて!ドクター」の活動につながることになるんです。

最初は「病院にお母さんたちを集めてやればいい」という意見が出ました。

でもそこに来るお母さんたちは余裕があるか、意識が高い人。本当に届けたい人はそういうところに来られない人です。

だから保護者の保育参観とか、保育園のイベントの時に僕たちが出向いて話をさせてもらった方が届けるべき人に届くと思いました。保育参観巡りを始めたのです。

ーー何回ぐらいやったのですか?

2011年秋から13回です。その地域の保育園は14か所あって一つだけどうしても行けなくて、13か所回りました。

ーー反応はいかがでしたか?

好評で新聞にも取り上げてもらいました。反響に逆にびっくりました。自分たちが行く方が効率的と思っただけなんです。でも実際にやってみると、「今までこういうことやってもらったことがなかった」と地域の人たちが喜んでくれる。

新鮮な驚きでした。海外から佐久市に戻った時も同じことをやれたらいいなと思っていました。そんな時に佐久医師会が、同じようなことをしたいと声をかけてくれたのです。

佐久医師会に声をかけられ、始動

ーー先生が言い出しっぺではないのですね。

赴任した時から小児科部長にはこういうことをやりたいとはずっと言っていたのですが、「活動資金がないと難しい」という答えでした。また病院では様々な仕事をこなさなくてはいけない中、私一人だけが院外に出ていくのは難しい状況でした。

ところが、2015年の冬に佐久市がふるさと創生事業で子育て支援の補助金を取ってきたのです。医師会に保護者向けの医療啓発事業にお金を使ってくれと話がきた。

医師会の先生の中にも保護者の集まりで講演をしていた先生がいて、「こういうことをみんなでやったらいいね」と提案は出ていたのですが、具体的な話はまだ進んでいませんでした。医師会の会議に出席していた部長が「うちの坂本がこういうことやりたいと言ってたな」と思い出して、つないでくれたのです。

ーーやりたいことは周りに言っておくものですね。

本当にそうです。言っていなかったら自分に話は回ってこなかったでしょうね。医師会の先生たちも「好きなようにやっていいよ」と言ってくれたのもありがたかったです。

福島にいた時にやっていたので、どういう話が求められているか、どういう層をターゲットにすると喜ばれるかというイメージは既にできていました。まず、出前講座をやって、参加した人に配る冊子を作ることにして、プロジェクトの目指すものを具体的に説明できました。

ーーどういうニーズがあるとわかっていたのですか?

やはり発熱への不安がとにかく大きいし、ホームケアについても僕たちが当たり前だと思っていることが知られていない。

強調したのは、「とにかく病院受診の目安を細かく詳しく書こう」ということです。

医者がある病気について書くと、その病気の検査とか治療法がメインになりがちなのですが、保護者は受診の目安が一番心配なんです。救急車をいつ呼べばいいのか、翌日まで待って受診したらいいのはどういう症状なのか、詳しく書くことにしました。

「届く表現」を工夫 プロのイラストデザイナー、ウェブデザイナー、アプリのデザイナーも

ーー教えて!ドクターはビジュアルもとても工夫されて、イラストがとてもわかりやすいですね。

せっかく予算があるのだから、イラストデザインはプロの人に頼みたいと考えました。同僚の知り合いに佐久市で活動しているイラストデザイナーの江村康子さんがいました。今も彼女にずっと描いてもらっています。

あの優しい雰囲気が届けるためにはすごく良くて、教えて!ドクターは彼女のイラストで持っていると思います。

最初はうちの小児科の医師プラス江村さんというチームでした。

それを作成している時に医師会から「この時代ですから、ウェブサイトからも見られるようにPDFデータにしてほしい」と言われました。

でもPDFデータは読みづらいですよね。 そんな矢先、江村さんの知り合いで、半田かつ江さんという佐久市のウェブサイト制作にも関わっている地元のウェブデザイナーが加わってくれました。教えて!ドクターチームは全員地元に縁のあるメンバーなんですよ(笑)。

半田さんからの提案で「予算があるなら思い切ってアプリを作ってみては」という話になりました。江村さんと半田さんの共通の友人でアプリの画面デザインやイラスト制作の仕事をしている佐藤直樹さんと、アプリのプログラム開発の経験もあった佐藤奈緒さんをご紹介いただき、開発が始まりました。

開発は急ピッチでしたが、冊子のデータをアプリに載せる形で進み、かわいらしいデザインで、操作性もよいものができました。その後、障害者支援のNPO法人を運営している飯島尚高さんが加わり、今のチームができあがりました。

様々な手段を使って届ける

2015年の11月に冊子が完成して、12月から出前講座を始めました。並行して作っていたアプリが、2016年の3月に完成し公開しました。今、アプリのダウンロード数は23万件になっています。

ーー教えて!ドクターですごいなと思うのは、対面、冊子という紙媒体、アプリ、SNS、書籍と、様々な媒体を使って届けようとしているところです。紙でじっくり読みたい人もいるでしょうし、出先だとスマホで見られるアプリが便利だし、対面で医療者と話して落ち着く人もいますよね。

僕たちのプロジェクトの根っこは出前講座です。対面で伝える出前講座は一番大切にしたい。そのため新型コロナで昨年からなかなかできなくなっているのは残念です。今はオンラインに切り替えて行っています。

アプリを使ってくださる方は全国に増える一方、全体をざっと見るには冊子の方が見やすい。アナログの良さもあるのですね。特に年配の方は冊子の方が安心感があります。若い方も「あの黄色い冊子」とパッと手に取る方が便利ということもあります。

ただ旅先や出先で子供が急に熱を出したら、スマホのアプリの方が使いやすい。色々手段があった方がいいと思ったのですね。

ーー反響はどうですか?

ネガティブな反応をもらったことはあまりないです。出前講座のアンケートでもらう「助かった」という感謝の声や「こういう内容を入れてほしい」という声は励みにもなりましたし、改善する機会にもなりました。

ーーSNSを使った発信はいつ頃からでしょう?

2016年10月からですね。Facebookから始めて、Twitterは怖いと思っていたのですが(笑)、半田さんが「Twitterの方がいろんな人に見てもらえる」と言われ、その年の12月頃から始めました。

ーーTwitterで全国区になった印象ですね。

間違いなくそうですね。Twitterをやっていなかったら、佐久地域の活動に留まっていたと思います。

(後編に続く)

【坂本昌彦(さかもと・まさひこ)】佐久総合病院佐久医療センター・小児科医長

2004年、名古屋大学医学部卒。愛知県や福島県で勤務した後、2012年、タイ・マヒドン大学で熱帯医学研修、13年、ネパールの病院での小児科医勤務を経て、14年より現職。

専門は小児救急、国際保健(渡航医学)。日本小児科学会では小児救急委員、健やか親子21委員。

小児科学会指導医、PALSインストラクター。15年から保護者の啓発と救急外来の負担軽減を目的とした「教えて!ドクター」プロジェクトの責任者を務めている。同プロジェクトは18年にキッズデザイン賞及びグッドデザイン賞、19年に健康寿命を伸ばそうアワード優秀賞、21年「上手な医療のかかり方」最優秀賞を受賞。

ヨミドクター医療コラム担当、Yahoo!個人オーサー。BuzzFeed Japan Medicalでも医療記事を書いている。現在帝京大学公衆衛生大学院博士後期課程在籍中。


※筆者の岩永は厚労省の「上手な医療のかかり方アワード」の審査員を務めていますが、謝金は一切受け取っていません。