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「オミクロンの実効再生産数はデルタの3〜4倍」  8割おじさんが警鐘を鳴らす変異株の“ズル賢さ”

世界中で警戒が強められている新型コロナウイルスの新しい変異株「オミクロン」。年末年始で行動も緩み、ワクチンの効果も薄れ始めている今、私たちはどうこの新しいウイルスと向き合えばいいのか。西浦博さんに聞きました。

世界中で警戒が強められている新型コロナウイルスの新しい変異株「オミクロン」。

大阪や京都府で市中感染が確認され、いよいよ日本でも広がりが加速することを覚悟しなければならなくなった。

一方で、忘年会で飲食店はどこもいっぱいで、これから年末にかけて帰省や旅行を考えている人も多い。ワクチンの効果も薄れ始めている中、私たちは今、オミクロンにどう向き合えばいいのだろう。

BuzzFeed Japan Medicalは、京都大学大学院医学研究科教授の理論疫学者、西浦博さんにオミクロンを専門家はどう見ているのか、聞いた。

※インタビューは12月23日に行い、その時点の情報に基づいている。

専門家と一般の危機意識に大きなギャップ

ーー久しぶりですが、西浦先生がメディアに出る時は危機が迫っている時だという印象があります。

2回の予防接種が高い接種率で完了して効いている状態で、しばらく平和だったからですね。この間も予防接種がどれほど効いているのかなどの評価は公表していたのですが、緊急に伝えなくてはならないことはありませんでした。

これまで科学的分析によって得られたデータを基に、リスク評価をできるだけ易しく伝える努力を重ねてきました。

しかし、僕が表で話すと、競馬の予想屋かのように政治家や社会科学の言論で言われがちです。「政治的イデオロギーを持っている」とさえ言われことがありますが、それは絶対にありません。

ただ新型コロナから皆さんの命が守られるように、リスクについて分析結果をお伝えしているのです。

ーーオミクロンも出てきて、市中感染も複数の場所で確認されました。ずっと新規感染者数も少なかったので、楽観視している人も多いと思います。専門家からはどう見えますか?

僕が見る限り、みなさんはニュースを見た上でも、年末年始のイベントや移動の予定を変えようとしていない印象があります。研究室のメンバーや近しい人は年末年始の計画が大きく揺さぶられているのですが、医療関係者でさえあまり重く受け止めていない人もいます。

例えば、伝え聞く看護師の話ですが、3回目接種のチャンスが回ってきた時に「悩んでいる」と言うそうです。ブースター接種をするとオミクロン感染時の重症化や死亡のリスクは抑えられることがわかっていて、2回接種だけだと心許ないのに、その認識がない。

おそらく、これからオミクロンが制御困難なスピードで拡大し得るということも、広く認識されていないのだと思います。

現在、専門家から見えている景色と国民の皆さんが感じていることの間に、あまりにも大きなギャップがあるように思います。諸外国の認識と比べると、日本は相当遅れていると実感し、問題意識を持っています。

皆さん、帰省を予定されている。年末年始に久々に会えなかった人に会う。飲み会も計画している。ワクチン接種が終わってデルタ株の流行が落ち着いたと思われているかもしれませんが、それと正反対の景色がいま僕たちには見えています。

WHOのテドロス事務局長は、「年末年始のイベントについて、場合によっては取りやめも検討したほうが良い」と勇気をもって呼びかけています。

日本の専門家が持っている警戒感はそれと同じくらいです。しかし、国民はそれとは真逆の感覚でいるでしょう。

日本ではまだ一部で市中感染が確認された程度で、流行の実感がありません。ワクチン接種でデルタ株に対する集団免疫ができたことを体感したので、迫りくる未来のリスクを肌で感じていないし、緩和策をおそるおそる進めている最中です。

そこで私に見えているリスクについて解説させていただきたい。意図的に不安を「煽っている」かのように言われそうですが、そうではなく、適切な危機意識を持てるようになってほしいのです。

オミクロンなしでも第6波は来た?

ーー確認したいのは、オミクロンが出てくるずっと前から、専門家は、第6波が年末年始に来ると共通して言っていました。オミクロンがなかったとしても流行は来ていましたか?

オミクロン株が登場していなかった場合は、この冬の後半、予防接種の免疫が切れるにつれて、年末年始の接触の増加によって、ゆっくりした速度で流行が起こっていたと思われます。

実際に12月22日のアドバイザリーボードで示した資料では、関東地方で明確に感染者数の増加が始まっています。これはオミクロン株ではなく、デルタ株の感染者です。

現在の夜間の繁華街の接触頻度では、高い接種率をもってしても感染者数は増えてしまうくらいになった。気温が低くなる中で屋内の接触が増えているので、オミクロンの出現がなかったとしてもこの年末年始は僕は葛藤しながら過ごしたでしょう。

ただ、オミクロンでそのストーリーは様変わりしました。

ーーさらに流行が早まって、感染が広がるスピードも速まっているということですね。

このオミクロン株のように免疫を逃れる性質を持つ変異株でなかったとすれば、ちょっとしたデルタ株の流行が起こっても、重症化のリスクがある高齢者の大部分は守られたでしょう。死亡のリスクもかなり抑えられたはずです。

伝播を抑えながら、コロナと共に生きる新しい生活様式をゆっくり築いていく段階に入っていたのです。

ところが、オミクロン株が出てきたことによって状況は変わりました。

最も怖いのは広がるスピードで、伝播が止めにくいことではあるのですが、脅威の本質は最終的に高齢者が感染すると重症化し、死亡させてしまうことです。

感染の広がりやすさ:デルタ株の3〜4倍

ーーまず、オミクロンはどれぐらいの勢いで広がっているのでしょうか?

こちらの図は南アフリカのハウテン州という、初めてオミクロン株の流行が認識された場所のゲノム解析データです。

左の図で、緑の線がデルタ株の実効再生産数(※)です。

※1人当たりの二次感染者数の平均値。

縦軸はコロナウイルス全体に占める比率を見ていて、これまではほぼデルタ株という状態で推移していました。それが徐々に緑が下がってきて、赤の線で示されたオミクロン株がいきなり出現してから1ヶ月も経たないうちに置き換わっています。

11月初旬には完全にデルタを置き換えて、その後すぐに南アフリカ全体に流行が起こりました。

北海道大学の伊藤公人教授と一緒に開発した手法を用いると、オミクロン株の実効再生産数はデルタ株の4.2倍です。右側は別の手法(指数関数的な増殖度)で見たもので、緑がデルタ、赤がオミクロンですが、その計算だとオミクロンの実効再生産数はデルタ株の3.3 倍でした。

デンマークのデータを見ても、デルタ株の3倍ぐらいです。

南アフリカ、デンマーク、イギリスでオミクロンがデルタに置き換わろうとしていますが、それらのデータを見る限りは、総合してオミクロン株の実効再生産数はデルタの3〜4倍であることは間違いなさそうです。

ワクチンやデルタ株への自然感染でつけた免疫から逃れる「ずるさ」

ただし、その結果の解釈は単純ではありません。単純にオミクロン株の感染力がデルタ株の3〜4倍高いというわけではないのです。

南アフリカの流行状況は日本に少し似ているレベルで推移していて、最近まで感染者数がずっと減っている状態でした。南アフリカの予防接種率は30%弱です。残りの人は自然にデルタ株に感染して免疫を持っていると考えられます。人口のほとんどが一度免疫を得てきたのです。

日本と似ているのは、デルタ株に対する集団免疫度が次第に高まって、その後に流行が下火になってきたことですが、それで減っていたデルタ株がいま急速に駆逐されようとしています。

人口内で免疫を持つ人がほとんどの状況で、デルタ株の実効再生産数が1を下回っていたのに、オミクロンはそれを突き破るかのように増えてきました。

オミクロンに「伝播のアドバンテージがある」と表現します。その理由は本来の感染性も十分高いのでしょうが、本質的な問題は免疫を逃れる性質があることだと考えています。

ーーそれはずる賢いですね。

この図を見てください。縦軸は南アフリカで免疫を持っている人の中で、オミクロン株に対してどれほど感染予防効果があるかを示しています。横軸はデルタ株に対して、オミクロンの実効再生産数が何倍ぐらいあるかです(3〜4倍ということでしたね)。

この図から言えるのは、オミクロンは、免疫から相当な割合で逃れているのだろうということです。

ワクチンや自然感染によって獲得した免疫が、おそらくオミクロンには2割ぐらいの有効性でしか効いていない。残りの8割の接触は、免疫を持っている人であろうとも感染しているということです。

オミクロンはそれを裏付けるかのように、「スパイクタンパク」というウイルスの表面にあるタンパク質の遺伝子に32個以上変異があると言われています。

スパイクタンパクはヒトの細胞にウイルスがくっつく場所であって、感染に深く関係しているとされます。その変異によって、免疫から逃げる仕組みを獲得したウイルスが現れた、ということまでがわかっているのです。

デルタ株に対する流行対策でうまくいきつつあったところを、一気にちゃぶ台返しするかのような性質を持ったウイルスが出てきた。しかもどの国でも2週間ぐらいで置き換わっているのが、最初の衝撃でした。

ーーせっかくみんなで頑張ってここまでたどり着いたのに、がっくりきますね。

そうなのですが、具体的なタイミングはわからずとも、いつかちゃぶ台返しが起こることは以前から予測していたのです。

このウイルスはアフリカも含めた発展途上国でかなり多くの自然感染が起こっており、現在まで世界はそれを放置してしまっています。たくさん感染が起きると、たくさん変異の機会を与えることになります。これまでの変異株は感染者数の多いところで生まれてきました。

何回も予防接種をしている先進国は、ワクチン配分の国家間の不公平さを省みる必要性があるのです。個々の先進国が利己的に国民を守り続けるしかない状態が続いてきたために起きていることです。世界中で感染が広がるパンデミックの最も難しい課題の一つだと思います。

予防接種も関係ないかのような伝播の実態

ーー予防接種では感染の広がりを抑えられないのでしょうか?

南アフリカの研究で、再感染がたくさん起こっていることがわかっています。南アフリカには自然に感染したことがある人の追跡コホート(観察集団)があります。そのコホート登録者の再感染頻度を見ると、再感染のリスクがこれまでの3倍ぐらいになっていることがわかっています。

英国で同様に推測すると再感染のリスクは従来の5倍を超えているようです。オミクロンはかなり免疫を突き破っていることが分かります。この下のグラフはデンマークのデータです。

ワクチン未接種、1回接種、2回接種、3回接種に分けて、オミクロンの感染者数、それぞれの予防接種状態に属する感染者の割合、人口全体の接種率を比べています。

ここでは予防接種した人の方がむしろたくさん感染していることがわかります。

なので、予防接種がオミクロンには歯がたっていないことがわかるデータです。ワクチン関係なしに伝播が起こっていそうなことを示すデータですね。

ーー他の国でも似たような傾向なのでしょうか?

英国健康安全保障局(UK Health Security Agency)が検査に来た人たちを対象に行った調査では、mRNAワクチンを2回接種していても、発症予防効果はゼロでした。

今までに出ている疫学データでは、ワクチンや自然感染によらず、オミクロンへの発症予防効果は2割に満たないことで大体一致しています。いま手に入るワクチンによる発症阻止はかなり難しそうです。

凄まじい感染のスピード

ーー累積感染者数が倍増するまでの時間を指し、感染のスピードの速さを示す「倍加時間」の短さも話題になっています。

これは流行が認識されてから、デンマークと南アフリカとイギリスで累積の感染者数が倍増するのに何日かかっているかを見たデータです。

南アフリカは少しスローダウンしたので3日間程度です。他の国では2日間を切っています。直近7日間のデータで見てみると、やはり倍加時間が2日間切っています。

第1波の時に従来株の倍加時間を頻繁に評価してきましたが、イタリアなど欧州諸国で流行が起きた時に「オーバーシュート(感染爆発)」という表現を使っていたことがありました。その時の倍加時間は、2〜3日でした。

今はそれよりも短いのです。驚異的なスピードで増えていると言えます。

ーーデルタ株ですごく増えていた頃は倍加時間はどれぐらいでした?

2日台でした。オミクロンはやはりそれも凌ぐスピードで増えているということです。今まで見てきた株の中で、最速のスピードだと思います。

日本の市中感染、これから指数関数的に広がる?

ーー大阪で市中感染が確認されたという発表がありました。市中感染があるということは、日本でも指数関数的に増える可能性はありますか?

それはどこまで市中感染の背後で感染者が広がっているのかによります。

大阪府の最初の市中感染の発表(3人)がありましたが、その日の夜に全く関係のない他の2人がオミクロン株に感染している疑いがある、という発表が大阪府からありました。さらに23日には別の関係ない1人も感染していることが判明しました。

これから先の流行を理解するには、最初の3人の報告よりも、そちらのほうが大事です。また、京都府で1人別の方が感染している、という発表も大事です。それらは、「どれくらい水面下で進んでいるのか」を推し量るバロメータだからです。

そちらの方がどれだけ遠い場所にいて、最初の3人とどれだけ関係ないのかによって、今見つかっている人の背後でどれだけの数の感染者がいて広がっているのかが決まります。

感染者数が少ない間はまだそこで感染が止まる可能性も残っています。伝播は確率的なものだからです。指数関数的な増加に乗っていくには、一定数の感染者になる必要があり、時間もかかります。

しかし大阪と京都の話のように全く関係ない感染者が2日以内に見つかっている。今後、あそこにも、ここにも、ということになった場合は、相当広がっていることになります。

その範囲がどれぐらいで、何人の感染者が水面下でいるかによって、年末年始どこまでのスピードで増えてくるか、大きく変わってきます。状況証拠としては、既にだいぶ分が悪い状態にはなっていると言えるでしょう。


別の場所から同じような市中感染の報告が出てくるか、注視する必要があります。それが重なる度に、オミクロン株の流行が足下に迫っていることがわかります。

ここでパニックにならず、冷静にその報道発表の意味を考えていきたいですね。(続く)

【西浦博(にしうら・ひろし)】京都大学大学院医学研究科教授

2002年、宮崎医科大学医学部卒業。ロンドン大学、チュービンゲン大学、ユトレヒト大学博士研究員、香港大学助理教授、東京大学准教授、北海道大学教授などを経て、2020年8月から現職。

専門は、理論疫学。厚生労働省新型コロナウイルスクラスター対策班で流行データ分析に取り組み、現在も新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードなどでデータ分析をしている。

趣味はジョギング。主な関心事はダイエット。