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飲食店のパーテーション、テーブルのアルコール消毒、思い切ってやめられる? 緩和が進む日本でやるべきコロナ対策の仕分け

テーブルのアルコール消毒、飲食店のパーテーションなど、科学的には意義が薄い対策が未だに続いています。 対策緩和が進む中、慢性的な医療逼迫に苦しまないように、専門家は必要な対策と不要な対策の仕分けが必要だと訴えます。

ひと足先に全面的な対策緩和に踏み切った英国では、高いレベルでの新型コロナの流行状態が続き、慢性的な救急逼迫に医療者たちが職場を去る問題が起きている。

緩和を推し進める日本で、そうならないようにするために何ができるのか。

引き続き京都大学大学院医学研究科教授の理論疫学者、西浦博さんに聞いた。

※インタビューは1月18日夕方に行い、その時点の情報に基づいている。

ストレスなく習慣としてできる対策を社会で合意

——ひと足先に全面緩和に踏み切った英国が慢性的な医療逼迫に苦しんでいるのを教訓として、日本ではどんな手が考えられるでしょうか?

一番わかりやすい対策としては、予防接種は機会が来たらきちんと受けることです。重症化を防ぐ予防接種は有償、無償にかかわらず続いていくと思います。

もう一つ大事なのは、社会の中で習慣化できる感染対策を特定したうえで、皆でどれをどこでいつ続けのるか合意しておくことだと思います。

僕は政治的な動きや判断のことはよくわからないので、最近、動きがみられる政治家の思いとは完全に切り分けた上で、あくまで感染症に携わる専門家としてまず以下のことを解説しますね。

——これまでの3年間であまり効果のない感染対策も明らかになってきました。不必要なものはカットして、科学的根拠のあるものを続けることを合意するということですか?

その通りです。

感染対策のボールが国民に移されたかのように説明されてきましたが、国民に丸投げだけしていると、英国の状況に近づいていくと思います。誰もそうはなりたくないので、場面に応じてメリハリのついた感染対策のガイダンスが必要です。

僕は二つの方向性が必要だと思っています。

一つは場面に応じて無駄な対策を省くことです。

もう一つは対策がつらくない社会を作っていくことです。

それを僕は「習慣化」や「自動化」と呼んでいます。

例えば感染対策でのマスク着用に関し、「この場面でマスクを着用するのはキツくないよ」と合意できるのならば、無意識に、自動的にその場面でマスクをつけることができるようになります。

もちろん、1日中、どこでも常に着用するのではなくて、決まった公共の屋内の場などハイリスクの場を第三者と共有する場合だけ着けるなど、限定的にやるのです。

みんなで合意して、ストレスを感じずに対策を続けていける社会作りを議論していかなければなりません。

その中でもパンデミックの経過とともに科学的根拠が次第に得られていて、流行レベルに直結しそうなのが、このイラストの3つの対策です。

  1. 換気
  2. マスク着用
  3. ソーシャルディスタンス


どの場面ではやった方がいいけれど、どの場面ではやらない、ということをしっかり議論しなければいけません。

一方で、公共の屋内の場でマスクを習慣化することができるかどうかを考えるなら、外したい人の権利も認めなくてはいけないですよね。

「俺はどうしてもマスクは嫌だ」という人の権利も認め、その場合は電車の車両を分けることも議論の対象にしなければならないのかもしれません。

逆にみんなが外していても「私は着けたい」という人もいるでしょう。両者の思いを理解しつつ、ちょうど良い落とし所を探していく難しい議論が必要です。

電車でマスク着用はそもそも必要かというのも議論になりますが、公共交通機関など公共の場の屋内は、その場所を利用するかどうかを選択できません。どうしても使わざるを得ない。

そういう場所での使用に合意できるかどうかは今後の課題だと思います。

感染対策を呼びかける時の懸念点

——ただ、感染対策のルールを押し付けられることを嫌がる人もいそうですね。

感染対策に少しでも不満を持つ方の立場に立つと、本当は感染症の専門家から「感染対策の習慣化」なんて言われたくないと思います。

「これをしようよ」と私たちが言うと、特にコロナ対策に批判的な考えを持つ人たちの間では反発する気持ちが生まれます。

「西浦が言うことなんて俺は絶対しないよ」という人だっているでしょう。

そういう人がいることも意識しなければいけません。

また、緩和を進めるには科学的なエビデンスを更新しながら議論しなければいけない。

今、飲食店からパーテーションが一気に消えるとします。そうなると、皆さんは「良かった」と思うと同時に、「あれだけやらせていたくせになんで手のひら返しでもういいよと言うのか!」とか、「今までの感染対策はなんだったのか。意味がなかったじゃないか」とか思うでしょう。

これは流行中にエビデンスがアップデートされて、合理性がなくなったので整理するということなのですが、コミュニケーションを間違うと科学に不信感を抱かせてしまうかもしれません。

だから、仮に緩和が前のめりで進むにしても、この話は絶対に拙速にやるべきではないです。時間をかけた、丁寧なコミュニケーションが必要となります。

だって、僕らの未来の日常のことなのですし、不快な暮らしをしない一方で妥協点を見つけることでもあるのですから。

同調圧力でマスクを着けてきた日本人

——マスクや子供の黙食については議論がヒートアップしている印象があります。

当たり前のことではありますが、屋内の感染対策の鍵になっている対策の1つですよね。そこそこ効果がありそうなマスク着用を一気に手放せば感染リスクを上げることになりそうです。

ふんどしを締めるところはしっかり締めるけれども、リスクが必ずしも高くないところは緩める。メリハリをしっかりつけなくてはなりません。そのメリハリは理性的に議論して仕分けをする必要があります。

また、今後を議論する上では、これまでについて詳しく理解することが必須です。なぜここまで日本でマスク着用がうまくいってきたか背景を理解した上で、今後のあり方を考える必要があります。

この研究は同志社大学心理学部の中谷内一也教授が2020年に行った研究ですが、「マスクを着用しますか」と聞いた結果が左上で、「いつもする」人が多数でした。

マスクを付けると息苦しいですが、自分の感染を防ぐ効果は限られていて、他者にうつさない効果は一定以上あることがわかっています。個人が着用する利益は十分ではなく、他方で社会に寄与する部分は結構ある、という対策になります。

そういう性格を持つ対策なので「なぜ着けるのですか?」と質問しています。

すると、「同調」と一番強く関連するという結果が得られました。

「同調」は「マスクは嫌だ」とか「着けたい」という本来の意思を個々の方は持っているのですが、その自分の意思にかかわらず、(意思に背いてでも)周りの人に合わせるのが同調行動です。

同調が強く働くことによって今までマスクを着けていたわけですが、そもそも同調に頼るのでは難しい問題があります。

これからは同調で人を動かすのがなぜ危ういのか?

同調で困る理由の一つは人権問題です。

発達障害などの知覚過敏で、マスクを着用できない人が目立つとつらい、という問題がこれまでも指摘されていました。同調に頼ると、無言の監視社会ができる問題もありました。

それだけでなく、マスク着用だけが重視されると「鼻を出した状態でもいいでしょ」と不十分な付け方や不十分なタイプのマスクを着けている人も出てきました。

僕がマスク着用について研究している理由は、同調に頼っていると、感染が拡大する度合いが一気に変わり得る問題があるからです。

流行対策が盛んに呼び掛けられて同調が効いている時はほとんどの人が着用しています。

一方、みんなが緩和ムードになってマスクを外しはじめると、他の方も周りを見て外すので一気に多くの方が外してしまう。一気に感染しやすい社会になるのです。

今までマスク着用の呼びかけは同調ベースで実現されてきたのですが、緩和期にこの問題を放っておくと感染リスクが上がりすぎるリスクがあるわけです。

そういう時はまずちゃんと科学的根拠を見ることが大事です。

マスク着用は感染リスクを下げる科学的根拠がある

マスク着用の有効性に関する科学的根拠とは、着用によって他者への伝播も防ぐし、自分の感染リスクも部分的に下げることができると明らかにすることです。

最近、発表されたボストンの学校でマスク着用の義務化を続けるか、続けないかで社会実験をした研究は非常に面白かったです。

ボストンの二つの地域ではマスク着用の義務が小学校で続きました。多くのところでは着用を緩和しました。それによって新型コロナの発症がどれぐらい違うか比較したのです。

その結果、黒の線が着用を続けたところ、最初に緩和したところが一番陽性者が多かった水色の線です。生徒と職員別に見たときも、同じような結果が出ました。着用による感染リスクの減弱が見られたと考えられます。

こういった実証エビデンスを踏まえた上で、習慣化できる場所がどこであるのかを議論しなければいけません。

公共交通機関で着用を習慣化することは可能か?公共施設の屋内や病院はどうか?習慣化するか否かの判断は社会で合意して決めていくことです。

一方で、無理し過ぎないことも大事です。

例えば公共の屋内であってもレストランであれば、マスク会食って難しすぎますよね。

持続不可能なことは無理をせずに、食事に出るときに一定のリスクを引き受けるなら思い切ってマスクは無しでも良しとする。そういう意見のすり合わせをこれからやっていかなければいけませんよね。

対策を分類して考える

私はあくまで科学者の端くれです。その立場から、対策を分類して考えるといいのではないかと提案したいです。具体的にどんな対策を考えるかは、相当な議論が必要でしょう。

これから議論するといいのは、まずは実証エビデンスがあるものです。マスク着用などはこれに当たると思います。

一方でエビデンスはないけれど、合理的な科学的説明があってまだ存在しても良さそうだというものもあります。例えば、手洗いを続ける習慣などはそのまま続けてもいいかもしれません。

また、実証エビデンスがあるかどうかは不透明ですが、社会的、道徳的な理由から続けられているものは、議論して仕分けの対象にしてもいいかもしれません。

わかりやすいのは飲食店のパーテーションなどです。一定の効果はあるけれど、換気の方が重要です。これを思い切ってやめるかどうか。

実証エビデンスがなく、合理的でないものは最初に手放せるものです。アルコールでテーブルを拭くことなどが典型例です。感染が成立するリスクで言うと1万分の1未満と言われています。

そういう形で丁寧に仕分けをし、ここまで協力してきてくれた国民に対して説明をしなければいけません。

3年間、みんなで無理をして社会の中で対策を続けてきてくれたので、科学的に合理性がない、これはエビデンスがある、と説明した上で、皆で納得して次に進まないと感染リスクの制御を一部でも持続させることは難しくなります。

また、科学者としては国民目線で「ここまでアップデートをするのに時間がかかって申し訳ない」という真摯な態度で臨まないといけないのだと思います。

必要な対策と不必要なものの仕分けを

——その対策の仕分けはどこでやるべきですか?

国民の心理的な抵抗をまず引き受けるべき存在は首相です。

だから、皆でできるだけ快適に過ごしながらも健康習慣の一部として感染対策を実施してもらうための呼び掛けには、総理大臣に協力いただきたいですね。

一方、仕分けるプロセスの中で「ここはエビデンスがある」「ここは合理性がある」という見解は専門家が道義的な責任を取るべきです。

基本的対処方針ができるまで、様々な感染症専門家が動員されました。それをたたむ時にも、「科学的にはこういう見解です」としっかり示していく必要があると思います。

もちろん、さらにその次のステップとして、社会としての感染対策の継続判断に関して、様々な業界関係者や多分野のエキスパートが話し合うことも求められるでしょう。

——専門家も、飲食店など様々な利害関係者も入った有識者会議のようなものを作って議論するイメージでしょうか?

新たな健康習慣についてどうするべきかは1月11日にアドバイザリーボードで東大医科学研究所の武藤香織先生たちが発表した提言があります。

その中で健康習慣でこんなものをやったらどうかという科学的な取捨選択は専門家がやるべきだと書かれています。

COVID-19 対策の初期から実践が推奨された様々な行動(「新しい生活様式の実践例」や「感染リスクが高まる5つの場面」等)のうち、今後、人々が主体的に実践できる健康習慣として推奨できる行動を専門家が取捨選択したうえで、国や都道府県が明確に啓発を行う必要がある。

この国では行政や政治家からこういう細部の議論を進めていくべきだという声は出ていません。それどころか、衆議院の本会議の登壇者はマスク着用不要の方針が決まりました。

ここは落ち着いて、科学性や合理性をしっかり精査する必要があると私は思います。同時に合意できない人が社会から排除されないためにどうすればいいのかも議論しなければいけません。

そのために、これまで話してきたような今後の見通しがみなさんの間で共有されることが必要です。このままノーガードの緩和に進めば、慢性的に救急医療が受けられなくなる状態が来ることを多くのみなさんはまだ知らない状態です。

どのぐらいのリスクを日本はこれから引き受けるのか、英国の事例から突きつけられています。

シンガポールなどでは電車内でマスク着用が義務付けられていますし、医療が逼迫しそうになると皆で協力して後期高齢者を守る対策が設定されています。

いつもこういう議論になると、ノーガードになった英国や米国の都市の様子が紹介されますが、それは世界の一部の状況です。

これから日本はどうすべきなのか考える重要なターニングポイントに差し掛かっています。

(終わり)

【西浦博(にしうら・ひろし)】京都大学大学院医学研究科教授

2002年、宮崎医科大学医学部卒業。ロンドン大学、チュービンゲン大学、ユトレヒト大学博士研究員、香港大学助理教授、東京大学准教授、北海道大学教授などを経て、2020年8月から現職。

専門は、理論疫学。厚生労働省新型コロナウイルスクラスター対策班で流行データ分析に取り組み、現在も新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードなどでデータ分析をしている。