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「SARSより病原性は低そう。感染対策はインフルエンザに準じて」 日本感染症学会理事長が語る新型コロナウイルス

感染症の専門家が集まる日本感染症学会理事長の舘田一博さんが、新型コロナウイルスについて、これまでの情報からわかってきたことを伝えます。「警戒はしても、過剰に恐れることはありません」

厚生労働省の集計によると、2月8日現在、中国では3万1161人が感染し、国内でも90人(検疫中のクルーズ船で感染が確認された64人も含む)の感染が確認された新型コロナウイルス。

さらに、同日、中国・武漢市で入院していた60代の日本人男性が死亡したことも確認されました。日本人の新型コロナウイルスによる死亡が確認されたのは初めてのことです。

不安を抱く人もいると思いますが、これまでの情報を分析すると、私たちはどれぐらい心配したらいいのでしょうか。

医療者向け一般市民向けに注意事項を伝える文書も公開した日本感染症学会理事長の舘田一博さんにお話を伺いました。

※インタビューは2月8日夕方に行われ、その時の情報に基づいています。

「SARSよりも病原性は低く、季節性インフルエンザよりも強い印象」

ーー先生は、実際に患者さんは診察されました?

直接は診ていませんが、専門者会議などで患者さんの経過や胸のレントゲン写真などを見せてもらいました。国立感染症研究所や厚労省、様々な感染症関連の学会の専門家も参加する対策会議で、国内外の症例の報告は聞いています。

7日に学会主催で開いた緊急セミナーで、直接患者を診ている国際医療研究センターの大曲貴夫先生の発表も聞きました。

ーーここまで得た情報で、新型コロナウイルスの重症度などはどのように評価していますか?

まだはっきりと断定することはできないし、新型のウイルスですから慎重にならないといけません。

その中で、関わっている専門家の共通の印象としては、SARS(重症急性呼吸器症候群)よりも病原性(病気を引き起こす力)は低いでしょう。そして、季節性のインフルエンザよりはやや重いのではないかと見ています。

今日の会議でも議論されたのですが、まだ国内での感染者数は少ないので、「感染した数が増えるとSARSのように重症者が増えるのではないかと」という人もいます。それはわからないというのが正直なところです。

ーー季節性のインフルエンザよりも重いというのはどういう意味ですか?

学会で行なった緊急セミナーで大曲先生は、「風邪のような症状だけれども1週間ぐらい症状が続く」と言っていました。1週間は長いですよね。そしてだるさが強いということです。鋭い臨床家が診る感覚は大事で、私は大曲先生の指摘した特徴は大変重要であると感じています。

また、呼吸困難や呼吸器合併症を起こしやすく、季節性のインフルエンザよりは肺炎になりやすいと考えられています。

ーー今日の会議ではどのようなことが決まったのですか?

情報を共有して、今後、診療ガイドラインを作っていきましょうということになりました。

散発的な流行は起きる可能性がある

ーー感染者は少ないとは言え、日本は中国に次いで多い方の国になりますね。一般市民むけに出された「新型コロナウイルス感染症に対する注意事項」でも、今後、散発的な流行が起きる可能性があると書かれていますね。

この広がり方を考えると、既にウイルスは日本に入ってきているのではないかと考えなければいけないと思います。水際対策をやっていますが、限界があります。無症状でウイルスが陽性の人がいて、それが発症して風邪のような形になっている人はたくさんいると思われます。

ーー自分の周りの医療機関でも、風邪と診断されている人の中にももしかしたらいるかもしれないということですか?

そうです。他にも、原因不明のウイルス性肺炎と診断されている中に新型コロナウイルスが原因の人もいるのではないかと思います。今は行き来をストップしていますが、武漢市や中国から何万人と入国しているわけですからね。

日本の中でも広がっているのかもしれませんが、風邪と認識されているのではないでしょうか?

ーー本人も自覚はないし、医療機関でも認識しないうちに広がっている可能性はある。

そうでしょうね。12月に発見されたとされていますが、その前から流行していた可能性はあると言われています。感染源として疑われている生鮮市場とは関係ない症例が既に12月に報告されています。そこから、こんなに広がってしまったわけですね。

日本に入っているのと同じウイルス 中国でなぜ死者が多いのか?

ーー日本で確認されたウイルスは、中国で最初に確認されたウイルスから変異はしていないと一般に向けて出された注意事項にも書かれていますね。中国では現在、600人以上の死者が出ていますが、日本では出ていません。

感染研による遺伝子解析でウイルスは変異していないことが確認されましたし、病原性も変わっていないということはわかっています。

ではなぜ中国でだけあれだけ死んでいるのか、ということですが、いくつかの可能性があります。

1つは、中国は人口が多く分母が大きいから、検査で判明していない人も含めて何十万人も感染していて、その中の何百人の死者である可能性です。ということは、日本でも何十万人と感染者が広がったら、それぐらい重症例がでるかもしれないという可能性あります。

ただ、僕は日本でそれが起こる可能性は低いと思っています。

ーーなぜ日本では可能性が低いのですか?

これまで国内で報告されている患者は通常の上気道炎(風邪の症状)から軽症の肺炎の症例が多いことが報告されています。また患者のまわりの医師や看護師に感染して重症になったという事例が報告されていません。

2つ目として、中国の医療崩壊が関係ありそうです。報道をみていると、中国では医療へのアクセスが日本のように良いとは思われない状況があるようです。重症になって初めて受診して、助かるものも助からなくなっている可能性があります。

ーー貧富の差で医療を受けられるかどうかも違うと言われていますね。

そうです。日本ではそれはないですよね。

3つ目は中国で基礎疾患(持病)がある人が多いから。それで重症化しやすくなっているのではないかという可能性です。

耐性菌が多い中国 治療がうまくいっていない可能性も

4つ目は、ウイルス性の肺炎に続いて起きる、細菌性の肺炎の合併症があるのではないかとも言われています。細菌性の肺炎は抗生物質で治療ができるのですが、その治療が中国でどのように行われているのかわかりません。

5つ目は、肺炎ではなく、院内感染で亡くなっている可能性もあります。

ーーそれは感染管理など、医療水準が関係するのですか?

院内感染はコントロールするのが難しいのです。しかも、中国は抗生物質の使い過ぎで、薬が効かなくなる耐性菌が多いことがわかっています。

4つ目の推測にも関わりますが、細菌性の肺炎は重症化するので、薬が効かなくて亡くなっている可能性もあります。点滴をつなぐためにルートを作って(針を刺して)、そこから細菌が感染し、重症化する可能性はあります。

今日、武漢市で入院していた日本人男性が亡くなったのも、新型コロナウイルス で亡くなったのか原因は確定されていないようです。院内感染の可能性もありますね。

ーー新型コロナウイルスの流行について警告していた34歳の中国人医師がやはり感染して入院中に亡くなっています。早く感染に気づいたでしょうに、何が原因なのか気になります。

それはわからないですね。入院すること自体も院内感染のリスクを高めますからね。

ーー点滴をする時の清潔管理は当たり前になっていますね。

そのあたりはわからないですが、日本のようにはできていないのではないでしょうか? 患者も爆発的に増えて、現地の医療機関は混乱しているでしょうし、通常の感染管理ができていない可能性があります。

日本での拡大は抑え込めるか?

ーー既に感染者数が3万人を超えた中国では医療崩壊が起きていてもおかしくないですが、日本の現状でしたら、対処がうまくいけば流行の拡大は抑え込めますか?

そこは意見が割れるところです。今日までの日本での症例を聞くと、かなり軽症例が多いのです。しかし、それが何十万人となれば、重症例は絶対に出てくるし、亡くなる人も出てくるでしょう。

その時にマスコミは騒ぐでしょうね。「SARSと同じだ」などと言いかねない。でももう一度強調しますが、SARSより病原性が低いというのは多くの専門家の認識です。僕は季節性のインフルエンザより少し強いぐらいであると思いますが、一方、SARSに近いという専門家もいる。

それは日本で感染が拡大したことが確認された時に、結果としてわかることです。僕は既に広がっているけれども、風邪などに紛れているという見立てです。

ーー現状では、軽症者が多く、治療もうまくいっていて、治る人、軽快する人が多いですね。日本での症例は早い段階で治療を始めているからということもありそうですか?

そういう意味では、日本で行政が行なっている水際対策は、急激な感染拡大を抑え込むという点で大事ではありますね。

今、検査が簡単にできるようになったら、既に広がっていることがわかるかもしれませんし、同時に「風邪かと思っていた人もそうだった」と明らかになるかもしれません。

ーーそういう意味で、今開発中の迅速診断キットができたら、患者数が増えるだけになりませんか?

現場の人間としてはいいことだと思います。感染者が増えたら隠すわけにはいきませんが、ほとんど軽症者だということがわかるかもしれないのです。それは、安心につながるかもしれません。

ーー2009年の「新型インフルエンザ」も、当初、あれだけ恐れられましたが、今では季節性インフルエンザのような扱いになっていますね。今年、流行しているインフルエンザのほとんども新型インフルエンザの時と同じウイルスです。

あの時のパニックを経験にして考えていかなければいけません。あれを経験しているわけですから、今度も同じ結末になる可能性も念頭に置かなければいけないです。

だから学会としては、注意深く、油断なく対応していかなければなりません。新型コロナウイルスの病原性に関しては慎重に考えていかなければいけませんが、今の時点でSARSよりはかなり病原性が低いと考えるのが妥当だと思います。

私たちはどう対処したらいいのか?

ーー改めて、私たちは感染予防のために何をしたらいいでしょうか?

新型コロナウイルスの感染ルートは咳やくしゃみが体内に入る「飛沫感染」と、ウイルスがついたものに触れて、その手で目や鼻や口の粘膜に触れて感染する「接触感染」であることもわかっています。

対策は季節性のインフルエンザと同じなんです。それに準じた対策をすれば十分です。手洗いと、咳やくしゃみが出ている人の咳エチケットですよね。

ーーもし肺炎になったとして、細菌性の肺炎に進まないためには何に気をつけたらいいのですか?

それは、口の中の細菌を誤って気管に吸い込む誤嚥によって起きます。予防のために口の中をきれいにするオーラルケアも大事です。ただ、お年寄りは飲み込む力が弱まって誤嚥しがちです。それでも日本では抗菌薬で治療ができます。

ーー持病があるお年寄りがたくさんいる高齢者施設や、長期療養型の介護施設などに気をつけるように言っているのはそういう危険もあるからですね。

そこに感染が広がるのが一番怖いのです。そういうところに入っている高齢者は、持病もたくさんありますからそもそも重症化しやすいのです。

ーーそういう患者さんをお預かりしている施設は特に気をつけた方がいいですね。

そうです。ただ、インフルエンザ対策と同じでいいのですよ。あれ以上は対策できません。咳エチケットと手指の衛生に気をつけることです。インフルエンザの場合はワクチンがあるし治療薬がありますが、新型コロナウイルスはないのが怖いところではありますね。

ただ、今日の会議で、試験管の中の結果ですがHIV治療薬のカレトラが効果があるという成績が報告されていました。

ーー国際医療研究センターでは患者さんにも投与したようですね。

まだ一人だけだと思いますが投与して効果が出ているし、SARSやMERSの時にも投与されているんですね。そういう意味ではエビデンスが蓄積されつつある。今度のウイルスは患者数が少ないからはっきりしたことは言えませんが、感染研の試験管での研究でも効果がありそうだという報告が出ていました。

ーー中国で臨床試験が始まっていますが、日本でもやるのですか?

わからないです。

パニックへの対応 健康観察中の帰国者は?

ーー先生は、政府のチャーター便で帰国した人たちが健康観察のために宿泊している施設も視察したそうですね。受け入れを担当していた内閣府の職員も自殺して、パニックになっているのではないかと心配されましたが、どんな様子でしたか?

予想していたより落ち着いていました。DMAT(Disaster Medical Assistance Team災害派遣医療チーム)の人や行政の人たちもたくさん入っていますしね。

感染対策は飛沫・接触感染防止策が中心になりますが、状況に応じてN95のマスクを使ったりすることが必要になります。実際にそこでも使っていました。

季節性のインフルエンザよりは強いですから、警戒するのは仕方ない。これも、感染性の低さを見ながら警戒度を徐々に下げていかなければいけませんね。

ーーこの宿泊施設に感染症専門の医師を派遣してくれと厚労省から依頼があったのですね。

日本感染症学会と日本環境感染学会に依頼がありました。1日に一人ずつです。午前9時から午後5時まで。感染症に関しての質問を滞在者から受けたり、感染対策を指導したりしています。体調が悪くなれば搬送するようにしています。

どのぐらい役立っているかわかりませんが、感染症の専門家がいれば精神的にも落ち着くところがあるのではないでしょうか。そういう意味でできることをしたいですね。

ーー不安からでしょうけれども、インターネットを中心にデマも拡散されています。

僕たちが一般市民に向けて新型コロナウイルス感染症に対する注意事項を出したのも、専門家として現時点での位置付けを知らせたかったからです。油断はしてはいけないけれども、病原性はSARSよりは弱いのではないかと考えています。パニックにならないようにそんな情報を伝えたかったのです。

今後、病原性の評価は変わっていく可能性はあります。現時点での「専門家の意見」を早く出さなければいけないと考えたのはパニックを防ぎたいという思いからです。

気をつけるべき「免疫が下がる人」とは?

ーー手洗い、咳エチケットが大事というのは何度も言ってきました。重症化を気をつけなければいけないのは、免疫が下がる高齢者、妊婦、持病のある人と言われていますが、免疫が下がる持病のある人というのはどういう人ですか?

やっぱり、糖尿病と呼吸器系の病気。例えば、COPD(慢性閉塞性肺疾患)ですね。または心臓疾患。あとは生物学的製剤を使っているリウマチの人、ステロイドを使っている人などですね。

ーーアトピー性皮膚炎の子どもなども関係しそうですか?

ステロイドを使っていても、ごく一部の皮膚だったら大丈夫でしょうね。今回、子どもはあまり感染していないのですね。重症化もしていません。

ーーなぜですか?

わからないです。30代の若い人も確かに亡くなっていますが、ウイルスが原因で亡くなっているかはわからないのですよね。点滴につながれているうちに院内感染している可能性もあります。

ーーフィリピンで亡くなった人は44歳ですが、持病が複数あったそうですね。

そうです。逆に若くて健康な人はそれほど恐れることはない。日本の患者さんをケアしている医師や看護師が感染していたら、感染力も病原性も高いとなりますが、それは今のところないわけです。

SARSの時は診ている医師が感染して亡くなっていますからそれは怖い。でも今回はそんなことはない。そういうところからも、SARSほど恐れる必要はないと考えます。

ーー今後、感染症学会はどう対処していきますか?

今日は60例ぐらいの症例が集まっていましたから、それで重症度などを評価します。

専門家集団による対策センター「CDC」を作ってほしい

ーーこのウイルスの流行が始まって以来、感染症の専門家たちからは、「日本にも専門家集団によるCDC(Centers for Disease Control and Prevention 疾病管理予防センター)が必要だ」という声が上がっています。学会の理事長としてはいかがですか?

米国のCDCのような危機管理・感染対策を担当する組織が必要ではないかという意見も出されているようです。

感染研を強化した形で、CDCのような機関が必要なのは当然です。

今、感染研は業務でパンパンになって寝る間も惜しんでいるような状態です。もう少し大きな組織として、継続性をもって調査や分析、対策と一括してやるところが絶対に必要です。

こういう危機になると毎回、行政もパニックになって、指揮命令系統が混乱してしまいます。やはり日本にもCDCを作らなくてはいけないということは、今回の大きな反省点の一つになるでしょう。