7月10日に投開票が行われる参議院議員選挙。
自分の選挙区にどんな候補者が出ているか、何名かは顔や名前が浮かんでも、実際に街頭演説を見たことのない有権者は多いのではないでしょうか?
世界中の選挙の現場を20年以上取材しているフリーライターの畠山理仁さん(49)は、「候補者に実際に会わなければもったいない」と言います。
それって、なんでなんですか?
対面で会うと自分の捉え方で、色々な情報が取れる
——畠山さんは常々、有権者が生身の候補者を見ずに投票しているのはおかしいとおっしゃっていますね。
おかしいというか、それでいいの?って感じですね。
——できれば全員に会うことを勧めていますね。会えるものですかね?
今回も僕は東京選挙区から出ている34人には、ほぼ全て会いました。核融合党の桑島康文さんだけ会えなかったのですが、電話とメールではお話ができました。
——なぜ会った方がいいのですかね?
普通の人付き合いと同じです。恋愛するにしても、友達を作るにしても、画面越しで得る情報よりも、直接対面で会った時の方が勘が働くじゃないですか。
会うと色々な情報が得られますよ。表情もそうですし、画面では上半身しか映らない場合、下にスカートを穿いているのか、パンツを穿いているのか分かりません。
自分の視点で見ることができないということです。誰かの切り取った注目ポイントしか見えない。それは、他人の目線で捉えた姿です。
例えばカバンがどんな趣味なのか気になる場合は、現地に行けば、後ろに回って見ることもできます。
実際に対面すると、「この人は好きになれるかもしれない」とか、逆に「この人は生理的にちょっと無理かな」という勘が働きます。それは選挙でもとても重要なことです。
——街頭演説も報道されるのはほんの一部ですものね。でも自分が見に行けば、全部聞くことができる。
そうですね。全部通しで聞けて、自分の関心のあることを言っているかどうかもわかる。
それに、全部聞くのは苦痛な人もいます。そんな人に1票を入れるのか、考えた方がいい。最後まで聴き入るような演説をする人は、自分の感性や考え方にかなりマッチしている人だと思います。
マッチしていなくても演説がうまい人はいます。政治家は言葉を使う職業なので、話芸を磨いている人なのか、組織に乗っかって飾りで出てきた人なのかも、語り口でわかります。
任期中、コミュニケーションが取れる人なのか見極める
——それにしても、なぜ恋愛や友達付き合いのように候補者を選ぶ必要があるのですかね?
政治家は、私たちの代弁者として選ばれるので、当選した後もコミュニケーションを取れる人なのか、取りたいと思う人なのかがポイントになると思います。
自分の体調が悪い時に、「あそこにかかろう」と思うかかりつけのお医者さんがいると安心ですよね。
世の中のことはほぼ全て政治が関係しています。何か生活の中で不具合があった時に、「こうしてほしい」という要望を伝えて、そのことを政策で実現してもらうのが政治家です。
任期の間、そのコミュニケーションを取りたい人であるか、取れる人なのか、コミュニケーションを取った時に本当に動いてくれそうな人なのかを見極めるのは大事です。直接会うことで、そういう情報はかなり得られます。
また、実際に自分で見て、責任を持ってその人に投票したことは、納得を生みます。例えば当選した人がうまく働いてくれなかったら、自分の見る目がなかったと反省して、次は別の人を選ぶことにつなげる。
実際に観にいけば、自分の1票の重みをより実感できるし、実際に見て投票した人には親近感も湧くし、当選してから変なことをしたら「おいおい何やっているんだ。お前に入れたのに」と残念に思う気持ちも強くなる。
政治家とのコミュニケーションのきっかけとして、選挙を利用してほしいと思っているのです。
——選挙で政治家を選ぶのは、始まりなわけですものね。
そうです。選挙が終わりじゃない。また、選挙はクイズでもないので、誰が当選するかではなく、誰を当選させたいか、を考えて投票するわけです。
特に若い人は、「間違えたらどうしよう」とよく言うのですが、間違いなんてありません。自分が誰に入れたいかを考えて選べばいいだけです。
選挙期間中は政治家のガードが下がる 逃げた場合は?
——しかし、当選したら手のひらを返すような政治家もいますよね。
それはあり得ます。
ただ、選挙期間中、候補者のガードは下がるものです。
例えば握手しに回ってきた時に、自分が気になっていることを尋ねたら、多くの候補者は答えてくれるでしょう。数十秒のやり取りですけれど。
でも、当選してから事務所に電話をしても、なかなか対応してもらえません。
選挙期間中は、政治家のガードが一番下がるせっかくの機会なので、この時期にここが気になるとか、こうしてほしいと伝えるチャンスです。
それをするには、実際に現場に行って、面と向かって候補者と話すしかない。
相手も有権者が話しかけてきたら逃げられませんよ。
——逆に逃げる人は、そういう人なんだなと判断できますね。
そうです。選挙期間中ですらそうなのですから、当選したら余計、有権者の話なんて絶対に聞かないだろうとわかるわけです。
むしろ既成政党以外の候補者の方が心に響く演説
——実際に会ってみて、印象がガラリと変わった人はいますか?
今回の参院選の当落線上にいる人でも、街頭演説を見に行ったら「これは通らないだろうな」と思う人もいます。「タレント候補」と言われる人でも、自分の言いたいことが明確で、演説がうまい人はいます。
2021年6月20日投開票の静岡県知事選で、自民党推薦候補と戦い、4期目の当選を果たした川勝平太氏の演説は印象的でした。最初の選挙の演説と比べ、内容も充実し、落語のようにリズム感のある語り方で、知事を何期も務めるとこんなに自信に満ちた演説ができるんだなと感じましたね。
うっかり失言もしていましたから、同じ人の演説を何回も聞いてみるのも意味があることです。
意外と既存の大政党から出ている人の演説よりも、独立系の人の方が心に響く演説をすることもあります。
2021年1月31日投開票の埼玉県戸田市議会選挙に出て当選し、後に当選無効となったスーパークレイジー君(西本誠氏)の演説は「うまい」というものではありません。はっきり言うと従来の街頭演説の枠からははみだしているのですが、聞いている人が、今までにないタイプの言葉を聞いたと感じる魅力がありました。
逮捕歴7回で、少年院には5年入っていたなど、持ち出すエピソードが正直で、聞くものの心に響く。
逆に、既成政党の人はオリジナルな体験が盛り込まれていない人が多いのです。70点の平均点は取って安定しているのだけど、いきなり120点のような、聞いていると涙が流れてくるような演説をする人は少ないです。
これまで積んできた人生経験が表れてしまうのも、街頭演説の面白いところです。
【畠山理仁(はたけやま・みちよし)】選挙取材20年以上のフリーライター
1973年、愛知県生まれ。早稲田大学第一文学部在学中より、取材・執筆活動を開始。日本のみならず、アメリカ、ロシア、台湾など世界中の選挙の現場を20年以上取材している。
『黙殺 報じられない”無頼系独立候補”たちの戦い』(集英社)で第15回開高健ノンフィクション賞を受賞。『記者会見ゲリラ戦記』(扶桑社)、『領土問題、私はこう考える!』(集英社)、『コロナ時代
の選挙漫遊記』(同)。