• medicaljp badge

重度障害があっても安心して自立生活を送るために 障害者と共に戦う弁護士集団はなぜ作られたか?

重度障害者が地域で当たり前に暮らすために必要な公的介護。時に行政に却下される介護要請を認めさせるために障害者と共に戦う弁護士集団がシンポジウムを開きます。代表の藤岡毅さんに活動に込めた思いを聞きました。

どれだけ重い障害があっても公的な介護を受けながら、地域で当たり前に暮らし続けるーー。

そんな当然の権利を叶えるために行政との交渉に力を尽くしてきた「介護保障を考える弁護士と障害者の会全国ネット(介護保障ネット)」)が11月23日午後1時半から、8周年オンラインシンポを開く。

重度障害がある国会議員の木村英子さん、舩後靖彦さんが登壇し、当事者目線でこの国に足りない制度や仕組みについて語る。

ALS患者の生活支援に携わってきたNPO法人ALS/MNDサポートセンターさくら会副理事長の川口有美子さん、筋ジストロフィーがある男性の自立生活について書いたノンフィクション『こんな夜更けにバナナかよ』の作者、渡辺一史さんも参加する。

参加費無料。こちらから誰でも視聴できる。

BuzzFeed Japan Medicalは、介護保障ネット共同代表の弁護士、藤岡毅さんにこれまでの活動に込めた思いを聞いた。

特別な交渉力がなくても、誰でも当たり前に権利を

介護保障ネットは、主に重度障害者が必要な公的介護の支給を行政に拒否された時、弁護士グループが必要な量だけ介護が受けられるように交渉する。

これまで介護保障ネットが手がけてきた事例をまとめた『支援を得てわたしらしく生きる!』(山吹書店)を読むと、非人間的な状況に置かれていても、行政はいとも簡単に公的介護の支給を拒むことがあることがわかる。

全身の筋肉が衰える遠位型ミオパチーの75歳の男性は、介護を担う妻が重い病気にかかっても夜間の介護が認められず、痰が詰まって窒息死する危険を抱え、おむつで吸収しきれない尿が垂れ流しになったままの生活を余儀なくされていた。

ALSと診断された60代の女性は、介護に疲れた夫から「お前のおかげで俺の一生はおしまいだ」「この調子だと俺の方が早く死んじまう。もういいかげんにしてくれ」などと罵倒されながらも、公的介護の増量が認められていなかった。

藤岡さんが2012年11月に主なメンバー15人ほどで介護保障ネットを作ったのは、既に行政を相手取り、必要な介護量を請求するいくつかの訴訟に勝った後だった。

「裁判でいくつか良い判例を勝ち取ったわけですが、障害者の誰もが裁判をできるわけではありません。裁判で獲得した成果を、誰でも当然の権利として認められるようになるべきだろうと考えました」

当時は交渉力が強い障害者団体に入っている人や、自立生活への意志が強烈に強い人、支援者に恵まれている人ぐらいしか行政と交渉して勝ち取ることができていなかった。

「それでも突破できない壁がありますし、障害者団体と関わっていない人もいます。だから自力での交渉力がなく、特別なサポートがない人でも、我々のような専門家がサポートしながら実現する仕組みが必要だと思いました」

「窓口に申請する時から弁護士が立会い、無用な争いをできるだけ防いで、速やかに必要な介護支給量が手に入るようにした方がいい。弁護士もノウハウを共有しながらスキルアップを図る。そういう弁護士を全国に増やし、全国どこでも同じように地域生活を重度障害者が送れるようにしたかったのです」

弁護士が交渉に入る意味

交渉の専門家である弁護士が関わる意味はとても大きい。

「弁護士が交渉に入ってくることに慣れていないような地方だと、それまで取っていた態度や支給内容がガラリと変わることはよくあります。法的な議論をし、憲法に基づく人権の話だと示すと、行政側が態度を変えることはよくあります」

福祉関連の法律や判例を熟知していることはもちろん、専門家としての証拠資料の作り方、提示の仕方などのノウハウをネット内の弁護士で共有していることも武器になる。

「一般の方は行政の交渉の時、口頭で困ったことを言えば伝わるだろうと思う人はほとんどです。しかし、記録に残らないと口頭で伝えたことはすぐ忘れられてしまう。細かい話は資料として証拠に残る形にして公文書扱いにさせます」

前出の遠位性ミオパチーの男性の場合、夜間にどのような状況に置かれるのか、男性がいつも使っているオムツや色をつけた水を使って再現した。下に敷いたシーツに色水が漏れ出した状況を写真で示し、いかに屈辱的な状態に置かれているかを視覚化した。

現在、会員として登録している弁護士は全国で100人ぐらいになった。成果が出た事例は52件、相談を受けてきた事例は100件ほどに上る。

「介護支給に厳しい制限を設けている自治体でも、一度、交渉して前例を作るとその後に続く同じような状況に置かれた障害者に道が開けます。弁護士との交渉もなく、申請したらそのまま認められる状況まで持っていくのが目標です」

筋ジストロフィーの詩人岩崎さんも「交渉を続ける力に」

筋ジストロフィーがあり、生活の全てに介護を必要とする詩人の岩崎航さんも介護保障ネットに依頼した一人だ。

筋ジストロフィーの詩人 岩崎航の航海日誌で経緯を本人が綴っているので参考にしてほしい。

それまでも介護は入っていたが、同居する両親が高齢になり、病気も抱えるようになってきたため、1日24時間の介護時間を請求したが、仙台市が却下した。

最初は自力での交渉を始めていたが、「気管切開をしていない人工呼吸器での見守り介護は認められない」「パソコンの準備や片付けなどは介護で認められない」など、まさに岩崎さんの命綱を軽視する回答を見て、専門家の助けが必要だと考えたのだ。

岩崎さんは介護保障ネットに依頼した成果についてこう話す。

「相談したことで、障害者の介護制度について正確な知識を得たのと、行政に自分の介護必要性を分かりやすく丹念に説明する方法を教わったことは、交渉を続ける力になりました」

市側は内部で設けた独自の基準に照らして岩崎さんの申請を却下していたが、弁護士たちは「そんなものの土俵に上がってはいけない」と不安になっていた岩崎さんにアドバイスをした。

「『重度訪問介護において、市区町村で設けている支給基準というのはあくまで目安であって、個別具体的に一人一人の障害者の生活状況に合わせ、必要な介護時間の支給を決定するのが制度の本筋です』と言われたのです。ハッとして、市側の論理に絡め取られていた心が自由になりました」

岩崎さんはその後、無事、仙台市の申請却下を覆し、終日24時間(重度訪問介護・毎月799.5時間/入浴・移動・通院時の2人制を含む)の介護量を獲得した。

「今年も、さらに必要になった介護時間増の申請を相談員を通じて一人でしたのですが、これまで重ねてきたやり取りで行政の理解が深まったためか、迅速でスムーズな決定を受けました。詳細な説明をすることを学んだのが活きたように思います」

オンラインシンポ 知らない人に知ってほしい

介護保障ネットの課題は、こうした活動がまだまだ広く知られていないことだ。藤岡さんは言う。

「まだこの分野はメジャーではないので、知的障害のある人も含め、こういう生き方があるということ自体が知られていない。24時間の介護という方法があることを福祉関係者でも知らないことが多い。本人や家族が専門職や周囲の人に相談しても、『それは無理でしょう』と言われてしまう現実があるのです」

今回シンポジウムに呼ぶ木村さん、舩後さんが国会議員となり、登院前に「重度訪問介護」という長時間の介護制度が勤務中には使えないことを問題としたことで、障害者の置かれた介護制度の貧しさが広く知られるようになった。

「お二人が国会議員になったことは大きいです。社会的にも国会議員になった人が言っていることは一般にも伝わりやすい。行政や国に訴える時にも、当事者の国会議員が言っていると言えば耳を傾けざるを得ないでしょう。ただ、風向きとしてはいい方向ですが、大勢を覆すところにまで至っていない」

シンポジウムでは、当事者国会議員として障害福祉制度の問題について、どういう課題があって、どう取り組むのかという話をしてもらおうと思っている。

今回、新型コロナウイルスの影響で、毎年開いているシンポジウムを初めてオンラインで開催する。全国から見てもらうチャンスだとも受け止めている。

「理想をいえばこういう世界を知らない人に見て欲しい。普段こういうテーマの集会に顔を出していない人は会場に足を運びづらいことがあるので、オンライン開催は気軽に参加してもらうチャンス。移動の手間はないし、日本全国、世界のどこからでもアクセスができます」

「重度障害者は入院することも多いですが、コロナの影響で家族まで面会謝絶になっています。病院内でヘルパーも使えるようにとなりましたが、コロナでヘルパー訪問も拒否されて、放置されているという話は聞く。シンポジウムではコロナの影響についても触れたいと思います」

シンポジウムの問い合わせは介護保障ネット(kaigohoshou@gmail.com)へ。