子宮頸がんなどの原因となるヒトパピローマウイルス(HPV)への感染を防ぐHPVワクチン。
もし、このワクチンの存在や意義を今、隣にいる友達が知らないとしたらーー。
そんな思いから、HPVワクチンの最新情報を知ってもらい、同世代に届けるための活動を始めている女子大学生がいる。
この大学生、津田塾大学総合政策学部3年、江連千佳さん(21)は公費でうてる期間を逃し、大学生になってから自費で接種した。
その後も、HPVワクチンの啓発活動や、うち逃した同世代の女性に対して無料接種の再チャンスを求める活動を積極的に進めている。
なぜ今、動き始めたのか。BuzzFeed Japan Medicalは江連さんに話を聞いた。
テレビの「副反応報道」で「見送ろうか」
江連さんは2000年生まれだ。HPVワクチンが公費でうてる定期接種になった2013年4月には、中学1年生だった。
「当時、元々接種する予定だったんです。母親が行政から書類をもらっていて、『受けにいくよ』と言われて、『ああ注射嫌だな』と思っていたんです。筋肉注射と聞いていたので、日本脳炎がめちゃくちゃ痛かったのを思い出して『HPVワクチンも筋肉か。しかも3回か......』と憂鬱になっていたのを覚えています」
ところが急にワクチンをうつのは取りやめになった。
接種後に訴えられた体調不良を、「副反応」としてセンセーショナルに報じる騒ぎが始まったからだ。
「テレビで何回も女の子が苦しむ映像を見て、母が『今回は見送ろうか』と言ってやめました。その時は、痛い注射を避けられて良かった、ラッキーと思っていました」
こうした症状については、その後、接種していない女子にも同様の症状が現れることが国内外の数多くの研究(例:名古屋スタディ)でわかり、HPVワクチンの安全性は証明されている。
NZの性教育でHPVワクチンを初めて学ぶ
それ以降、江連さんはしばらくHPVワクチンの存在も忘れていた。次に出会ったのは2017年、高校2年生の夏、ニュージーランドの女子校に短期留学に行った時だった。
性教育に熱心な担任の先生が、子宮頸がんの話もしてくれた。
「性感染症の一つとして子宮頸がんやHPVの話も出てきました。『誰でも感染するし、がんになるのを防ぐ注射がある』という話を聞いて、へえと思ったんです」
日本の学校の性教育では子宮頸がんやHPVワクチンの話は聞いたことがなかった。
「HIVやクラミジアは性教育で学びましたが、ウイルスが原因で子宮頸がんになるなんて聞いたことがありませんでした。もちろんHPVワクチンについても知りません。NZで初めて聞いてびっくりしました」
ただ、それを聞いても自分でうとうとまでは思わなかった。
「こういうリスクがあるんだ、と思ったぐらいです。中学1年生の時にうたなかったあのワクチンとは結びつきませんでした」
「NZの性教育は衝撃的で、男性器の模型に実際にみんなでコンドームをつけてみたり、IUD(子宮内避妊器具)や女性用コンドームもピルも触らせてもらえたりしました。先生はこれを使っているとか、こういうことに気をつけているという話もしてくれて、具体的に避妊について考えることができました」
帰国してから日本の保健体育の先生にNZの性教育の資料を持っていき、「こういうのをやりましょうよ」と持ちかけた。しかし「教材を作る時間がないから無理」と実現はしなかった。
産婦人科医の性教育 HPVワクチンが自分ごとに
帰国後に日本でも性教育は受けた。そこでもHPVや子宮頸がんの話は出ない。
しかし、高校2年生の終わり頃、産婦人科医で性教育に熱心な先生が外部講師として希望者に性教育をする機会があった。医学部進学を希望する学生が数多く参加していたが、江連さんも申し込んだ。
「NZで衝撃を受けていたので、日本人の最新の性教育も受けてみたかったのです。その先生は、HPVワクチンの話を熱心にされました」
子宮頸がんになって亡くなった患者の話、30〜40代の女性の発症も多く、子育て世代がなることから「マザーキラー」と呼ばれていることも聞いた。
「『ああ、NZで聞いたのはこのことだったんだ』と知識がつながりました。日本語で詳しく聞いて、あの話はこんなに深刻なことだったと理解できました。ワクチンで防ごうという話もされたのですが、そのころもまだ副反応の可能性が言われていたので、『お医者さんも勧めるんだ』と驚きました」
自分の将来に関わる話なのだとやっと考えることができ、「がんを防げるなら受けてみるのもありだな」と前向きに捉えられるようになった。
医師に手を挙げて質問したのも覚えている。
「『このワクチンをもう少し広げていくにはどうしたらいいのですか?』と尋ねたのです。『副反応報道が強かったので地道に正しい情報を伝えていくしかない』とその先生は話していました」
最後にその医師が、「婦人科にもっと気軽に来ていいんだよ。お喋りしにくるだけでもいいよ」と語りかけてくれたのも印象に残った。
「そんな気軽に行っていいところなんだと驚きでした。赤ちゃんを産むところで、高校生が行くところではないと思っていたんです」
婦人科に通い、HPVワクチンを接種
婦人科に気軽に行ってもいい、という言葉は、江連さんの行動を変えた。
「私は生理痛がすごく重くて、高校3年生の夏ぐらいに失神するぐらいまでになったのです。鎮痛剤は高校に上がるまで飲ませてもらえませんでした。母は生理が重くなく、薬に頼るほどではない、と思っていたようです」
市販の鎮痛薬を用量の3倍以上飲んでも効かないほどの痛み。
「病気かもしれないから婦人科にかからせてくれと親に頼んで、レディースクリニックに行きました。子宮内膜症と診断され、ピルを処方されて飲むようになりました。母は不安そうでしたね。ピルに悪いイメージを持っていたのでしょう」
定期的に婦人科に通うようになり、体の不調や薬について産婦人科医に相談しやすくなった。
「彼氏ができて、交際のその先も考えるようになり、『HPVワクチンってどうでしょう?』と聞いたのです。先生はうった方がいいと説明してくれました」
ただその時は自律神経が不安定で、「今じゃない方がいいですね」とも言われた。
実際に3回の接種を始めたのは、受験が終わり、症状も落ち着いた大学1年生の冬からだ。2002年生まれの妹(18)が先にうっていて安心感があった。
日本では小学校6年から高校1年生の女子は無料でうてる。妹は高校1年生でうちはじめ、2回は無料、3回目は期限を過ぎて自費でうっていた。
HPVは性的な接触で感染する。江連さんは大学に入って新しい彼氏もでき、初めての経験をする前にうちたかった。
「HPVワクチンをうつまではしないで、とパートナーにも伝えていました。怖かったから待ってもらいました。海外では2回接種のところもあると聞いていたので、2回目をうち終わるまではしませんでした」
実際にうってみると、日本脳炎のワクチンと同じぐらい痛かった。
「特に3回目が痛くて、接種後3〜4日は腕が上がらないほどでした。周りにうった子がいないのも不安要素でした。でも4〜5日後には痛みは収まって安心しました」
その後は何も起きていない。
女性の健康をテーマに活動する団体を設立 HPVワクチンの啓発も
高校生の時に受けた性教育の衝撃や婦人科クリニックに通い始めた経験から、自分の健康が社会の様々な壁に阻まれていることに疑問を持つようになった。
大学1年生で女性の心身の健康をテーマに課題解決を目指して活動する団体「苗ぷろ。」を設立。HPVワクチンについての啓発活動も始めた。
締め付けられるショーツを身につけない部屋着「おかえりショーツ」の開発をしつつ、中高生向けの性教育イベントを開いたり、検査会社と組んで「HPVのことを知らないと」という啓発イベントを開いたりしていた。
そんな活動をしているうちに、HPVワクチンをうち逃した人に無料接種の再チャンス(キャッチアップ接種)を求める活動をしている「HPVワクチン for me」の活動ともつながった。
「活動している産婦人科医の高橋幸子先生はSNSで知っていたので、署名活動にも賛同しました」
今年3月29日には、田村憲久厚生労働相に対し、無料接種の期間にうち逃した女子へ再チャンス「キャッチアップ接種」を求める3万筆の署名も提出し、記者会見にも出席した。
隣にいた子が知らずにがんになるのは耐えられない
「おかえりショーツの事業もHPVワクチンも目指しているのは女性のwell-being(幸福、心地よい充実した生活)だと思っています。でも今の日本には、女性が心地よい状態になるまでにすごくたくさんの壁があります」
「wellness(健康であること)は、社会と身体と精神と環境の4つが決定要因になります。身体が病気だと診断されたらhealthyな状態ではなくなります。でもwellnessは、病気になったとしてもそれを補える社会環境があれば実現できる。包括的、相対的に判断する、人それぞれの健康状態なんです」
おかえりショーツは、下着は男性の目を気にしたデザインにすべきだ、女性らしくあるべきだという社会の規範から女性の身体の自由を取り戻し、女性本人の心地よさを追求する試みだと江連さんは考えている。
ではHPVワクチン啓発はどんな意味を持つのだろうか?
「社会でHPVワクチンは危険だというイメージがついていて、政治的にも受けられる環境が整っていないのは、私たち女性が健やかにがんにならずに生きていく身体の自由や未来の選択肢を侵されていることだと思います。がんになれば精神的にも落ち込み、キャリアを築こうと思ってもうまくいかなかったりします」
「HPVワクチンはまさに女性のwell-beingに関わる問題です。だから私もアプローチしたいのです」
自分は既に3回接種した。それなのに、同世代の接種実現を求めて活動するのはなぜなのだろう。
「私が『HPVワクチン、良かったよ』と友達に言っても、3回の費用5万円の壁があるし、親に相談しても『性にみだらな人しかかからない病気なのに』『副反応が心配』との誤解もあるようです」
「何も手をうたなければ、ワクチンで防げたのに子宮頸がんになる人が私と同世代で4000人増えるとも予想されています。自分の隣にいる子たちが、何もアクションしないことで病気になって悲しい状況になり、もしかしたら亡くなってしまうのは悔やんでも悔やみきれません」
「周りに心強い大人がいて、私が変える力があるなら、その力を使いたい。大学生の立場からできることがあればしたいのです」
「生理の貧困」も話題になるコロナ禍で 若い女性は5万円を出せない
署名提出の時に面談した大臣は前向きな言葉を言ってくれた。その言葉を信じたい。
「自分の娘さんにうっていると教えてくれました。必要なワクチンだと認識し、安全性も認めているから子どもにうたせたはずです。『自身が積極的勧奨を停止した大臣だからもう一度なったのは巡り合わせだよ』と話してくれました。少なくとも積極的勧奨の再開はしてくださるはずです」
新型コロナの流行で日本でも生理用品を買えない女性がいる「生理の貧困」が注目されている。
「生理用品にも手を出せないぐらい、若い女性はコロナ禍でバイトもなくなって、お金がないのです。その中で自分の将来の命のために5万円払うと言っても、かなりの大金で今の生活を優先してしまいます。国が積極的に介入していただきたいと思います」