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子宮頸がん一歩手前の病変を抱えた私が、子どもにHPVワクチンをうたせたい理由

子宮頸がんの原因となるウイルスへの感染を防ぐのに、接種率が1%未満に落ち込んでいるHPVワクチン。自身が子宮頸がん一歩手前になりながら、娘の接種を逃した母親が、うたせることに決めた理由を語ります。

日本で子宮頸がんを発症する人は毎年1万人以上で、亡くなる人も約3000人いる。

その原因となるヒトパピローマウイルス(HPV)は、性的な接触の経験があれば8割が感染するありふれたウイルスだ。

そのウイルスへの感染を予防するワクチンがHPVワクチン。小学校6年生から高校1年の女子は公費でうてる定期接種となっている。

でも、厚生労働省が積極的に勧めるのをやめて、対象者にお知らせが届かなくなってから、70%だった接種率は1%未満になっている。

先日、記者はTwitterで、自身が子宮頸がんの一歩手前の前がん病変「高度異形成」を抱え、高校生の娘にワクチンをうち逃した女性に出会った。

来月、自費で高校2年生になった娘にHPVワクチンを受けさせることを決めたという松岡亜弥さん(42)にお話を伺った。

会社の健康診断で引っかかり、6年前から経過観察

松岡さんが異変に気づいたのは、6年前、会社の健康診断で受けた子宮頸がん検診(細胞診)で、異常ありと引っかかった時だ。

その時は、「要観察」とされたが、翌年、「要精密検査」となり、拡大鏡(コルポスコピー)で頸部を見ながら、疑いのある組織を採取する組織診を行った。

「高度異形成と言われたのですが、実感が湧かなくて...。子宮頸がんなんて他人事だと思っていましたから」

子宮頸がんは主に性交渉でHPVというウイルスに感染することで発症する。HPVは200種類ほどあると言われ、そのうちがんになりやすいハイリスク型のウイルスに感染し続けると、一部は上皮内の細胞に異常が出る前がん病変の「異形成」となっていく。

異形成はそのまま免疫の力で消えることも多いが、一部は軽度、中等度、高度と進行し、最終的に浸潤がんという本格的ながんとなることもある。

外資系の企業に勤める松岡さんは、同僚の外国人に不安を打ち明けたところ、意外と周りにも異形成を経験した人は何人かいた。

「SEED(種)でしょう? 大したことないよ」「平気だよ」

外国人の彼女らは、その段階で「円錐切除」という、子宮頸部の一部をくり抜く処置を受けていることもその時に知った。

「欧米では取っているという人が多くて、『それでも妊娠できるよ』と言われました。でも、私が受診していた大学病院では、経過観察しましょうということになりました。『きちんと定期検診を受けていたら、悪くなってもすぐ取れば大丈夫。そのまま消えてしまう人もいますよ』と医師には言われました」

不安で1か月に1度、検診をお願いする

半年に1度程度、組織診を繰り返し進行していないことを確かめた。

それでも当時は二人の幼い子どもを抱えて不安でたまらず、「検査の間隔を縮めてください」と頼み込んだ。一時期は、1ヶ月に1度、経過を見てもらうために大学病院に通った。

「どのぐらい進んでいるのか進んでいないのかわかればまだ落ち着くことができますが、自分ではわからない。検査をしてもそれは定量的な数字になって現れるわけではないのでわかりません。先生の顔色や声の調子で判断するしかない。自分でコントロールできないことに、フラストレーションが溜まりました」

HPVは一度感染すると、取り除く治療法がない。そのままの状態が続くか、進行するか、がんになるか、そのまま消失するか、経過観察しかできないのだ。

数年経って、HPVの型を調べる検査もし、「あなたは31型ですね。それほど急激に進む型ではないですから、そんなに心配しなくていいですよ」と言われた。

HPVの型の中では16型、18型が特にがんに進みやすく、進行も早いハイリスクな型で、現在、日本で承認されている二つのワクチンは、この二つの型を防ぐ。

「先生からそういう風に一つ一つ説明を受けて、知識を得ていくうちに、少しずつ気持ちも落ち着いていきました。今では数ヶ月に一度、定期検診を受けています」

長女のワクチン接種を見送った理由

松岡さんにはもう一つ気がかりがあった。

高校2年生となった長女にHPVワクチンを受けさせていなかったことだ。

2003年生まれの長女は、2013年4月、小学校5年生の時に、HPVワクチンが、小学校6年生から高校1年生までの女子を対象に公費でうてる定期接種の対象になったことを知った。

「小6になったら他のワクチンと同様、受けられるんだな。すぐうとう、と思っていたのです」

それが、うったら体調が悪くなった女の子がいると報道され、わずか2ヶ月後の2013年6月には厚労省は対象者に個別にお知らせを送らないよう積極的勧奨を差し控える通知を自治体に送った。

その後、薬害を訴える女子や親たちが国や製薬会社を相手取った損害賠償請求訴訟も起こした。

「どうしようどうしようと思って、区役所で受診票は受け取ったものの迷っていました。米軍の家族が同級生にたくさんいる地域で、その子たちは当然受けるというし温度差がある。やはり受けようと思ったら、今度はうてる医療機関が見つかりませんでした」

その頃、テレビでは「ワクチンで体調が悪くなった」と訴える親子をたくさん紹介して、学校に行けずに横たわって苦しんでいる姿が連日報道された。

「怖いなと思いながらも、本当にそうなのかなと疑いも持っていたのです。例えば、長女を産んだ時は、授乳の時に乳首を脱脂綿で拭いて消毒してからあげるのが常識だったのに、長男の時はそのスタンダードが全てなくなっていた」

「つまりは基準や当たり前とされている事ってその時の情勢や世論の影響で変わる事があるんです。テレビで見るこの子たちは何かの事情があってHPVワクチンの被害者として前面に立たされているのではないかとみていました」

ただ、長女はもともと注射が嫌いな子だったので、接種するなら医師と信頼関係が築けるところでないと連れていけないと考えていた。

当時かかっていた小児科に相談しようと、「先生、子宮頸がんワクチンを...」と言いかけたところ、言い終わらないうちにその医師は「うちではやってません!」と言った。心が折れた。

「私も忙しかったので、それ以上、病院を探すこともなくそのまま時間が過ぎてしまいました。公費でうてるものなら公費でうちたかった」と悔やむ。

自身が婦人科に定期的に通い、自分でワクチンのことを調べ、わからないことは婦人科医に質問をぶつけてきた。そのうちに、あの時盛んに報道されていた体調不良はワクチンを接種していない女子にも表れており、ワクチンとは関係なさそうだという研究も出ていることを知った。

自費で接種を決める「命を守るためなら高くない」


そうしているうちに、長女も高校2年生になった。交際相手がいてもおかしくない年になっている。

HPVは性的な接触でうつり、思春期の子宮頸部は感染するとがん化しやすい状態となっているため、セックスデビュー前にうつことが良いと言われている。

「さすがにいつ性交渉を持ってもおかしくない年頃なので、このままうたないでいるのはまずいと思っていました」

そんな時、近所の小児科の女性医師が、待合室にHPVワクチンのチラシを置いていることを思い出した。予約を入れ、来月受けにいくことにした。

「9価ワクチン(※)を個人輸入できませんかと聞いたのですが、『日本で承認されていないワクチンだと何かあった場合に補償が受けられなくなる』と聞き、4価ワクチンを受けることにしました」

※9種類のHPVへの感染を防ぐHPVワクチン。日本では2価、4価ワクチンしか承認されておらず、4価がカバーする4つの型に加え、がんになりやすい31、33、45、52、58の5つの型も含めた9つの型への感染を防ぐ。日本では薬事・食品衛生審議会医薬品第二部会の承認を受けたばかりで、厚生労働相の薬事承認を待っている段階。

長女にはそこでこのワクチンの目的や副反応の可能性も医師から説明してもらう予定だ。

3回で5万円かかるが、9価ワクチンで10万円かかったとしても高くはないと感じる。

小学校4年生、保育園の年長の下の息子2人にも適齢期になったら受けさせるつもりだ。HPVは男性のかかる中咽頭がんや肛門がん、陰茎がんにも関係すると勉強して学んだ。

「そこは命の問題ですから、お金に余裕がないとしても受けさせます。このワクチンは対象でない31型も防ぐ効果がありそうだとも聞いています。高度異形成になっただけでこんなに不安なのですから、子どもたちにはこんな思いをさせたくないし、大事な人にうつしてほしくもないです」

厚労省もメディアも必要な情報を伝えて

今回、長女に受けさせることをSNSでつぶやくと、2人のママ友からダイレクトメッセージが届いた。

「どうしよう。うちの子も受けていないんだけど、大丈夫なのかな」という声だった。

「娘の同級生はほとんど受けていないのですが、親たちもみんな不安だし、悩んでいるんです。でも正しい情報は自分で探しにいかないと手に入らないし、どこが正しい情報を出しているかもわからない」

公費でうてる機会を逃したことを後悔しているし、正しい情報を伝えてくれなかったメディアや厚労省にも不信感を抱いている。

「私たちの世代は、困ったことがあっても、大人がいつかどうにかしてくれるし、自分も大人になったら次の世代のためにどうにかするし、国も責任を果たすし、保証してくれるはずだという信頼がありました」

「でも子供たちの世代は、期待することを知りません。『仕方ないんじゃない?』というのが口癖で、メディアも信じていないし、国や大人が責任をとってくれるとも思っていません。私もそんな娘たちの態度から、自分がどう行動したらいいかを学んでいる気がします」

その上で、こう問いかける。

「メディアは新しいエビデンス(科学的根拠)を集めて、現状はこうだと示すことは最低限できるはずですし、国もデータに基づいて、今後は積極的に勧めますと方針を変えることもできるはずです。なぜしないのでしょうか?」

国やメディアが変わるのを待たず、自分で自分の子どもの健康を守るしかない。そう決めた松岡さんが、娘にHPVワクチンを受けさせた後、やりたいことがある。

「『平気だったよ。元気だよ』と同じ年頃の娘を持つお母さんたちに伝えたい。知識は自分から知ろうとしなければ、誰も伝えてはくれないと思った方がいい。HPVワクチンの現状を教えてもらうのを待つのではなく、自分で発信しようと思っています」