子宮頸がんの原因となるHPV(ヒトパピローマウイルス)への感染を防ぐHPVワクチン。公費で受けられるのに、国が対象者に個別にお知らせするのをやめて6年以上が経ち、約70%だった接種率は1%未満にまで落ちこんでいます。
世界中で安全性も効果も証明され、積極的にうっている国では子宮頸がんの撲滅も視野に入ってきているのに、日本でだけ子宮頸がんを防ぐチャンスを若い女性が失っています。

この状況に危機感を抱き、日本産科婦人科学会は保健従事者やマスコミ向けに全国で最新情報を伝える勉強会を開いてきました。
6月28日に札幌市で開かれた勉強会は、東京、大阪に続き3回目となります。
一般読者にもわかりやすくかみくだいてその内容をお伝えします。
まずは子宮頸がんの治療に長年携わってきた北海道大学産婦人科名誉教授で、子宮頸がんの啓発団体「ピーキャフ・PCAF」代表の櫻木範明さんの講演を2回にわたってお届けします。
日本では毎年1万1000人が発症、3000人が死亡
まず、子宮頸がんの発症数と死亡数をお伝えしましょう。

グラフのように毎年1万1000人ぐらいの女性が発症しています。
そして、2000年のちょっと前ぐらいから発症数がV字型で増加しています。死亡数は一貫して増加してきていて、毎年3000人以上の方が子宮頸がんで亡くなっている状況です。

特に私たちが問題としているのは、若年者の発症数の急増です。
上皮内がん(周りの臓器に転移する可能性は低い上皮内にとどまっているがん)を含む子宮頸がんの増加を見たものですけれども、赤い線が子宮頸がんです。このように非常に増えています。
1990年の時点と、2014年の24年後を比較しますと、浸潤がん(上皮の外に進行し、周りの臓器に転移する可能性があるがん)が倍近くに増えています。
上皮内がんは15倍ぐらい増えていて、増加の多くは上皮内がんではありますが、子宮頸がんは上皮内がんをへて浸潤がんになりますので、浸潤がんの予備軍が増えているということになります。
子宮頸がんは若い女性の病気になっている 高齢者から30〜40代へ
その結果、どういうことになるかというと、浸潤がんの若年化が起きています。浸潤がんでは治療のために子宮を取らなければならなかったり、病気のために命を失ったりすることになります。

1990年の子宮頸がんにかかりやすい年齢は60歳、70歳あたりの方でしたけれども、わずか25年ぐらいの間に30、40代の人がもっとも子宮頸がんにかかりやすい年代になっております。
女性の晩婚化が進んでおりまして、第1子の平均出産年齢が30歳を超えています。つまり、妊娠・出産、子育て世代の女性、あるいは社会でキャリア形成、活躍中の女性がかかる病気になっているということです。
母親の出産年齢を見ると、2017年には30代から40代前半で出産される方が65パーセントになっています。子宮頸がんにかかる年齢と出産年齢が重なっているわけです。

死亡数を見ても、若い女性の子宮頸がんによる死亡数が増えています。
青い線が1975年で、赤い線が2015年ですが、30代、40代で死亡が増えています。20代から40代、つまり比較的若い年齢の女性が毎年600人前後亡くなっているわけですね。
そして、この年齢での出産が65%です。年間90万人のお産があるとしますと、50〜60万の人が子宮頸がんの高リスク年齢です。その中から小さな子どもを残して亡くなるお母さんもいるということです。
「マザーキラー」という言葉も使われていますけれども、若い女性が子宮頸がんで子宮を失う、命を失うというのは深刻な問題だと考えています。
他のがんの死亡率は減っているのに子宮頸がんでは増加が加速
国もがん対策にはずっと力を入れています。目標として、10年ごとに死亡率を20%下げるということを目標にして政策を進めています。
2005年から2015年に20%減を目標にしておりまして、実際に全体では16%減っています。

しかし、がん種別に見てみますと、肝臓がん、胃がんは30%以上、10年間で死亡率を下げております。それから大腸がん、肺がんも減少しています。
乳がんについては増加をしていたものが、後半の10年では増加が鈍っている。
それに対して、子宮頸がんは減少するどころか、増加が加速しているということです。国立がん研究センターからの情報です。
子宮頸がんの原因は性行為でうつるヒトパピローマウイルス(HPV)
病気の克服には原因の解明が必須です。
子宮頸がんについては、1984年にヒトパピローマウイルス(HPV)の16型、18型という種類が子宮頸がんから発見されました。
その後の研究から、子宮頸がんは性行為によって子宮頸部がHPVに感染して起こることが明らかになり、この業績に対して、ツアハウゼン博士が2008年にノーベル医学生理学賞を受賞しています。
このような研究によって、HPVへの感染を防ぐ「HPVワクチン」の開発と、子宮頸がん検診にHPV検査(がんになりやすいHPVに感染しているかどうか調べる検査)が応用されるという大きな世界的な前進がありました。
子宮頸がんの撲滅が現実のものとなりつつあると言ってよい状況になりつつあります。
誰でも、男女ともに感染するありふれたウイルス
このパピローマウイルスは、一般の人にすると、「女性特有のウイルス」なのではないかという誤解があます。

実はこのウイルスは男女ともに誰もが感染するウイルスです。そして、感染しても症状はありません。感染には気がつかないということです。いつ感染したかもわかりません。
もう一つの特徴は、皮膚、粘膜の中でだけウイルスが増殖した後に、外に出てくるので、体に強い免疫反応が起こらないということがあります。この特徴のために、繰り返して同じウイルスに感染する可能性があります。そこが麻疹(はしか)などのウイルス感染と違うところです。
このように、HPVには性行為をするほとんどの人が感染するわけですけれども、大部分は自然に消え去ります。だいたい2年で90パーセントぐらいは消えるという風に言われています。
しかし、一部は消えずに残り、消えずに残ったHPV感染ががん化の原因となるわけです。とくにHPV16型、18型をはじめとしたいくつかのタイプは感染から子宮頸がんになるリスクが高いことが示されています。
子宮頸がんだけでなく、中咽頭がんなど男性のがんの原因にも
HPVは女性特有のウイルスではありません。また子宮頸がん特有のウイルスでもありません。
こちらはアメリカのデータです。

HPVが原因となっているがんの代表的なものが女性では子宮頸がんです。アメリカでは年間1万人ちょっとが発症しています。
一方で、男性では喉のがんである中咽頭がんがHPVを原因とするがんです。こちらは1万800人発症しています。
ですから、女性の子宮頸がんと同じぐらいの数の中咽頭がんが、HPVを原因として起きているわけです。
日本でも中咽頭がんは決して稀ながんではなく、現在、増えてきています。
日本のデータでは男性は1万2568人ですから人口の割合からすると、アメリカと比べて中咽頭がんの発生が非常に多くなっています。女性でもたいへん多くなっています。
他に陰茎がんや肛門がんなどの原因ともなることがわかっています。
HPVというのは男子女子どちらにも関係するウイルスで、HPVワクチンは子宮頸がんだけを予防するワクチンではないということです。
感染後、何ががん発症のリスクを高めるか?
感染したHPVの多くは消えますが、一部、10パーセントぐらいが消えないで持続感染となります。このウイルスの感染が残っても、これだけではがんを発症しません。感染に加え、がん化のリスクを高める要因があります。
こういったものが働いてがん化します。

このがん化のリスクを高める要因として、最も重要なものが喫煙、たばこです。
たばこの害のもっとも大きな問題は、まず、がんが発生する子宮頸部などの部位の免疫の働きを低下させてしまうということです。
粘膜レベルで、HPVウイルスの感染を防ぐ働きを弱めてしまうのです。
もう一つは、たばこからはいろんな発がん物質が出てきますので、それも発がんのリスクを高めてしまいます。
たばこ以外にも食事も関係ありますし、性器の感染、特にクラジミアの感染は子宮頸がんにも関係すると言われています。
リスクを高める原因として大きいのは、おそらく免疫の働きの低下だと思います。
もちろん、病気の治療で免疫抑制剤を使っている場合も免疫の働きは低下しますし、日常的な慢性的なストレスでも免疫の低下が起こってきます。
それから、妊娠出産回数が多いことが子宮頸がんのリスクとなることが以前からいわれています。
妊娠中は、胎盤から黄体ホルモンという妊娠を維持するためのホルモンが大量に分泌されますが、この黄体ホルモンがHPVの感染があった場合に、HPVの増殖を促して、刺激することが発がんに関係すると言われています。
経口避妊薬の服用も同じ理由でリスクを高めます。HPVの感染がなければこのようなことは起こらないと考えられますのでHPV感染の予防が大切です。
HPVワクチンはどんなウイルスへの感染を防ぐのか?
HPVは、150種類以上あると言われています。

その中で、性器や喉の粘膜に感染するタイプが40種類以上あります。
そのうち、子宮頸がんの発生に関係するのが、13〜15種類あります。
さらに、その中でも、がん化のリスクが高い種類が8タイプあります。特にリスクの高いのが16型、18型です。この16型と18型への感染を防ぐために使われているのが現在、日本で承認されているHPVワクチンです。
子宮頸がんに注目してお話ししていますが、日本で使われているHPVワクチンの中には、この16型、18型に加え、尖圭コンジローマという良性のイボの原因となる6型、11型への感染を防ぐワクチンもあります。
16型、18型はがん化の力が強いので、子宮頸がんの多くが16型と18型を原因として発生し、子宮頸がんに占める割合が70%です。

この二つの型では、発がんのスピードも速くなりますので、20代の女性では8〜9割が16型と18型を原因とするがんです。
日本ではまだ承認されていませんが、最近、世界各国で使われるようになっている「9価ワクチン」というのは、16、18型、6型、11型に加えて、さらに5つの発がんウイルスへの予防を加えたものです。子宮頸がんの原因となるHPV感染の90%以上を予防することができます。
なぜ思春期に接種するのか?
日本では、HPVワクチンは現在、小学校6年生から高校1年生にうっているわけですが、大人になってからうったらどうなんだという質問をしばしば受けることがあります。
なぜ思春期にヒトパピローマウイルス感染から守ることが重要なのかを説明しましょう。

子宮頸がんができる「子宮頸部」は、2種類の粘膜でできています。
一つは「扁平上皮」と言いまして、皮膚と同じ丈夫な粘膜です。
もう一つが「円柱上皮」と言いまして、粘液を分泌する粘膜で、こちらはダメージに弱い細胞です。こちらから粘液が出て、感染の予防をしているわけですね。
思春期になりますと、女性ホルモンであるエストロゲンが活発に分泌されるようになりまして、腟の中が強い酸性になります。
細菌の侵入を防ぐためですが、この強い酸性によって、円柱上皮が丈夫な扁平上皮に置き換わるプロセスがあります。これを「扁平上皮化生」と言いまして、ここにHPVが感染すると、子宮頸がんが発生しやすくなることがわかっています。
つまり、扁平上皮化生が、子宮頸がんがよくできる部位です。
そして、この扁平上皮化生のプロセスが活発に起こっているのが思春期ですので、この時期にHPV の感染を予防することが非常に大切になるわけです。
(続く)
【櫻木範明(さくらぎ・のりあき)】北海道大学産婦人科名誉教授、子宮頸がん啓発団体「ピーキャフ・PCAF」代表
1982年、北海道大学大学院医学研究科修了(医学博士)。米・ペンシルバニア大学産婦人科Research Fellow、厚生連総合病院札幌厚生病院産婦人科部長などを経て、2002年8月、北海道大学婦人科学分野教授、2010年4月同大学腫瘍センター長兼任。2013年6月、上海・復旦大学上海医学院客員教授、同大付属産婦人科病院客員教授を歴任し、2015年4月、北海道大学大学院医学研究科生殖内分泌・腫瘍学分野 特任教授、同大学名誉教授。2017年4月より、小樽市立病院特任理事。
日本産科婦人科学会、日本婦人科腫瘍学会などの理事を歴任。2008年にピーキャフ・PCAF(女性がん啓発キャンペーンの会)を設立し、代表理事を務めている。