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”天然塩”の入った塩水でアトピーや血圧が改善? Twitterで話題の「塩の人」の主張を検証した

天然塩を含んだ塩水を飲んだりすり込んだりすれば、アトピーや血圧などが改善されて健康になる——。そんな独自の療法をTwitterで発信するアカウントが批判を集めています。塩分と健康の関係はどこまで解明されているのか、栄養疫学の専門家、今村文昭さんに取材して検証しました。

天然塩を含んだ塩水を飲んだりすり込んだりすれば、アトピーや血圧、便秘などが改善されて健康になる——。そんな独自の療法をTwitterで発信するアカウントが批判を集めている。

塩分の摂り過ぎは高血圧の原因となる、というのは定説だが、最新の研究では何がどこまで判明しているのだろうか?

BuzzFeed Japan Medicalは、栄養疫学を専門とするケンブリッジ大学医学部MRC疫学ユニット上級研究員の今村文昭さんに取材し、検証した。

塩水でアトピーや血圧などが改善すると独自の理論

話題になっているのは、管理栄養士を名乗り、アトピーを食と塩水療法で改善したと自己紹介するアカウントだ。

「天然塩5グラムとにがり5ccを水2リットルに溶かした塩水を飲んだり、皮膚に擦り込んだりする独自の療法」を提唱し、「期待できる効果」として以下の「効能」を挙げている。

  • 便秘の改善
  • 血圧の改善
  • お肌ツルツル
  • 乾燥肌の改善
  • 代謝機能の改善
  • 腸内環境の改善
  • 血液の循環障害の改善
  • 體内のpHバランスの改善
  • 體に溜まった老廃物=毒と重金属の排出促進


そして、「これらの効果を総括すると、ほとんどの不調は改善されるはず」と書く。

これに対し、主に医師や研究者たちが「根拠がない」「塩分の摂りすぎはかえって健康を害する」と批判を繰り返している。

それでは実際にどうなのだろうか?

塩水で血圧改善? 食塩と血圧の関係は?

まず、食塩の摂りすぎが高血圧を招く、ということは、医学界では常識となっている。高血圧は脳卒中や心筋梗塞など命を危険にさらす重い病気につながる。

日本高血圧学会も、2019年時点で1日平均10.1グラムの塩分摂取量6グラムにまで減塩する目標を掲げている。

”天然塩”を含む塩水を飲むことで、「血圧の改善」が期待できるという主張は医療界の主張と真っ向から対立するが、実際にはどうなのだろうか。

※なお“天然塩”というのは科学界や食用塩に関する協議会からも正式に定義されていない。ここでは便宜上、塩鉱や海水から得られる塩を指す。

今村さんは、「おそらくこうした方々の主張は、岩塩や海塩などに含まれるカリウムやマグネシウムなどのミネラル単体の効果に基づいているのだと思います。これらを摂取すると血圧が下がるだろうというエビデンスはありますので」と推測する。

通常の食塩は「NaCl(塩化ナトリウム)」で、“天然塩”には採取する環境によってマグネシウムなどのミネラルも含まれる。このうち血圧を上げる成分はナトリウムだ。そしていわゆる“天然塩”にももちろんナトリウムが含まれる。

今村さんが用意した図によると、“天然塩”とうたわれる食塩5グラムでも、多くは95%以上が塩化ナトリウムだ。

「血圧を上げるナトリウムには目をつぶって、カリウムやマグネシウムのおかげで血圧が下がるという理屈だと思いますが、バランスを欠いています」

ただし、塩分の摂取が血圧を左右しない人も多い

ただ、難しいのは、塩分摂取が血圧を左右しない体質の人もかなりの割合でいるということだ。

「ナトリウムとは関係ない理由で高血圧になっている人もいますし、ナトリウムに血圧が左右されない人も多くいます。高血圧症を患っている人を対象にした研究では約60%の人(83人中48人)が食塩を摂取してもらっても血圧がそれほど変化しなかったと報告しています」

米国心臓学会も、塩分摂取が血圧に影響する人としない人がいることを示している

「食塩の摂取が血圧に影響する人の頻度ははっきりしていませんが、日本人では正常な血圧の人で15~20%,高血圧患者では30~50%程度という推測もあるようです。意外と少ない割合に驚くかもしれませんね」

「日本人のかなりの割合の人が塩分の摂取で血圧が上がるわけではないことになりますが、加齢やそれに伴う身体の変化や疾患で、次第に塩分摂取によって血圧が上昇しがちになるとは言えそうです」

こうした食の健康への影響は、多くの人にボランティアとして臨床試験に参加してもらったり、食品摂取と検査データを時間をかけて調査することで示される。こうした疫学データや研究報告を読み解き、個人の生活に反映させる時には注意が必要だ。

「たとえば食塩摂取に半分の人の血圧が無反応でも、もう半分の人の血圧が10 mmHg上がれば、平均としては5 mmHg上がったということになります。つまり全体としては『食塩摂取は血圧上昇に影響する』という結果が出ます」

「でもふたを開けてみれば、食塩に反応する人とそうでない人が半々で、人によっては減塩が効果がないことがあるわけです。ダイエットでも薬の効果でも同じことが言えます」

「減塩が効果があるかは人による、というのと同じように、マグネシウムやカリウムにも平均的な効果があるとしても、人によって反応は違うと考えなければいけません」

塩分摂取を増やすことは一般的に推奨できない ミネラルは別で摂れ

話が複雑になってきたが、こうしたことを考えあわせて、「塩水が血圧改善に効果がある」という「塩の人」の主張は、栄養疫学の立場から見て、どう評価できるのだろうか?

「問題ですね。平均的な効果として一般的に推奨できる内容ではありません。減塩が効かない人がいるとしても、国民の平均を考えると良い効果が期待されます。一方、塩分摂取を増やすことに効果は示されていません」

「また、カリウムやマグネシウムを摂ると血圧にいいかもしれませんが、ナトリウムと一緒に摂る必要はありません。マグネシウムやカリウムはわざわざ特別な塩で摂らなくても、別の食品で摂ればいいのです」

「塩の人」は「高血圧の改善」ではなく、「血圧の改善」をうたっていることを踏まえ、「低血圧の人を塩分摂取で正常血圧に上げる」効果を主張している可能性についてはどうだろうか?

「そもそも改善すべき低血圧なのかは、一般の人が判断できません。素人判断で民間療法によって改善しようとするのは、血圧を異常に上げる可能性や、心臓の病気や腎臓の病気、血管の病気にもつながりかねず、かなり危険なことだと思います」

減塩は脳卒中や心筋梗塞を本当に減らすのか?

さらに、減塩は平均的に血圧の低下に影響するが、脳卒中や心筋梗塞などの病気を防ぐ効果があるかどうかは、学術界でも議論が分かれている(日本高血圧学会減塩委員会、減塩と心血管病発症リスクの項目)。

これについて、今村さんは「2021年9月に重要な論文がThe New England Journal of Medicineに掲載されました」と示す。

「普通の食塩(NaCl)の25%を、カリウム塩(KCl)に置き換えて、中国の脳卒中を患ったことのある人や高齢で高血圧の人に生活してもらい、置き換えなかったグループと比べると死亡率などが下がったという研究です」

「カリウムが効いたのか、ナトリウムの低減効果なのかはわからないのですが、とりあえずナトリウムを減らしてカリウムを増やす食生活で、重い病気のリスクを下げることはできそうだと示されました」

「塩の人」の主張する塩水療法では、少なくともナトリウムは減らないどころか増す。

「この塩水療法で健康になろう、というのは、このThe New England Journal of Medicineの結果やこれまでのエビデンスからしても考えられません」

今村さんが示したグラフによると、研究に用いられた代替塩(棒グラフの赤)に含まれるカリウムの含有量などは、日本の巷で手に入る“天然”の食塩から得られるとは考えにくい。

アトピー性皮膚炎や乾燥肌などへの影響は?

アトピー性皮膚炎や乾燥肌、便秘など、別の症状への効能についてはどうだろうか?

「論文を調べたところ、予想通り強いエビデンスはないのですが、厄介なのはまるでエビデンスがないわけでもないことです」と今村さんは言う。

例えば、中東の湖である「死海」の水に身体の一部を浸けて、アトピー性皮膚炎による乾燥肌の改善効果をみた研究がある。海塩や岩塩とはまったく成分が異なることに注意が必要だ(図の水色)。

「アトピーのある子どもの片腕を死海の塩水に、もう片方の腕を普通の水道水に浸けて経過を見ているのですが、塩水に浸けた方が改善したという結果が報告されています」

「確かに面白いですし、こうした断片的なエビデンスが塩の効能の主張につながっているのでしょう。ただこうした研究やエビデンスに基づいてアトピーには塩水を擦り込めばいい、という療法につなげることは無理があります」

塩の人はSNSでの発信で「エビデンスはないが」と前置きを入れているのが特徴だ。

「こうした突拍子もないような代替療法の元をたどると、たいてい関連した論文があるので非常に厄介です。おそらく塩の摂取を勧めるような人の多くはこうした論文さえ知らないでしょう。トンデモ医療のインフルエンサー医師の影響を受けているようですから、それを自分の主張の根拠としているのだと思います」

今のところ「死海の塩」も含めて塩水を用いたアトピー性皮膚炎などの症状改善は十分な根拠がないと考えられている

便秘や腸内環境への効果は? ミネラルの効果を想定?

さらに「塩の人」は便秘や腸内環境の改善など、消化器系の効能もうたう。

「どういう考えに基づいた主張かは推測できます。酸化マグネシウムは便秘薬としても知られており、そのマグネシウム効果をつまみ食いする形で、マグネシウムが多い塩は便秘や腸によいだろう、と想像して言っているのだと思います」

いわゆる“天然塩”にはマグネシウムは多く含まれているのだろうか?

「そうした塩の種類によります。大まかに分けると海の塩と岩塩はまったく組成が違います。海の塩はマグネシウムが比較的多いようですが食塩ごとのばらつきが大きいです。例えば宮古島の雪塩などはとても多いようですが例外的です。一方でヒマラヤ山系などで採れるピンクソルトなどの岩塩はそれほど多くありません」

「その宮古島の雪塩を5グラム摂取しても、私たち日本人の食事摂取基準で1日に推奨されているマグネシウム量の半分に届くくらいです。ただ、にがりと合わせれば臨床試験で効果を示すようなサプリメントと同等くらいにもなり得るので、マグネシウム単体で考えれば一概に無視できないとはいえます」

「しかし、日本人は1日10グラムほどの塩分を平均的に摂取しています。それに加えるものとして3、4グラムの塩を他のミネラルが豊富だからといって摂る理屈は成り立ちません。確かにマグネシウムの摂取量は推奨される量になりますし、人によっては便秘などに効くかもしれません。しかし、ナトリウムは摂り過ぎになります」

「塩の人」は2リットルの水に天然塩5グラム、にがり5ccを入れた塩水を使う療法を勧めているが、「便秘への効果は、お腹を下した結果であったり水をたくさん飲んだ影響も考えられます」と今村さんは指摘する。

「わざわざ塩をぶちこまないで、ただ水を飲めばいいじゃないかと言いたいです。デトックスもたくさん水を飲むことによる排尿の効果ではないでしょうか? 」

「多くのミネラルを水分と一緒に摂り、電解質のバランスを取るとか、骨の代謝との関係でpHの話と結び付けているものと思います。にがりも入れろと言っていますが、にがりはナトリウムは少なくマグネシウムやカリウムの含有量が高いものなので、5ccの摂取で1日の推奨量の半分ぐらいにもなり得ます」

「そうしたミネラルの摂取だけに着目すれば、にがりを少量摂るのはそんなに悪くないように思います。でもナトリウムと一緒に摂る必要はまったくないというところに結局、帰ってきます。この塩水療法ではナトリウムの悪影響の方が勝ってしまうかもしれません」

ちなみにグラフの赤い線は、先に紹介した代替塩の成分量だが、他の“天然塩”ではここまでカリウムは含まれていないことがわかる。 “天然塩”の摂取から、この論文で示されたような死亡リスクの低減効果までも期待するのは難しいのだ。

手を加えない自然が安全だとは限らない

さらに、今村さんは“天然塩”を崇める主張に対し、「自然のものはかえって、重金属や微生物などに汚染されていることもあります」と注意を促す。

「岩塩などは、その土地の地質に含まれている金属量が影響します。例えばモンゴルのある地域では、岩塩に含まれるヒ素や水銀が基準値を超える量で、身体への影響が懸念されると報告されています

BuzzFeedでも海塩がマイクロプラスチックに肉眼で見えないレベルで汚染されていることを以前、紹介した

「加工されたものには、企業に都合のよい何かが潜んでいるというような陰謀論に近い疑いがあるのだと思います。そして昔ながらの塩造りに則った方が、あるいは自然に手を加えない方が身体にいいと考えているのでしょう」

「また自然に神が宿る、それを汚してはならないと考える私たちのスピリチュアリティにも合っているのだと思います」

自分にとって美味しい、幸せな食生活を守るために

こうした検証を総合すると、私たちは塩とどのような付き合い方をするのが健康的なのだろうか?

「栄養疫学の立場からすると、なるべくナトリウムの摂取量を下げることを考えた方が良いのは間違いないです。またミネラルを野菜や雑穀、果物、魚、海藻、ナッツ、豆類などの食事から摂ることを考えたいですね」

ただし腎臓病などでカリウムの摂取を減らした方がいい人もいる。

「自分の判断で特定の栄養素の量を増やしたり減らしたりすることには注意が必要です。またナトリウムの摂取量に気をつけていても高血圧になる人はいるので、その場合は、できれば医師や管理栄養士といったプロと一緒に改善方法を考えた方がいいです」

「少なくともSNSで出会った独自の療法に従うのは危険です。確かにたくさん試した人がいれば、この療法をやって調子が良くなる人も中にはいるかもしれません。でもその療法のおかげかどうかはわかりません。こうした健康法に手を出す人は、たいてい他にも体に良さそうなことをやっているからです」

さらに広い視野に立てば、血圧を下げたり、特定の数値や症状を抑えることが必ずしも個々人の幸せにつながるとは限らない。

「例えば減塩で1年寿命が延びるという研究があったとしても、それは平均で1年であって、人によっては5年かもしれないし、1ヶ月かもしれません。栄養疫学の研究が示してきたのは、できるだけ健康でいる期間を延ばすために、こういう食べ物が良さそうですよ、こういう努力ができますよということまでです」

「でも個人の視点で言えば、こういう食生活が楽しい、美味しいということが大事でしょう。私たち科学者はそこまでのエビデンスを提供できるところまで至っていません。しかし病気になれば、その食生活も楽しむことができなくなるかもしれません」

「ですから私たちが言えるのは、『健康に関わる食のエビデンスとしてはこういうものがありますが、あなたが幸せを感じていられる食生活を模索するために参考にしてください』ということです。SNSで見かけた療法で、大事な食生活や健康を乱されないように気をつけてください」


※図の説明:ピンクソルトは関連論文にミネラル組成が紹介され、さらに日本のAmazon.co.jpの検索でも上位に現れるものを2種選んだ(Chef’s Choice, Murray River Gourmet)。海塩については日本海、太平洋、沖縄の地域から組成の紹介があるものを選んだ(珠洲の海海の精雪塩)。死海については英国のサイトから得た。測定値の妥当性、ばらつきに関する情報が欠けていることが多く、死海の塩Nealらの論文の情報から表示された値の10%以上のばらつきがあるものと考えたい。

【今村文昭(いまむら・ふみあき)】ケンブリッジ大学医学部MRC疫学ユニット上級研究員

2009年、米国タフツ大学で博士号(栄養疫学)取得。2009〜13年、ハーバード公衆衛生大学院 Dept Epidemiol リサーチフェロー。2013年より現職。