• medicaljp badge

「早期からの緩和ケア」日本で広がらないのはなぜ? 苦痛を我慢する文化がある日本

国のがん対策推進基本計画に盛り込まれながらも、なかなか広がらない「早期からの緩和ケア」。なぜ「苦痛を取りたい」という切実な願いが実現しないのでしょうか? 早期からの緩和ケアを掲げるクリニックの院長、大津秀一さんに話を聞きました。

国のがん対策推進基本計画にも盛り込まれ、誰でも受けられるように広められているはずの「早期からの緩和ケア(診断時からの緩和ケア)」。

しかし、現実にはそうなっていません。

心身の苦痛を和らげたいというがん患者さんの願いに応えられるように、民間団体が全国で「早期からの緩和ケア」を受けられる施設のリストを公開しましたが、地域にも偏りがあり、医療者の意識にも差があります。

どうしたら、治療の初期から苦痛を我慢せずに済むようになるのでしょうか。

BuzzFeed Japan Medicalは、東京都内で「早期からの緩和ケア」を掲げたクリニックを開いている緩和ケア医、大津秀一さんに話を聞きました。

緩和ケアを受けたいのに、なかなかかかれない現状

——先生のクリニックに来る患者さんはどういうルートでたどり着いているのですか?

僕のウェブサイトや本などをご覧になった皆さんから問い合わせがあって、受診してもらっているのがほとんどです。記事(前編後編)にもありましたが、今は緩和ケアにかかること自体が大変な状況です。

患者さんが受けたいと言っても、主治医から「まだそんな段階じゃない」と言われたり、患者さんが「紹介状を書いてくれ」と言っても、「自分が緩和ケアをするから」と主治医に言われてしまったりする。

やっとたどり着いても「うちの病院では終末期しか診ません」と言われたりします。

表で掲げられている理想と現実は違うので、個人単位で見るとかかれない人がとても多いです。

本来は自分がかかっている病院で緩和ケアにつながれればいいのですが、僕のところには「どうやったら早期からの緩和ケアを受けられるか」という相談もきます。またはご自身で一通り探してみたけれども、受診が叶わないということでご連絡いただくケースが多いです。

治った人も「再発不安」でかかる外来

——先生のクリニックでは早期の人が多いのですか?それとも満遍なくですか?

満遍なく来ます。早期からのケアを掲げていても、結局は遅めにかかる方が多いのが緩和ケア外来の特徴です。もっと早くご相談いただけたら良かったなというケースは多い。

ただクリニックを開いて驚いたのは、ステージ4の早期から受けるのが一般的ですし、継続的に診ているのは進行がんの患者さんが中心なのですが、割と再発不安の方がかかることも多いことです。大学病院の緩和ケアではあまり出会わなかったケースです。

——「再発不安」とは、治療していったんがんが見えない状態になったけれど、再発が不安という方ですか?

そうですね。一度治療としては完結していたり、術後の抗がん剤などをやりつつ、基本的には根治のコースに向かっていたりする人です。それでもやはり「再発するのではないか」「転移するのではないか」という不安を抱える人のご相談があります。

——再発不安まで含めると、治った人、寛解(がんが検査では見えなくなった状態)に至った人も緩和ケアの対象と考えていいのですか?

診断時からの緩和ケアという考え方に基づけば、当然そのまま治療して治る人もいます。生命を脅かす病気が対象ではありますが、治らないことが条件になっているわけではありません。「治る人も結構いますよ」というと驚かれます。

——再発不安の人にはどんなケアをするのですか?

基本的には話を聴きます。その上で、検査をもっとやった方がいいのか、再発しやすい生活習慣はないのかなど具体的な対策も話し合います。

そういうことは治療医にはなかなか相談できないですし、治りつつある患者は「贅沢な悩み」だと受け取られて、なかなか悩みを打ち明けづらい。

そういう理解されにくい不安を相談できる場所として機能している面はあります。こういう患者さんは、いずれ自分の心の落ち着くところを見つけて卒業していく人が多いです。

——進行がんの患者さんは、どこか別の病院に治療に通う合間にクリニックで緩和ケアを受けるというイメージですか?

そうです。必要がある時は治療医とコミュニケーションを取りますが、取らないこともあります。患者さんから「主治医には言わないでほしい」と頼まれるケースもあります。「緩和ケアなんて必要ない」と主治医に突っぱねられた患者さんなどです。

主治医に伝えることを勧めますが、主治医にもいろいろなタイプがいるので、緩和ケアを受けていることを話しにくい人もいるようです。

外来での緩和ケアが診療報酬上、評価が低い問題

——国は診断時からの緩和ケアを「がん対策推進基本計画」に盛り込んでいるにもかかわらず、がん治療では有名な病院でも広まっていないのはなぜだと思いますか?

複合的な要因があるのだと思います。

患者さんや家族が早期からの緩和ケアというものがあることを知らない、という問題がまず大きいです。

普段から意識的に調べている人は知っていますが、治療がかなり長くなってから「こんなことがあると知った」という患者さんが多い。病院や主治医から情報提供もされず、緩和ケアは終末期のものだと勘違いしているケースが多いです。

もう一つ、無視できない問題は、診療報酬が低いことです。例えば、「外来緩和ケア管理料」という診療報酬がありますが、医療用麻薬を処方していないと付けられない欠点があります。

病院だと外来診療料しかつかないので、700円ぐらいにしかなりません。緩和ケアの外来は時間をかけないとならず、5分や10分でその人の苦痛を聞き出して対処するのは難しい。

それなのに、大学病院で1時間患者さんや家族の話を聴いて700円だと、手を出しづらい病院もあると思います。しかもこの外来緩和ケア管理料は地味に減っているのです。国は推進していると言いながら、なぜ報酬を減らすのでしょう。

一方で「緩和ケア診療加算」というものがあって、入院している人を回診すると緩和ケアチームに入るお金があります。そちらは3900円もつき、時間の縛りもないので、回診して「調子はどうですか?」「はい元気です」と一言交わしただけでも3900円が入ります。

費用対効果を考えると、外来でじっくり話を聴くより、病棟でさっと回診する方が圧倒的に収益が上がります。外来診療の報酬が低いことと、医療用麻薬を出していないと管理料さえ取れないということが、経営的に緩和ケア外来をしづらい状況があるのだと思います。

どこの病院でも緩和ケア外来を拡充する大きなうねりが起きていないのは、そういう経営的な事情もあると思います。

保険外併用療養費、オンライン診療を利用した工夫

——先生のところではどうやって経営を成り立たせているのですか?

私のクリニックでは「保険外併用療養費(保険診療と併用できる自費診療)」を予約料としていただくことで、1時間は確実にお話を聴く診療方法を取っています。

——いくらぐらいですか?

初診は2万4800円、再診からは1万800円です。

——ある程度、経済的に余裕がある人でないと難しい金額ですね。

3ヶ月に1回など、なるべく間隔をうまく開けたりして対応しています。その結果、北は北海道から南は宮崎まで受診していただいています。一度相談を受けて、地元に紹介できるところがあればつなぐこともありますし、オンライン診療も使っています。

——緩和ケアがオンラインでできるものなのですか?

確かに難しさはありますが、やれないことはないです。地方だと緩和ケア医も少ないですし、話を聴くだけでも、とても喜んでもらえることがあります。

——早期からの緩和ケア外来を持つ医療機関のリストを見ると、名古屋や東北などが薄いことが分かりましたが、そういうところからも来るのですか?

名古屋の人も定期的に相談に来ていますし、東北からも何度か相談を受けたことがあります。うまくつなげるところがあればそうしていますし、地元ではやはり難しいとなれば、私が継続的に診ています。

医学教育で緩和ケアを学んでいない世代も

——早期からの緩和ケアを阻む壁として、まだ患者に知られていない、経営として成り立たないという問題を挙げられていましたが、医師自身が早期からの緩和ケアという概念を知らないということはないですか?

それも問題としてあります。早期からでなくても、緩和ケア自体をあまりよく知らない医師は多い。そもそも2001年卒業の私ぐらいの世代は、医学教育で緩和ケアを学んでいません。

がん対策基本法は2007年に施行されていますので、医学教育に本格的に組み込まれたのはそれ以降です。それ以前に医学教育を受けた医師とそれ以降の医師ではかなり認識も知識も違うと思います。

上の世代だと、「緩和ケア=末期」という考えの人も多いです。患者さんが「緩和ケアにかかりたい」と訴えた時に、「まだ君はその段階ではない」と言ってしまうのは、上の世代であることも多いと思います。そんな医師が最初の壁になっているのです。

比較的若手だと、緩和ケアの研修プログラム(PEACE)を受けている人も多いので、終末期だけのものではないとわかっています。個人差はありますけれどもね。

苦痛を我慢する文化がある日本?

——日本の医療は全般的にハイレベルだと思いますが、分娩や生理痛なども含めて痛みの緩和に関しては後回しにされていますし、患者側も我慢するのが当然と思っている気がします。なぜでしょうね。

そういう文化があるのでしょうね。日本の文化では苦痛を話すことが「弱音を吐く」と受け止められがちでしたし、「苦痛は自分の精神力でなんとかするもの」という思い込みも強い気がします。

周囲に言うこともマイナスに捉えられやすい文化的な背景があるので、みんなギリギリまで我慢してしまいます。

私が医者になった時も、我慢強い患者さんばかりで、なぜみんなこんなに我慢するのか不思議に思っていました。中には「痛みの強さでがんの進行具合がわかる」という患者さんもいました。最近はさすがに減りましたが、「医療用麻薬はいらない」と拒否する人もいました。

昔、消化器内科にいたのですが、外国人の方は内視鏡をやっても痛みを絶対我慢しません。日本人はうめきながら我慢します。そんな文化的な背景はありそうです。

苦しさは普通に周囲に訴えて、対処される社会にならなければいけないと思います。緩和ケアに限らず、自分の大変さやつらさを上手に周囲に伝えられるようになることが大事だと感じます。

緩和ケア難民となっていた40代の患者 どんなタイミングでも受けられる場所を

——先生は「早期からの緩和ケア」を掲げて開業したそうですが、なぜ早期からの緩和ケアが必要だと思ったのですか?

肺がんが脳転移した大阪の40代の男性患者さんと知り合ったことがきっかけでした。この方はがん診療連携拠点病院を受診して、「あなたはまだ緩和ケア対象ではない」と言われてしまったのです。体の痛みがコントロールされていたからです。

ただ彼はまだ10代前後の子どもが二人いて、自分は死ぬとわかってはいるけれど、それまでどう過ごすべきか、何を家族にしてあげられるのか悩んでいました。そういうことを聴いてくれる場所を求めていたんです。

でも拠点病院では断られ、緩和ケアで有名な病院に依頼しても断られました。そうした状況を書いている彼のブログをたまたま私が見つけたのです。普段、こうした患者のブログにこちらから連絡を取ることはないのですが、自分にとっても拠点病院が断ったのは衝撃だったので、連絡してみました。

そして大阪の精神腫瘍学の外来に彼を紹介し、そこで相談にのってもらうことができました。遠く離れた自分に何ができるのかと思ったのですが、対応してくれる病院の情報を知っているのは専門家だけなので、つなぐだけでも大きな力になる。

彼はその後1年ぐらいで亡くなったのですが、最後にやりとりした時に、「自分達の世代では無理でも、自分達の子どもの世代になったら早期からの緩和ケアが当たり前になってほしい」と言われたのです。

それが心に残り、がん治療中のどんなタイミングでも緩和ケアの受け皿がないとまずいのではないかと痛感しました。オンライン診療も解禁の動きが出てきたので、誰でもすぐに相談できる場所が必要なのではないかと思って、2018年に開業したのです。

「早期からの緩和ケア」という言葉自体も広めたいと思って、クリニックの名前にもしたのですね。

緩和ケアクリニックやオンラインのサービスも

——早期からの緩和ケア外来がある医療機関のリストができたことはどう思われましたか?

もちろん可視化されることは重要です。そもそも早期から緩和ケア外来を受診できることを知らない人がたくさんいるので、素晴らしいと思いました。

一方で、患者団体の声を取り上げたBuzzFeedの記事も読みましたが、かかりたいのにかかれない患者さんがたくさんいるのが現状です。

あのリストはまず病院だけでしたが、私のような緩和ケアの外来をやっているクリニックも色々とありますし、今後、このリストに登録されていくと思います。我々のような専門クリニックが病院で診られない人をカバーしていくことも重要です。

もちろん治療している病院で全て完結できればいいのですが、早期からの緩和ケアが広まるには難しそうな現実もあります。治療している病院以外でも使えるところがあれば使うと割り切って、苦痛を我慢しないでいただきたいと思います。

私も香川県にある「みのりクリニック」と連携して、どこからでも緩和ケアを受けられるオンラインのサービス「どこでも緩和」ネットワークを提供しています。実はさまざまな受け皿があるということも知ってほしいなと思いますね。

また早期から緩和ケアにかかっていると、インチキな医療にかかるリスクも下げられると思います。

苦痛の中で「もっと良い治療が受けられないか」と探し、「副作用がない」「末期でも治る」という偽りの希望にすがって、経済的にも心身にも大きな被害を受けてしまうがん患者さんは後を絶ちません。

そうしたインチキな医療は、一見、優しく対応して不安の中に置き去りになっている患者さんの受け皿にもなっている側面があります。

ここに通っている患者さんからも怪しい代替療法の相談を受けることはありますが、しっかり医師が傾聴して相談にのれば、ほぼ100%の人がそういうものを選ばずに済みます。早期からの緩和ケアは苦痛の「予防」も含むと言われますが、インチキな医療に引っかからないための予防にもなり得ます。

早期からの緩和ケアは、本人の意思決定を支える伴走者にもなれるはずです。

【大津秀一(おおつ・しゅういち)】緩和ケア医、早期緩和ケア大津秀一クリニック院長

茨城県出身。2001年、岐阜大学医学部卒業。2006 年度笹川医学医療研究財団ホスピス緩和ケアドクター養成コース修了。内科専門研修後、2005年より3年間京都市左京区の日本バプテスト病院ホスピスに勤務したのち、2008 年より東京都世田谷区の入院設備のある往診クリニック(在宅療養支援診療所)に勤務し、入院・在宅双方でがん患者・非がん患者を問わない緩和医療、終末期医療を実践、2010年6月から東邦大学医療センター大森病院緩和ケアセンターに所属し、緩和ケアセンター長を務める。2018年8月、早期緩和ケア大津秀一クリニック開設。

著書に『間違いだらけの緩和薬選び』(中外医学社)、『世界イチ簡単な緩和医療の本』(総合医学社)、『誰でもわかる医療用麻薬』(医学書院)、25万部ベストセラー『死ぬときに後悔すること25』(新潮社)、5万部ベストセラー『死ぬときに人はどうなる10の質問』(光文社文庫)、『大切な人を看取る作法』(大和書房)などがある。