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タバコフリーの五輪は実現するか? 東北大の全キャンパス全面禁煙に力を尽くした医師は語る

呼吸器科医で、東北大の統括産業医でもある黒澤一さんインタビュー後編です。東京都の受動喫煙防止条例の意外な評価とは?

たばこが原因の呼吸器疾患の専門家で、東北大学の統括産業医でもある黒澤一さんのインタビュー後編は、東北大の全キャンパス敷地内全面禁煙を実現した道のりと、2020年の五輪開催地となる東京都の受動喫煙防止条例について伺いました。

東北大の全キャンパスを敷地内禁煙にした黒澤一さん
Naoko Iwanaga / BuzzFeed

東北大の全キャンパスを敷地内禁煙にした黒澤一さん

東北大の全キャンパス敷地内全面禁煙、どう実現したか

——ところで、東北大の全面禁煙はどう実現したのですか?

話せば長くなるのですが、元々東北大学病院の呼吸器内科で医者をやっていた私は、喫煙によって起こるCOPD(慢性閉塞性肺疾患)を専門としていました。

2000年に大学の人事で福島労災病院に出まして、その時の新任挨拶を始めようとした瞬間に、一番前のテーブルに座っていた人がライターでたばこに火をつけたんです。当時は院内であっても吸えていた時代ですが、そこで何かのスイッチが入ってしまって、「まず院内を全面禁煙にします」と所信表明したんです。

みんなポカンとしていましたけれど、後ろの方でわーっと拍手が起きたのを見逃しませんでした。煙に悩まされている人はたくさんいたのだと思います。翌年には当時の院長はじめ、みなさんの同意を得ることができて、建物内禁煙になりました。

その時に、時間があったので思う存分禁煙の勉強をすることができました。2002年に再び大学に戻った時に、推薦されて大学病院の喫煙対策委員会の委員になりました。

この時、僕は東北大学病院を一気に建物内禁煙を飛び越えて敷地内禁煙にしようとしたのですが、職員にアンケートをとった結果、衝撃的なことに、喫煙者だけでなく非喫煙者からも反対の声が上がったんです。

「非喫煙者が喫煙者の権利を奪うのはやりすぎじゃないか」という声でした。非喫煙者に対する啓発も必要だったのです。コンセンサス不十分で時期尚早と断念し、その時は建物内禁煙で決着しました。

ところが、案の定、建物内禁煙にしたら、建物を一歩出たところで吸う人が出てきました。救急の出入り口でさえです。煙幕の中を救急搬送された人が入ってくる。それはさすがにまずいのではないかと、2006年には病院の敷地内禁煙を実現しました。

東北大学病院のウェブサイトに書かれている敷地内、病院周辺地域の禁煙のお知らせ
東北大学病院

東北大学病院のウェブサイトに書かれている敷地内、病院周辺地域の禁煙のお知らせ

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禁煙範囲を拡大

2010年には大学の統括産業医になり、ちょうど大学の中期計画を決めるタイミングだったので、「大学敷地内全面禁煙」を打ち出しました。事務方は乗り気ではありませんでした。「そんなのできるはずない」と思われていましたし、達成できない目標を盛り込むことを嫌ったのだと思います。

それでも、当時のセンター長の理解もあって、「健診受診率100%」と「敷地内全面禁煙」を中期目標になんとか採用してもらい、大学の幹部による会議の議決を得て、2010年10月には「キャンパス全面禁煙宣言」を大学総長から出してもらいました。そこから1年経って、全面禁煙を達成しました。

東北大のキャンパス内に掲げられた全面禁煙の表示
黒澤一さん提供

東北大のキャンパス内に掲げられた全面禁煙の表示

——スムーズですね。

決してそうではありません。大学病院での教訓から、大学周囲も禁煙ということを当初から呼び掛けていたはずでしたが、それでも、敷地内全面禁煙となってから、隣の公園や大学を一歩出たところで吸う人が出てきたんです。

近隣から苦情もいただきましたし、学内ではその対応に追われました。「子供のいる場所だから」ということだったと思います。仙台市の判断で、結局、公園全体が禁煙になりました。

一方、「道路は禁煙にできない」というのが仙台市側の回答でしたから、その代わりに「一方的に働きかけるだけなら」と認めてもらって、大学の周りを歩いて声をかけたり、看護師さんにも協力してもらって、見舞いに来る家族や出入りの業者さんにも大学の周りで吸わないよう呼びかけたりして来ました。

ゼロとは言いませんが、以前の喫煙者鈴なりの状態はかなり改善し、だいぶん浸透して来ています。

喫煙と受動喫煙を分けるべきではない

——たばこの議論になる時、喫煙と受動喫煙は分けて考えようという話になります。まずは望まないのにたばこの被害を受ける人からなくすべきだと。

いや、それは大間違いです。本来、同じく論じられなくてはいけません。喫煙と受動喫煙を分けるのは、要するに、「喫煙を望む人には吸わせよう」という考え方に忖度するからです。財務省が管轄する「たばこ事業法」という法律があるため、たばこ販売は国策です。厚生労働省が「喫煙対策」と正面切っては言えない事情があるのかもしれません。

——「たばこを吸う権利だってあるじゃないか」「不健康になる権利、愚行権だってあるじゃないか」と喫煙者は反論するでしょう。

少なくとも、たばこを吸う権利を明文化した法律はありません。しかし、最高裁の判例があって、それは監獄でたばこを吸わせないのは基本的人権の侵害だというものでした。

その判例は結局、喫煙の権利は、基本的人権の一つとして認められるかもしれないとしつつも、いつでもどこでも認められる性質の権利ではないとされています。つまり条件つきです。その場の管理者が吸ってはいけないと定めていたら、禁煙を守らなくてはいけません。

——よく引き合いに出されるアルコールも、体に悪いとわかっていても飲みます。たばこと同様、禁止されてもいません。

現在、日本医師会や、厚生労働省からアルコール1日摂取量の適量が示されています。つまり、ある程度までの許容量があるのです。

一方、たばこは許容量がありません。1本でも吸うことは許容されていません。発がん物質には許容量として、それより多い場合はだめというラインが引かれているものもあるのですが、発がん物質としてのたばこの煙については、許容量はありません。

自分で喫煙することでも受動喫煙でも、ちょっとでもあったらだめなんです。全世界の保健衛生関係者の常識だと思います。

——「1日1本までならよしとしよう」などと自分でコントロールできないものなんですね。

元来、アルコールとニコチンでは、依存の起こす作用の強さが違います。

アルコールの場合は、ものすごくいっぱいアルコールを消費しなければ、アルコール依存症にはなりません。2、3日連続で深酒したからって、日中アルコールを飲まないと手が震えるほどになるかと言えば、そうはなりません。

ところがニコチン依存症は、数本続けてたばこを吸ってしまうと依存になってしまう可能性があります。ニコチンの依存を起こす力はアルコールに比べて桁違いに強いのです。ですから、そういう意味でも、いくら少しだといっても吸ってはだめなのです。

もちろんお酒も発がんに関係していますし、酔って事故を起こすこともあるので、節度を持って飲むことが奨められるのですが、ニコチンとは全く事情が異なる点があるわけです。

財務省と厚労省 日本の政策の矛盾

——ところがたばこは麻薬のように法律で禁じられていません。それほど依存性が高くて、健康に有害であることもはっきりわかっているのに、コンビニでもどこでも自由に買えます。吸うか吸わないか個人の裁量に任せているのに、矛盾していませんか?

厚生労働省と財務省が相反した立場です。確かに日本の中でも矛盾した政策になっています。財務省はたばこ事業法に即してたばこを売ろうとするし、厚労省は健康目標がある限り、たばこをやめさせようとする方向です。

この日本の政策の矛盾は、日本のリーダーが見識をもって解決すべきではないかと思います。

喫煙率低下の目標を掲げながら、たばこを売ろうとする政策の矛盾がある
時事通信

喫煙率低下の目標を掲げながら、たばこを売ろうとする政策の矛盾がある

——ところがそのリーダーである政治家たちは吸っている。

そうです。今回の法案では、官公庁ではなく「行政機関」となっていることから、立法府である国会は対象外であると読めなくもありません。国会はなかなか正論が通らず、システムが硬直化していて大変なところだと思いました。

そうであってもやはり、議員さん一人一人がちゃんとたばこの害を理解したうえで、国民のためにこうしなくちゃいけないのだ、と国民をリードして法案を作ってくれることを私は望んでいます。

タバコフリーの五輪は実現するか

——東京都は東京オリンピック・パラリンピックに向けて、受動喫煙規制を広げた条例を作りました。

言わせていただくと、一勝一敗ですね。敷地内禁煙の範囲が広がっているし、従業員のいるところは吸えなくなっているので、そこは厳しくなって一勝。ただ、加熱式たばこは緩和されているので一敗。

——たばこフリー五輪は実現できなそうですか?

そこが微妙なところで、他の国でも名目上は完全禁煙を定めているのに、実質あまり徹底されていなかったことがあるんです。

日本で東京のような都市が、実質、条例を徹底して実行したら、もしかしたら今までの五輪で一番空気が綺麗になるかもしれない可能性はあります。

受動喫煙防止条例について説明する小池百合子都知事
時事通信

受動喫煙防止条例について説明する小池百合子都知事

例えば、外で吸ってはいけない千代田区の条例ができた途端、今、東京に行くと誰も歩きたばこをしていないんです。趣味で東京と仙台で、スタバなどの外で路上喫煙する人を数える観察をしているのですが、どちらもほとんど吸っていません。

——となると、今回の条例は中途半端とはいえ、かなり実効性のある規制になるかもしれないのでしょうか?

道路も吸えなくしている条例があちこちにありますからね。一応、広い範囲で敷地内禁煙になるし、従業員のいるところはほぼ全て禁煙になるし、ひょっとしたら良い環境になるかもしれません。わからないですけれどもね。

もう一つ、オリンピックの会場は東京だけでなく、千葉や埼玉、神奈川、宮城、福島などに広がっているので、東京都並みの条例ができればいいですね。これは日本オリンピック委員会などが呼びかけるべきだろうと思いますが、今のところその動きは全体には広がっていません。

国の法案はもしこのまま通すなら、5年と言わずすぐに見直しを始めるべきだと思います。それを待たずに、全国の自治体で東京都並みのたばこ規制が広がっていくといいですね。

【前編】「全面禁煙に踏み切る店にこそ補助金を」 たばこが原因の病気に苦しむ患者を診てきた医師の言葉

Naoko Iwanagaに連絡する メールアドレス:naoko.iwanaga@buzzfeed.com.

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