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「全面禁煙に踏み切る店にこそ補助金を」 たばこが原因の病気に苦しむ患者を診てきた医師の言葉

呼吸器科医で、東北大学の統括産業医としてキャンパス敷地内の全面禁煙に力を尽くした黒澤一さんが受動喫煙対策のあるべき姿について語りました。インタビュー前編です。

喫煙は肺がんや呼吸器疾患など様々な病気の原因になり、他人が吐き出したたばこの煙も人を病気にする。

そんな病気を診てきた呼吸器科医で、約2万8000人の学生や教職員を抱える東北大学の統括産業医として全キャンパスの敷地内全面禁煙に力を尽くした黒澤一さん。

長年の喫煙が原因になり、桂歌丸さんが病んでいたことでも有名なCOPD(慢性閉塞性肺疾患)の診断と治療のためのガイドライン2018(日本呼吸器学会)の作成委員会委員長でもある。

現在審議中の健康増進法改正案をどう見ているのか。お話を伺った。

国民の健康を犠牲にして、一部の人の利益を優先していいのか

——東北大学の全面禁煙を実現したお立場からすると、国の今の受動喫煙対策の議論はどう見えるのでしょう。

たばこは、予防可能でしかも現在わかっている中で最大の疾患リスクです。

また、受動喫煙が、健康に影響があることは科学的に明らかな事実です。

米国のモンタナ州ヘレナ市で、レストランや酒場を全面禁煙にしたら、心筋梗塞の発生が激減したという研究があります。この研究で興味深いのは、また喫煙できるようにしたら、心筋梗塞が増えてしまったということです。

私が専門とするCOPD(慢性閉塞性肺疾患)は、たばこの有害物質が原因で肺に炎症を起こし、呼吸がしにくくなる病気で、ほとんどが長年の喫煙が原因です。

進行すると、息切れが強まり、生活の質が低下します。さらに重症化した場合には酸素ボンベを手放せなくなったり、人工呼吸器が必要になったりします。

私が診てきた肺がんやCOPDの患者さんは、必ずみんな「こんな病気になるとわかっていたら、絶対俺はたばこを吸わなかった」と言います。「好きなたばこを吸ってきたのだからしょうがない」という人は一人もいなかったと思います。

寿命を縮め、「知っていたら吸わなかったのに」と全員が後悔を口にし続けます。

そんなたばこを放置していいことは一つもありません。国はたばこ産業や飲食店経営者など税収や商業のことに配慮すると言っていますが、医師の立場からすると、国民の健康を犠牲にしてそちらを優先することはありえません。

ですから、どのような状況でも、全面禁煙が必要であると私は一貫して述べてきたわけです。

——世の中には様々な価値観がありますが、健康の方が経済よりも優先されると考えるのはどうしてですか?

私は医師ですので、他の価値のために健康を損なっていいという論理を受け入れるわけにはいきません。喫煙者の自己責任という考えもありますが、それは正常な判断ができるときのことです。

ニコチン依存症では、たばこに関して正常な判断ができなくなっています。医師の倫理に鑑みて、ニコチン依存症に対する治療的スタンスをとることが正しいと考えています。

別の視点では、国全体の経済の面でもたばこは大きな損失と考えられています。

たばこ関連の税収で2兆円だとか、たばこ屋さんなどの経済波及効果で2兆5000億円だとか言われ、たばこによる経済効果は多くともたかだか3兆円と見積もられているようです。

しかし、医療経済研究機構などによると、たばこによって、肺がんになったり心筋梗塞になったり、うつ病になったりする医療費、たばこの火の不始末で火災になったり、喫煙者が早死にしたりします。その分、仕事で有能な働き手がいなくなる損失なども加えて推計すると、7兆か8兆円になるそうです。年間、それぐらい日本はたばこでマイナスを被っているのです。

長期的にも短期的にも、人の健康を考えてみても、たばこは国にマイナスをもたらすのに、ごく一部の利害関係者のプラスに配慮して国民全体に損をさせているのは理解できません。

「決める人」がニコチン依存症で正常な判断ができない

——なぜ、そんなマイナスの政策がとられているのでしょうか。

一つは利害関係者の意見が強く、マスコミでもその論調が反映されることが多いこと。もう一つは、国の政策を決める政治家たちにニコチン依存症の人がいらっしゃるのでしょう。その2点以外、思いつきません。先日の国会でのヤジが象徴的な出来事でした。

——衆議院厚生労働委員会で、自民党の穴見陽一議員が、参考人として意見を述べていた肺がん患者の長谷川一男さんに、「いい加減にしろ!」とヤジを飛ばした件ですね。やはり参考人として出席していた黒澤さんもヤジを飛ばされたと聞きました。

文言まではわからなかったのですが、ヤジだろうなというのはわかりました。こういう話をする時に野次られるのは慣れています。それにしても、意見を聞くために招いた参考人にヤジるというのはどう考えても普通ではありません。

たばこに関して正常の判断ができなくなっている状態でしょうから、かなりの確率で喫煙者であり、ニコチン依存症だと思いましたので、腹もたちませんでした。

ニコチン依存症になると、脳に変化をきたして、ニコチンを体に入れないと脳が正常に働かなくなるのです。仕事の能率は落ち、感情の変化も極端になります。私にヤジを飛ばしたのはどの議員かはわかりませんが、そういう議員はニコチン依存症の患者さんとして、治療的な視点で諭してあげるほうがいいというのが私の意見です。

それから依存症になると、依存しているものやことに対する考え方に歪みが生じます。アルコール依存症の人に「アルコールは身体に毒だよ」と言っても、「俺には必要なんだ」とか「アルコールで死ぬ奴はいない」と言いがちです。

ニコチン依存症でも、「俺は肺がんにはならない」と根拠のない言い訳をしたりするわけです。

それは体がニコチンを欲しがるあまり無意識のうちに、害を過小評価したり、喫煙行為自体を過大に正当化したりしがちになるからです。また、場合によって、被害者感情のようなものが強くなり、キレやすくなるなど、妥当な判断ができなくなったりもします。

——そういう人たちが受動喫煙対策を議論しているのですね。

先日、国会議員さんたちに聞いてきたところによると、発言力の強い議員の方々には喫煙者が多くいらっしゃるそうです。そういうところに、禁煙に関する法律を求めても、人への被害は軽く考えるし、「たばこは嗜好品」「ストレス発散に役立つ」と誤った認識の下で議論が行われてしまうし、というようなことが当然起こっているわけです。

正しいことがニコチン依存によって曲げられてしまい、修正されずに法案になってしまっていることは、国のリーダーの責任として重大に考えていただく必要があると感じます。

「喫煙所の設置ではなく、完全禁煙にインセンティブを」

——今回の法案では、喫煙所の設置に補助金をつけると盛り込まれています。これに反対されていますね。

労働安全衛生法の改正があった時も、職場に喫煙所を作ったら半額補助するという条項があって、私は反対していました。むしろ、完全禁煙に踏み切る方にインセンティブをつけないと、日本の禁煙政策は進んでいきません。

たばこを吸っている人がいくらやめようと思っても、吸う場所が用意されている限り、やめる機会を失ってしまいます。

国は、喫煙率を12%まで下げるという目標設定をしていながら、それに逆行する政策を作ることになります。喫煙所をなくすと、数%でも喫煙率が減るというエビデンスもあります。

喫煙者はニコチン依存症という病気です。アルコール依存症であっても、「アルコール依存症の人が周りに迷惑かけないように、ちょっとお酒を飲ませるところを作りましょう」とは言わないでしょう? 喫煙所を作るということは、それと同じ発想です。

——喫煙所を作る分煙は、受動喫煙対策から言っても不十分とされていますね。

そうです。受動喫煙を完全に防ぐ設備はできっこないですし、中に入って吸い殻などの掃除をする人や、喫煙ルームのホテルの部屋でリネンを替える人もそうですが、受動喫煙の被害は確実です。

JRの東北新幹線は最初から全面禁煙でしたが、東海道新幹線は喫煙室が残っていますね。東北新幹線がなぜ全面禁煙にしたかというと、車掌や車内販売の売り子さんの受動喫煙の防止のためだったと上層部が判断したと聞いています。

加熱式たばこ、紙巻たばこと別扱いするなら安全性を審査せよ

——加熱式たばこの取り扱いについても、専用の喫煙室を設けたら吸えるようにするという特別扱いの経過措置が取られています。紙巻たばこと同様に扱わなくていいのでしょうか?

加熱式たばこにもニコチンなどの有害成分は含まれていますし、紙巻たばこと同じように取り扱うべきです。人体に対する有害性がわかっていないと言われていますが、基本に立ち返ると、紙巻きたばこと同様、「たばこ事業法」の下で売られているのです。なぜ同じように扱わないのでしょう。

つまり、食品のように食品安全衛生委員会で審査された商品でも、体に作用する医薬品に近いものとして、PMDA(医薬品医療機器総合機構)で審査された器具でもない。

もし、従来の紙巻たばこと別の扱いをすると言うならば、こうした国の指定する然るべき機関で安全性を確かめ、安全性を担保してから売るべきです。

そもそも誰が安全だと認めて、誰が売るのを許可したのでしょう。有害な成分が色々含まれていることは研究されて出されています。でも、本来、それを僕たちが一生懸命調べるのはおかしい。20年後、30年後にこういう病気が出たとなった時に、誰の責任なんだと言うことです。

たばこ税を取っていても、安全性をちゃんと見ていないのが普通の紙巻たばこです。加熱式であってもたばことしてたばこ事業法の管轄下で売られているのだから、たばこと同じで構わないですし、特別扱いするならきちんと安全性を確かめてもらいたい。

喫煙の制限について大目にみるならそれでも構いませんが、何を根拠に大目にみるのかを示すべきだと思います。

【後編】タバコフリーの五輪は実現するか? 東北大の全キャンパス全面禁煙に力を尽くした医師は語る


【黒澤一(くろさわ・はじめ)】東北大学環境・安全推進センター教授(統括産業医)、東北大学大学院産業医学分野教授

1988年、東北大学医学部卒。福島労災病院第二呼吸器科部長、東北大リハビリテーション科講師などを経て、2010年4月より現職。専門は呼吸器と産業医学で、日本呼吸器学会「COPD(慢性閉塞性肺疾患)診断と治療のためのガイドライン2018」の作成委員会委員長も務めた。