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新型コロナのワクチン、妊婦はどうする? 妊娠中に接種したお医者さんはどうやって決めたのか?

日本でも接種が始まった新型コロナウイルスのワクチン。妊婦はどうするか迷っている人も多いのではないでしょうか。妊娠中に接種した米国在住の医師、内田舞さんは何をどのように検討して接種を決めたのかお話を聞きました。

日本でも2月17日から医療者の先行接種が始まった新型コロナウイルスのワクチン。妊娠中にうつべきか迷っている人も多いのではないでしょうか?

⽇本産婦⼈科感染症学会は1月25日、現時点で妊婦や胎児、出生児に対する安全性は確⽴していないとしながらも、「妊婦をワクチン接種対象から除外することはしない」とする提言を出しています。

米国在住の精神科医、内田舞さん(38)は色々なデータを検討した結果、妊娠中にうつことを決め、2回接種しました。予定日を過ぎて、少しずつ陣痛が来ているという内田さんにお話を聞きました。

妊婦はお腹の赤ちゃんへの影響を心配するもの 気持ちはよくわかる

ーー日本でもワクチンに関する講演会で、「妊婦さんの接種はどうする?」という質問や不安がたびたび聞かれます。

もちろん悩まないわけがないと思うのですよね。

妊娠中は軽い運動から食べることからお風呂に入ることまで何でも「子どもに影響を与えないか?」と心配してしまうものです。ワクチンとなるとさらにハードルは上がります。

悩まずにはいられないけれども、だからこそ重要なことでもあります。

ーーやはりお腹の中の赤ちゃんへの影響を一番心配してしまうのですね。

そうだと思います。私がうとうと思ったのはそのような影響はないだろうと判断できたからです。むしろいい影響の方が大きいのではないかなとも思いました。

昨年5月に妊娠に気づく

ーー妊娠に気づいたのはコロナ流行中だったのですね。

妊娠がわかったのは昨年の5月末です。アメリカでは、一番感染が広がっていたのは3月から5月半ばぐらいまでだったので、少し収まってきた時でした。

でも今後どうなるかわからないし、秋から冬にかけて第2波が来るだろうとも言われていました。

3人目が欲しいなとは思っていたのですが、実際に妊娠がわかると、「出産は第2波の真っ只中だろうな」「マスクで出産するのかな」「夫は病院に来れるかな」など次々に不安が湧き上がりました。

当時はワクチンがいつ頃開発されるかもわからなかったので、感染を心配しながら分娩時のスタッフと接しなければいけないのは嫌だなという不安も抱えていました。

ですから、ワクチンが12月に承認された時は、分娩の対応をしてくださる医療スタッフがみんなワクチンを受けている状況で産めるのはありがたいと思いました。

自分のワクチン接種を考え始める

ーーご自身の接種を考え始めたのはいつ頃ですか?

いいワクチンができ始めていると聞いたのが昨年の夏ぐらいです。私が妊娠中におそらく承認されるだろうとも予想がつきました。そのあたりからワクチンについて調べ始めました。

妊娠中にうつべきか、出産後にうつべきかを考え始めたのは8月ぐらいからです。少しずつ、薬の安全性と有効性を検証する臨床治験の中間データが出始めていました。ファイザー・ビオンテック社、モデルナ社、アストラゼネカ社、全て期待できるデータでした。

コロナ予防としては間違いなく良さそうですが、妊娠中にうつか、その後にするかは、ワクチンの仕組みから考え始めました。

ーー接種したのは1月7日と2月6日。間もなく出産ですから、少し待つという選択肢もなきにしもあらずだったのでは。

確かに1ヶ月半ぐらい待てば子どもは生まれるので、出産後の接種でもタイミングは大きく変わりません。

それでも出産中にうとうと思ったのは、ワクチンを接種しないリスクが大きかったからです。

妊娠中に重症化するリスク ワクチンをうたないリスク

ーーワクチンをうたないリスクを考えた時に、どんなデータをご覧になりましたか?

いくつか論文がありまが、アメリカのACOG(The American College of Obstetricians and Gynecologists、米国産婦人科学会)がいくつかの論文をまとめて妊娠中の感染のリスクやワクチンに対する考え方を提示しています。

Vaccinating Pregnant and Lactating Patients Against COVID-19(新型コロナウイルスに対する妊娠中および授乳中の患者へのワクチン接種)

例えば、妊娠中に感染した場合、ICU(集中治療室)での治療が必要になるリスクは通常の3倍〜5倍になります。ECMO(体外式膜型人工肺)による治療が必要になるリスクも3倍程度だと報告されています。

死亡率についても、妊婦だと妊娠していない人の1.7倍と報告されています。コロナに感染した妊婦さんが早産になった例も報告されています。

そもそも妊娠中は免疫が下がるので、感染しやすく、重症化しやすくなります。

コロナに限らず、妊娠後期は、物理的に赤ちゃんが横隔膜を押し上げているので、肺活量がとても下がっている状態です。そういう状態だと肺炎は悪化しやすいことがわかっています。

こういうデータを総合すると、妊娠中にコロナに感染するリスクはとても高いということがわかりました。

私の住むマサチューセッツ州はアメリカの中でも比較的感染が押さえられているところですが、周りにもコロナに感染したことのある友人がいます。患者さんの親御さんにも結構います。100人近い知り合いが感染している印象です。

その人たちから、「ここまで苦しんだことはない」と聞いています。重症化していないケースですら、何週間も続く熱があり、呼吸困難になり、その間、家族にうつらないように一人で部屋にこもり、ブルブル震えながら苦しむ。

私はインフルエンザにかかった時にとても苦しかったですが、3日ぐらいで回復しました。その状態が何週間も続くのは耐えられません。さらに、発症自体が私の赤ちゃんにどういう影響を与えるかも考えました。絶対に経験したくないことです。

予防としてできることは全てやろうという気持ちになりました。マスクも手洗いも人との距離を取ることもそうですが、その中の一つとしてワクチンをうちたいと思うようになったのです。

副反応のリスクについても検討

ーーまずは妊娠中に感染し、それが赤ちゃんに与える影響を考えたということですね。副反応についてはどのように検討しましたか?

まずは臨床治験のデータを見ました。ファイザー・ビオンテック社のワクチンの治験の最終結果と、モデルナ社のワクチンの治験の最終結果の論文をまずは検証しました。

この臨床治験に妊婦さんは含まれていないのですが、妊婦以外の大人の副反応は、他のワクチンや薬に比べて危険という印象はまったく受けませんでした。

副反応としてあるのは、倦怠感、発熱が1日ぐらい続くこと、うった部位の痛みです。私も2回目を接種した後に経験しましたが、全て1〜2日ぐらいしか続かず、対応できる副反応です。

アナフィラキシー(アレルギー反応)もニュースになっていますが、発症率は、私が接種した時点で100万人あたり6人という報告でした。それはアナフィラキシー発生率として非常に低いですし、対応可能な副反応です。みなさん治療を受けられて回復されています。

このアナフィラキシーも含めて重症な副反応は1%以下の発生率でとても低いです。

コロナウイルスに感染すると対応不可能なことも多いのですが、副反応は対応可能なものが100%に近かった。何でも「100%安全」と言い切れることはないですが、高い効果と安全性が確認できたと感じました。

ワクチンの成り立ちも理論的に検証

さらに、今回新しい技術を使って作られたmRNAワクチンのメカニズムに対して、色々な角度から理論的に検証しました。

結論から言いますと、どんな角度から見ても、私の赤ちゃんや私自身に悪影響が起こるシナリオが一つも思い浮かびませんでした。

とても賢いメカニズムで作られているワクチンです。私はもともと分子生物学や生物工学が大好きで、楽しみながら検証できたのもよかったです。

ーー精神科のお医者さんなのにそうなのですか?

精神科の中でも精神症状に関わる脳内伝達物質や、脳の中でどういうメカニズムが発動して症状が出ているのか、どうやって感情をコントロールしているのかという生物学的なことも研究しています。生物学マニアなんです(笑)

私の父は分子生物学者だったので、子どもの頃に遺伝子やDNAについて面白く考察する本を読んでくれました。それ以来この分野が好きになり、30年間ずっと研究の進歩を追ってきました。

何十年間も積み上げられた科学の進歩が、コロナウイルスの構造やRNA解析や合成を素早く実現する技術につながり、それを安全に効果的にワクチンとして体内に届けることにつながっています。

今回のワクチンの開発は、科学に感謝する感動の出来事でもありました。

そして、mRNAが私の体内に入った時にどうなるのかメカニズムから考えた時に、とても脆いものなので、長く身体の中に存在できないことがわかります。

今、ワクチンを供給する時、低温保存が難しいことが言われています。ファイザー社のものはマイナス75度前後、モデルナ社のものはマイナス20度の低温でないと構造が保てないmRNAが、私の肩から40度近い体内に入った時、そこで長期間、構造を保っていられるはずがありません。

役目を果たしたらすぐに分解されてしまいます。長期的な影響も考えにくいし、胎盤にすら行き着かないだろうと言われていました。

そういうことを考えると、私や赤ちゃんに悪影響を与えるシナリオは思いつかなかったのです。

赤ちゃんがコロナウイルスに対する防御策を持って生まれるメリット

逆に、mRNAという設計図を元にできたスパイクタンパクというタンパク質に対する抗体が、私の身体の中で作られ、蓄えられてウイルスの攻撃に備えます。

その抗体は胎盤を通って赤ちゃんのもとに行く可能性が高いです。

それは非常にありがたいことで、私の赤ちゃんが生まれた時点で、コロナウイルスに対する防御策を持って生まれてくれる。

お腹の赤ちゃんは男の子なんですけれども、彼の新生児期を守ってくれるような抗体をプレゼントできるというのはラッキーだなと思いました。

アメリカでは、妊娠後期にTdap(破傷風・ジフテリア・百日咳の混合ワクチン)という混合ワクチンをうつことが普通です。お母さんがワクチンをうつことで抗体を作って、それが赤ちゃんに渡ることで、この3つの感染症から赤ちゃんを守れるからです。

特に百日咳は新生児が感染してしまうと、現代医学を使っても救えない悲しい状況になることが多いです。それを避けるために、妊娠後期にお母さんがワクチンをうって抗体を作ってその抗体を赤ちゃんにプレゼントします。

インフルエンザも同じように勧められています。母体を守るのはもちろん、赤ちゃんも冬に生まれる場合は抗体を持って誕生できるので勧められているのです。

ワクチンをお母さんがうって、それによって作られた抗体が赤ちゃんを守るというのは、アメリカでは新しい考え方ではありません。みんなやっていることで、私も3回目の妊娠ですが、3回ともTdapもインフルエンザもうっています。

新型コロナワクチンではまだ研究中で証明はされていませんが、理論上、赤ちゃんに抗体をプレゼントできるだろうと予想されています。私もその研究に被験者として参加し、赤ちゃんに抗体が行っているかを調べようと思っています。

こうした意味でもワクチンをうつことにはメリットの方が多いなと考えました。

ワクチンをうつリスクとベネフィット(利益)と、うたないリスクとベネフィットを天秤にかけた場合に、明らかにうつ方がベネフィットが大きいと思えました。最終的に気持ちよくワクチンをうつことができたのです。

感染症の専門医や産婦人科の担当医は?

ーーご自身の同僚の感染症の専門医や、産婦人科医の主治医がいると思います。その人たちの意見も聞いたのですか?

色々な方に相談しました。妊娠中の医師のFacebookグループで「みんなどうする?」と話し合ったりもしました。

ほとんどの医師の妊婦は「私はうつよ」と言っていました。同じように考える人がこれだけいるんだと支えになります。

産婦人科の主治医の先生も感染症内科の先生も、最終的には自分の判断だよと言うのですが、誰も「これは危険だよ」とは言いませんでした。もちろん「絶対安全」ということは、医療の中では何一つありません。

その中で、私の状況と、周囲の感染率、私の健康状態など色々と考えた上で、「理論的に考えると危険はないけれども、臨床治験では証明されていないから、絶対のお墨付きを出すことはできない。でも理論的に考えると安全な確率の方がずっと大きいよ」と言ってくれました。

家族も「あなたの選択をサポートするよ」

ーーご家族には相談されましたか?まだお子さんは小さいですが、ご家族のこともやはり考えましたか?

夫と5歳と4歳の息子がいるのですが、もし私が感染した場合、子どもたちや夫はどんな思いをするか考えました。

もし感染して重症化してICU(集中治療室)での治療になり、子どもたち2人を夫に託して、私が1ヶ月以上入院となった場合、彼らはどんな生活になるのだろう、どんな思いをするだろうと考えました。その時の自分の気持ちも考えました。

おそらく、家族はみんな私のことを心配するし、これから生まれてくる赤ちゃんのことが心配だし、私が死んでしまう可能性もある。私が死んだ場合、子どもたちがどんな人生を送るのだろうとも考えました。

そう考えると、とにかく感染しない、ということが何よりも最優先だと考えました。家族の中で私が一番感染リスクも重症リスクも高いです。夫は健康で、子どもは感染リスクが低い。私が一番コロナに対して防御が弱く、感染すれば家族にうつしてしまう可能性もあります。

私が感染しないことが、家族を守るためにできる一番の対策だろうという思いでした。

ーーパートナーはなんとおっしゃいました?

夫は医療者ではなくチェリストなので、専門的なことは何も言いません。でも、「とにかく舞と赤ちゃんの健康を守ることが何よりも最優先事項なので、そのために一番いいと思う舞の選択をサポートするよ」と言ってくれました。

(続く)

【内田舞(うちだ・まい)】ハーバード大学医学部マサチューセッツ総合病院小児うつ病センター長、小児精神科医

1982年、東京生まれ。北海道大学医学部在学中に米国の医師免許を取得。同大学卒業後に渡米し、ハーバード大学とイェール大学で研修。2013年より現職。