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「街の薬局は新型コロナでも最前線」 京大のグループが情報サイトで薬剤師を応援

新型コロナウイルスの流行で、目立ちませんが最前線に立っていた街の薬局。京大のグループが全国の医療者たちに声をかけて、情報提供で薬局薬剤師を応援するウェブサイトを作っています。

新型コロナウイルスの流行で不安が広がっているが、そんな時、街の薬局や薬剤師さんはあなたの相談相手になっているだろうか?

薬局が公衆衛生に果たす役割を研究している「京都大学SPH薬局情報グループ」は、薬局薬剤師向けにウェブサイト「COVID-19薬局で働く皆様へ コロナウィルス対策に役立つ情報まとめ」を作って活動を支援してきた。

感染症が流行している時も、社会を維持するのに不可欠な専門職として自らの身を守り、患者さんに必要な知識を伝える拠点となってほしいという狙いだ。

中心となった薬剤師で、京都大学社会健康医学系専攻健康管理学講座健康情報学の特定講師、岡田浩さんにお話を伺った。

教員出身の薬剤師 教材作って患者の「やる気」育て

まずその前に、岡田さんの一風変わった経歴を紹介しておこう。

岡田さんは元々、小中学校の非常勤講師だった。妊娠、病気などで一時、教員が教室を離れなければならない時、短い期間、補充される先生だ。

だが少子化の時代、どんどん採用は厳しくなっていく。薬学部が6年制に変わった時、思い立って入学し、40歳で薬剤師になった。街の門前薬局に就職した。

「薬の説明や適正な薬物療法を伝えるのが仕事だと思っていたのですが、働き始めるとそれだけじゃないと気づいたんです。どうしても血糖値がよくならない、腰が痛い、眠れないとかいろんなことを相談されます」

高齢の女性患者は、毎回、黒酢飴を買って帰りながら、「毎日30分歩いているのに痩せないの」と悩みを打ち明けてくれた。

「『どれぐらい食べているの?』と聞くと5〜6個という。『6個食べたら30分の散歩と一緒やで』と伝えました。元々小学校の先生でプリントを作るのは好きなので、患者さんが好きな飴やみたらし団子などと歩いて消費するカロリーがわかる資料を作って差し上げていました」

そんなことをしていると、体重や血糖値が下がる患者さんが出てきた。

薬局勤めの傍ら京都大学の大学院で研究を続けていた岡田さんは、同様の教材を14種類作り、薬局の薬剤師が渡して声をかけるとどれぐらい血糖値が改善するか研究(COMPASS研究)を始める。

「資料を渡して声をかけるだけで、糖尿病の薬のSGLT2とかDPP4を1錠飲んだのと同じぐらいの値が下がったのです」

同様の介入研究(COMPASS-BP研究)を高血圧の患者に対してもやった。どの食材に塩分がどれだけ入っているかわかる資料を渡し、薬剤に声をかけてもらう。

3ヶ月の介入で平均6mmHg減った。

岡田さんは2017年から2年間カナダに留学し、カナダでも同様の薬局研究で結果を出した。帰国後は京都大学に戻り、薬局薬剤師が生活習慣病をどう改善できるか研究を続けている。

そして、新型コロナが流行し始めた。

新型コロナにおける薬剤師の役割は?

「薬局の薬剤師が患者に関わると、患者さんの健康状態は大きく改善する」

研究でそんな信念を培ってきた岡田さんは、新型コロナでも同様の役割を果たせないかと考えた。

3月11日にWHO(世界保健機関)がパンデミックを宣言し、ヨーロッパ各国でロックダウンが始まっていた。

26日に開いた研究室の会議で、京大SPH健康情報学の研究生で奈良県立医科大学助教の鈴木渉太さんから「国内の薬剤師会は何も動いていないですが、海外ではどうしているのでしょう」と問いかけられた。

薬剤師にアンケートを取ると、どうやって感染から身を守ればいいか、患者さんの質問に答えられないことに不安を感じている人が多いこともわかった。

岡田さんは海外の薬剤師とつながりがあり、FIP(国際薬剤師・薬学連合)の委員を務めた経験もある。カナダの薬剤師会では、薬剤師に新型コロナの情報を共有するウェブセミナーや啓発ポスター作りを始めていた。

「日本でもまずポスター作りを始めようと思って、お金もないから知り合いの保健師でデザインもできる人に、『こういう形でポスター作ってよ』と頼んだんです。しかも1週間以内に作ってくれと無茶ぶりをしました(笑)」

まず熱やせきや息苦しさがあったら、事前に電話で相談することを呼びかけるポスターを作った。薬局の名前と電話番号を書き込めるようにした。

また、薬局を訪問しなくても、電話で処方してもらえることを伝えるポスターも作った。まずは、何よりも薬剤師が感染から守られないといけないという狙いだ。完成すると、薬剤師会や保険薬局協会にもポスター活用を呼びかけた。

岡田さんの所属する公衆衛生学の教室には、大学院博士課程に感染症専門医の井村春樹さんがおり、助教は内科医の西川佳孝さんだ。

「二人に『新型コロナについて話してよ』と頼んで、3人で座談会をした動画も作りました」

10日後の4月6日、緊急事態宣言が出る前日には、こうした啓発資料や動画、リンク集をまとめたウェブサイト「COVID-19薬局で働く皆様へ コロナウィルス対策に役立つ情報まとめ」をオープンした。

「学会などがバラバラに出している情報を、薬剤師個人が見つけるのは時間がかかります。全て見ている時間もない。信頼できる情報をまとめて、ものすごく重要なのは3つ星、その次は2つ星と優先順位による星もつけました」

最初の2週間で3万アクセスあり、現在までに累計9万アクセスを超えた。薬剤師は30 万人おり、実際に働いている人は20万人と言われる。日本薬剤師会も会員にファクスで知らせてくれ、岡田さんの知り合いの各媒体も載せてくれた。

海外の薬剤師の活躍は?

海外では他に新型コロナに関して、薬剤師はどういう活躍をしているのだろう。

カナダの薬剤師は州ごとに与えられた権限が違うが、教育カリキュラムで予防接種も検査もできるよう訓練されている。

「全てのカナダの薬剤師は患者が最初に相談する窓口になり、総合的に患者の健康をケアするプライマリケアのトレーニングができているんです。そして政府は新型コロナの緊急事態で、全州の薬剤師にほとんどの行為を OKにしました」

注射も検査もできるし、処方の延長も薬剤師が判断する。何より不安を抱く患者の相談相手になる。

「『蚊でうつりますか?』などの疑問に薬剤師が答える動画も作っていました。ハグや握手をするなという啓発も盛んに行って、SNSの発信も熱心です。『私たちは最前線にいて、市民のために働いている』とカナダ薬剤師会がかなりアピールしています」

アメリカでは、CDC(疾病管理予防センター)が薬局のためのガイドを出している。岡田さんは3月に見つけて、10項目のチェックリストにしてサイトで紹介した。

「薬局のスタッフが感染しないことを最優先にしたリストです。患者に薬物を供給するエッセンシャルワーカーなので、感染したら市民の不利益になる。スタッフを2グループに分けて、感染者が出ても薬局を閉鎖しないようにしろと、薬局のことをよくわかっている人が具体的に書いたガイドです」

アメリカ薬剤師会は、コロナ時代の検査マニュアルや遠隔医療マニュアルも会員向けに発信している。

イギリス薬剤師会は、FAQ(想定問答集)が充実している。

「患者の質問に応えられるように薬剤師会が回答を用意しています。正しい情報にすぐにアクセスできるようにしないと困るし、医療の専門家として知らないのは恥ずかしい。これを見て、我々のサイトも正しい情報を参照できるようにリンク集を作りました」

海外では、薬剤師を応援し、鼓舞する情報発信も多いのも特徴だ。

「オーストラリアは『現場の薬剤師がバーンアウトしてはいけない』とあらゆる機会に発信しています。オーストラリア薬剤師会ではパンデミックが始まった時に、会長が毎週1本ずつ動画を発信していました。『薬剤師はフロントラインだ。頑張れ』と延々と語りかける内容です」

「カナダでは『薬剤師のヒーローたち』という1分間のショートムービーをどんどんリリースしています。薬剤師が頑張っているという社会に対するアピールでもあるし、薬剤師に対して頑張れよというエールでもあります」

カナダでもオーストラリアでも物資の不足にクレームをつける患者が、薬局で警察沙汰を起こす事件がちょくちょく起きていた。

「聞いたところでは、物を投げつけられたり、唾をはきかけられたり、相当嫌な思いをしていた。それでも続けられるのは、薬剤師会などからのそういう支えがあるからです。こういうことはすごく大事なんだろうなと思います」

ニーズが変わっていくごとに内容を進化

岡田さんたちは、日本より1ヶ月ほど前に感染が爆発した海外の情報発信を研究しながら、サイトを徐々に充実させていった。

ポスターや資料はこれまで26種類作った。

時とともに徐々にニーズは変わっていく。

緊急事態宣言の時は、自分で感染から身を守るための患者さん向けの情報を盛り込んだポスターを作った。

コロナウイルスの主な感染経路は「飛沫感染」と「接触感染」で、いずれも感染経路を断つことが重要だ。その方法を具体的に伝える必要がある。消毒用のアルコールも不足していた時に、薬局ではどのような対策を発信できるか考えた。

「こまめな手洗いや拭き掃除が必要ですが、アルコールの代わりに使える次亜塩素酸ナトリウムの薄め方がわからないという質問があり得ると思いました。自分が薬局にいた時、ノロウイルスが流行るとよく質問されたんです。薄め方を表にして資料にしました」

夏になると、感染対策のためにつけるマスクで熱中症のリスクが高まることも課題となった。

接触感染を防ぐために、現金の受け渡しがない電子マネーを勧める資料も作った。

「薬局からは手数料で利益が飛ぶと嫌がられましたが、感染しないことが大事でしょと勧めています。海外のガイドラインでは自動支払機を使えと勧めています。日本でもスーパーなどで広がっていますが、これからだと思います」

一緒に仕事をしている企業のデザイナーにもポスターを作ってもらった。

さらに、患者の中には、高齢者らネットをあまり使わない人もいる。その人たち向けの啓発資料として、京都大学のウイルス学の専門家や感染症専門医、医療倫理学の研究者を巻き込んで紙で「新聞」も作った。

ある薬局は、この新聞を拡大コピーして、店の外の掲示板に貼ってくれた。

動画は50本 専門家に無償で協力してもらう

啓発動画も50本作り、自分たちで編集もしている。感染症専門医、内科医、薬剤師と対談し、運動療法士らの協力も得て、コロナで乱れがちな食事や運動で注意すべき点も伝えている。全て無料で出演してもらった。

服薬指導については、以前から知り合いの京都にある劇団「衛星」に頼んで、プロの俳優に出演してもらった。これはわずかに謝礼も支払った。

YouTubeでこの動画を見る

京都大学SPH薬局情報グループ / Via youtube.com

患者に電話して服薬指導をする様子を見せる動画

「コロナの流行で公演が中止になって時間が余っていたんです。台本は僕が書いて、本物の俳優に演技してもらいました」

学会や公的機関のリンク集を作り、防護具やフェイスシールドが手に入らない人向けに、手作りの仕方まで伝えるページも作った。

最初のうちは、外国人対応も課題となっていた。

きっかけは、インド人の大学院生から「うちの家族誰かがコロナになったらどうしたらいい?」と聞かれたこと。京都府のウェブサイトを一緒に検索してみると、日本語では欲しい情報が出てくるが、英語で検索してもたどり着けなかった。

「そこまで行きつけば英語で書いてあるんですが、日本語ができないと欲しい情報が手に入らない。県によってレベルが違うので、みんなで手分けして47都道府県全てのリンクを作りました」

最近は、FIP(国際薬剤師・薬学連合)が7月半ばに、薬剤師のためのガイドラインの最新版を公開したので、これを日本語に訳せないか交渉した。京都大学と協定を結び、翻訳を開始することにした。

その作業を誰がやるか? 

「翻訳に限らず、ウェブサイトを作る作業は、全国にいる仲間の薬剤師50人がボランティアで行なっているんです。情報共有ツール『Slack』に課題を放り込んで、どんどん仕事を頼む。みんな手を上げてくれるんですよ」

翻訳も手を上げてくれた人で手分けをした上で、大学院で研究している翻訳家に全体の翻訳を監修してもらった。

保健師でデザイナーでもある京都予防医学センターの阿部圭子さんは、岡田さんの「これ〜までに作ってよ」という無茶ぶりに応え、何種類ものポスターを作ってきた人だ。

「デザインの勉強をしたのも、保健師として健康診断に関わっていて、伝えるのが仕事なのに手が届かないという思いで美大に入り直したんです。今回、日本の状況がどうなるかわからない時だったので、できることがあるなら何かやらないととただそれだけの思いでした」

大学院生の翻訳家、小泉志保さんは「日本の薬剤師の世界は特殊で、言語の壁で英語の情報が入って来にくい状況があります。先に流行を経験した海外の情報を、情報が閉ざされている日本に早く伝えなくてはという危機感が岡田先生たちから伝わって来て、自分でできることをやりたいと思いました」と話す。

日本でも薬剤師が自分の価値に気づいて

日本では薬剤師会の初動は鈍かった。海外の発信の仕方と比べ、日本の薬剤師の動きは岡田さんにはどう映っているのだろう。

「衛生材料や薬は生活に欠かせないものですから、本来は薬局や薬剤師は社会に不可欠な存在です。でも日本では当初、何も始まらなかった。自分たちも自身の価値に気づいていないのかもしれないし、社会の中でもそれほど認識されていないのではないかと思いました」

「医薬分業やセルフメディケーションを厚労省と進める動きもことごとく医師会などに潰されてきました。薬剤師は『逆らうとろくなことがない』という雰囲気があるのかもしれません」

ただ、海外に出て気づいたが、それは日本だけの特殊な問題ではなかった。

「歴史的に医療のヒエラルキーのトップに医師がいて決めてきたことはカナダでもどこでも同じですが、ここ10年で医師が何もかも決めるのは効率が悪いし、医療安全上もトラブルが多いというエビデンスが出ています。医療者がフラットなコミュニケーションを取ることが患者のためになるとわかり、世界の医療現場は変わってきています」

しかし、日本ではコロナ対策でもあまり薬剤師の動きは見えない。

「6年制の教育を受けた若い薬剤師たちは社会に出て、できることが制限されているのに不満を高めています。でも薬局は地域にあるし、市民から直接質問も受ける職業です。独立した専門職として市民の役に立つ可能性はとても大きい」

「自分たちの価値や、自分たちが社会にとってかけがえのない職業だということの証明は、自分たちでやるしかありません。僕は遅れて薬剤師の世界に入ってきたので、仕事もなかった人間が免許をとったことでこれだけ大事にされるということを肌身に感じています」

「所属している団体がやってくれないから文句を言うのは違います。診療報酬のような『人参』で釣られて動かされるのはプロではない。国家資格を持つ専門職として、本当に国民のためになるためにどうすればいいのか、薬剤師も自ら考え動かなければならない。このサイト作りはその挑戦の一つです」

【岡田浩(おかだ・ひろし)】薬剤師、京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻健康情報学分野 特定講師

1990年、福岡教育大学卒業。1990年〜2001年、福岡県の小中学校講師、学習塾講師として勤務後、長崎大学薬学部に入学し、2005年に卒業して薬剤師の国家資格を取得。2014年まで内科クリニック、保険薬局で働きながら京都医療センターなどで慢性疾患における薬剤師の介入効果を研究し、2017年〜19年、カナダのアルバータ大学に留学。2019年に帰国し、現職。

著書に「行列ができる薬剤師3☆ファーマシストを目指せ(じほう、2013)、共著に「糖尿病薬物療法の管理」(南山堂、2010年)、「Community Pharmacy: International Comparison」(Nova Publishers、2016年)などがある。