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「説明しない態度を許してきたのは国民」 感染症専門医が見た五輪で変わったこと、変わらないこと

強力にワクチン接種が進められるなど「五輪効果」がある一方、コロナ禍の今、なぜ開催するかという問いに明確な答えはありません。この状況をもたらしたのは誰か。岩田健太郎さんが斬りまくります。

専門家たちも感染拡大につながることを危惧する東京五輪。

ただ、感染対策の視点で見れば、政府がワクチン接種を強力に推し進めるなど、「五輪効果」とも言えるプラスの面もある。

一方、なぜコロナ禍の今、五輪を開くのか、国民を納得させる説明は政府からないまま、なし崩しに開催に近づいていく。この状況を招いたのは誰か?

神戸大学感染症内科教授の岩田健太郎さんに聞いた。

※インタビューは6月9日朝にZoomで行い、その時点の情報に基づいている。

五輪は人の動きを活性化させる→感染者は増える

ーー東京五輪で、スタジアム内や選手村の対策を徹底することはできるでしょうけれど、会場外の人の動きが読めないと指摘する専門家は多いです。浮かれた空気で人の動きが増えると若い人に感染が広がり、ワクチンをうっていない中年・壮年層が重症化することが危惧されています。どう思いますか?

今、緊急事態宣言で患者は大阪、兵庫、北海道でも減っていますね。様々な緊急事態宣言の施策が効果を示したからです。

人の動きを減らすと感染は減る。これはほぼ間違いない事実です。

時々、今でもロックダウンに意味はないという人がいますが、そんなことはありません。コロナウイルスを広げるのは人だけです。蚊や鳥が媒介するウイルスではありません。

人の動きを抑えればウイルスはおさまり、人の動きが活性化すればウイルスも広がる。

これは第1波から何回も経験したことです。世界中も経験しています。

ということは、ワクチンが普及するまでは、人の動きが活性化すれば感染も拡大するということです。

オリンピックが開催された場合、観客を入れるとなると、全国47都道府県から人が東京や開催地に集合します。人の流れが起きます。

その人たちが東京にウイルスを持ち込む可能性もある。また、競技を見てすぐ帰る人はほとんどおらず、観光したり食事をしたり祝勝会を開いたりするでしょう。そこでウイルスをもらって地元に帰り、感染を広げることもあるでしょう。第4波は全国あちこちで起きました。それも全部人が広げたのです。

東京五輪が始まり、3週間ぐらい経つと、感染者がかなり増える可能性は高いです。観客を入れれば確実です。観客を入れないにしても、6月21日に緊急事態宣言が解除されれば人の動きが増え、オリンピック前後に感染者が増えることはほぼ間違いない。

一方、これもほぼ間違いないですが、政府は「オリンピックが人の動きを活性化させたエビデンスはない」と言い抜けるでしょう。Go To事業の言い訳と同じです。

菅首相は「Go To事業が感染を増やしたというエビデンスはない」と言いながら、「緊急事態宣言で人流が減った」と言っています。ダブルスタンダードです。人の流れを減らしたことを感染抑止の根拠として挙げるなら、Go Toはダメだったと認めなくてはなりません。

7月になったら今のままだと感染者は増えざるを得ない。「街中の感染症はオリンピックのバブルとは関係ないのだから、無視してオリンピックはやっちゃえ」という話になると、人の心は真っ二つに分かれてしまうでしょうね。

恐怖を実感するのは一部 分断が激しくなる

神戸で一時期入院待ちをしている人が1500人になりましたが、一つの街で1500人の人が入院したくてもできないというのは大変なことです。由々しき事態です。

でも、神戸市の人口は150万人もいる。ほとんどの人は普通に生活しています。外で遊んだり、買い物したり、感染拡大の危機にあった時も神戸市全体としては落ち着いていました。

恐怖に震えているのは、患者と家族と医療従事者と保健所だけです。

ウイルスは地震や津波と違って、被害が可視化されないのです。石巻や女川のように街がボロボロにはなりません。被災地に行けばことの重大さはわかりますが、ウイルスが広がって人がバタバタ自宅で亡くなっていても、神戸の街自体は何も変わらない。

被害が広がっても分断が生まれ、「コロナなんて怖くない」という人と、「コロナは怖い」という人が分かり合えないまま、バラバラになっていくだけです。

おそらく今のままでオリンピックが開かれたら、「コロナなんて知らない。オリンピック楽しもうぜ」という人と、「オリンピックなんて知らん。今はコロナが大事だ」という人たちが互いに通じ合えないまま、過ごすことになるでしょう。

今は分断の時代と言われますが、それがさらに激しくなると思います。

「五輪は開催、でもみんなは我慢して」「盛り上がって、でも静かにして」 ねじれたメッセージ

ーー緊急事態宣言が明けていない今の段階でも、居酒屋で開けているところがあります。「政府が東京五輪を開くのに、なぜ自分たちが我慢しなければいけない」という不満があるからです。

「お前たちは我慢しろ。でもオリンピックはやるぞ」と言われたら、みな納得がいかないのは当然ですね。

ーー東京五輪を開催することが、人の心理に与える影響はどう考えますか?「人の動きを促す巨大イベントを政府は開くのに、なぜ自分たちは動くのを我慢しなければいけないの?」となりませんか?矛盾したメッセージに聞こえます。

これから政府は大変です。オリンピックを開催するのはいいとして、「みんな無関心でした」では困るので、盛り上げざるを得ない。

メディアがまず困ります。

僕は朝、NHKのラジオニュースを聞いているのですが、「コロナでこんな被害がありました。では次はスポーツです!」と言って急に明るい口調で話すのです。あの白々しさったらないのですが、これからもっと白々しくなるでしょうね。

ーーただ、日本人は忘れるのも早いです。五輪で金メダルを取った選手が何人か出てきたら、一気に五輪ムードに変わりませんか?

僕も最初はそう思っていました。始まったら一気に五輪ムードになって、コロナのことなんて忘れてしまうのかなと思ったのです。

でも、今のように緊急事態宣言が延び延びになって、五輪のためにみんなが我慢して、ということになると、白けムードも出てきましたね。

今回はすごく盛り上がる人と、ドン引きする人と分かれる可能性が高いと思い始めています。その時に政府やメディアが一生懸命盛り上げたら、コロナは増えます。

コロナを抑えるには人の動きを止めなくてはいけません。「オリンピックは盛り上げましょう。でも人の流れは減らしましょう」というねじれたメッセージを出さざるを得ません。

そして、日本の政府はお世辞にもメッセージを出すのが上手ではありません。むしろ下手くそな人たちです。かなり困ると思います。

日本から世界に広げる可能性は?

ーー新型コロナ分科会の尾身茂会長らは、海外からの選手や関係者が日本で感染して、それぞれの国に持ち帰って広げてしまうことを懸念しています。東京五輪が世界の感染源になってしまうという考えについてはどう思われますか?

可能性としてはあると思いますが、今は世界的な大流行になっているので、相対的にそのリスクは大きくないと思います。それが大きかったのはクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」の時です。

あの時は武漢の感染が下火になり、ほぼ日本にしかコロナはなかったので、クルーズ船を下船して各国に帰国した人が複数COVID-19を発症しました。

もっとも、そうした国は乗客を追加隔離していたので国内では広がらなかったのですが。コロナがほぼ日本にしかなかったあの時こそ、日本から持ち帰るインパクトは大きかったです。

もちろん今、コロナを完全に押さえつけているオーストラリアとかニュージーランドはその懸念があるでしょうけれども、そういう国は水際対策も厳しいでしょう。日本から帰ってきた人は一定期間隔離すると思います。

つまりコロナ対策がうまくいっていない国は日本から持ち込まれても相対的に小さな問題になります。感染拡大している国に日本からコロナが入っても、既に感染者がたくさんいるからインパクトが小さい。

逆にコロナがない国はコロナ対策をしっかりやっているので、そんなに問題にならないでしょう。

また、感染の広がりを強くするような変異株が日本でできる可能性はそれほど高くありません。基本的に強力な変異株は感染コントロールが全くできていないところで発生しています。

日本は海外と比べものすごく増えているわけではないので、日本発の意味のある変異株が東京五輪の間に誕生して、世界に広がっていく可能性はそれほど高くないと思います。

ワクチン接種を阻む動き 五輪がプラスに働く面も

ーー今、日本は五輪開催も視野にあって、ワクチン接種を加速させています。その反動もあって、大手メディアでもワクチンの副反応を強調する記事が出てきて、SNSでもデマ情報が飛び交っています。どう対抗したらいいと思いますか?

普通に対抗したらいいと思います。反ワクチンの人たちは世界中に出現しています。目新しいことではありません。ジェンナーの種痘の頃からありますね。「牛になってしまう」と主張し、顔が牛になった人間の漫画を描いて脅すなどです。

ワクチンが開発されるたび、ワクチンに反対する人が出てくるのは世界共通の現象です。古今東西います。珍しいことでも不思議なことでもありません。

日本の問題点は、そういう声の大きい人やメディアがワクチンに反対した場合、行政や政治家が弱腰になるところです。それが今までの負の歴史です。そのような動きは僕が知る限り日本だけです。

科学者や官僚が「世論が認めないから」と弱腰になってしまうのは日本だけです。世間がなんと言おうと、科学的に認められたことはちゃんとやったらいいのです。

だからHPVワクチンへの厚生労働省の態度に僕は怒っています。官僚としての責任を全く果たしてこなかった。

今の日本は幸か不幸かオリンピックを開催するという強い動機があるので、ちょっとやそっとメディアがなんと言おうが、政治家と行政は止まりません。

オリンピックをやるとなると、行政がこんなにちゃんと動き、対応が柔軟になるのなら、毎年オリンピックをやってくれれば日本の予防接種改革ができるのではないかと考えたりもします。もちろん冗談ですよ(笑)

コロナワクチンの予診票も、最初は意味のない質問がたくさんあって、現場は不満だらけだったのですが、あっという間に直してきました。官僚が書類を直すなんて、この業界ではすごく珍しいことなんです!

オリンピックは本当に恐ろしい力を持っているなと痛感しています。

アメリカなどはACIP(Advisory Committee on Immunization Practices予防接種の実施に関する諮問委員会)などが否定して、科学的に正しい情報を示します。もちろんワクチンをうちたくない人はうたなくてもいいのですが、それが世論を動かすことのないように海外では何十年も前から対策をちゃんとしています。

日本のワクチン行政は1990年代からつまづき続けてきましたが、30年経った今、ようやくまともになりつつあります。

だから今、あまりコロナワクチンに反対する動きは心配していない。ただ、オリンピックが終わったらまた元の木阿弥になる可能性も高いので、オリンピックバブルかなとも思っています。

ーー確かにワクチンに反対する声があっても国が動じない態度を示していますね。

今はそうです。mRNAワクチンは非常に有効で、相対的にかなり安全で、うたないよりうった方が遥かに得することが多いと勧めています。アストラゼネカのワクチンも血栓が生じるリスクが話題になりましたが、承認は拒みませんでした。

「懸念があるからやらない」と全否定するのではなく、懸念があってもそれを上回る効果があると相対的に評価して、それをちゃんと表明できるようになってきた。

これと同じことをHPVワクチンでなぜできなかったのだろうとは思いますが、前進していると思います。

医師たちがSNSで発信

ーー今回、医師たちがSNSを使って医学的に正確な情報を発信したり、デマ情報を批判したり、盛んに行っています。「こびナビ」や「コロワくん」など医師たちが正確な情報を届けるプロジェクトも熱心に活動し、報道にも協力してくれています。先生もそうですが、この影響力についてはどう考えますか?

これはツールの問題もあると思います。SNSができて発信しやすくなったことが一つあります。

また、従来、医療従事者は医師会とか学会とか、団体を通じて意見を表明するのが普通でした。それよりも、良くも悪くもSNSのインフルエンサーと呼ばれる医療者たちが素早く意見を表明する方が、学会の偉い人が言うよりも届きます。

そういうSNSの効果は大きかったと思います。

ただ、SNSは両刃の剣で、ワクチンに反対する人も使っています。その影響は良し悪しですね。

今問題になっているのはFacebookです。研究もあるのですが、反ワクチンや間違った情報に騙されやすい人はFacebook由来が多いです。

Twitterでは間違ったことを振りまこうとすると、すぐ「それは間違っている」とリプライがつきます。Facebookは閉じた空間で信者ができるとその人たちで固まってしまって、外から間違っていますよという指摘がしづらい。

アメリカはFacebookが間違った情報に規制をかけたりしていますが、日本はFacebookもTwitterもYouTubeも規制が甘いという印象があります。

フェイクニュースやヘイトに対し、ソーシャルメディアはきっちり対応していく必要があるのではないでしょうか。

Facebookはトランプ前大統領に2023年まで使わせないことを決めましたし、TwitterもBANされましたね。そういうことをやるべきだと思います。

説明しない政府を許してきたのは国民、メディア

ーー政府がこの五輪を開くべきか、どう開くべきかを、まず国民が納得するように説明していないことが、日本で五輪開催の議論が燻っている大きな原因だと思います。政府はこの五輪と感染症対策についてどう説明すべきだと思いますか?

説明というか、ちゃんと議論し、その議論をオープンにすべきだと思います。

なぜできると考えるのか。どういう条件ならできないのか。

理路を詰めて、国のリーダーたちが、「自分たちはこういう理路をもって五輪は開催すべきであり、こういう根拠があるので開催できると思う」と言い、緊急事態宣言をなぜ正当化するのか理屈を示すべきです。それが国民に説明責任を果たすという本来の使命だと思います。

結局こうなっているのは、日本国民が悪いのですよ。「説明しなくてもいい」という感触を政治家にもたらしたわけです。

つまり、小選挙区制で支持者を固めてしまえば、他の人からどれだけ反感を買おうが知らんという態度を許してきた。それでも与党の支持は盤石だし、選挙は必ず勝つし、時間が経てばみんな忘れてしまう。

政治家はそれに乗じて「そのご指摘は当たらない」とごまかし続けてきました。ほとんどの人は無関心か無気力で、「どうせ変わらないよ」という諦めがあります。

圧倒的な日本の大多数の人はすごい貧困に困っているわけでもなければ、病気やコロナで苦しんでいるわけでもありません。大多数は現状維持でいいと思っている人たちです。

現状を変えておかしなことになるよりは、今のままでいいやと思っている人が多い。オリンピックをやろうがやるまいが、緊急事態宣言になろうがなるまいが、今のままでいいと思っている人が一番多い。

そうすると政権に反対しない方がいいということになり、説明責任なんて要らなくなります。説明すれば当然反論は出てくる可能性がある。反論されても「ご指摘は当たらない」と無視し、討論なんて一切しない。それでも無関心な人たちはそのまま流してしまいます。

日本はここ数年、ずっとそうしてきたわけです。特に若い人たちはオリンピックやろうがやるまいが関係ないと思っている人が一番多いと思います。

政治家に「説明しなくてもいい」と学習させ、これが彼らに一番楽なやり方なんだと認識させ、実行させ、うまくいかせるようにしたのは日本国民です。

ーーメディアもそれに加担していますね。

メディアは見事にそれに加担しています。オリンピックのスポンサーをしている時点で、完全に利益相反があります。どっぷり利益相反がある中で五輪を報じているわけで、それがわかっている人は「どうせあの人たちは五輪のスポンサーだし」と見ています。

元々無関心な人はテレビや新聞に興味がなく、メディアが何を言っても関係ない。

最近、社会学者の宮台真司さんはとことん堕ちた方がいいと言っていますね。僕はそうなるべきだとは思わないけれど、気持ちは少しわかる。とことん悪くならないと、現状維持でいいやという人は変わらないのかもしれません。

【岩田健太郎(いわた・けんたろう)】神戸大学感染症内科教授

1971年、島根県生まれ。1997年、島根医科大学(現・島根大学医学部)卒業。沖縄県立中部病院研修医、コロンビア大学セントルークス・ルーズベルト病院内科研修医を経て、アルバートアインシュタイン大学ベスイスラエル・メディカルセンター感染症フェローとなる。2003年に中国へ渡り北京インターナショナルSOSクリニックで勤務。2004年に帰国、亀田総合病院で感染症科部長、同総合診療・感染症科部長歴任。2008年より現職。

『感染症パニックを防げ!〜リスク・コミュニケーション入門』『予防接種は「効く」のか』『ぼくが見つけたいじめを克服する方法 日本の空気、体質を変える』(以上、光文社新書)、『新型コロナウイルスの真実』(KKベストセラーズ)、『感染症は実在しない』(集英社インターナショナル)など著書多数。