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ワクチン「良いとも悪いとも言えない段階」 オリンピック「競技だけならできるかも」

ワクチンの専門家でもある岡部信彦さんは、発売前から高い効果が報道されているワクチンについて「まだいいとも悪いとも言えない」と慎重な姿勢です。オリンピックについても流行状況によっては中止もあり得ると語ります。

新型コロナウイルスが再び感染拡大し、医療も逼迫する状況になっています。

ワクチン開発に期待をかける報道も増えましたが、ワクチンのスペシャリストでもある専門家はどう見ているのでしょうか?

新たに政府のアドバイザーに就任した東京オリンピック・パラリンピックの開催可否も含めて、新型コロナウイルス感染症対策分科会構成員で、内閣官房参与も務める川崎市健康安全研究所所長の岡部信彦さんにお話を伺いました。

※インタビューは11月25日午後にZoomで行われ、その時点の情報に基づいています。

経済や自治体も入って議論が公平に

ーー先生は医学者のお立場ですが、経済に目配りしなくてはならないということで経済の専門家が分科会に入りましたね。ところが経済の予測モデルが出るかというと、全然出てこないですね。

医学系は試行錯誤しながらこれまでデータを出してきたところですが、経済系からも、かなり分析を出していただけるようになりました。

しかし、例えば西浦博さんが数理モデルを駆使しての分析を出してくれているようなデータ分析はまだ待っている、という状況です。

ただ新たな分科会でよかったなと思うのは、経済対策のアイディアを出す人や鳥取県の平井伸治知事のような自治体代表の方たちが入ることによって、前より医学に偏らない合意が得られるようになったことです。

それは安心したところで、方向性としてもよかったと思っています。

ーー医学の論理だけで突っ走っているわけではないという保証が得られるということですか?

はい。今回、厚労省のアドバイザリーグループは踏み込んだ提言を出し、それが今日(11月25日)の分科会にかかるわけです。

その前に我々は自主的な勉強会をやって意見交換や議論をしているのですが、経済系の人たちも、「こういう状態ではやむを得ない。それはこうしたらよいのではないか」と建設的な意見をおっしゃってくれる。我々、医療側も、当然歩み寄るところもあるわけです。

かつては、専門家会議が提言を出すと、「そんなことを言われても無理だ!損失が激しい」などと経済系の人たちから一方的に批判されたことも少なからずありました。以前には議論する場がなかった、ということです。

ーー今は医療の分析について十分理解してくれているからこそ、経済の専門家も了承してくれるということですか?

「今、我慢すれば後で取り返せるかもしれないし、その方が結果的には効率かもしれない。今我慢しないでそのまま突き進んでしまうともっと取り返しがつかなくなるかもしれない」という危機感は持っていらっしゃいます。

ーーアドバイザリーボードで一番踏み込んだのはどの部分だと思いますか?

このまま放っておくと、困るのはコロナの医療だけではなく、普段の病気で医療にかかれなくなるかもしれないんですよ、というのは強いメッセージだと思います。

自殺者の増加 対策を考えないのか?

ーー流行が長引いて自殺者も増えています。経済的な困窮も絡んでいると思いますが、精神的に追い込まれている人が増えていることに関して何か手を打つ考えは分科会などにはないのでしょうか?

精神医学を考えれば、自殺対策も医学の領域ですね。

4月に緊急事態宣言を出すか出さないかという議論の時に、僕は「このまま宣言を出せば、状況を極端に悲観的にとらえたり、経済的に困窮したりして、うつ状態に陥り、自殺者が増えてしまうことも考えられる。やるとなればそういうことも考えに入れたうえでやらないといけない」と言っています。

構成員の社会学者、武藤香織さんもこの意見に賛同していました。

その結果として、経済的な問題や自殺の懸念に対するケアをしなければならないということは認識されています。

人々は最初のショックと、ある程度、動いてきたときのショックはだいぶんクッションが違っています。じわじわと追い込まれていく経済的な問題などは、しっかりとサポートしていかなければなりません。

治療法の進歩は?

ーーこの病気について、初期に比べだいぶんわかってきたことがあるし、治療法も進歩したとおっしゃっています。具体的にはどういう武器を得たでしょうか?

手探り状態だった最初の2月、3月に比べると、ものすごい進歩はしているわけで、そこには目を見張りたいです。

まず患者さんにとってみれば、使える薬も増えて治療法が違ってきている。

それから人工呼吸器の取り扱い方やECMO(体外式膜型人工肺)をつけるタイミング、それに至るまでの管理の仕方も整えられ、何よりも一線の臨床医、看護担当者が経験を積んできました。

医者の端くれとしては、患者さんの状態が悪いとしても先を見通せるか見通せないかで精神的な負担は大きく違ってきます。

「さあどっちに行くだろう?どうしたいいだろう?」と思いながら診ているというのはものすごい不安感に苛まれるし、説明ができないし、力のなさに打ちひしがれる。そういう意味での見通しは、暗闇からは脱しつつあると思います。

治療薬も全くどれを使ったらいいのかわからないというところから、議論はあるけれども、承認された薬もあるし、既存薬を応用できることもある、というのは大きいことです。

ーーレムデシビルはWHOに推奨されなくなりましたね。

レムデシビルの効果についての議論は色々出ていますが、害がないならば使っていいと思うんですね。もちろんその効果について、科学的に論じていく必要はあります。

重症化しているのはウイルスそのものが暴れているというより、免疫反応の暴走と言われる「サイトカインストーム」となっているので、デキサメタゾン(ステロイド系抗炎症薬)というのは使うタイミングさえ良ければすごくいい効果があると思われます。診療の現場では他の病気に対して使い慣れている薬剤といってよいと思います。

ただ、厄介なこととして、この病気は軽い人はそのまま治り、肺炎だけを逃れればOKというわけではないことも次第にわかってきました。合併症が現れたり、残存する後遺症もでる場合があるのです。

検査法もあっという間にいろんなものが出てきて、選択が難しいぐらいの状況になってきています。これもすごい進歩だと思います。まだこの病気が現れ、新たなウイルスが見つかってまだ1年も経っていないですからね。

ワクチンの良し悪し「今はわからない」

ーー最近、ワクチンもファイザーやモデルナ、アストラゼネカと、どんどん開発のニュースが出てきています。有効性が高いと報じられてもいますが、ワクチンの専門家でもある先生はどのように見ていらっしゃいますか?

ワクチンを自分の専門領域の一つとしてきた者としては、ワクチンというツールを使っての予防効果は大いに期待したいところです。

ウイルスが見つかって1年足らずでワクチンが開発され、さらに大量生産できる見込みあり、というところまできているというのは、科学の素晴らしい進歩といってよいと思います。

ただし、現時点での僕の評価は、「今はわからない」というのが一番誠意ある回答です。「悪いワクチンだ」と言っているわけでもなく「夢のようなワクチン」と言っているわけでもありません。手元に届いたきちんとしたデータを見ないと僕らは判断できません。

ーーこれまで発表されている範囲のデータをどう見ていますか?

発表されているデータはメーカーが発表し、メディアがそれを取り上げているだけです。中間報告的な論文は出ているので、その評価はできますが、治験全体の成績ははまだ明らかになっていません。

これだけで専門的な評価はしないほうが良い、というよりこの段階で評価すべきではないと思っています。

例え話で言えば、新車ができて、乗り心地も見ていないのに、「これは乗り心地がよい車ですよ。安全に運転できます。どうですか?」と言われても乗れないわけです。

もちろんその車が危ないと言っているわけではなくて、大丈夫だと言うならばそれを証明する、繰り返しているであろう試運転の結果を見せてくださいということです。その細かいところまでは、やはり多くの人が乗ってみて、評判が固まってこないとわかりません。

ーー期待はなさっていますか?

もちろんです。僕はずっとワクチンの研究をやってきたので、ワクチンで感染症に立ち向かうということは古今東西やっていることを知っています。ただ、その効果・副反応のレベルがどれぐらいかが重要なのです。

「たいした効果はないけれど副反応は少ないので使った方がよい」というのも一つの考え方、「副反応も結構あるけれど効果は抜群なので、重症な病気を防ぐには目をつむって使う」というのも一つの考え方です。

「ワクチンがあればオリンピックができる」と言っている人もいるようですが、例えばインフルエンザでもワクチンで感染そのものを100%期待しているわけではなく、また流行そのものは阻止できていません。ワクチンの効果と共にその限界も知って使う必要がある。

インフルエンザワクチンによって助かる命はかなり助かっているでしょうが、「ワクチンを接種してもかかったではないか」と文句を言っている人もいます。

だから、まだ試乗にもなっておらず、少数の人が乗って出した意見しかわからない車に、「こんないい車ありませんよ」なんて言えません。逆に「乗るのをやめましょう。あれは危ないんだから」と今から言うのも言いすぎです。

日本でのワクチンのハードル 副反応への説明

ーーこれから日本で導入されるまでにどんなハードルがありますか?

海外の治験が、どういう風になされたかというデータがこれからオープンになります。治験が終わって初めてオープンになる。

それに加えて日本でも治験がスタートしているわけですから、そのデータを加えてまずは承認することが必要です。

でも承認というのは、使うことを承認するのであって、少数ならば使っていいですという承認の仕方もあるし、このデータならば大人数に使ってもいいですよと承認することもある。

それはPMDA(医薬品医療機器総合機構)の役割ではないんですね。どのようなルールに基づいて接種するか、ワクチンの実施はどうするかなどは、厚労省が決めるのです。

ーー特にワクチンであれば、日本ではかなりゼロリスクを求める文化があります。最初は高齢者や医療者からスタートするのでしょうけれども、そこで1例でも副反応が出た場合、また「これは危険なワクチンだ!」となる可能性がありそうです。

悪いですが、メディアの人たちは一方で、「95%も効く、いいワクチンが出てきました!」と煽り気味に報じていますが、たとえば高齢者が接種して心筋梗塞で倒れたら、その同じメディアが「このワクチンで接種後にこんな事例が出ました!これは大丈夫なのだろうか?早まった導入か?」という調子で取り上げるのではないでしょうか?

すると、次には本当はいいワクチンであるにもかかわらず受ける人の心が引いてしまう。接種を避けたその人たちから感染者が出て、重症者も出る。このようなことがないように、冷静に取り上げて頂きたいですね。これまでのそのような事例は多々あった、ということを忘れずにいて頂きたい。

ーー特にこのワクチンはたくさんの人に打つことを想定していると思います。母数が多ければ、有害事象(因果関係の有る無しに関わらない有害な出来事)もたくさん出てくる可能性があります。

これは我々専門家の責任ですが、その時に「想定外」のように表現したら一瞬にして世の中はパニックになると思います。一方で、「いやそれは違うんですよ」と最初から無視するのも良くない。

「これはこういうプロセスでできているので、原因はわからないですけれども、直接の原因ではなさそうだから、そのまま接種を続けます」という説明が語れないとだめです。

あるいは、「1回止めて様子をみさせてください。いついつまでには結論を出します」ときちんと言えなければいけません。

責任があればあるほど、ちゃんとデータを踏まえてものを言わなければいけません。そうではない人たちが、いくら「95%なんてとても良い数字ですよ」と言っても、一方で、「いやいや熱が出ますよ。30%」となる。

そういう数字だけが先行して、浮き足立つのはいけません。ワクチンの導入は遅れてもいけませんが焦ってもいけません。パーフェクトはありませんが、科学的な検証がまず第一です。

ーーメディアへの注文はありますか?

当然、あります! どうか冷静に見てくださいということです。本当に焦らないように一歩一歩進めないといけないのですが、「オリンピックまでにワクチンを」というような目標設定をすることは大変良くないです。

ーーワクチンさえあればオリンピックができるというのも言い過ぎですね。

結局そういう話になってしまうのですよね。

この間、衆議院の厚生労働委員会に参考人として呼ばれたんです。その時に発言させて頂いたのは「これがいいかどうかの判断は科学的にやるべきである」「冷静な判断をしてほしい」「科学的な判断を優先すべきです」ということです。

そこでも僕は「今の段階で、ワクチンがいいとか悪いとかは言えない」と言いました。「先生はどれぐらい期待していますか?」となんども聞かれましたけれどもね。

宮坂昌之先生という大阪大学の免疫学者も野党側で呼ばれていましたが、そういう点では僕と宮坂先生の言い方は一致していました。2人とも答えは、「今はわからない」でした。

「今はわからない」というのはお先真っ暗でわからないと言っているわけではありません。少数ならばやっていいのか。ハイリスクの人だけはとにかくやるのか。あるいは子どもたちも含めてやったほうがいいのか。データを見ないと、わからないということです。

オリンピック開催できるのか? 感染状況によって縮小・中止も想定

ーーオリンピックと言えば、先生は9月に東京オリンピック・パラリンピック競技大会における新型コロナウイルス感染症対策調整会議のアドバイザーにも就任されていましたね。

医学的なアドバイザーが2人いて、国立保健医療科学院健康危機管理研究部長の斎藤智也さんと2人で就任しました。責任が重いのですが...。

ーーオリンピック、本当にやるのでしょうか?

政府はやる、という決断をしていますね。そうでないとまず方針が立たないと思います。そのうえで、何をどうすれば、どこまでできるのかということになると思います。

どの程度までできるかというのは僕らも考えているところなのですが、最低限言っているのは、「競技をやるという意味なら、できるのではないか」ということです。

ーー観客は入れずに、という意味ですか?

それも、考えの中にはいります。オリンピックは競技をやるところに意味がある。それに徹するならばできるのではないかと思います。

仮に日本が、この9月の増えたり減ったりで下げ止まりというような状況で、なおかつ欧米がもう少し収まっているのであれば、競技自体を行うことは可能だと思うのです。

オリンピックの選手たちは競技をやりたい。そして、誰が一番か決めたい。それに生涯をかけているわけです。

「できれば競技のついでに観光を」と思うかもしれませんが、彼らの最優先事項は「競技に集中したい」だと思います。彼らに集中する場を与える、ということはできると思うんです。

ーー囲い込みをして、選手同士が感染しないようにするわけですね。

そうです。オリンピックというのがもともと競技をやって、互いの力を高めるというのが一番の目的であるならば、まさにそこだと思うのです。原点は。

「原点を重視するならば協力します」といって僕はアドバイザーに入りました。

ーーところがそこにビジネスチャンスを見て、これでお金儲けをしたい人がたくさんいますね。

もちろんこれだけ大きな大会ですからきれいごとだけで済むわけではないし、当然、選手だけでなく、そこには運営のための人がいるし、サポート部隊がいるし、メディアは集まってくる。

これを経済発展のきっかけにしたい、というのはまさに近年のオリンピックであり、「国威発揚」という考えもあるのだと思います。

では観客はどれぐらい入れるのか?という話になってきます。それは段階的に決めなくてはなりませんが、原点はどうかということで言えば、選手に競技をさせることです。

日本という国は、「あれだけ投資をしたのだから、オリパラをきっかけにしてお金を稼がなくてはいけない」となるのか。

それとも、もう少しきれいごとを言って、「日本は苦労したけれども、オリンピック精神のために競技を開催したんです。そして世界の若者のための祭典を無事終わらせました」とするのか。

ーー誇りを取るのか、金儲けを取るのか。もともと「今、ニッポンにはこの夢の力が必要だ」とか言って誘致したわけですしね。

GoToと同じ哲学が必要です。GoTo自体はいいことでやってもいいのですが、感染状況によっては引き上げることも考えなくてはいけない。オリパラももしかすると縮小気味にやるか、あるいは場合によっては日本も大流行、他の国も大流行ということになれば、できなくなることもあり得るわけです。

ーー中止も視野には入っているのですか?

それはそういう想定だってしておかなければならないです。僕はそう思います。きっと会長などのクラスになれば、やめることもあり得るのではないかと考えていると思います。

検査ビジネスは「原チャリ」のようなもの

ーー経済と感染対策の両立ということで検査ビジネスがはびこっています。いまだに「無症状の人に検査をしなかったためにここまで流行が拡大したではないか」と言っている人がたくさんいます。

不安な人が検査を受けるのは、道具があれば自由です。でもその検査は、レースにも出られるようなスポーツカーのようなものではなく、原チャリやママチャリのような便利さがある一方で、その限界を知りながら使う、というようなことではないでしょうか。

だから安価で安直にできればいいとしても、精密さ、正確さから言えば、「目安」を得るようなものである、という認識と了解が必要だと思います。

ーー原チャリをスポーツカーのように考えないで、ということですね。

大まかに大丈夫だとか、大まかに危ないんだということが自宅で検査できればそれに越したことはないと思いますが、行政が行う検査とビジネスで行う検査とは信頼性に違いがあります。 

コンビニに買い物に行くのにスポーツカーで行く必要はなく、原チャリ、あるいはママチャリで十分です。

だからと言って、ビジネスであってもある程度の正確性、安全性は担保しなければいけない。そこはそれを提供する人たちの、「ビジネス一辺倒ではない」という考えが必要で、「乗れればいい」のではなく「安全に使えるもの」を提供しなくてはいけません。

多くの事業者はそう考えているのだと思いますが、百花繚乱のようになってくるとその使い方と結果の出し方に責任を持たない人が現れてくることを危惧します。

それはちゃんと行政が監視できるようにしなければいけないし、悪貨が良貨を駆逐するのではなくて、受ける方も悪いものは悪いという目を持たなければいけないですよね。

検査の対象は広げるべき?

ーー感染者の割合が増えてきたら、検査の範囲は拡大すべきでしょうか?

流行状況によって検査の対象を広げることがあるにしても、誰に対して広げるか、誰がその検査の責任者になるのか、は重要です。行政検査としてやるのか、病院での診断を早くできる検査をやるのか、医療機関を受診した人が大丈夫だと確認できる検査にするのか。

あるいはただ単にハラハラドキドキしている人が安心するために、「念のため」とやる検査まで医療や健康保健の範囲で見るのか。そこには区別があって当然だと思います。

それから「検査をいっぱいやれば流行は抑えられる」と主張する人がいますが、日本より検査をいっぱいやっている国では感染者は増えているわけです。

検査をするだけではなく、その結果を速やかに役立て、重症化を防ぐ、感染の広がりを防ぐ、と対策に向けないとコントロールはできません。

検査件数だけに注目しているようですが、結果が出るまで1週間ぐらいかかるという、検査の意味が薄れた状態で多数の検査を行っているところもあるようです。この感染症は、1週間後に陽性だと見つかっても遅いわけです。

それなら危ない人に検査を集中して、2日以内に結果が出るようにした方がよほどいいわけですし、「PCR」という方法にこだわる必要もないと思います。

ーー感染対策として、イベントなどの参加者に消毒液を噴霧するなどのことが現れたりしています。エセ対策が広まることについてどう思いますか?

僕個人は、体に害がなく安価なものについては効果がなくても、まあやってもいいと思っています。鰯の頭も信心からと言いますからね。

でも、消毒薬というのは下手をすると体に害を与えるマイナスの作用があります。少なくとも体に害はないんだという証明は、売る側はちゃんと出すべきです。気休めでも安心できればいいじゃないかという人はいると思いますからね。

楽しみは探し出して、作り出すもの

ーー最後に、読者にメッセージをお願いします。

色々ありますが、そうは言っても自分だけではなく人、皆のことを考える優しい人がたくさんいると思うんです。

マスクをつけている人も増えていますね。電車の中などほとんどすべての人がつけていると言っていいくらいです。

法で縛っているわけではなく、つけなければ罰金、などとも言っているわけでもない。多くの人が注意する心を持っている表れと思います。自分の身だけ守ればいいわけではないと思っているのではないかと感じます。そこは善意に解釈をしたい。

ーー自分がうつりたくない、ではなくて、人にうつさないという意識を持つ人が増えてきたという印象なんですね。

そう思います。

新型コロナは感染症の一つですから、その点ではすごく特殊な病気ではありません。現代社会の中で、色々な要素が絡んでものすごく複雑になっているとは思いますが、感染症に対する基本が大切です。

シンプルに安心しようと思ったら、基本的な感染症の対策はやった方がいい。手洗い、マスク、3密を避けるとかですね。

その中で、我慢するだけではなく、自分にやれることを探し出していく。

皆で一斉に同じ所に行って遊ぶことは避けたほうがいいかもしれませんが、どこかに外食に行ってはいけないということではないわけです。遊びにも行かず家でじーっとしているべき、というわけでもありません

不自由な中で、自分にできる楽しみを探すのも楽しみのうちです。楽しみは降って湧いてくるものではなく、探し出して作り出すものです。みんなで楽しみを見つけていきましょうよ。

【岡部信彦(おかべ・のぶひこ)】川崎市健康安全研究所所長

1971年、東京慈恵会医科大学卒業。同大小児科助手などを経て、1978〜80年、米国テネシー州バンダービルト大学小児科感染症研究室研究員。帰国後、国立小児病院感染科、神奈川県衛生看護専門学校付属病院小児科部長として勤務後、1991〜95年にWHO(世界保健機関)西太平洋地域事務局伝染性疾患予防対策課長を務める。1995年、慈恵医大小児科助教授、97年に国立感染症研究所感染症情報センター室長、2000年、同研究所感染症情報センター長を経て、2012年、現職(当時は川崎市衛生研究所長)。

WHOでは、予防接種の安全性に関する国際諮問委員会(GACVS)委員、西太平洋地域事務局ポリオ根絶認定委員会議長などを務める。日本ワクチン学会名誉会員、日本ウイルス学会理事、アジア小児感染症学会会長など。