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「本物の医療崩壊」が迫る今、何ができるのか? お盆の帰省や夏休みの旅行に専門家が望むこと

新型コロナウイルスが全国的に感染爆発し、東京では「制御不能」とまで言われています。自宅療養への振り分けに批判も起きる中、必要な医療が受けられる状態を守るため私たちは何ができるのか。感染症の専門家に聞きました。

新型コロナウイルスが猛威を奮い、首都圏は「制御不能」な感染爆発と言われる中、お盆休みが始まっている。

重症化した患者をなかなか受け入れられない医療機関が増え、一般診療も圧迫される中、政府は重症者以外は自宅療養でという方針も打ち出した。

十分な医療を受けられずに亡くなる人を増やさないために、私たちは今何をすべきなのか。

新型コロナウイルス感染症対策分科会構成員で、川崎市健康安全研究所所長の岡部信彦さんに再び聞いた。

※インタビューは8月12日に行い、その時点の情報に基づいている。

いつもの半分ぐらいの行動に抑えて

ーーこれまでになく感染者は増加し、死者は少なく抑えられているとはいえ、重症者も増加し始めています。首都圏の医療はかなり逼迫していますが、医療提供体制の現状をどう見ていますか?

数字だけではなく、現場の感覚が最も大切だと思いますが、かなり危機的な状況です。何もせずにのほほんと見ている状況ではありません。

対策として、一般の人に対しては感染予防を呼びかけるしかないのですが、一般の人は数字しか見えません。以前よりは身近な人の感染も増えているかもしれませんが、感染症の危機は目に見えないのですね。

明日、自分が病気になるとは誰も考えません。そして、感染した時の困った状況は想像などできないし、それよりも今、何かができないことの方が身近な問題です。明日を考えて行動を抑えることはなかなか難しい。

しかし、一人ひとりが具体的にできることは何かといえば、感染症を抑えるため、かかりにくくするために、日常の行動を抑えることしかない。これが基本だということです。

全面的に動くなというのは無理でしょう。ただ、行動を5割減らしてほしい。

そのために何をすればよいかと示すのもなかなか難しいですが、わかりやすく大雑把に言えば、「少なくとも今の外出や人に会うような自分の行動を、半分に抑える工夫をしてほしい」ということです。

半分にすることが自分の身を救うことにもなるし、家族も含めた身近な人が重症になることも防ぎます。その行動は結局、見知らぬ人をも救うことになります。

やはり優しさがないとこのウイルスには勝てません。

「重症者以外は自宅で療養」 問題はないか?

ーー政府は、重症患者以外の中等症患者らを自宅療養で診るという方針を打ち出しました。これで不安になっている人は多いと思います。

政府は最初の発表では「中等症」とは言っていなかったのではないでしょうか? あれは説明の仕方にも、受け取り方にも問題があり、「軽い人は放っておけ」という印象が先行してしまったように思います。

そうではなく、私はその基本的な考えはこうだと思います。

「重症の人をちゃんと入院で診ましょう。医療が必要な中くらいの人は、高度医療をやるところでなくても良いので、やはり入院で診ましょう。その人のためのベッドは開けておきましょう。軽くて家で様子を見られる人は様子を見てください。外来あるいは往診のような形で医療は対応します」

ただし、それができる環境は整えなければいけない。僕が以前から言っていることと同じです。

ーー感染者が急増している今の状況だとそうせざるを得ないとも思います。ただ、自宅で亡くなる人も増えていますし、一般の人は「棄民政策か」などと見捨てられた感が強まっています。

病院ならば、看護師が病室まで様子を見にきてくれるわけですし、医師の診察もありますが、自宅療養ではそれがないから放っておかれた気分になるのでしょう。そこは外来なり訪問医療なり、あるいは電話などでも、医療は付き添っていないといけない。

でも、全ての人を受け入れていたのでは、病院はスペースも人ももたないです。もたなくなると結局そのしわ寄せはこれから病気になる人が受けてしまうことになります。

そもそも「中等症」という言い方は、我々が考える状態と一般の人がイメージする状態にかなり差があります。

本人にしてみれば、体調が悪ければ重症になることを心配します。逆に自覚症状が軽く、医療的には中等症から重症な人に制限を加えると「なんでこんなに制限するんだ」と抵抗されます。

医療者の考えと患者の思いにはかなりギャップがあります。

救急医療などはまさしくそうで、「心配だ」と思って救急車を呼ぶ人は、自分や家族は重症あるいは重症になりそうだと考えています。一方、医療者は「このくらい家で様子を見てください。慌てて救急車など使わないように」と思って両者は食い違ってしまい、双方とも「頭にくる」状態になります

入院基準は「入院治療が必要と医師が判断した人」だと僕は常に思っています。数字は目安にはなりますが、数字だけで判断はできないし、すべきではない。

でも常に病気になった人は不安を抱えるし、病気になったことがない人はそうなった時の不安を考えもしない。

医療は病気になった人には「大丈夫ですよ。きちんと診ますよ」と安心感を与え、病気を想像しない人には「こんな風になる可能性もあります」と予防を伝えないといけない。難しいコミュニケーションです。

ーー先生は今回の自宅療養への振り分け方針は問題ないと考えているのですね。

運用の仕方や説明の仕方には問題はあるかもしれませんが、根本的な考え方は全くその通りだと思います。

現状は「医療崩壊」か?

ーー入院先がなかなか決まらない人が増え、人工呼吸器もフルに使われていて、実質、災害医療の時のトリアージ(症状の重さなどからどの患者を治療するか優先順位をつけること)が起きている印象があります。

医者はどんな時も常にトリアージをしています。いやせざるを得ない場に常に直面しています。人に言えないトリアージはたくさんやっています。

人工呼吸器をつけるためには機械だけでなく人も必要なわけで、軽い人たちまで手厚い対応をしていたら重症の人が診られなくなります。その解消には、人手と器材、そして場所が必要になります

ーー酸素吸入が必要な人も少し前までは入院できていましたが、今は自宅療養となりつつあります。

酸素吸入と言っても、単純に酸素を吸えるようにだけして特殊な機材は何もしない、酸素テントのようなものを使う、高濃度の酸素を投与するので人手も器材も必要になるなど、様々な段階があります。人工呼吸器装着となると、さらに人手も高度な機材も要することになります。

単純に酸素を吸入するだけであれば、自宅でもできます。ただし急性の病気の人は、今までそんな操作を自分でやったことはないので、操作の説明や注意のために人手が必要になる。となれば自宅では無理、ということになります。

ーー今は在宅医療の先生が自宅に酸素を持って管理したりしています。

酸素飽和度(血液中に酸素がどれほど行き渡っているか測る検査値。96〜99%が正常値。コロナでは93%を切ると酸素が必要とされる)が90%ぐらいで酸素だけ吸入したら良くなるケースもあり、それならば在宅でも診られます。

患者さんの状態によって、医師が総合的に「これは入院すべきだ」と判断し、それが実行できることが大事です。行政が文書で定めた基準で機械的に決められるものではなく、それはそれでもちろん必要ですが、医師による総合的な判断とするべきです。

ーー今、医師が入院が必要と判断したのに、何時間も受け入れ先を探しても見つからず、都道府県をまたいで搬送するということも出てきています。これは医療崩壊ではないですか?

「医療崩壊」の定義は曖昧です。コロナ医療は逼迫・崩壊に近い状況で何とか粘っている現状かもしれませんが、一般医療はそこまではいっていない。一般の病院や診療所が引き受けてくれているからです。

「医療崩壊」を口に出すことは、ある意味、毒薬でもあります。

「医療崩壊? そうは見えない」と不信感を持つ人もいるし、「医療崩壊…不安だ」という人もいる。一方、「医療崩壊が目の前に迫っている」と言うことによって多くの人が危機感を抱いてくれるので、予防に目を向けてくれることが期待できる場合もあります。

ーー現状を先生は「医療崩壊」と見ていますか?

一般医療も含んだ本当の崩壊状態ではないと思いますが、崩壊する危機感はひたひたと感じています。

コロナの医療は今ギリギリの状態ですが、多くの一般医療はまだ支えられています。だから本当の医療崩壊ではないと思いますが、安心はできません。

医療現場の感覚が一番大事です。コロナにかかわる医療機関、保健所などは、今大きな危機感を持っています。

お盆、なぜ同時期に休みをとるの?

ーー今週、お盆休みをとっている人も多いと思います。感染者が各地で爆発し、医療が逼迫している時ですが、どういう行動をとってほしいですか?

どうしてこういう状態の時にみんな一斉に休むのだろうと不思議です。

昨年も分散して休んでくださいと呼びかけましたが、結局、みんなお盆の時期に休むのですね。

川崎市のホームページでいつも呼びかけているのは、「屋外での運動や散歩などは、健康の維持のためにも必要です。また、もしどちらかへお出かけになる時には、感染リスクの高い所や混雑する場所・時間帯はできるだけ避けて、家族単位などの少人数で過ごされますようお願いいたします」です。

宗教的な理由もありますが、お盆休みは人が決めていることです。子どもたちの夏休みもお盆前後だけではありません。社会がお休みを分散化してとるように工夫すればいいと思うのですが。

ーーこれだけ呼びかけているのに、工夫してくれないのはなぜ?と専門家としては思うのですね。

専門家としてではなく、一般的な考えとして、みんなどうして混んでいる時に、混んでいる時間を選んで、混んでいる場所に一斉に行くのだろうと不思議でなりません。空いている時に行ったらいいのに。

「帰省しないでくれ」と呼びかけていますが、一人ひとりに色々な理由があるので、全面的に禁止はできませんね。

帰省している人でもかなり注意をしている人が増えていることはありがたいところです。ニュースのインタビューを聞いても、「マスクは付けます」「実家に帰ってもおじいちゃん、おばあちゃんだけにしか会いません」とか言っています。注意なしで行くのとは大違いです。

その行動をぜひ半分ぐらいに抑えてくださいと、お願いしたい。

ーーある程度、注意喚起は伝わっている感触は持たれているのですね。

注意喚起が伝わったのか、一人一人の警戒感が上がったのかはわかりません。緩んでいると言われますが、全くだらけているというわけではなさそうで、多くの人は注意をしながら行動していると思います。

ただ、「このぐらいはいいだろう」とそこから外れてしまう人は一定数います。この人たちをどうするかは難しい。

ーーお盆が終わって感染状況の結果が現れる2週間後は、ちょうど緊急事態宣言が解除されるかどうかが検討される時期です。増える可能性はなさそうですか?

もしかすると東京は減るかもしれません。この時期、東京の人が減っていますから。しかし、その分だけ帰省先である地方に広がるかもしれません。

東京の医療だけを救おうと思ったら、「みんな実家に帰ってください。東京から疎開してください」というほうが簡単ですね。でも地方の医療の方が脆弱なわけですから、地方にしてみれば「来ないでください」と言いたいでしょう。

ーー夏休みの旅行先として人気がある沖縄の感染者も過去最大を更新し続けています。

沖縄も観光は増えていますが、感染源はいまや観光客だけではないです。地元で広がる市中感染になっています。

もしどうしても行くのであれば、地域の流行を沖縄に持ち込まないよう、また帰りに沖縄の流行を地域に持ち込まないよう、リスクを下げる行動、いつもの帰省・観光の行動の50%減は何とか目指していただきたいです。

旅行前に無症状でも検査、必要?

ーーお盆休みの帰省や夏休みの旅行を前に、政府は「夏休み期間のお願い」として、「症状がなくても、帰省や旅行前には積極的に検査を」と呼びかけています。政府が方針を変えたのでしょうか?そして意味があるのでしょうか

【夏休み期間のお願い】 都道府県をまたぐ移動は控えめに。休暇を分散するなど、混雑時期を避け、体調が悪い場合は、帰省や旅行は控えてください。症状がなくても、帰省や旅行前には積極的に検査を。引き続き、基本的な感染対策の徹底にご協力をお願いします。https://t.co/yi9GqG07jJ

Twitter: @gov_online

方針を変えたかどうかわかりませんが、少なくとも一時的に、自覚していない陽性者を見つけ出して動くのを抑えていただく、という点では効果はあると思います。

ただ、常々申し上げているのは、ある限られた集団や、限られた目的であれば別として、広く地域の人々や広い集団を対象に全員をスクリーニング検査をするのは、実行性・費用・資源・人手、そしてその効果から言って、良い方法とは思えないということです。

何といっても早期発見が大事なので、少しでも症状のある人は早めに、簡便に検査できるようにすることが基本です。

特殊な場合として、どこかに行く場合に事前に陰性を確認しようというのは、一つの利用法としてあり得ると思います。

しかしPCR検査、あるいは抗原検査でも、その結果は検体を採取したその瞬間の陰性を証明しているのであって、そこから先の期間も全て陰性を保証しているわけではありません。

また検査には一定の頻度で、偽陽性・偽陰性が出てきてしまうことも理解しておく必要があります。陰性が出ても感染対策を怠るべきでないことは変わりません。我々は100%確実な方法を手に入れているわけではありません。

(続く)

【岡部信彦(おかべ・のぶひこ)】川崎市健康安全研究所所長

1971年、東京慈恵会医科大学卒業。同大小児科助手などを経て、1978〜80年、米国テネシー州バンダービルト大学小児科感染症研究室研究員。帰国後、国立小児病院感染科、神奈川県衛生看護専門学校付属病院小児科部長として勤務後、1991〜95年にWHO(世界保健機関)西太平洋地域事務局伝染性疾患予防対策課長を務める。1995年、慈恵医大小児科助教授、97年に国立感染症研究所感染症情報センター室長、2000年、同研究所感染症情報センター長を経て、2012年、現職(当時は川崎市衛生研究所長)。

WHOでは、予防接種の安全性に関する国際諮問委員会(GACVS)委員、西太平洋地域事務局ポリオ根絶認定委員会議長などを務める。日本ワクチン学会名誉会員、日本ウイルス学会理事、アジア小児感染症学会会長など。