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東京五輪の数々の「落とし穴」、ワクチン不足 感染爆発を防ぐことはできるのか?

感染者が拡大する中、開幕した東京五輪。その感染対策に不安を抱くようなニュースも相次いで報じられています。問題はないのでしょうか? そして五輪開幕まで間に合わなかったワクチン接種にどう対処したらいいのでしょうか?

東京で感染者が急増し、緊急事態宣言が出される中、開幕した東京五輪。

政府や組織委員会は「安全・安心」を強調しますが、直前まで不安を掻き立てられるニュースが相次いでいました。

東京五輪開催で感染者や死者が増えるようなことはないのか。「バブル方式」と呼ばれる、大会関係者の行動範囲を一般の人と遮断する形での感染対策は成り立つのか?

新型コロナウイルス感染症対策分科会構成員で、東京2020大会における新型コロナウイルス対策のための専門家ラウンドテーブル座長なども務めた川崎市健康安全研究所所長の岡部信彦さんに東京五輪を巡る様々な感染対策上の不安をぶつけました。

※インタビューは7月21日に行い、その時点の情報に基づいている。

「プレイブック」破り、どう考えるべきか?

ーー緊急事態宣言下でとうとう東京五輪が開幕します。直前にもかかわらず、立て続けに「五輪を開いて大丈夫なのか」と思えるようなニュースが相次ぎました。例えば、大会関係者に入国後14日間が経過していなくても15分以内なら外出OKという周知がなされていたというニュースがあります。

15分というのは濃厚接触の一つの定義になっているからでしょうね。

ーー大会の感染防止策を定めたプレイブックでは、大会関係者は入国後14日間以内は原則、外出が認められていません。

でも論理的に考えると、今まで国内では15分以内の接触は濃厚接触者とはみなしていません。しかもそうした接触では患者さんはあまり出ていないわけです。

もちろんそれは何も対策しないでの接触ではなく、マスクをつけ、換気も十分な場合ですが、そうした対策をしているならば15分程度の人の接触でうつるという科学的根拠はむしろありません。

要は狭い場所に長い時間、一緒に会話をしながら停滞していることが感染のリスクなので、マスクなどの対策をした上で、15分程度のコンビニでの買い物程度の外出は論理的にそれほどリスクがあるわけではないと思います。

ただ、ルールとして定められているならば、厳密に守ってもらう必要はあります。

でも狭いビジネスホテルで2週間閉じ込められていたら、元気のある人はそういうルールを課すことで、逆にそっと抜け出すことにもなりかねません。

そういう意味ではリスクが低くて可能なことはよしとしておいてもいいのではないでしょうか。この考えは、国内における宿泊療養(ホテルなどでの療養)でも同様ではないかと思っています

重ねて言いますが、ルールとしてあるべきものは守るべきです。

プレイブックからの違反が、特に大会関係者に多く出ているようですが、スポーツはルールがあり、それに従って競技が行われます。オリンピックがスポーツの祭典であるならば、競技者はもちろん、それに係る関係者もあらかじめ定められたルールについては尊重すべきです。それを大きな声で言うべきです。

その上で、必要な改善を行ってはどうでしょう。

大会関係者の感染情報は共有しなくていいのか?

ーー選手や大会関係者の感染が相次いでいますが、東京都が五輪関係者の感染状況を把握できないという報道もありました。

それが事実かどうかはわかりませんが、もしそうであるとすれば、保健所に全てを届けているわけではないのでしょうか。

ーーそう言われると、地元の保健所には迷惑をかけないように自分たちで感染者の対応は完結してくれと求めていましたよね。

一般の人々と同じように届け出るのだとすると、保健所は他の患者と同様に積極疫学調査など対応しなければいけないでしょうね。選手村にはいわば保健所支所と言えるような機能を持った部署を設け、そこである程度のことが解決するようにしてあると思います。

ーーしかし対応しないまでも、感染者情報ぐらいは把握したいですよね。

それはそうだと思います。ただ、事前にそうした話し合いが組織委員会とどこまで行われていたか......。事実関係がわからないので、論評はしにくいですが、基本的に情報の共有は大切だと思います。

ただ、情報の共有をすれば、事務的な負担もかかることになりますから、現場はその分だけ大変になります。何のためにどこまで情報共有を進める必要があるのかは考えなければいけないでしょうね。

東京都の2回目接種禁止令、タマホームのワクチン禁止報道「医学的に問題」

ーー東京都が東京五輪の応援業務をする職員に対し、2回目の接種は大会後にしろと指示していた問題も朝日新聞で報じられました。「大会中の接種や、発熱などの副反応で応援業務に支障があるおそれがあるため」ということです。

もし事実だとしたら、それは医学的には正しい対応ではないと思います。

副反応で仕事ができなくなるのを避けるために2回目の接種の時期を大幅にずらすということであれば、職員の健康を守りながら業務の遂行を行うということに反します。スタッフの健康が守られてこそ、きちんとした良い仕事ができるのだと思います。

僕は病気から人を守るということを優先します。ですからこのワクチンでいえばできるだけ適切な時期に接種を行い、より高い免疫効果を得てもらいたい。

もちろん2回目をずらしたからといって、全く効果が下がるということではありません。2回目の接種はいわば「勉強の復習」ですから、忘れていれば学習効果は下がります。でも、思い出したときに復習をすれば、そこから先は効果がより良くなります。

しかしその期間は空けばあくほど、その時点での効果は低くなるので、きちんとした時期に復習をやっておいた方がより有利になります。わざわざ不利になるようなことを強いてはいけないと思います。

たまたま遅れるのは仕方がないにしても、仕事が滞りそうだということを理由に2回目をやらないことを指示するのは、公務であろうがなんであろうが、おかしな話です。

ーー何より、五輪期間中にその職員自身が十分に守られない懸念があります。1回接種だけでは十分な効果が得られませんよね。

そうです。上司がそういう指示を出すのは良くない。極端なことを言えば、人が健康になる権利を剥奪することになりかねません。

単純に考えて、ちゃんとやることやってよと思いますね。それが結果的には本人も守るし、周りも守ることになります。

ーー川崎市ではそんなことは言わないですよね。

そんなことはあり得ません。もしそんなことを誰かが言ったら、すぐに撤回を求めに行きます。

ーー五輪とは関係ないですが、「タマホーム」という住宅メーカーで社長がワクチン禁止令を社員に出していると、週刊文春が報じました

事実なら酷い話です。しかし会社はそんなこと言っていないと表明していますね。

仮にある組織の上に立つ人が、その組織にいる人々に対して「ワクチンを受けるな」と言ったのであれば、それは医学的に誤っていることを力づくで組織の人に押し付けていることになります。

僕はいつも、「ワクチンは本当に嫌な人は受けなくていいんですよ」と言っています。

でも受けたいという人に受けるな、ということも問題です。ひっくり返せば、受けたくない人に「受けなければクビだ」というのと同じです。これも問題です。

本人が受けたくないものを無理やり接種に向かわせることはないけれど、その気持ちを他の人に広げないでほしいと思います。

ーーとすると、こういう医学的に不当な指示には、行政指導など入った方がいいのですか。

それは私にはわかりません。行政指導があろうがなかろうが、基本的には間違った考えであると思います。

ただし、最初の質問については事実関係が明らかになっていないので、私が話していることは、あくまで基本的な一般論で特定の組織を云々していることではありません。

ーー新型コロナワクチンは国が推奨しているワクチンですね。

ええ、臨時接種という範疇で、定期接種ではありませんが、国が臨時措置として積極的に接種することを推奨しているワクチンです。対象者はできるだけ受けるようにする「努力義務」はあるとされます。

しかし強制的な接種ではないので、これに対してNoと言える権利は個人あるいは保護者にはあることになります。

東京五輪を前に起きたワクチン不足 どうするべきか?

ーーワクチン接種が東京五輪を目前にして足踏みしています。個別接種の医療機関にもワクチンが届かなくなり、2回目接種も予定通りできなくなったという悲鳴も聞こえます。受けたいのに受けられない人がたくさん出てきているのは問題ではないですか?

大企業で社員に接種させる「職域接種」を導入したことで、急速なワクチンの配送が間に合わなくなったと説明されています。

ワクチンがいっぱいあればどちらも進めることができて何も問題はなかったのですが、そこはロジスティクス(調達や補給)の問題です。

確かに職域接種によって、仕事上必要とする人、大学などで授業を安心して受けたい人に接種ができるようになったことは大きなメリットです。

ただ僕の意見は、もしワクチン不足が起きたなら、最初に決めたことをきちんとやっていくことが優先されるべきだ、ということです。

急に職域接種や大学の接種で大量に接種者を増やすのであれば、それに対応する供給量を確保しておかなければならなかった。結局、風呂敷を広げただけになりましたね。

接種を受けようとする人も、勧める人も、行政も焦ってはいけなかったわけです。

ーー河野太郎担当大臣は、かなり大風呂敷を広げました

大風呂敷でしたが、彼は素直に謝っていますね。

本当は避けなければいけない事態ですが、ワクチン不足が起きてしまった以上、次善の策をとるのだとしたら、本来進めるべきことに立ち返るべきでしょうね。

ーー本来進めるべきこととは?

優先接種の人や年齢層の順番を守り、地域での集団接種と個別接種のミックスでやる方法です。僕はやがて医療機関での個別接種にシフトするとよいだろうと思っています。

ーーワクチン不足になったからには、職域接種はストップすべきですか?

結局は、医学的に優先すべき人を優先するか、社会的に優先すべき人を優先するかのポリシーなのだと思います。

もし、片方に放っておくと命が危ない人がいて、もう片方に予防接種で感染を防ぐことによって豊かな生活を求める元気な人がいて、ワクチンが一人分しか今ないとしたら、僕は前者を優先します。医学的には絶対に前者が優先されます。

しかし、社会全体で考えると、後者の方が数としても多く「こっちを先に」という声も強いでしょう。そこは医学でなく、ポリシーと決断の話になります。

それがもっと極端な議論にしていくと、80代、90代の人を優先して5年の寿命を確保するのか、働き盛りの人を優先して30年の寿命を確保するのか比べれば、後者を選ぶということもあるかもしれません。まさにポリシーです。

こうした優先順位をつける考えがあり得ることを平常時にみんなで議論しておくべきだと、インフルエンザのパンデミック(大流行)が起きた時を想定したワクチン接種に関する委員会や研修会、説明会などで訴えてきました。でも、誰も議論しようとはしなかった。

メディアにもずいぶん話しましたが、どこも乗ってこなかった。どちらにせよ公平に進まないことはあり得べき話です。どんな考えで誰を優先するかはあらかじめ議論して、受け入れられるようにしておいた方がいい。それができていないまま今になって、焦りと不満ばかりが募っています。

みんなこうなった時に、「大変ですね。困りましたね」とはいうけれど、そんな問題は平時には考えたくないのです。

ちなみに、一時に多くの人へのワクチン接種を行うためには、あらかじめ対象者を登録しておくこと、接種に関するオンラインシステムの構築が最も重要であることも提言し続け的ましたが、「予算がない」ということで実現しないままでした。

僕としては怒り心頭です。

ワクチン接種が進めば、一定の感染を許容しながら社会を開く決断も

ーーデルタ株の蔓延は予想されていたことですが、ワクチンで防ぎ切れるだろうかという声も出ています。

デルタ株への効果については、ワクチンの効果が落ちると言っても数%〜10%程度です。きちんと2回接種すれば、極端に効果が落ちるわけではないようです。

ーーしかし、接種がかなり進んでいるイスラエルやイギリスでも感染者が再び増えています。イギリスも再び1日5万人にまで新規感染者が増えています。ほとんどはワクチンを接種していない人だと思いますが、接種率が6割程度に達したからといって、全然安心できないのだと愕然としました。

それはそうです。もし1000万人の人口の都市で、集団免疫(免疫を持つ人が一定数になり、ワクチンを受けられていない人もウイルスから守られる状態)ができるといわれる7割の接種率に達しても、未接種の人が300万人は残っているわけです。

その300万人に一気に広がれば、1日に数百人、数千人の感染者は出るでしょう。重症化率が10%くらいだとしても数十人、数百人は重症者が出る。

それでも接種した個人は守られます。接種を受けた人は感染しても多くは重症化は免れます。感染力が強いとされる変異ウイルスが中心となっても、ワクチンを接種しておく意味は揺るぎません。

ただ残りの30%が接種してくれないと全体は収まってきません。接種済みの人にはこれまで課してきた制限は多少緩和していくべきだと思いますが、100%の効果があるわけではないので、当面は少し注意をしながら生活してほしいとお願いすることになるでしょう。

そして接種していない人にはうんと注意してもらうか、やはり「ワクチン接種を受けるといいことがあります」と言い続けるしかありません。

ーーイングランドで19日に感染対策が全面解除されました。世界中の研究者が反対を唱えていますね。

僕は英国の考え方はあり得る政策だと思うし、チャレンジングなやり方だなという思いです。

でも日本でもしどうするか問われたら、追いかけられたウサギが穴に逃げ込み、敵がいなくなった時にぴょんと一気に穴から飛び出るような方法は取らないほうがいいと思っています。

それよりも、穴からちょっと頭を出して、周りをキョロキョロ伺いながら少しずつ外に出てくるように、注意をしながらそろりそろりと進めた方がいい。

一気に解除の方が確かに目に見える経済効果などはあるのかもしれませんが。

ーーしかし、英国ではその負の影響が感染者数の増加として現れました。

母数である感染者数が大きく増えると一定の重症者数もやはり増えます。その時に医療がきちんと吸収できるようにしておかなければいけません。そしてその状況を国民が受け入れるかどうかです。

少し先の話になりますが、日本でもこの病気で重症化する人の度合いをどの程度に見積もればみんなが納得いくかを議論しなければいけません。

ーー確かに新型コロナの前にインフルエンザで1年で1万人亡くなっても、みんな許容していました。

インフルエンザが大流行すると社会問題になったり、高齢者施設で集団感染が起こればニュースになったりしていましたが、それで会社にテレワークを大幅に導入したり、飲食店を休業させたりはしなかったですね。

もちろん新型コロナはインフルエンザほどの流行はしていませんが、重症化率はインフルエンザより高い。条件が同じではない、ということを忘れてはいけません

ーーワクチンがある程度行き届いたら、一定の感染者を許容しながら、日常生活に戻すことはあり得るわけですね。

イギリスと同じようにはしないまでも、社会を開けていくことはあり得ると思います。

あまり良い例えではありませんが、車に乗れば事故が起きるかもしれませんが、確率から言えば事故を起こさない、事故にあわない人の方が多い。でもあり得る事故に困らないようにみんな保険をかけます。

感染症も、もしかしたら自分に降りかかる”事故”かもしれません。そうなった時の心配を少しでもなくせるならば、ワクチン接種を受けながら社会を開くことはできるでしょう。

病気はだいたい多くの人にとっては見えないものです。医療の世界にいる僕ですら、明日自分ががんになるとは思っていない。でもがんになる割合からすれば、そのリスクは低くはない。でも当事者になるまでリスクは意識していないのです。

ワクチンの効かない変異ウイルスの懸念は?

ーーただ、イギリスのやり方は極端すぎませんか?

僕はイギリスのやり方の考えはいいと思います。

つまり一定数の感染者がいても、重症者数がある程度抑えられて、重症者はきちんと医療が受け止めることができる。尊厳ある医療、そして尊厳ある看取りもできる。また通常の医療は通常の医療としてきちんと動いている。

そういう条件が満たされるのであれば、その病気の存在は社会で許容できるようになると思います。もちろん医療・医学は、それで放っておくのではなく、さらなる進歩を目指します。


これは「このぐらい感染者が出ても大丈夫だ(普通の病気の範囲に入ってきた)」というみんなの受け入れの気持ちがあるかどうかの問題です。


ただし、日本でこのようなやり方を一気に進めるには、まだ注意が十分行き届いていないし、イギリスほどのワクチン接種率にも達していません。


ーーもう一つ、西浦博先生が懸念を示されていましたが、ワクチン接種がある程度進んだ国で一気に制限を解除して感染が広がると、ワクチンの効かない変異ウイルスが選択的に広がってしまう恐れがあるという問題についてはどう考えますか?


ウイルス側にしたらできるだけ生き延びたいわけで、生き延びる力を持った変異ウイルスが多数派になっていきます。ワクチンによってついた免疫から逃げる変異ウイルスですね。それが子孫を増やしていくことは確かに論理的にあり得ます。


ただ、ワクチン接種者数が増えてくれば、その分だけ感染が広がることは減り、変異ウイルスが出てくるチャンスも減るはずです。ウイルスは一生懸命そこから逃れようとしますが、かかる人が少なければ広がることはありません。西浦さんもワクチン接種を十分に行き渡らせる必要性を強調していると思います。


ワクチンを作る人たちもそういう場合に備えて、新しく登場した変異ウイルスに対処できるようにワクチンの内容を切り替える技術を解決策として考えています。


僕が現段階で一般の人に言いたいのは、「将来効かなくなるかもしれない」と不安になるのではなく、今効くワクチンをできるだけ早く受けてもらいたいということです。


次の一手を考えるのはそれが効かなくなった時です。まずは今のワクチンを急いで広げていくことが最優先です。



(続く)

【岡部信彦(おかべ・のぶひこ)】川崎市健康安全研究所所長

1971年、東京慈恵会医科大学卒業。同大小児科助手などを経て、1978〜80年、米国テネシー州バンダービルト大学小児科感染症研究室研究員。帰国後、国立小児病院感染科、神奈川県衛生看護専門学校付属病院小児科部長として勤務後、1991〜95年にWHO(世界保健機関)西太平洋地域事務局伝染性疾患予防対策課長を務める。1995年、慈恵医大小児科助教授、97年に国立感染症研究所感染症情報センター室長、2000年、同研究所感染症情報センター長を経て、2012年、現職(当時は川崎市衛生研究所長)。

WHOでは、予防接種の安全性に関する国際諮問委員会(GACVS)委員、西太平洋地域事務局ポリオ根絶認定委員会議長などを務める。日本ワクチン学会名誉会員、日本ウイルス学会理事、アジア小児感染症学会会長など。