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「専門家の乱」の真相は? 感染症のスペシャリストが緊急事態宣言を勧めざるを得ない理由

変異ウイルスが猛威を奮い、緊急事態宣言も延長になり、対象地域も拡大している日本。 長引く生活の制限にうんざりしている人も増えていますが、なぜ必要なのでしょうか?「専門家の乱」の真相は? 岡部先生に聞きました。

変異ウイルスが猛威を奮い、緊急事態宣言も延長になった日本。

医療の逼迫が関西で深刻になる中、希望の綱のワクチン接種の遅れも目立ちます。

ワクチン接種までにこの流行を抑え込むことができるのか。我々が打てる手は何か。

新型コロナウイルス感染症対策分科会構成員も務める川崎市健康安全研究所所長の岡部信彦さんにお話を聞きました。

※インタビューは5月11日夜にZoomで行われ、5月15日にも追加で取材しています。その時点の情報に基づいています。

「戦う相手が変わった」 変異ウイルスの影響

ーー緊急事態宣言が延長になりました。長引く規制でうんざりしている人も増えていますが、やはり必要ですか?

みんなうんざりしているし、僕も緊急事態宣言なんてできればやりたくない側なのですが、フェーズ(段階)が変わった、戦う相手が変わったという認識は必要だと思います。

ーー変異ウイルスですね。

全国的に酷い影響が出ているわけではありません。またその影響がどの程度なものか疫学的データとしてまだつかみ切れていないところがあります。

ただ、実際に患者を診ている医師たちの話を聞くと、今までは経過を見るだけで事なきを得ていた30~50代の年齢層で肺炎の発症が多くなっています。以前より早めに酸素吸入を必要としたり、気管挿管(人工呼吸器装着)をしなければならない患者が増えていることを実感していると言っています。

これらの年代層は、高齢者に比較すれば人工呼吸器が外れるのも早いですし、治療がきちんとできていれば回復もはやい。

しかし、そのような人たちが入院患者数として増えれば、医療機関にとってはベッドも人手も機材も取られますし、入院期間も長くなります。致死率は上がらなくても病院の負担の重さが続けば新たな重症者を受け入れられず、一般の医療へのしわ寄せも出てきます。

今までは「高齢者ならば重症化はある程度やむを得ないところもある」と思っていたのが、重症化の度合いが低年齢化しているのですね。これまでの病態とは違う印象を現場の医師が持っています。その印象はとても大事です。

全てがエビデンスとしてきれいに揃っているわけではありませんが、臨床医の感覚には相当注意をしなければならないと思います。つまり今までと同じウイルスが相手と考えてはいけない。

対策が上手になっている面も しかし相手も強くなっている

とはいえ、相手は感染症なので、一般の人は「変異ウイルスだから特別なことをやる」、ということはなく、感染症に対する基本的な注意のレベルを少し上げて、丁寧にやって頂くことが肝心です。

今まで十分にやって頂いている方には、その方法を続けていただければと思いますし、あまりやっていなかった方は、これまでお願いしているような方法をぜひとも取り入れて頂ければと思います。

逆に、みなさんうんざりしているかもしれませんが、対策が上手になっている面もあります。

1年前の緊急事態宣言では家にこもっていましたが、その頃にはマスクをつけている人は少なく、人混みを気をつけてもらうことも難しかった。そこから比べれば、今は店内での注意や電車内での注意はずいぶん行き届きました。近くの公園で、注意しながら遊んでいるなと感じる親子連れも、よく見かけます。

もちろん「飲食店で飲めないが、路上なら安心だろう」という人もいます。確かに広い空間であれば感染リスクは格段に下がります。

しかし「飲む」ことで感染するのではなくて、「多人数で密になって、長時間、大きな声で」がリスクが高くなるわけで、「飲む」という行動はそれに輪をかけます。外飲みも同じようにリスクが高くなっている印象です。

不注意な人、無視する人は必ずいますが、注意をしながら遊び、状況をわきまえながら慎重に行動できる人は増えていると思います。一人でもそのような方が増えてくれれば、感染拡大のリスクは下がってくるのです。

それでも、相手が変わってきています。前と同じ注意の仕方だと相手の方が強くなっているようなので、効き目としては弱くなってしまうかもしれません。

対策に飽きていながらも一定の注意は行われているので、急速な増加は今のところは抑えられているのかもしれません。混乱を招くような新たな対策を導入することはないけれども、これまでの対策を強めなくてはいけない、というのはそういう意味です。

感染力の強さは? 医療体制の逼迫は?

ーー感染力の強さや感染の広がりのスピードがこれまでよりも強いとも言われていますね。

変異ウイルスが増えてくることによって、疫学情報、臨床情報が国内でも集まりつつあります。

国内でも、感染の広がりのスピードは速そうだというデータ、一つのクラスターが広がるのが今までも速いという感触、重症化する年齢層が従来より低年齢化しているといという現場の医師の印象などが捉えられています。

データが不十分な時はこういう感触や印象がとても大事なんですね。もちろんできるだけ早く裏付けを得ていく必要があり、それに応じた修正を加えなくてはいけません。

なによりも、一般医療に大きなしわ寄せが来ることは避けなければいけません。一般医療にしわ寄せが及ぶと、困るのは医療従事者というより、現在普通に暮らしている人々です。

病気や事故や怪我はいつ誰に起こるかわからない。その時に近所の医療機関が新たな患者さんを診ることができなくなったらどうなるでしょう。それは何としてでも避けたいです。

そのためには全体の感染者数を一人でもでも少なくしなくてはいけない。その状況が「今」だと思います。

ーー大阪、神戸では入院が必要な患者も入院できない事態になっていて、軽症者が療養するためのホテルもいっぱいになり、自宅療養で亡くなる人も増えています。医療は逼迫していると考えていいですね。

はい、残念ながらそう考えなくてはならないと思います。

大阪大学が「移植医療ができない」と発表していました。

移植医療は緊急性はないかもしれませんが、常に準備していないとできない医療です。いったん臓器提供者が決まれば、まさに1分1秒を争うことになります。それができないとなると、移植すれば助かる人をまたしばらく待たせなければならない。移植提供者の遺志は活かされない。そういうしわ寄せも出てきています。

ーー東京でも起こり得ますか?

東京は幸いそういう状況に今はなっていませんが、起こり得ると思います。しかし起こさないようにしないといけません。

なぜ大阪が大変になっているかについては、検証が必要です。病院の数の差かもしれませんし、医療の仕組みかもしれない。重症者が多いのは変異ウイルスの影響なのかもしれません。

何よりも感染者数を今よりも少なくするようにしなければいけません。ここにはどうしても一般の方々の協力が必要です。

「専門家の乱」の真相は? 意見を聞いて方針を変えるのは健全

ーー14日には新たに北海道、岡山、広島に緊急事態宣言を出すことを決めました。一段緩めの対策を考えていた政府提案に分科会が同意をせずに再考を求め、結果として専門家の意見に同意をして再提案をしたと伝えられています。

「専門家の『乱』」などという新聞の見出しもありましたが、誰かを貶めようとか、反対のための反対とかではありません。

医学・経済・自治体代表など幅広い分野からなる専門家として議論を行い、分科会の総意として代案を提案したのに対して、専門家の意見を聞いた閣議はそこを尊重して柔軟に判断した、ということだと思います。

議論のありかたとしては健全ではないでしょうか。

これまでの分科会や諮問会議などの時に、日本医師会の釜萢敏先生や僕も発言していますが、「はじめに結論ありき」であれば会議を開催する意味はなくなります。

国際会議ではしょっちゅう事務局案はつぶされたり、修正されたりしています。

こうした議論のあり方に日本のメディアは慣れていないような気もします。会議の前夜からニュースで「〇〇と決定の見込み」と大きく報じていますから。その前にリーク情報があるわけでしょうが、委員としては決定が前提であるように報じられるのは納得のいかないところです。会議はセレモニーであってはならないと思います。

加えて今回、案がきたのは前日夜なので、私たちは何か具体案をみてから議論をスタートさせたわけではありません。

変異ウイルスの変化は?

ーー変異ウイルスについてはインド株も注目されています。インドではものすごい流行が起きていますが、日本ではどの程度警戒すべきですか?

インドで確かに変異ウイルスは見られていますが、インドの流行は変異ウイルスが悪いのか、医療が悪いのか、文化に問題があるのかは明確になっていません。私はいずれもが絡み合っているのであろうと思っています。

少なくとも今のところ国内でインド株は広がってはいませんが、警戒はもちろん必要です。また違う顔が別の場所で暴れているわけですから。

ーーいろんな「別の顔」が出てくると混乱を招くわけですね。

まさにいろんな顔が世界のあちこちに出て、混乱を招いています。ウイルスはヒトからヒトへと渡り歩いているうちに、変異を繰り返しているのは当たり前です。人でも親から子、孫、子孫と続くうちに、家族がだんだん違う顔になっていくと、中には、めちゃくちゃ優秀な人とか大悪人が突然出てくる可能性があります。

ーーだから国立感染症研究所や地方衛生研究所などで変異ウイルスの監視と広がりを観察しているわけですね。

僕は、「医学の進歩は人に幸せを与えているだろうか」と、この頃自問することがあります。

例えばPCR検査は早く結果が分かるようになりましたが、PCR検査の意味が十分理解されていないため、「PCR陽性=感染力あり」と考えられてしまっています。それによってPCRが陰性になるまでうつるといけないから退院あるいは転院は困る、仕事や学校に来ないでほしい、と求めるような問題がまだ続いています。

変異ウイルスも昔ならばそんなに早くはわからなかったので、人々は落ち着いていたかもしれません。今は変異が分かるようになったので、まだ日本には広がっていないインド株をハラハラドキドキしながら見ることになります。

技術の進歩が、安心感よりも不安感をもたらしています。もちろん早くわかるからこそ、その準備に取り掛かることができる面はあるのですが。

幅広い検査で早く察知できるのか?

ーーこれもこの感染症初期からずっと聞いていることですが、「早めの対策」を取るために、幅広い検査で陽性者を早めにキャッチする方法の導入を訴える人がいます。早稲田大学が教職員や学生全員に毎週PCR検査を行うそうです。内閣官房が行う早期発見のためのモニタリング検査の一環のようですが、必要ですか?

モニタリングというのは、集団の中の一部を見る「サンプル調査」のようなものですから、それはそれで意義あることだと思います。

でもそれをどこでも全てに広げるのが意義あるかといえば、そうではないと思います。

サンプル調査はどのような流行の動きがあるか、流れを知るために行われるものです。全てに普及させることで効率よく感染をキャッチできるかというとあまり能率的ではなく、それにかかわるロス・負担も大きいと思います。

もちろん個人個人の検査の機会を増やしてそれぞれの心配を解消するという意味では有意義です。

早稲田大学の検査は抗原検査ですか?

ーーいえ、PCR検査です。

PCR検査だけが検査ではないというのはかねてから申し上げているところです。抗原迅速診断キットもPCRと同等ではありませんが精度が高まるなど、改良が進んでいます。多くの人が簡単に検査が受けられるメリットがあり、もっと利用を進めてもよいと思います。高齢者施設などの従事者の集中検査に関しては「抗原検査でも可能」との通知も国から出ています。

行政で行う検査と、病院で行う診断のための検査と、一般の人が不安だから行う検査は切り分けて考えなくてはいけません。それを踏まえて考えないと、検査の意味に誤解が生じます。

ーー早稲田のようなマンモス大学で週1回膨大な数の人にPCR検査をして、陽性かどうか見ることは早めに察知することにつながりますか? 大量のPCRをするのはものすごい手間や人手もかかりそうです。

やって無駄なことはありませんが、その効率性と、かかるお金と、検査される側の負担も考え合わせると、すべてに拡大というのは難しいのではないかと思います。

その集団が特に感染確率の高い集団であるなら意味が大きくなりますが、感染確率の低い集団や不特定多数を対象として症状がない人も含めて全員網羅的に検査をする、というのは意味が小さくなり、効率性が低くなるとる思います。

院内感染対策のために症状がある人を早く検査して見つけたり、病院によっては出勤前に検査したりするところも出てきています。最近、院内感染の規模は小さくなりました。

高齢者の施設も感染対策はだいぶ進んできてきていますが、施設の職員に対して症状があれば早めに検査できるようになってきています。

ある集団でのクラスター予防として、院内感染対策、高齢者施設対策と進めてきていますが、その次は私は小中学校、幼稚園などの教育機関や保育園が対策の対象ではないかと思って提案しています。

今、学校等が感染拡大の中心にはなっていませんが、周辺地域の流行が多くなれば学校にも感染は飛び火します。

現在学校等では子どもから子どもへの感染が広がるというよりは、大人である教職員から子どもたちへというパターンになっています。教職員は一生懸命やっている一方、感染源にもなる可能性がある状況におかれているのは、高齢者施設などと共通するところです。

そうであれば、学校等では教職員で症状のある人は早く検査できるようにする、ワクチンも優先接種まではできないかもしれませんが、順番がきたら教職員はなるべく早く受けるようにすすめることが必要だと思います。

それが教職員自身の身を守ると同時に子どもたちへの感染を防ぐことになります。学校の教職員も早期診断のターゲットにした方がいい。学校での集団感染被害をもたらす大元を先に見つける方が効率が良いのではないかと思います。

(続く)

【岡部信彦(おかべ・のぶひこ)】川崎市健康安全研究所所長

1971年、東京慈恵会医科大学卒業。同大小児科助手などを経て、1978〜80年、米国テネシー州バンダービルト大学小児科感染症研究室研究員。帰国後、国立小児病院感染科、神奈川県衛生看護専門学校付属病院小児科部長として勤務後、1991〜95年にWHO(世界保健機関)西太平洋地域事務局伝染性疾患予防対策課長を務める。1995年、慈恵医大小児科助教授、97年に国立感染症研究所感染症情報センター室長、2000年、同研究所感染症情報センター長を経て、2012年、現職(当時は川崎市衛生研究所長)。

WHOでは、予防接種の安全性に関する国際諮問委員会(GACVS)委員、西太平洋地域事務局ポリオ根絶認定委員会議長などを務める。日本ワクチン学会名誉会員、日本ウイルス学会理事、アジア小児感染症学会会長など。