2度目の緊急事態宣言が出て、今度は特別措置法の改正に焦点が移っている。
感染症対策の実効性を高めるために議論が始まった罰則の問題。

「強い私権の制限には反対」と明確に語る新型コロナウイルス感染症対策分科会構成員で、内閣官房参与も務める川崎市健康安全研究所所長の岡部信彦さんにお話を聞いた。
※インタビューは1月10日午前中にZoomで行われ、その時点の情報に基づいています。
一般の人の動きをどう見るか?
ーー前回の緊急事態宣言よりも、人出がそれほど減っていない印象を受けます。データでも出ていますね。今回の宣言の一般の人の受け止め方をどうご覧になっていますか?
ある程度、生活を維持しているという意味では理にかなっているのかもしれません。
でも、宣言の本意としては、遊びの享受は後にしてほしいということなんですね。「禁止」ではないけれど、するのであれば感染予防に気を使ってほしいということです。
日常の生活を維持するという意味は、衣食住が困らないということです。仕事もできるし学校にも行ってもらう、という意味です。
銀行や郵便局、役所も開いています。共通試験も入学試験も工夫をしてやりましょう。学校は大切です、ということを言っています。
もちろん、感染リスクの低いイベントもあります。でも、全ての人が何がリスクが高くて何が低いかを判断できるわけではないので、右か左かという極端な議論に戻ってしまうのですね。
ーー本当はそれぞれがリスクを見極めながら判断するのがいいのでしょうけれども、なかなかそうはできないですね。
それは何においてもそうなので、結局、ある力で決めなければいけなくなっていますね。
ワクチン導入の影響は?
ーーワクチンが政府の打ち出している通り、2月下旬から接種開始されれば、また状況は変わっていくでしょうか? 効けばいいですけれども。
これまでに公表されたデータでは、ワクチンはある程度の効果があると思うんです。
ただ効き方が、麻疹や風疹のような効果か、インフルエンザのような効果か。まだ明らかになっていない部分もありますが、少なくとも短期的な重症化予防効果はあるようです。
問題は、軽い重いもひっくるめて副反応をどれほど社会が許容するかどうかです。
例えば、熱が出やすいワクチンでも、効くならばみんなが我慢して熱を許容してくれるのか、「こんなに熱が出るなんてかなわない」と離れてしまうのか。そこが決めてでしょうね。
もちろん重い副反応発生率が高ければ使えないですが、100万接種に1件くらいの重篤な副反応があっても効果が良ければ、使用するメリットはある。単純に言えば、70%に効果があるとすれば70万人の人は利益を受けることになりますが、これで接種を中止にしたら、病気による被害を被る人の方が多くなります。
ーー特に日本人はワクチンに心理的に過敏反応を示すとおっしゃっていましたね。
それは気のせいとかそういうことではなく、不安感や接種を受けるストレスが、生体の反応として身体症状を生み出し、適切な対応がないと慢性的か治らない症状になる、という考えです。
つまりワクチンの成分そのものが引き起こす生体の異常反応ではなく、予防接種をする・注射をするという行為がリスクになる場合がある、という考え方です。
これには、接種する方も接種される側も、ワクチンというものに対する理解が必要で、丁寧な説明と丁寧な接種が接種する側に求められます。
また 長期的な意味での異常反応があるかどうかは、治験の範囲ではわからない。それが治験の限界です。この感染症が出てきてから1年しか経っていないのですから、病気も含めて数年後の状況は経験がなくわからないのです。
ーー長期的な副反応は他のワクチンでも出てきたことはあるのですか?
通常はないのですが、数年後に起きた症状だとそもそもワクチンのせいなのか、それまでの営みが原因なのか、自然の出来事なのかがわからないのですよね。
その場合は1例、2例ということではなく同様の症状の集積があるかどうか、接種を受けた人と受けない人では発症率に差があるかなどの、広範な疫学調査が必要になります。
またワクチンで作った抗体がその病気に感染した時に免疫機構の過剰な反応を引き起こし、重い症状が現れるということにも気を付けなくてはいけません。効果がどれほど持続するかも、治験の範囲ではわかりません。
しかし、すべてのデータを待っていては、感染症にかかる人の方が多くなり不幸な結果となるので、一定の安全性を確認すればスタートすることになります。
特措法の改正 強い私権の制限には反対
ーー緊急事態宣言と同時に、特別措置法の改正も議論になっています。罰則の内容も議論され始めていますが、私権の制限は最小限に留めなければならないですね。
今の状態で強い私権の制限をすることについては、するべきではないと私は思っています。
多くの人、パブリック(公共)の利益を考えれば、ある程度の私権の制限は許容されるのでしょう。
けれども、それによって私権の制限を受ける人が著しい悪影響を被るとか、罰則を設けるなど、基本的人権にかかわるようなことについては、緊急的な時こそ慎重にすべきで、平時にじっくり議論すべきだと思います。
またその際には、致死率の高い病気を想定した特措法に、平均的な致死率が2%以下(高齢者はさらに高く、若年層は0.1%にもならない)の病気を当てはめてよいかどうかの議論も必要です。
例えば、入院しない人について罰則を設けるというのは、今の瞬間だったらいいかもしれませんが、それが今後も続くとどうなるのか。そのような時限的なことも考えるべきと思います。
1998年に感染症法が策定されましたが、法律に基づいた入院の場合には感染の広がりを予防する観点から入院を拒まれたら困るので、患者が医師の説得に応じなかった場合には知事が説得する形になっています。つまり、行政が関わることになっています。
しかしその入院が正当であったかどうかは、そのためにあらかじめ設けられた委員会で審査をし、また入院となった人は入院は不当ではないかという申し立てができるようになっています。
つまり、その入院は妥当であるかどうかが審査されます。有無を言わさず入院、その後一切の意見を聞かない、という時代があったのですが、その反省から制定されたことで、これは大切にすべきものと思います。
感染症法ができる前の「伝染病予防法」では、例えば僕が医師として「岩永さん、あなたは〇〇という法律で決められている感染症だから入院。さもないと具合も悪くなるかもしれないし、人にもうつします」と決めたら、伝染病病院に強制入院となるのです。
今は入院させるために、「これこれこういう理由があるので入院してください」と医者が患者に頼みます。命に関わるかどうかは本人にわからないし、本人の命だけでなくて、その患者の周りに広がってもいけない。しかし本人は入院はするけれど、「入院は不服だ」と申し立てる権利もあるのですね。
ーー先生は新型コロナであっても、伝染病予防法のように強制的に入院させるような規則は設けるべきではないと考えているのですね?
時限的にそうするという形ならば、やむを得ないとも思います。ただそれが法律という形で強制力が定まってしまうとどうか。強制は良くないということを20数年前に議論したわけですからね。
また繰り返しになりますが、平均的な致死率が2%以下の病気を当てはめてよいかどうかの議論も必要です。
新型コロナで法改正を考えるべきか 冷静な議論を
感染症法の前文には、そういう強制力が患者さんに非常な迷惑を及ぼしたことがあるということが書き込まれました。僕はそのことが頭から離れないのです。
我が国においては、過去にハンセン病、後天性免疫不全症候群等の感染症の患者等に対するいわれのない差別や偏見が存在したという事実を重く受け止め、これを教訓として今後に生かすことが必要である。
このような感染症をめぐる状況の変化や感染症の患者等が置かれてきた状況を踏まえ、感染症の患者等の人権を尊重しつつ、これらの者に対する良質かつ適切な医療の提供を確保し、感染症に迅速かつ適確に対応することが求められている。(感染症法前文より)
ただし、そこは人権を中心に考え過ぎると、公衆衛生の考えがおろそかになって病気の広がりが野放図になることも事実です。
その両方のバランスを慎重に考えなければいけません。それは社会情勢に応じて考えなければいけませんが、今のこの病気でそこまで考えなければいけないのか。
もっと冷静になって議論を重ね、我が国におおける感染症対策の理念、方向性はどうあるべきかということを考えていく必要があると思います。
ーー特措法改正については分科会でも議論が始まっているわけですよね?
今お話したような議論です。我々の議論を待って政府がアイディアを出しているわけではなく、国会でそれぞれの党がそれぞれの意見を出している状況です。
分科会の議論では、特措法にある「基本的人権の尊重と必要最小限の制限を堅持する」という点で合意が得られています。
ーー飲食店への過料(罰金)についてはどうですか?
これは分科会の時にも言った意見ですが、やはり飲食店は被害者なんです。もちろん中には加害者もいるかもしれませんが、多くの飲食店は被害者です。
ある程度の決まりについて守らなかった人については、刑罰ではなく、過料という形にするという意見が出されていますね。
むしろ「補償」というところを、「謝金」という形にしたほうがいいのではないかと僕は思うのです。
「協力してくれてありがとう」です。額が妥当かは議論があるでしょう。「これだけしか出せないけれども、あなた方に感謝しています」ということを示すのが本来の姿勢です。
でもそこでのルールを守ってくれない人には、守ってくださいということを強く言わなければいけない。
ところで今「高病原性鳥インフルエンザ」が国内のあちこちで出ています。牛の場合は口蹄疫などもありましたね。ブタでは豚コレラと言う感染症が発生しました。
農水省は農業・畜産の振興が大切な仕事なので、そこに対し外部から病原体が持ち込まれないよう、広がらないよう再発防止の指導をし、1羽、1頭処分するごとに補償金を支払い、畜産業が壊滅的打撃を受けないようにしています。
医療では、院内感染を起こした場合、確かに病院も十分な感染対策を行っていないところが明らかになることがありますが、元々その病原体は患者さんが持ち込んだものでもあります。
それに対して防ぎきれなかったことに対して、病院は非難されて、後ろ指を指されて、助言ではなく指導が入るのは、医療としてはなんだか腑に落ちないところがあります。
そして今回も院内感染を起こしている病院はものすごいダメージを受けるわけです。飲食店の対策についても似たような姿勢を感じるのですが......。
ーー「飲食店がリスクの高い問題ある場所だ」という目で見るのではなくて、「みんなの感染対策のために協力して頂きありがとうございます」という姿勢を見せるべきだということですね。
そうですね。そしてお客がそこに感染を持ち込まないように気を付ける、という考えも大切だと思います
心配なのは健康不安よりも世間の目 「いい塩梅を」
ーー今朝の朝日新聞に掲載されていた世論調査で、「コロナ感染で心配なのは、健康不安よりも世間の目」と答えた人が67%という結果が載っていました。
それが日本的な「自粛」を呼び起こしているところでもあるのですよね。日本人の精神構造の特徴だと思いますが、ほどよく世間の目を気にしてくれるのならいいのですが、時に行き過ぎてしまいます。
結局、必要なのは「いい塩梅」なんです。いい塩梅がないと、世間の見る目は過剰に厳しくなったり、排除されたりする。萎縮するあまり、家から一歩も出られなくなったりもします。
何をやっていてもいい塩梅は難しいと思うのです。全てフリーにするわけにもいかないし、強権的に締め付けるのもよくない。
でもその「いい塩梅」のやり方を見つけていくのが、本当のいい社会ではないかと思うのですけれどもね。
ーー「いい塩梅」を作るにはどうしたらいいのですかね。流行初期からずっとこのお話を先生から聞いている気がするのですが......。
色々な歴史的、文化的背景があるから一気に動くわけではないのですね。今の動きを見ながら、しかし今の状況、世界の流行状況を見れば多少の不便は忍ばなければいけないだろうと思います。
そして根本にあるのは、やはり医療を支えておかないと、結局は自分たちが損をしてしまうということだと思います。
しかし支えるべきは、医療だけに止まりません。それぞれの人の生業、産業だって支えないと、結果的に自分たちが困ってしまうわけです。
そこの塩梅が必要なので、極端な政策は両方ともうまくいかない可能性があるし、ベストアンサーはない。何をもってベストに近づけるかを模索していかなければいけないのですね。
楽しみは維持しつつも、ちょっとだけ我慢して
ーー2度目の緊急事態宣言、一般の人にこういう考えで、こういう行動をとってほしいなという先生の願いを教えてください。
我々もここから先、半年、1年を見るのは難しいのですが、けっしてお先真っ暗というわけではなく、少しでもいい方向に進もうと思っています。3月、4月と比べて、現実に感染者が多くなったとしてもなんとかもちこたえています。
でもそれ以上増えると医療も潰れてしまうので、これはなんとしても止めなくてはいけない。2週間前の行動を10割として、今回は8割減してくれというわけではないけれども、少なくともまずは半分くらいは落としてほしいというのが私の考え方です。
人間、今の生活はすごく便利になり過ぎています。楽しみもあり過ぎるぐらいです。でもそれをうまくコントロールしないと、楽しみの度合いは今後増えていかないと思います。
楽しみを一切なくすようなことは絶対やめたほうがいいのですが、楽しみと超便利さは、少しペースダウンをしてもいいのではないでしょうか。
20年30年前に戻ろうというのは必要ないでしょう。人間は楽しんだり、快適なことをしたりするために、普段から一生懸命生きているわけですから。
でもそれを少し振り返って、ウイルスという邪魔をする相手の出方をよく見ながら潰していってほしいですね。
ーー先生自身も生活が変わったりしたのですか?
会議は、ずいぶんリモートに代わりました。分科会やアドバイザリーボードもリモート参加が推奨されてきました。。
本来はリモートよりも対面のほうがいいのは当然です。ある程度、相手のことがわかっている人同士がリモートになったから成り立つのです。全然知らない人同士が集まって最初からリモートだと、発言だってかなり気をつけないといけないし、相手の顔色もわかりません。
こういう取材も、お互いにある程度、対面で会った経験があってどういう人かわかっているからできるわけです。初めての人からの電話取材はなんとなく身構えますし、答えにくい時もあります。
川崎市内でもリモートの会議は増えています。川崎市本庁との会議や保健所同士の会議などは以前から電話会議をかなり増やしていましたが、昨年4月、5月の時は、オンライン会議の機材などはありませんでした。役所ではパソコンを外に持ち出すこと自体が、情報流出を恐れてとんでもないとされていたのですね。
それもかなり変わってきています。
働き方改革の号令は、予算もないし、方法もないしということで立ち止まっていたのが、コロナでググっと進んだところはあります。これはある意味いい変化で、今回良かったと思われる点は、元に戻さないで残していきたいですね。
ただし僕が研究所から帰宅する時間は残念ながらちっとも変っていないです......。
【岡部信彦(おかべ・のぶひこ)】川崎市健康安全研究所所長
1971年、東京慈恵会医科大学卒業。同大小児科助手などを経て、1978〜80年、米国テネシー州バンダービルト大学小児科感染症研究室研究員。帰国後、国立小児病院感染科、神奈川県衛生看護専門学校付属病院小児科部長として勤務後、1991〜95年にWHO(世界保健機関)西太平洋地域事務局伝染性疾患予防対策課長を務める。1995年、慈恵医大小児科助教授、97年に国立感染症研究所感染症情報センター室長、2000年、同研究所感染症情報センター長を経て、2012年、現職(当時は川崎市衛生研究所長)。
WHOでは、予防接種の安全性に関する国際諮問委員会(GACVS)委員、西太平洋地域事務局ポリオ根絶認定委員会議長などを務める。日本ワクチン学会名誉会員、日本ウイルス学会理事、アジア小児感染症学会会長など。