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「五輪のリスク議論、タブー視するな」 予防接種は年末まで届かない覚悟で対策を

これまでの対策の効果を検証しながら次の一手を考えるべきだと語る西浦博さん。変異株を科学に基づいたロックダウンと予防接種で乗り切ったイギリスから学び、オリンピックについても感染対策の観点からもの申します。

大阪、兵庫、宮城の3府県に続き、東京、京都、沖縄の3府県にも適用されることになった「まん延防止等重点措置(重点措置)」。

しかし、感染力や重症化のリスクが高い変異株の広がりや、ワクチン接種の遅れ、オリンピック開催など、感染者の急増に対策が追いつくのか懸念もある。

「いろんな知見を通じて、どのような対策を打つべきか考えなくてはならない時」と話す京都大学大学院医学研究科教授の理論疫学者、西浦博さんにお話を聞いた。

※インタビューは4月9日午後にZoomで行い、その時点での情報に基づいている。

ハイリスクの場に絞った対策 うまくいかない場合は?

ーー前回の緊急事態宣言は緩い対策をうったことで、十分に感染者を減らしきれなかったと分析されています。重点措置は「緊急事態宣言に準じる対策」と言われ、対策内容もそれほど変わりがないように見えます。飲食店の時間短縮などハイリスクの場に絞った対策で効果は得られそうですか?

日本は、クラスター対策に当初から取り組んできて、その知見を生かしてきめ細やかなハイリスクの場への対策を行ってきました。屋内の密な接触で飛沫が飛びやすい環境をターゲットにしてきたわけです。

具体的には、ステイホームを呼びかけながら、飲食店の時間短縮や休業要請をし、イベント開催も控えてもらってきました。

これまで「ハイリスクな場で○%接触を減らせば流行がおさまりますよ」と呼びかけてきました。その基礎になる理論は論文で述べています。

日本ではクラスター対策の段階から、集団全体への対策に切り替えても、リスクが高い場に着目した対策を作って社会経済活動へのダメージが少なくて済む方法を必死に考えてきました。

実際、夜の繁華街から感染が広がり始め、若者の感染者が多かった第2波では、緊急事態宣言を出すことなく感染者数をいったん下げることができました。5人以上の会食を避けることと休業要請を組み合わせた大阪でも、うまく下がっています。

ただし、社会経済的なインパクトに配慮するあまり対象をしぼり過ぎると、それで効かなかった時の社会の混乱は相当なものになります。

変異株などの影響が見えない中、今回打つ対策では不十分だった場合のプランB(代替策)を今から用意しておかなければ、背筋が寒くなるような事態になることも予測されます。

だから、過去の一つ一つの措置がどれぐらい有効だったのか検証し、プランBを立てておく必要が絶対にあると思っています。

「重点措置」 効果が出る可能性もある

ーー「重点措置」では休業要請がそもそもできなくて、各自治体が上乗せした対策を打つとしても、緊急事態宣言のような強い対策は打てません。

本音を言いますが、重点措置をやるならば、しっかり補償して休業措置を取ってもらう方がいいと思います。

休業要請ができる内容にしたらいいのに、中途半端に生殺しのような夜8時までの時間短縮にするから、効果も中途半端になる。それが重点措置に対して感じている率直な感想です。

ーー第1波は8割の接触削減を呼びかけて下がり、第2波も下がりました。第3波も十分ではないかもしれませんがいったん下がりました。今回のハイリスクな飲食の場での緩い時間短縮ぐらいでは下がらないかもしれない?

可能性としては下がり得ます。全く効果がないわけではないと思います。

変異株のデータ分析をしたグラフをみてください。

この色がついている部分は緊急事態宣言中の大阪です。大阪でのイギリス株の実効再生産数は1を上回ることもありましたが、全体的に見れば、緊急事態宣言が明けた後と比べると、まあまあ対策に効果があった傾向が見られます。

従来株とも比べてみましょう。

従来株も増えたり減ったりしていますが、この色がついている部分は緊急事態宣言下では継続して1を割っています。宣言が明けるととたんに急増します。

ーーということは変異株の影響が増している今回、重点措置の緩めの対策でも効く可能性があるのですね。

いくぶん減る可能性はあります。

ただし、緊急事態宣言期間中では時間短縮という措置だけでなく、外出自粛要請や公共交通の減便の影響で皆さんの接触が減っていますし、市民の流行に対する認知度も高い。重点措置はそれらを伴っていませんね。

怖いのは季節的なイベントの要因や巨大なサイズの人の行動の影響です。年末年始の感染者の急増を事前に予測できなかったことに僕は責任を強く感じています。

あの時、全国的に急激に感染者が増えましたが、帰省によって全国的に一過性で増えていた。

政府や自治体、専門家は事前に「しずかな年末年始を」と訴えていたようですが、広い層に強いレベルでそのメッセージは届いていなかった。悔しさを覚えるばかりです。増えることを確実に予見しておいて、その事実をもっと強く伝えていたらそうはならなかったかもしれません。

予測できない要素 自粛疲れの人の行動

同じ話が年度替わりにも当てはまります。今は新年度が始まったばかりで、人が大きく動いたり、いろんな場で飲み会のようなことが起きたりしています。

ーー感染研で対策を取っている人たちでも飲食していたと報じられましたね。

所長の脇田隆字先生や感染症疫学センター長の鈴木基先生がどんな思いでそれに対して事後対応をされたかと思うと心苦しいです。そういう立場の人たちでさえそうなんです。

そういう要素によって急増しないか。加えて、年度替わりには若者を中心に相当に移動が起こるわけです。その影響をかなり心配しています。

ーーそれは感染対策に対する飽きとか疲れとかが絡むのですか?

京都大学に移ってから周りは公衆衛生が専門の先生ばかりなのですが、その先生方たちからも会うたびに「もうみんな相当疲れているね」と言われます。地域に出てもそれを肌で感じる状況になっています。

シンプルな要請だけではなかなか人の心に届かなくなっています。

為政者が明確な哲学の下、責任をもって尊敬すべき倫理規範や少なくともそれを目指す努力さえ示せないので、国民が対策に協力しようという気持ちを保てないのですね。

首都圏では次に緊急事態宣言を打たなければならない可能性がある中なわけで、その懸念を相当に強く感じています。

はっきり言えば、重点措置だけでは感染者数を保健所や医療のキャパシティで十分に対応できる程度まで下げきれないと思っています。もちろんスローダウンはできると思いますが。

第2波と第3波の時は飲食の場での感染という、僕たちがこれまで十分理解している古典的な流れで広がり、そこに対策を打てば下がっていた。

今はそれ以上のスピードで、今まで想定しなかった場で感染が起きています。皆が感染している飲食の機会はお店から家庭内へと移ってもいる。ピンポイントの措置だけでは効き目が限られる部分があるのだと思います。

緊急事態宣言は出すべきなのか?

ーーそうなると、次はもっと強い対策が必要になる。やはり緊急事態宣言ですか?

まずは冷静に。宣言かどうかはともかく、具体的にどんな対策をうつかは科学的かつ論理的に設計することが必要だと思います。

飲食店に対策を限定する程度が強い日本は世界でも珍しい存在です。Nature誌の論文では流行対策別の効果についてランキングをつけています。

「複数の人数で集まること」を控えることが最も効果的でトップになっています。これは飲酒機会があるパーティや会食を防いでいる対策に通じるものがありますね。

効果からすれば、その次に、大規模イベントの中止や教育施設の閉鎖が続きます。その他には、国レベルのロックダウンと個人レベルでの行動制限が効いているのが明らかですね。

大規模イベント中止のように、日本に似ている措置もありますが、もっと大規模なクラスターが起こるパーティーを避けているのだということがわかります。ロックダウンやそれに準ずる外出の禁止はもちろん効果があります。

今回、日本の各地で行われる重点措置は、運用上では前回の緊急事態宣言の内容と意外に近いです。違いについては既に述べた通り、外出自粛や間接的な接触減があるかどうか。飲食店に関して言えば、休業要請をやらないぐらいの違いしかありません。

となると、重点措置が効かない、効き目が弱過ぎるとなった時に緊急事態宣言を出すことになるでしょう。その場合、どこまでどんな対策を打つのかが重要になります。

ーーもう次の段階を考えているのですね。大阪、兵庫にはすぐ緊急事態宣言を出すべきだとおっしゃっていましたね。

東京の変異株を見ると、今、英国株は全体の14%なんです。この割合が止められないほど急増するかというとまだわからない段階です。ただ、英国株が従来株を置き換える可能性が高いことは示されています。

北海道は外出自粛要請を出して横ばいまでもっていきました。変異株の感染は起きていても、地域でなんとか抑え込むこともできています。変異株に対応しきれないわけではないのですね。

なので大阪、兵庫以外は、今の段階では重点措置を講じることは適切だと思います。

変異株が広がったイギリスの対策は?

ーー日本でこの先の対策を考える時、変異株が先に広がったイギリスでの対策は参考になりますか?

イギリスは変異株感染者が増えましたが、ちゃんと感染者数を減らしました。そこで何をやったのかを学ぶ必要があります。

英国ではSAGE(Scientific Advisory Group for Emergencies、非常時科学諮問委員会)によって、2020年12月22日に3回目の全国的なロックダウンが提案され、1月5日に首相演説がされました。

この時は、日々の買い物や毎日の運動以外、全ての旅行・移動と集会が禁止となりました。家族間の交流も禁止され、全ての学校と大学は閉鎖し、試験はキャンセルとなりました。

その前から行われていた2回目のロックダウンでは学校は開いていまいた。その中で変異株による未成年の感染が多いことがデータ分析からわかり、そして、緩みかけていたクリスマスで変異株による感染者の急増がありました。これを受けて、3回目には学校を閉めることにしたのです。

もう1つ重要な話は、英国は仕事を維持するための補償もたくさん打っていることです。

さらに、日本のGoToイート、GoToトラベルに相当する、「Eat out, help outスキーム」 も昨年7〜8月に実施されました。しかし、感染者が急増したことを報告する研究が出され、その科学的分析を受けて即刻中止となりました。復活する気配もなければ、新規予算も計上されていません。

ーー再び感染が広がる中、Go To事業の再開が政治家によって取り沙汰される日本とは違いますね。

政権とそれを取り巻く一部の政治家が無茶苦茶なことを言って実施する日本とは、政策決定のあり方、厳密には科学的にリスクやデータと向かい合う姿勢や倫理規範が異なるように思います。

僕たちが参照したもので、経済学者のティエモ・フェッチャー先生がこの「Eat out, help out」の影響を研究した報告書があります。

センセーショナルなタイトルなのですが、「SUBSIDIZING THE SPREAD OF COVID-19: EVIDENCE FROM THE UK’S EAT-OUT-TO-HELP-OUT SCHEME」、つまり、「COVID-19の拡大への助成」です。感染拡大を公金で後押ししたと嫌味を言っているわけです。

イギリスのこの政策でどれだけ感染拡大したかというのを1冊の本になるぐらいまとめている研究者がいます。日本でこういう研究が出てこないのは寂しいことです。

こういう研究があるから、感染者が減ったとしても再び開始はしないと判断している。私自身も頑張って1つひとつの研究はやっています。しかし、多方面でこういうエビデンスが作られないと、日本ではいつまで経っても科学的な議論はできません。

今年末までは時間稼ぎしながら新型コロナと付き合う覚悟を

ーー日本でも、大阪、兵庫などではイギリスのような対策を検討した方がいい段階でしょうか?

全てやる必要があるとは考えていません。しかし、変異株が流行して、しっかりと感染者を減らし、予防接種を重ねて抑えていくことに成功しているのは今のところイギリスだけです。

相当の感染者数でしたが、そこまでの数になった場合には急所に的を絞った対策では有効ではなく、外出禁止に準じる対策しか手が打てなかったとも言えます。

日本は流行が少しでも凪の段階でもっと激論しておかないといけません。感染者がいまよりも増えたら、こういう強めの選択肢しかなくなる傾向が高くなります。

だから、いまの感染者数について「もう許容できないレベル」なくらい多いのではないかと政治や行政に対して専門家が問いかけ続けています。そうでないと急所だけを叩く政策ができなくなっていくからです。

でも、何度も何度も問いかけても、感染者数のレベルは上がるばかりで、全く政策に生かされていきません。

感染者が増え過ぎると感染機会やクラスターの発生は様々な場所に及ぶので局所で対応することは不可能になります。

ここからさらに放置すれば放置するほど、強い措置を取らざるを得なくなることをイギリスから学ばないといけません。

ーーただ、イギリスはワクチン接種が猛スピードで進んでいます。日本は諸外国に比べても非常に遅く、医療者にさえ届いていません。このワクチン接種の遅れの影響をどう見ているでしょう?

イギリスの場合は感染者を下げる前から接種プログラムを進めて、高齢者は9割以上接種しています。

日本に関しては残念ながら国際政治で敗北しているのでワクチンはなかなか入ってこない。

これまでの対策では間に合わないかもしれない変異株の流行が始まり、今後もさらに増えることを考えると、毎回増えても強めの対策で抑えては時間を稼ぐということを徹底しなければいけません。

そんな対応を今年いっぱいぐらい行って、新型コロナと付き合っていく覚悟を決めないともたないと思います。

今後また緊急事態宣言が出て、1ヶ月経ったら解除、ということになるかもしれませんが、いま懸念しているのは1回1回でハリボテのように作る中身が違い過ぎることです。さらにそこに変異株という不確定な要素が入ってきている。

感染者がここまで増えたらこうすると機械的に決める「サーキット・ブレーカー」が必要だと思います。

病床がこれぐらい、PCRの陽性率がこれぐらいだったら、この対策を打ちます、というものを作り、波の上がり下がりを抑えながら時間稼ぎをした方がいい。そのためには、長期的な見通しが政府からうち出されないといけません。

ーー今年の末までというのはワクチンが行き届くまでという意味ですね?

日本の予防接種のキャパシティで高齢者の接種がどれぐらい早く進むか、今後の輸入の見通しから考えると、高齢者の接種には、おそらく最速でも夏いっぱいはかかるでしょう。それでも結局は、だらだらと後倒しになるだろうと思います。

そういう国であることや、自国でワクチンを素早く開発できなかった国の研究体制を容認し続けてきた自分たちの責任でもあると自戒しているところです。

オリンピックどうする?

ーーこの状況でオリンピックを開催することは非現実的なのではないかと考える人が増えていると思います。どう考えますか?

専門家として、これまでオリンピックは政治問題だと言及を避けてきましたし、尾身先生も国会に呼ばれた時に専門家として言うべきではないと答えてきました。

ただ、これからの感染対策を考えると、オリンピックは「マスギャザリングイベント」であり、人が大勢動き接触する機会を作るイベントになります。

高齢者の予防接種は残念ながら夏までには達成されないでしょう。でも来年の夏だったら遅れても接種できているのではないかと思います。

今焦ってこの大規模イベントをやる必要があるのか、みんなで考えた方がいい。少なくとも議論をしてもらえないでしょうか。オリンピックの決定が、密室でいいのかなと正直思います。

オリンピックの当事者は、本当は選手ですね。僕もマラソンが大好きですし、選手の本当のピークの年齢が3年続くわけではないとも思います。

でも、その人たちの合意が得られるのであれば、今目の前にあるリスクを減らす決断をするには、最後のチャンスに近づいているのではないでしょうか?

もし無茶をして突入しようとしているならば、いろんな方面からみなさんが声をあげて、考えを改めてもらう必要があるのではないかと思います。十分にリスクを検討しただろうか。そろそろ公の場でも僕も話そうと思っていました。

ーー全国的な移動だけでなく、海外からも移動があるのがオリンピックなわけですね。

海外からのお客さんは来ないですが、選手はきますし数多くの関係者もきます。

国内でチケットを買っている知り合いもたくさんいますが、その人たちも動きます。長距離の移動は接触しないまま移動するのは無理です。

この感染症が昔、中国の武漢にしかなかったのになぜ今世界中に広がっているのか、もう一度思い出してほしいと思います。

「人が移動することで感染症がうつるわけではない」というのは究極の詭弁だと思っています。

(終わり)

【西浦博(にしうら・ひろし)】京都大学大学院医学研究科教授

2002年、宮崎医科大学医学部卒業。ロンドン大学、チュービンゲン大学、ユトレヒト大学博士研究員、香港大学助理教授、東京大学准教授、北海道大学教授などを経て、2020年8月から現職。

専門は、理論疫学。厚生労働省新型コロナウイルスクラスター対策班で流行データ分析に取り組み、現在も新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードなどでデータ分析をしている。

趣味はジョギング。主な関心事はダイエット。