大阪、兵庫、宮城の3府県に続き、東京、京都、沖縄の3府県にも適用されることになった「まん延防止等重点措置(重点措置)」。
緊急事態宣言の解除後、リバウンドは予測されていたがあまりにも早い感染拡大にがっくりしている人も多いだろう。
重点措置がうまく行かなかったら次に打てるのは緊急事態宣言しかないが、再び出すことに意味はあるのか。
「大阪や兵庫にはすぐ緊急事態宣言を出すべきだ」と語る京都大学大学院医学研究科教授の理論疫学者、西浦博さんにこれまでの対策を検証してもらった。
※インタビューは4月9日午後にZoomで行い、その時点での情報に基づいている。
緊急事態宣言の内容はどうだったのか?
ーー「緩い対策だけだと4月半ばに再び緊急事態宣言を出すレベルまで感染者は増える」という先生の予測通りになっていますね。
あまり予測通りになってほしいとは思っていないのです。悲しい気持ちが相当あります。
ーーこうなってほしくないということでシミュレーションを出して問題提起されていますからね。
そうなんです。僕はSNSでも「西浦外れたな」とよく言われるのですが、「外れてなんぼのおじさん」です。うまく回っていかないのは残念です。
ーー3月21日まで続いた緊急事態宣言は飲食店の時間短縮とリモートワークなどが行われました。効果についてどう評価していますか?
これは直近の4月7日のアドバイザリーボードに出した「実効再生産数」(※)の推定結果です。これは首都圏1都3県のグラフです。
※1人当たりが生み出す二次感染者数。1未満になると感染者が減少に転じる
感染日が横軸ですから、実際の対策の評価に直結する内容です。
コロナウイルスはクラスターを作りながら流行するので、実効再生産数は波打つ形になります。
クリスマス前まで1.1ぐらいで推移してきました。僕たちが予想できなかった年末年始の急増があって、いったん感染者数は減少します。緊急事態宣言のちょっと前ぐらいから自然に下がっていました。
緊急事態宣言下では0.8から0.9ぐらいのレベルで推移しています。残念ながらそれが次第に上がっていきながら宣言が解除されたのがここまでに起きたことです。
2月中頃ぐらいまで1を割っていて、その後は1を前後するぐらいで、横ばいで推移しました。
持続的に1未満を達成させる政策は、日本では緊急事態宣言しかありません。新型コロナが流行してからこれだけ長い期間1を割ったのは、4月の第一波から5月にかけてと、今回の1月、2月の間しかありません。
そういう意味で、緊急事態宣言を打ったことで社会全体が感染を抑えるモードに入っていたことは評価できます。
減ったけれど、落ちきらなかった もったいない
ーー宣言の効果はあったということですね。
ただ実効再生産数の落ち方として、宣言前の1.1から0.8から0.9ということはだいたい20%減ぐらいになったということです。
緊急事態宣言の内容としては飲食店の営業時間の短縮をして、外出自粛は呼びかける程度でした。サラリーマンはエッセンシャルワーカー以外も外に出て働いていたと思います。
大規模イベントが中止になって、緊急事態宣言に呼応して公共交通機関のダイヤが変わりました。バスの本数が減ったり、飛行機の本数が減ったりしましたね。人の流れもそれによって間接的に落ちました。
それに伴って感染者数を下げることができたのは喜ばしいことです。
でも第1波と比べると落ち幅は少ない。私権の制限も飲食店の時短プラスアルファぐらいの緩い対策でした。政府は当初時短だけとしていましたが、専門家が1月に色々言って、それだけは逃れられたのは良かった。
なんとか下げられたのは良かったことですが、第1波と比べたら下げきらなくて、声の届かない層があった。そして対策が長引くと、以前にも増して少し分断気味になりました。
ーー緩かったということは、休業要請や外出制限もすべきだったと考えていたのですか?
経済との兼ね合いもあるのですが、目標を明確にしようと宣言前の取材で話しましたね。時間稼ぎをできるだけして、予防接種が始まるのを待つ。あるいは感染者ゼロに近いくらいの状態を目指す徹底的な対策をうつべきだったかもしれません。
いずれの場合にも、緊急事態宣言は最後の刀に相当するものですから、打つ場合は十分に感染者数を下げなければいけません。
時間短縮をすれば必ず下がると誤解している人がいます。その措置だけで下がっているわけではありません。緊急事態宣言下で皆さんの流行の認知度が上がり、感染に繋がる行動を協力して抑制して、それで感染が抑えられているのです。
その程度が強かったのは第1波です。第1波の時に専門家たちは必死に国民に、「外出の機会を減らしてください」「接触の機会を減らしてください」と呼びかけました。その時と今回は大きなギャップがあります。
そういう意味で、今回下がりきらなかったのは当然の結果なのかなとも思います。緊急事態宣言をせっかく打ったのにもったいなかったという気はします。
政治の呼びかけやリーダーシップのなさが効果を減らした
ーーなぜ最大限に活用できなかったのだと思いますか?
政府や自治体のリスクコミュニケーションの問題もありますし、専門家自身も十分に機能できていないと思います。
新型コロナの流行当初から、ほぼ同じメンバーで専門家が分析やアドバイスをしています。
でも、新型コロナの流行対策は、本来ならば、もっと専門に沿って細分化し、もっと関係者数が巨大化していい重要なテーマです。もっと専門家を集めて、特定のテーマに関して、国民のみなさんが納得し実行できるような情報伝達や、それに対する不満の吸い上げがあってしかるべきだと思います。
1年経った状況でもこんなレベルの体制では厳しいなと思います。政治と行政は何をやっているのか。
ーー最初の緊急事態宣言の時は、先生が腹を括って「8割おじさん」として、国民に直接、呼びかけましたね。専門家がでしゃばり過ぎだと批判もされました。1年経った今も、政府はその役割を引き受けていないと感じますか?
その通りだと思います。第3波で感染者を下げ切ることができなかったフラストレーションがあって、その原因の大きな部分は政治の呼びかけが機能していないこと、リーダーシップがないことだと思っています。
なので、「緊急事態宣言がどれだけ効果を出すかは国民にかかっているのですよ」と現代ビジネスで書かせてもらいました。リーダーシップと倫理規範は政治家でないと出せない。その覚悟がないまま打っても、効くものも効かない。もったいないと感じています。
再延長、横ばいの予測だった
ーー再延長もあまり意味がなかったと考えていらっしゃる。
3月の再延長は政治判断で決められたようです。リスク評価をする会議への問合せや分析はまだない中で政治決断されていました。しかし我々の分析では、再延長したら横ばいになるという予測は得られていました。
ーー横ばいすると言う予測があって、再延長せずに早く解除すべきだったと考えたのですか?
そこは分析しなければいけませんが、極めて重要な呼びかけが社会の一部の層に届かない状態が続いたわけです。その状況では、あそこで再延長しても減らしがたいことは残念ながら明確でした。
だからと言って「ここで解禁です」のような解除をすれば、もちろん感染者はそこから増え始めてしまいます。
対策の内容を途中で変えるのは、本当に対策が効果がなかった時ぐらいしかできないと思うのです。
厳しい言い方をすれば、関係者を中心にみなさんに甘えがあったと思うのです。1月、2月に緊急事態宣言を実施したらそこそこ感染者が減ったので、そのまま延ばすとさらに減るだろうと思っていたのではないでしょうか。僕だって、あと少し粘ればもうちょっと減る可能性も否定し切れていなかった。
再延長の2週間は時間稼ぎにはなります。ただ時間稼ぎのために宣言を使うべきなのかというと経済インパクトが大きすぎるかもしれません。
ーー緊急事態宣言は最後の切り札なのに、だらだらと続けて効果が薄いと、今後、再び出す時の信頼性や実効性が薄れるのではないかと指摘されていましたね。
その通りです。国民への呼びかけをしなければいけない時に、呼びかける人がグラグラしていては信頼は得られません。
この課題に関しては、いつも専門家の中でも怒号が飛ぶような議論をしてきました。
押谷仁先生はいつも「緊急事態宣言で長く効果が持続することは期待できない」と言っています。専門家たちは「日本の緊急事態宣言は要請ベースだから長くもたない。だらだらやって徒らに経済にダメージを与えるのは絶対に避けないといけない」といつも議論しています。
病床の逼迫具合がまだ厳しいので、延長して病床が空くまで時間を稼ごうというのが当時の説明でした。実効再生産数が1のまま継続して時間を稼ぐのはそういう意味で一つの考え方だとは思います。それを否定するものではありません。
「ロックダウン」に近い緊急事態宣言の効果は?
ーー先生は今回、「まん延防止等重点措置」を適用されている大阪や兵庫にはすぐ緊急事態宣言を出すべきだと主張しています。それは、前回のような緩めのではなく、第1波の時に出した強めの宣言を想定しているのですか?
すぐに強い措置を強いることはできません。そうではなく、少なくとも準備として、過去の措置の効果を検証してみんなでオープンに議論すべきだと思います。
日本だけでなく、英国とその他のヨーロッパ諸国のロックダウンの効果も見てみましょう。いずれも外出禁止を基盤とする強い政策でした。
ヨーロッパ11ヶ国の介入の効果を見たNature掲載の論文によると、相対的な実効再生産数の減少はすさまじいものです。実効再生産数が3から4だった状態を1未満にして、75%以上の減少を達成しています。
日本ではどうだったでしょうか。
第1波の頃、8割おじさんとして、人と人との接触を8割削減することを訴えた効果については論文(論文1、論文2)にしています。
東京については1.7以上だった実効再生産数がR宣言下では0.6で維持されました。大阪でも1.5程度だったものが0.5くらいで維持されたのです。
しっかり感染者数を落として維持するのがどれくらい大切なのかは、すぐに感染者が増えてしまった今回、皆さんが実感されている通りです。
(続く)
【西浦博(にしうら・ひろし)】京都大学大学院医学研究科教授
2002年、宮崎医科大学医学部卒業。ロンドン大学、チュービンゲン大学、ユトレヒト大学博士研究員、香港大学助理教授、東京大学准教授、北海道大学教授などを経て、2020年8月から現職。
専門は、理論疫学。厚生労働省新型コロナウイルスクラスター対策班で流行データ分析に取り組み、現在も新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードなどでデータ分析をしている。
趣味はジョギング。主な関心事はダイエット。